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2017年 08月 18日

熊野大花火大会 呼び物「鬼ヶ城大仕掛け」復活

 微妙な天気予報だったのですが、晴れるのが少し遅れただけで、花火挙行時間には心配のない天気でした。
 今年の花火に期待を持っていた人も多かったと思います。
 何しろ去年は熊野の花火最大の呼び物、「鬼ヶ城大仕掛け」の磯での自爆が消えて、不抜けたものになり、フアンの失望を買っていましたからね。
 そして、不安の声と関係者の熱意で旧来通りに復活するというアナウンスがされていましたからね。
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 今年はフィナーレの「鬼ヶ城大仕掛け」では前半のきれいな花火と、後半の「巌頭の轟き」と呼ばれて居た「自爆」がやられたので、観客は満足したでしょう。
 やはりこの地響き無しでは「熊野の花火」「木本の花火」にはなりません。
 写真には「ASUKA II」ともう一隻の豪華客船が写っています。
 今年はこの二艘はお互いに至近距離に停泊し、僚船共に迫力のある花火が見られたでしょう。

 取り敢えず、「鬼ヶ城大仕掛け復活」を報告します。
 今年来られなかった方は来年こそ、鬼がの状の地響きを聞きに来て下さい。



by je2luz | 2017-08-18 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 24日

熊野の旅 鬼ヶ城

 昨日も鬼ヶ城東口に行ってきました。
 午前中に「波浪警報」が出たので、きちんと通行規制の表示が出ているか確認に行ったのです。
 写真のように規制の看板は出ていました、
 止める方では無く可能の方の表現ですね。
d0045383_21574066.jpg
 西口の方にも表示は出したそうです。
 昔、もう少し波の荒い日に観光バスがお客さんを案内しようとしてお客さんがさらわれ、裁判になったことがあるので、それを教訓に今でもきちんと規制は掛けるようです。
 簡単に乗り越えて入れるし、西口などは実に簡単に入れちゃうのですが、表示があればその先は「自己責任」???
 周遊道路が災害で通行止めになるのも、責任問題になるからです。
 昔はそうしたことが少ないので、鬼ヶ城だけでは無く色んな所で結構怖い道もありましたね。

 丁度お昼の時間だったのですが、昨日も観光バスが三台入っていて、二台は中国人(台湾かも知れない)でした。
 鬼ヶ城でお昼みたいでした。
 この頃は行く度に中国人の団体さんが居ます。
 爆買いする層でも無さそうですし、爆買いして貰う品物も無いですね。

 鬼ヶ城センターの土産物は「熊野市」では無いものが結構多いです。
 と言うより、熊野市さんのこだわると、売り場を埋めるほどのバラエティが無いですね。
 団体客・・・ことに中国人とかになると「干物」って訳には行きませんしね。
 「サイレの丸干し」の美味さを覚えられたら、それなくても上流で乱獲されるのに、えらいことになるかも知れません。
 なにしろ、日本の10倍の人口ですからね、
 センターには日本の手芸品的なコーナーがあるようですが、中国人向けにそのコーナーの充実でお金使って貰わないといけない時代かも知れません。
 


by je2luz | 2017-02-24 04:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 03日

熊野の旅 天然記念物・鬼ヶ城

 一年半ほど通行禁止になって居た「鬼ヶ城周遊道」が昨日の2月2日に全面通行可能になったので、早速覗いてきました。
 上天気・風無し・波無し・・・
 丁度お昼だったのですが、東口の漁協の売店では2人ほど「マグロ丼」を食べていました。
 千畳敷には家族連れが居たので、「今日からこの先にも行けるようになったんですよ。」と、声を掛けると・・・
 『私、日本語が余り話せません。』と、結構流暢な日本語が帰ってきました。
 「どちらから?」
 『台湾です』と言うことで・・・
 「わざわざ、熊野までありがとうございます。」とお礼を言っておきました。
 ぜんぶ、日本語で済んじゃいました。
 団体では無く個人旅行でしたね。
 少し前に行った時にも台湾と中国本土の団体バスが入ってましたし、この辺にも中国の人が来始めているようです。
 爆買いでは無く「観光」みたいです。
d0045383_22584565.jpg
 鬼ヶ城の本当の良さはこの遊歩道を通って一周すると判るのですが、中々、回ってくれる人は居ませんね。
 東から西、西から東へ抜けちゃうと、帰りをどうする???
 国道の「鬼ヶ城トンネル」は人間通行禁止ですから、旧道の「木本隧道」へ回るか、そっくり引き返すか・・・
 かつて、「歩行者用トンネルをもう一本抜いて・・・」なんて構想も出ましたが、現実的では無かったです。
 残念なのは、国道改修で「鬼ヶ城トンネル」を掘る時、最初に提示された絵図面では「二車線+歩道」だったのに、着工図面から「歩道」が消えて居たと言うことです。
 先輩の市議から聞いた話ですが、私が熊野に帰ってくる時期の話のようです。
 まあ、こうしたことはよくある話なんですが、国道トンネルに歩道があればよかったでしょうね。
d0045383_23092657.jpg
 この写真、東口の千畳敷に入るトンネルです。
 これは自然のものでは無く、観光用にくりぬいたものです。
 昔はこの写真の左の方の岩に三つ見えて居る足場に柱を立てて桟道を作って岩をぐるりと巻いて入っていました。
 鬼ヶ城は「天然記念物」として売り出したもので、手を加えるにも厳しい監視がありますからね。

 獅子岩は「鬼ヶ城の付属品」として天然記念物扱いなのですが、その風化による変形を防ごうと画策した時・・・
 「天然記念物としてあなた方の先輩方が申請されたのです。天然記念物だから風化して行くのも天然物の宿命ですから手を加えてはいけません」と言われて、一件落着???でした。
 鬼ヶ城の遊歩道も「景観を壊さない程度に・・・」という条件はついているのかと思います。
 今は「世界文化遺産」なんて冠もかぶっていますが、これも、現状変更は好ましくないのでしょう。
 ドイツでは町の発展のために「世界遺産」を外した例もあるそうですからね。

 「天然記念物」は判るのですが、「世界文化遺産」に鬼ヶ城が入るのがちょっと不思議ですね。
 くくりは「紀伊山地の霊場とその参詣道」だったように思いますからね。
 鬼ヶ城センターなどの幟も「世界遺産・鬼ヶ城」ですけどね。



by je2luz | 2017-02-03 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 22日

熊野の旅 熊野ではやっぱり鬼ヶ城

 昨日、鬼ヶ城に行ってきました。
 国道から見るとバスが結構止まっているし、様子を見に行きました。
d0045383_20325259.jpg
 西武系の滋賀県のバスの他全部で九台も・・・
 私が着いた時バスに戻ろうとしていたのは滋賀県の団体さんでした。
 そして、今から食事しようという団体さんが入り口で・・・
 耳慣れない言葉なので・・・
 「どこから?」と聞いたら・・・
 『台湾』という返事でした。
d0045383_20372665.jpg
「ようこそ熊野へ・・・  どうして熊野を選んだの?」
『わからないけどツアーだから・・・』
 まあ、それでも良いでしょう。
 団体さん出来たのですから・・・
 中国系の人達はもの凄くネットに依存しているようですから、このお昼ご飯が次にお客に直結するかもわかりません。
 台湾へ行った時、飯は素晴らしく美味しかったです。
 この人達を満足させられたでしょうか?
 結構ボリューム食べる人達ですしね。

 なんと言っても、単純に「観光名所」と言えば、熊野市では「鬼ヶ城」でしょう。
 どうして「世界遺産・紀伊山地の霊場とその参詣道」に入っているのかはわかりにくいですが、晴れていれば気分がさわやかになる景色です。
 そんなに苦労するほど歩かなくても、メインの「千畳敷」に行けますしね。
d0045383_20423631.jpg
 しかし、近年、鬼ヶ城は冷遇されています。
 この看板にあるように、今は東口(鬼ヶ城センター)から千畳敷には行けるけど、すぐその先で通行止めなんです。
 今回の通行止めは去年七月の11号台風で遊歩道が壊された時からです。
 でも、その前は二ヶ月ほどかな?通れたのは・・・
 通れるまで2年ほど掛かったのです。
 今回も既に一年以上です。
 つまり、ここ数年はまるで周遊出来ないままなのです。
 今回は「今年中」に工事が出来るとか聞きましたが・・・

 この遊歩道の管理は「三重県」になっています。
 お金無いから???
 熊野市の看板を直して呉れないようです。
 知事さんは「市長との対話」などやって居ますが、なに話しているのかなあ・・・
 というより・・・
 熊野市はどれだけ熱を入れて働きかけているのでしょう?
 鬼ヶ城遊歩道はお金になりにくいですけど・・・





by je2luz | 2016-09-22 04:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 25日

熊野の旅 鬼ヶ城東口

 名勝・奇岩・鬼ヶ城には二つの入り口があります。
 木本側は「西口」と呼ばれます。
 かつては「巡航船」の着く北の玄関口でもあったのですが、今は、防波堤へ釣りに来る人と、「渡船」に乗りに来る人しか訪れなくなっています。
 「東口」は鬼ヶ城観光と言えば「千畳敷」といわれる、メインの祠があるので観光客はこちらに来ます。
 だから、昔から道路も作られ、徐々に駐車場なども広くなり、南海電鉄が熊野に手を出した時に。「鬼ヶ城センター」という食堂や入浴施設、土産物屋を抱えたものを作りました。
 しかし、観光も思うように延びずと言うより、国内旅行が下火になって、南海も手を引き地元資本に押しつけられて居ました。
 しかし、中小企業で賄えないほどのものなので、経営主体を替えても無理になり閉鎖・・・
 そして、熊野市が例の10億円、二〇〇人も一度に会食出来る新しい「鬼ヶ城センター」を作ったのです。
 さらに、駐車場に熊野漁協の直売所も造り受け入れ体制は敷いたのですが・・・
 高速が出来て少し車は増えたのですが、「採算」は・・・

 先日覗きに行くと、「歓迎光臨」と中国人用の立て看板もありました。
 「徐福伝説」があっても、まだ、中国人の関心は集められないようです。
 熊野の産品では「爆買い」して貰えるものも無いですね。
 中国人も「さんま」を食べるようになったそうですが、「サイレの丸干し」は爆買いしないでしょう。
d0045383_21303138.jpg

 二番目のが「歓迎光臨」の看板です。
 手前のは、「那智黒石」なんです。
 一時期、熊野市は那智黒を熊野市が産地なんだから「熊野黒石」と呼ぼう・・・と動いたことあるのですが。市営の鬼ヶ城センターでも「那智黒石」なんです。
 対象が限られる碁石の世界でも「那智頃石」を「熊野黒石」に替えて貰うのは難しいようですね。
 これも古い時代の観光でも「那智山」には勝てなかったのですね。
d0045383_21393194.jpg

 これが気楽に使える「喫茶」ですが・・・
 店名は「ソレント」です。
 姉妹都市ですからね。
 そして、珈琲が「エスプレッソ」???
 気軽には口にしにくいんですよね。少なくとも、日本人には・・・
 熊野市のもう一つの姉妹都市がブラジルのバストスですが、そこの珈琲もエスプレッソが主流ですね。
 現地のソレントでは口にやさしい「カップチーノ」を飲みました。
 バストスでは砂糖でべたべたするような「エスプレッソ」飲まされました。
 残念ながらこの鬼ヶ城の「ソレント」では珈琲を飲んだこと無いです。
 だから、感想が書けません。
 そのうち、機会があればレポートします。

 こちら側からも、千畳敷を越えたところで周遊道路は閉鎖されています。
 秋まではお待ち下さい。

 
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by je2luz | 2016-04-25 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 01月 21日

熊野の旅 熊野市の名所・名勝 5 鬼ヶ城

 「熊野市の名所・名勝」なんてタイトルを付けたら、「鬼ヶ城」はやっぱり欠かせません。
 「吉野熊野国立公園」「天然記念物」さらには「世界文化遺産」?にまで入っているものです。
 「名勝」「奇岩」などとも言われます。
 そして、「鬼の住み家」だそうです。
 観光客が行く「千畳敷」が広間だったのだとか・・・

 大きな台風が来ると千畳敷まで波が上がります。
 住むには向かないですが、雄大な熊野灘が目の前に広がるし、昔の和船なら東側、木本・鬼の元浦に置けるし・・・
 鬼の本拠地には向いていたかも知れません。
 「坂上田村麻呂」が攻めた「多蛾丸」も木本を根城にしていたようですからね。

 全国あちこちに「鬼ヶ城」「鬼ヶ島」なんてあるようです。
 高松の女木島にも「鬼ヶ島」がありますね。
 そこの洞窟には、「中山間事業・農村公園」の視察に出掛けた「ついでに見て来ました。
 住むならそっちかな?
 でも、瀬戸内は海賊だらけ・・・
 こちら木本の方が「鬼の元締め」やるなら面白そうです。
 江戸時代とかほどは船の便も発達はしていなかったでしょうが、潮岬を回って大王崎を目指すにしても、今の大型船のような沖合を進んだら、黒潮本流に押されるので東向きは足が速くても下手すればジョン・万次郎になるでしょう。
 西向きはまともに遡るのは大変だったでしょう。
 それを避ければ、陸に近づかざるを得ないし・・・
 通行料をせしめるには良いところでしょうね。
 海賊でも「海賊キッド」とか「バイキング」のようなものでは無かったでしょうからね。
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 磯崎道311号線の大吹とお下から降りて合流する辺りからの鬼ヶ城はこうなります。
 冬だとお昼過ぎには光る海にシルエットが浮かぶようになります。
 形も「鬼ヶ城らしい」ものに見えます。
 展望台?駐車スペース?もあります。
 一昔前なら望遠鏡が据えられていたかも知れません。

 あの口の部分が千畳敷で、少し前まではあそこに小さな屋台の売店がありました。
 木本隧道の大泊側にお住まいだったおばあさんがやってられましたね。
 ???
 私が子供の頃だと「おばあちゃん」では無く「おばやん」やったのかな?
 台風が来る時には早く店を片付けて避難しておかないと・・・
 危ない目に合ったとか言う話しも聞きましたね。
 でも、昭和40年代くらいまでは「国立公園・天然記念物」の看板も充分役だって、商売にもなったのでしょうね。
 汽車が着く度に「鬼ヶ城行き」のバスが出て居ましたし、新宮~鬼ヶ城までの熊野交通のバスなんてのまであったのですからね。

 もの凄く宣伝が上手かったのでは無く、旅行に行く先が今みたいに日本中にあったわけでも無いし、まして、海外に行くなんて無かったですからね。
 私がハワイに行った昭和46年(1971)にはJALパックなんてのでしか素人は海外に出られなかったのです。
 次のヨーロッパをうろついた時にもドルは自由化なっていなくて業務出張をでっち上げたり・・・
 1ドル360円でしたしね。
 その時代までは国内観光地が楽だったのですね。

 海外からの観光客が激増と言いますが、今の所外人さんはあまり見ません。
 外人さんの好きそうなテーマを見つけないと・・・
 でも、現状では団体が泊まるところもない・・・

 中国は山東省の出身と言われる「秦の徐福」を使って中国人を引っ張ろうにも。「徐福伝説」は佐賀県、福岡県、熊本県、鹿児島県、和歌山県新宮市、三重県熊野市、名古屋市熱田神宮、清水市、富士山、京都府、丹後、近江など全国に残って居るそうです。
 隣の新宮にも押されていますね。
 と言うより、新宮と一体になって権威付けしないといけないのでしょう。
 でも、何しろ「始皇帝」の時代・・・紀元前3世紀・・・日本では弥生時代でしょう?
 うんと後世の伝説しかありませんし、それぞれの土地にはそれぞれの謂われが残った居るでしょうしね。
 大変ですね。
 熊野市も公式訪問するとかしたとか・・・表には出て来ませんね。
 使えないのか使う気が無いのか???

    

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by je2luz | 2016-01-21 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 17日

熊野の旅 やっぱり外海

 熊野市は潮岬に比べれば黒潮本流からは離れるし、ほんの少し引っ込んだ感じもします毛、向かいっ側にはアメリカ、南米しかないのですから外海に面しています。
 台風の時になると、瀬戸内や伊勢湾内とはかなり要すが異なります。
 大体、浜に作られた堤防のスケールが違いますね。
 そして、民家のある場所の海抜も違います、
 御浜町から熊野市の掛けては海岸に人は済んできていますが、海抜12m位です。
 内海の町へ行くと、町の海抜が5mとか7mとかですね。
 ここだと、波打ち際の一段高くなった浜でそれ位です。
 そんな高さだと、台風や津波じゃなくても土用波で流されちゃいますからね。

 今、七里御浜に作られている堤防は海抜13mから15m位です。
 それでも危ないので、一番家が海に近い木本が危ないので船艇を作って貰ったのです。

 井戸川、志原川、尾呂志川、市木川など、七里御浜に河口を持つ川は波が大きくなると、川の出ようとする勢いより、波が砂を積み上げようとする力の方が大きくなり、河口が詰まります。
 ここに人が住みついて、水田などやり出して以来戦い続けた「河口閉塞」です。
 今回の台風11号でも、全部の川が河口閉塞を起こしました。
 ただ一つ、暗渠の排水トンネル「カルバート」をもつ、井戸川だけが半閉塞で留まりはしたのですが、一つ前の記事のような状態でトンネルでさえふさがれます。
 埠頭に当たれば20m程跳ね上がるし、波の力はもの凄いです。

 沖に浮かぶ「魔見ヶ丘」は今日ほどの波の時は完全に波に飲み込まれます。
 それほどの波になると、『鬼ヶ城の磯に当たると、這い上がるというか、とんでもない高さになります。
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 何しろ昨日のような時は、波しぶきや雨やで見通すが悪いですし、カメラがひとたまりもありません。
 撮れる写真は不鮮明ですしね。
 それでも、思い切ってここでの写真はD800Eを引っ張り出し、風下向きにかがみ込んでカメラをかばい、シャッターチャンスだけ振り向いてパシャリ・・・
 でもかでで体は揺れるし・・・
 なんとか撮せたのがこれです。
 距離約1Km
 鬼ヶ城の磯に登る波です。
 楽に30mはありますね。
 これが浜に向かうと大変ですけど、少し向きが違うし、磯のように波が合わさることは少ないです。
 ただ・・・
 ストロークの長い波の時は浜の形の完成なんでしょう・・・
 三丁目の裏で、鬼ヶ城側からの波と獅子岩側からの波が合わさることがあります。
 だから、今までも堤防を波が越すのは決まった地点でしたからね。
 いまでも、浜での走り方はそうなのですが、潜堤のおかげか合わさって陸に向かうだけの力はないようです。

 鬼ヶ城の磯をご存じの方でしたら、この波がどれほどかわかるでしょうし、鬼ヶ城の磯では何所まで登っても生き延びられないことがわかると思います。
 これが本当の波、外海なのです。

 先人からの戦いを引き継いでここで生きてきたので、怖さも知っています。
 でも、「大丈夫」という基準も知っています。

 困りましたね。
 引き継ぐ人が居ません。
 やたらと怖がっても駄目だしねえ・・・
 息子は子供部屋からこれを見ながら育ったのですけどね。

   
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by je2luz | 2015-07-17 04:08 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 16日

熊野の旅 2015年花火事情

 熊野大花火大会まであと一ヶ月です、
 ポスターも出来た様だし、寄付もあらかた集まったのでしょうね。
 熊野大花火大会・木本の花火はその歴史ではどこにも負けません。
 何しろ江戸時代からですからね。
 規模は小さな町にしては、町民の熱意に支えられて大きなものでした。
 なにしろ、天王寺から花火見物の臨時列車が出ていたくらいですからね。
 「花火大会」がまともにある町も少なかったのです。

 今年の近隣の花火大会スケジュール
 7月25日 紀北町 紀北灯籠祭り 3000発 (52.000人)

 8月1日 尾鷲市 20;00~21:30 3000発 (4.200人)

 8月11日 那智勝浦花火大会 20:00~21:00 8000発 (38.000人)

 8月13日 新宮・徐福万燈祭 19:30~21:00 5000発 (25.000人)

 8月15日(金) 紀宝町花火大会 19:00~20:00 鵜殿港  (?)

 8月17日 熊野大花火大会 19:10~21:30 10000発 (170.000人)
 
 花火の数は主催者発表、括弧の中は昨年度の観客数です。
 会場が広いし、伝統があるにしても、熊野の観客数は図抜けているでしょう?(いやみ?)
 去年の道路事情や浜の混み具合、駐車場の状況などからすれば、30万人なんて軽く収容出来るはずです。
 
 この他にも本宮大社のイベントにも花火はあるし、8月1日の紀和の火祭りでも花火・・・
 それぞれの地元では年に一回の花火の日なのですが、見物人には新鮮みが無くなって居るのも確かです。
 他のお祭りに付属した小規模な花火はお客さんも楽しみよいのですが、「花火大会」となると、楽しみ方々超過してきた時代には中々満足させにくいようです。
 効率よく打ち上げないと退屈になる・・・
 時間が短縮され露天を見て回る時間も無い・・・
 露天商も商売にならない・・・
 盛り上がらなくなるのも仕方ないでしょう。
 
 熊野のが長い方ですが、19時から21時30分ですから、途中で腹が減ることもないのです。
 持参の弁当と持参のドリンクで足りちゃいます。
 ほとんどが運転手兼用の観客ですからビールも飲まないし、ここでは買わない。
 確かに食うところもないけど、観客の形態も変わってきてコンビニで足りちゃうんですね。
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 かつては大阪方面でも知られていた「木本の花火」「熊野の花火」も花火大会だらけになって段々知名度も落ちています。
 熊野の一枚看板も色あせてきましたね。
 追加した「世界遺産」という金看板も、日本中にあげられちゃったし・・・

 今では各地で、「プロポーズ打ち上げ花火」なんてのもあるようです。
 三尺玉は高価すぎるし・・・

 鬼ヶ城の尺玉と大音量スピーカーで・・・
 ドッカーン
 「〇〇~好きだよ~  嫁に来てくれ~」
 ドッカーン
 結婚して住みついてくれたら費用はお返しします。
 なんてのはありじゃないかな?

 ???
 恥ずかしがらずにそんなの言えるのは私だけ???

   
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by je2luz | 2015-07-16 04:53 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 14日

熊野の旅 消えた国境看板

 木本町と井戸町は藩が違いました。
 江戸時代の途中で国替えがあり、井戸は新宮藩になり木本もそうなることになって居たのですが、木本の住民がそれを嫌い、藩の決定まで覆して「紀州本藩」に残ったのです。
 民主主義の時代でも中々出来ないことを江戸時代にやっちゃったのです。
 その国境が誠にわかりにくいところにあるのです。
 すぐそばに井戸川があるのですからそこで切りそうなものを、何も無いところで区切っています。
 民家の敷地が境になって居ました。
d0045383_21153721.jpg

 写真はその国境を示す看板です。
 この建物は以前「糸屋」だったと思います。
 ところが三日ほど前から取り壊しが始まって更地になりかけています。
 今問題の「空き家」だったのです。
 もう、30年ほど空いていたのでは無いでしょうか?
 この隣は既に空き地ですし・・・
 その向こうも空き地、二軒挟んで空き地、更に二軒挟んで空き地・・・
 紀州本藩に入って木本の中心街、本町通りはこの通り空き地だらけです。
 取り壊せば「遊休宅地」で固定資産税が家のある時より6倍高くなります。
 この税制は住宅・宅地が足りなかった時代に出来たものです。
 今となっては、高い金を掛けて取り壊すと土地の税金が6倍にもなるのなら、「空き家のままで放って置こう」と言う事になり、全国空き家だらけになったのです。
 この5月から空き家対策法が施行されたのですが、解決出来そうにないです。
 空き家も困る、売れない空き地も困る・・・
 売れない土地でも高く評価して税金を掛けているのが田舎の現状です。

 木本も南海トラフ地震で「浸水する恐れあり」と言う土地なのです。
 例え30cmと言っても大変な事ですからね。
 堤防が壊れたら???
 それでも評価は下げていません。
 でも、固定資産税が田舎の自治体の自主財源のほとんどという財政構造では・・・

 私の家は邪魔な石垣を残してあります。
 波の越え方によっては役に立ちますからね。
 飾りの塀では無く堤防代わりの石垣として作られた物です。
 木本の浜筋で、こうした石垣の残された家は三軒だけかな?

 それは置くとして・・・
 「これより紀州本藩 木本浦」という看板が消えました。
 向かい側の路地の角にはありませんしね。
 でも、歴史を語る境目ですから看板くらい欲しいですね。

 「木本浦」は「鬼の元浦」とも書きました。
 「鬼」・・・海賊・・・『多蛾丸』の本拠地だったのです。

   
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by je2luz | 2015-05-14 20:44 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 27日

熊野の旅 久々の朗報です 鬼ヶ城周遊可能に

 長い間通行禁止になって居て、一昨年に解除され、その広告が出てすぐに又通行止めになって居た鬼ヶ城の周遊道がようやく通れるようになります。
 面白いことに周遊は禁止されていても磯釣りの人は自由に出入りしていました。
 波が静かなら、私のように昔の周遊道を使って居た人間だと通れたのですが、一応、ロープも張られ禁止の札があるの、東側・・・千畳敷の方からは進入しませんでした。
 通るのを見たら真似をするのも出ますし、自己責任では済まない時もありますからね。
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 今はこんな立て札があり、千畳敷から先には進めないと書いてあります。
 つい先頃、「修復工事完成につき3月7日から通行可能になります」と新聞にも載りました。
 でも・・・
 その後に鬼ヶ城へ行ったら、この看板だけで「通れるようになります」という表示がなかったです。
 鬼ヶ城センターの従業員さんは「3月7日には通れるようになりますからおいで下さい」と、口頭で宣伝していたようです。
 市の観光の方に予告の紙を出すように申し込みに行ったら、センターから伝言があったようです。
 センターも従業員は頑張って居るようですね。

 鬼ヶ城の良さは周遊して初めて実感するものです。
 東口から西口へでも、その逆でも良いのですが・・・
 問題は元に戻るのが大変と言うことです。
 同じ磯を戻るか・・・
 一般道路で帰るか・・・
 でもね、国道42号線鬼ヶ城トンネルは歩行者通行禁止なんです。
 推奨されているのは旧道の「木本隧道」を迂回するルートです。
 判りにくい近道を通っても15分ほど余計にかかりますね。
 熊野古道の峠越え同様、歩行者には優しくない観光地なんです。
 かと言って、観光客用にバスを走らせるほどは居ないんです。
 ほとんどの個人客が自家用車で来るだけに「元に戻れる」ことが大事なのですよね。
 思い切って、「熊野市駅前駐車場」ー「松本峠」ー「鬼ヶ城東口」ー「周遊道」ー「鬼ヶ城西口」ー「木本神社」ー「本町石畳道路」ー「熊野市駅」というコースでは如何でしょう?
 休憩を挟むと2時間半くらいですね。
 鬼ヶ城センターでは食事も取れますよ。

 この周遊道が通れるようになっても鬼ヶ城に来る人の100人に一人くらいがチャレンジするかどうか・・・
 でも、本来の鬼ヶ城が戻ってきました。
 朗報です。
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by je2luz | 2015-02-27 04:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)