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LUZの熊野古道案内

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タグ:東南海地震 ( 104 ) タグの人気記事


2019年 03月 09日

どうでも良い???

 昭和19年と昭和21年に動いてからは少しだけおとなしくしている南海トラフ・東海地震・東南海地震・南海地震の震源地関係も地下ではじわじわと動き続けて、エネルギーを充填中らしいです。
 じわりじわりと滑る「スロースリップ」があちこちで観測されておいるけど、報道はされませんね。
 気象庁では一応発表していますが、「南海トラフ地震との因果関係は不明」と言うことらしいです。
 東日本の時には異常を観測したけど、発表しないままで地震が起きちゃったらしいです。
 でも、予兆から本震までの時間が、一時間なのやら一日なのやら一ヶ月なのやら一年なのやら十年なのやら・・・予測・計算できないそうです。
 「地震予知は出来ない」と言う結論も出ましたしねえ・・・
 下は最新の気象庁発表のものです。
 気にしたら切りが無い
 「夜も寝れなくなっちゃう!」ですよ。
 水槽買って「なまず」でも飼育してください。

地震の観測状況
 南海トラフ周辺では、プレート境界の固着状況に特段の変化を示すような目立った地震活動はありませんでした。
 プレート境界付近を震源とする深部低周波地震(微動)のうち、主なものは以下のとおりです。
(1)四国東部・四国中部:1月23日から2月9日まで
(2)四国西部:2月1日から断続的に継続中
(3)東海:2月2日から2月10日まで
(4)紀伊半島北部:2月10日から2月19日、2月26日から3月3日まで
(5)四国中部:3月1日から継続中

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 ちなみに・・・
 熊野灘に面した我が家の二階で寝ている次男坊は2月8日未明三時頃に沖で地鳴りがするのを聞いたそうです。
「地震が起きるのかと身構えたけど起きなかった」と、言っていました。
 スロースリップですね。
 それもこの沖すぐのところでしょう。
 嫌ですねえ・・・
  


by je2luz | 2019-03-09 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 01月 18日

防災・耐震

 私の生まれたすぐ後に、「東南海地震」と「南海地震」があったのですが、赤ん坊だったので全く記憶にありません。
 台風に関しては、子供の頃からのべつ襲われていましたし、「伊勢湾台風」もこの木本の海岸で高波が堤防を越えて今は国道になっている場所にあった長屋や作業小屋を押しつぶすのを目撃しました。
 要害山にあった建物の屋根が飛んだしするのも見ました。
 長く人間やってますから、それなりに災害現場や被害を見ていますね。
 そして、「自然には逆らえない」と言う意識が強くなっています。
 浜にあった作業小屋が高波で崩され、堤防にぶち当たり、跳ね上がった所に強風が吹き、何十メートルも空中を飛んで民家に飛び込んだのもあります。
 だから、「花火の桟敷」に神経を使うのはその経験からです。
 こうしたことは、役所では把握していませんし、係がどんどん移動するし、退色して行きますからね。
 なんだかんだ言っても、未経験だし他人事になるみたいです。
 上からの指示があることだけはかたくなにやろうとするし・・・
 やっぱり、「自分の身は自分で守る」が一番大事なことです。
 でも、役所に対応して貰わなくてはならないことも一杯あります。
 現地の事情をどう取り次いで貰うかは大変なことなんです。
 同じ要望でもタイミングが悪いと実現しませんしね。
 いつも言うのですが・・・
 「むしろ旗を立てる運動」って、以外と効果無いみたいです。
 かといって、何も言わなければ何もしてくれません。
 その割に、「しなくて良いこと」は一杯していますね。
 この辺でも見渡すとあちこちに・・・

 自分でする対策って、家の設計段階から始まるのですが、最近の家以外は想定外のことが多いですね。
 日本ではタンス・食器棚などは、建物が出来てから据えますね。
 それが殺人凶器になるし・・・
 転倒防止するにも家の構造が・・・ 
 家の外では門柱やブロック塀が・・・
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 これは我が家の分電盤です。
 「地震で避難する時はブレーカーを落としましょう。」といいますし、今では「簡易型感震ブレーカー」なんて、アイディア商品があり。揺れると玉が落っこちでブレーカーを切るのがあります。
 熊野市でも75歳以上の老人を対象に1000円で取り付けてくれるそうです。
 でも、この分電盤はナイフスイッチのでかいのがメインなのでつきませんね。
 分電盤って普通は手の届かない所に付けてありますしね。
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 本箱の落下防止などは完了していますが・・・
 家自体は壊れてもつぶされることは無いだろうという構造にはしてありますが、「想定外の津波」が来たら、こんな対策は全く役に立たないでしょうね。
 木本や有馬の旧市街には家を建てさせないのが本当の都市計画でしょうね。
 もうすぐ、人口も半減するし、不可能な話では無いでしょう。
 土地神話が邪魔しますけどね。



by je2luz | 2019-01-18 05:01 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 12月 12日

南海トラフ地震

 これからの30年で70~80%の確率で起きるという「南海トラフ大地震」に関する指針が出されましたね。
 でも、やっぱり「予知は出来ない」と言うことが前提になっているのでわからないものみたいです。
 大体。規模も想定できないし、震源域は伊豆から四国の南までものすごく広いのですから、シミュレーションも出来ないのでしょう。
 その中間辺りの紀伊水道入り口は最近小さいのが揺れ続けていますね。
 引き金になるマグニチュード7とかの小さめのが起きる可能性が強いのでしょうか?
 そのクラスなら昭和の東南海地震程度で済むでしょうけど・・・
 それが引き金でマグニチュード9なんてのが起きたら・・・
 海底の地形などの影響かこの七里御浜は津波の予想波高は少し低めみたいです。
 木本から有馬へ掛けての堤防は海抜約15mです、
 でも、津波は猛スピードでぶつかってきますから波高もそれで収まらないし堤防が耐えられるか・・・
 そして、逃げろと言っても津波到達まで最短4分なんてのだと、家から出ることも出来ないでしょう。
 そのために堤防のゲートは常時閉めきりにはしてあります。
 その締め切りも普段は良く守られていますが、毎年、花火の頃の10日ほどは私が締めて回っても半日は開いています。
 馬鹿にならない確率なんです。
 でも、それを言うと「熊野大花火」も出来なくなりますね。
 本当は町と住民の安全と花火大会の活性化効果を天秤に掛けた検討が必要なんですね。
 確率はどんどん上がってきているはずです。
 津波が堤防の根本までしか来ない「昭和の東南海地震」の規模でも、運が悪ければ浜に居る人ほぼ全員が流されます。
 議会での質問でも取り上げたのですが、確率的には毎年一人くらいは死ぬ勘定です。
 保険を掛けるとすると保険料は1億以上になるでしょうね。

 今から街作りするのなら海抜30m以下は居住禁止とかの条例規制も可能でしょうけど、現実は無理ですね。
 新規の建設の規制すらして居ませんからね。
 最近の若い人は久生屋・金山に上がって家を建てます。
 口には出しませんが危険を避けているのでしょう。
 でも、熊野には適した高台は少ないです。
 山間部は山の端以外は大丈夫ですけど、中々そこまでは移住してくれませんね。
 大泊、新鹿の平地は全部危ないですね。
 その面から見ると海岸線の平地、今まで高評価だったところの価値はほぼゼロでしょう。
 とても受け入れられない話かも知れませんが見方ではそうなります。
 この屋敷も同様です。
 「昭和の東南海地震」で済めばその先70年とかは何とか無事かも知れませんが・・・
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by je2luz | 2018-12-12 04:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 10月 11日

ここは手薄ですね。

 ここでよく取り上げるものですが、ここ木本町は昔から高波や津波に襲われた記録が一杯あるところです。
 一人の人生では何度もあることでも無いのですが、いったん起きたら大事です。
 そのために木本という町はその時代時代に出来る対策を講じてきました。
 古い堤防は低かったですが砂利浜を掘り下げてうんと下から石垣を積み上げてありました。
 人力で砂利浜を掘り下げるのは大変だったと思いますが、かなり深く入っているらしく、私はその根を見たことはありません。
 伊勢湾の前、伊勢湾の後、そして今の新堤防と沖の潜堤・・・これが今できる最高レベルの対策まで仕上げました。
 先日も浜に面して住んでいる人から。「台風でも堤防に波が当たらんようになって安心やわあ」と、言ってもらいました。
 気がつかない人がほとんどですが、これによって木本は高波からはほぼ守られるでしょう。
 そして、内側と外側の階段の整備で一応浜に出られる道は確保したので、ゲートを常時閉鎖に踏み切りました。
 台風は予測できますが津波は予測できませんから、全国のこうしたゲートはほとんど閉鎖されており、七里御浜では木本だけが「入り浜権」みたいな感じで近年まで開いていたのです。
 堤防完成で半分閉鎖、階段完成で全面閉鎖になり、花火などの行事のある時や魚屋さんの仕事の時は開きますが、基本的には意味も無く開ける人はほとんど居ません。
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 これは木本祭りの時に開けられたままになっていたもので、今日、私が閉めました。
 この稲荷神社前のゲート周辺には民家が少ないのです。
 だから、開いているゲートを気にする人も居ないのでしょうね。
 親地町の漁業用の1番ゲートから始まってこれが一番南の9番ゲートです。
 親地町の1番2番は仕事上開くこともあります。
 3番は干物屋さんがシーズン中仕事の時に開きます。
 4~9番はほぼいつも閉まっています。
 地震から最短4分とか言われる津波第一波までに、開いているゲートを閉めることは不可能です。
 それだけに地元の人は用の無い解放はしません。
 残念ながら祭りに開けたのも「木本の人」なのだと思いますし、あいていて怖いのはこのゲートの近所の人のはずなのですが・・・
 花火の時期でも私が締めて回りますが、いつまでも私も生きているわけでもないし・・・
 困ったことなんですけどねえ・・・
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 こういう注意書きもすべてのゲートに貼ってあるのですけどね。
 この先の有馬堤防も完成し、すべて常時閉鎖になっています。
 ちょっとした油断の時に津波が来るかもしれませんから、よろしくお願いいたします。



by je2luz | 2018-10-11 04:31 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 19日

やっと対策を…

 私は東南海地震の近いことを言い出したのが世間では一番早いほうでした。
 国が「東海地震」を騒いだ頃に「東南海の方が危ないんじゃ無いか?」と考えて居ました。
 新鹿とかの人に「とにかく逃げて」と言って不思議がられたこともありました。
 もう、30年ほど前ですね。
 近年では「東南海」どころかもっと大きな「南海トラフ」なんてのが間違いなく起きると言われています。
 家を建てる時に、地震対策で屋根材を極端に軽くして「潰れる」という恐れは無くしました。
 「壊れる」のは防げないと思いましたからね。
 「筋交い」「火打ち」など通常より増やしても…
 箪笥なども置かないで造り付けに…
 と言いながら、本棚の本が飛んで出る事の対策を分かっているのにやって居ません。
 ようやくやる気になり資材を手配しました。
 2mmのステンレスワイヤーを貼れば一応止まるかなと思います。
 これまで46年?放置してましたね。
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 この手前にベッドがありますから飛び出すとよろしくないです。
 今、据わっている書斎の本棚も飛び出すかな?
 居間のも…
 カメラの保管庫をどう止める?
 両方とも作り付けなので倒れることは無いのですけどね。
 資材は2mmのステンレスワイヤー+端末処理用スリーブ+ヒートン+ターンバックルです。
 本が走る前に止めれば2mmワイヤーで強度はあると思うのですが…
 ほとんど出し入れの無い子供のアルバムとか古い議事録ですからピンと張っておいても不自由は無いでしょう。
 黄色い線の部分に張ります。
 不急の物は物置のロッカーに移しちゃう方が安全ですけどね。
 
 と言いつつ…
 資材のワイヤーが来ても末端処理をすぐにしないと意味ないですね。
 分かっていても中々やらない物です。
 作業時間は半日位のはずですが…

 私がやったからって地震さん、テストに揺すらなくて良いですよ。



by je2luz | 2018-09-19 04:13 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 20日

熊野の旅 あかんじゃろう! でもここにもあるなあ・・・

 大阪の地震の映像を見ていて・・・
 「あかんじゃろう!」と、叫んだのはあの小学校のブロック塀でした。
 控え・支えの袖壁は無いし、どう見てもまともに鉄筋も繋がっていない!
 断層が走り回っている大阪界隈では無茶でしょう。
 そうすると意外に早く非は認めましたね。
 学校は教育委員会ですが、ああした構造物は建設課などの部署が請け負って設計入札などやって居るはずです。
 素人でも解るような手抜きを!

 でも、ブロックの危険性は仙台での地震災害以降でも新しいのはそこそこ守られていても古いのは放置されていますね。
 議員当時に指摘したのですが、熊野市でも避難場所への道路に古いブロック塀がある箇所が存在します。
 市の作ったものでは無く民間のものなので強制撤去も出来ず、そのままになっています。
 撤去費と代替えの垣根の費用・・・
 ここは直下型は起きにくいのですが、震度6くらいは可能性がありますね。
 単純にブロック塀が倒れているのなら揺れ終わってからの避難は可能???
 でも、それで良いのかな???
 
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 都会と田舎ではこうした時、随分違いはありますが、「備える」という点は共通でしょう。
 熊野市でも水道の耐震化はまだまだです。
 田舎はガスはほとんどが単独のプロパンですから都市ガスよりは災害時には楽ですけどね。
 水も都会よりは・・・とは言え、昔のように谷の水を・・・とは行きません。
 地震・津波となると被災地が広域になるのであまり外には頼れないでしょう。
 姉妹都市の桜井市は事情が変わるので道が使えれば駆けつけてくれるでしょうね。



by je2luz | 2018-06-20 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 18日

市民を守るとはどういうことと思われますか?

 一般質問より

市民を守るとはどういうことと思われますか?

 市長と私とで認識がかなり違う部分に表題の「市民を守る」ということがあります。

 かつて木本の津波避難問題で、市長が「逃げなくてよい」と発言されました。 芝園・志原尻の津波避難タワーでも市長は必要なしとされたのか予算をつけなかったと言うこともあります。

 どっちが正しいかは100年1000年単位で地震が起きてみないと分かりませんが、市民の生命を守ることが行政の一番の役目だと思われますが、市長はどのようにとらえておられるのか?

 市長の予算配分・施策を見ていると「市民の安全」より「観光・スポーツ交流」の方に力を入れているように思われます。 市民よりよその人が優遇されている風にも見え、疎外感すら覚える人もいます。

 産業の面でも地場のものが置き去りにされていると感じられるところがあります。 

 こうしたことは市長と私の見解の相違なのでしょうか?

トップの囲み記事にも書きましたように、まさにこの部分が今の市長と私の立ち位置が違うところです。

この質問に対する答弁はに市長にして頂きましたが、「姿勢の違い」は埋まるはずもないです。

「逃げなくても良い」と言う発言のくだりでは「言った覚えはない」と言う答えが出ましたが・・・

その時。私があまりにも愕然とした出来事だったので、はっきり記憶していたその場のやりとりの中の・・・

「あなたも理系なら私も理系・・・津波は水を貯めるのでは無く海上では300Km/h、上陸しても80Km/hで走るとも言われている。「mvの二乗」の力学法則も知っているでしょう?」と、問いかけたことを持ち出すと思い出したようです。

「逃げなくて良いととられる発言があったとしたら申し訳ない」と言うことでしたが、その発言の訂正より、私が指摘したいのは、「まず逃げよ」より先に「逃げなくても大丈夫」と言う考えが頭にあると言うことです。

 私は国が「東南海地震」などと言い出す前、「東海地震対策」で動いている30年ほど前から「東南海地震の方が危ない」「取り敢えず逃げるしかない」と、大泊や新鹿の人に話しました。

その頃は「国は言わんのに」とも言われましたが、国が護る順番が東海道沿線よりこの辺が後だと言うことを説明したりしました。

 この様に、「逃げて、生き延びて貰う・・・」を最大の防御と考えて来ました。

 津波の予想波高が出された時も。清流の臨時号を大泊・木本・井戸など地域ごとに図入り発行しで避難を呼びかけました。

 市が動いたのはずっと後でしたね。

 この姿勢の違いが、「予算配分」などに現れます。

 どう説明されても、8億を超す野球場が優先されて、7500万の避難タワー予算をを流そうという発想は理解出来ません。

 市民の力で変えることが出来るのは表に出るほんの一部分です。

 こうしてお知らせ出来ることにも限度があります。

 何しろ、予算提案権はトップにあるのですからね。

 熊野市民の方々の意識が随分変わってきましたから、少しは行政を動かせました。

 私も随分勇気づけられ動きよくなりましたが、今一歩、市民の力で「熊野市を自分らの街」といえるものにしたいものですね。




by je2luz | 2017-09-18 04:12 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 17日

清流39号より

やさしい街とは
 市長を頂点とする行政の一番大事な役割は何でしょう?
 それは「市民の生命を守ること」なのです。
 色んな施策の根っこにはそれが無くてはならないはずです。
 それが欠けているとそこで暮らす市民はたまったものではありません。
 しかし、「市政」という大きな流れの中では、実感が無いことも多いでしょう。

 清流で長年お知らせしてきたことを思い出せば、「なるほど」と言うこともあると思います。
 「市民を大事にする」と言うような簡単に見えることも、市政を担うトップの考え・性格によって随分違いが出るものです。
 「市を動かす権限は住民にある」と言うのが民主主義の大原則ですが、代表制をとる近代ではその権限の多くを「市長」にゆだねているのです。
 それだけに、その人の性格が大きく作用します。

 「暖かい街」「市民にやさしい街」そんな町が出来るかどうかは、一つ一つの政策の積み重ねなんです。
 「防災公園と言う名の野球場」などがその典型ですね。
 8億を越えるようなお金が市民がおそらく使わないだろうという山の上に出来るのです。
 維持費だって大変なのです。
 その同じ項目の防災事業で「津浪避難タワー」の予算が流されて、市民と議会の怒りで慌てて復活させたり・・・
 他の地区でも、避難路の整備もままならず・・・
 このように、市民の安全に回す金がなくても、「鬼ヶ城センター」「温泉ホテル瀞流荘」「湯ノ口温泉」・・・
 観光も大切ですが、採算など度外視した投資を繰り返してきました。
 こうした施策を見て、あなた方は「熊野市から大切に扱われている」と実感出来ますか?

 熊野市は本来暮らし易いところのはずです。
 もっとやさしい行政が行われる、満足出来る街を作りたいですね。


by je2luz | 2017-09-17 04:11 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 11日

熊野の旅 防災とテレビ放送 2

 一つ前では、「台風・洪水」について書きました。
 自然災害で今の時代外すことのできないのが、「地震」ですね、
 日本は火山も多いし、なにしろ、こんな小さな島なのに地下では継ぎ接ぎだらけ、4つに分かれているのだそうです。
 よりもよってこんな所の島にこんなに大勢が住みつくなんて・・・

 黒潮・親潮が流れているし、温帯から亜寒帯に掛けての多様な季候があるし、海洋性なので雨も適度に降るし・・・
 これで、しっかりした地盤の上に載って流れていれば良かったのですが・・・

 活断層がなくて火山もない・・・
 日本では紀伊半島の南・・・紀州だけなんですよね。
 でも、すぐ目の前に地球の割れ目が・・・
 「日本海溝」なんてのがあるので、地上に断層がなくても安心出来ないわけです。
 こうしたものは少々離れていても、一旦動いて津波を起こすとチリ沖地震のように地球の裏側までやって来ます。
 それでも、離れていればエネルギーは小さくなり、波高が低くなります。
 そして、地震から津波来襲まで時間の余裕ができます。
 
 南海トラフ地震でも震源域によってその影響も随分変わるようですが、目の前で起きると、4分だとか14分だとかで襲ってくるなんて言われています。
 第一波が小さければ・・・と言っても二波までの時間もさほど無いようです。
 それでも・・・
 「逃げるしかない!」

 最近放送される津波の教訓などをしっかり身につけるにはどうすれば良いの?
 怖さなんて中々分からないものです。
 報道もややもすると「ここまで来た」なんて数値的なところを強調しがち出す。
 「あの時はここまでだったけど・・・」
 「今度はもっと逃げないと・・・」
 大事なのは・・・
 と、言うことだと思うのです。

 「一旦逃げて、じっくり見届けてから次を考える・・・」
 命があればなんとかなるものです。
 金山に三重県の備蓄している水などは決して多くは無いですが、繋ぎには役立つでしょう。
 自前の備蓄がもっと充実したら・・・
 備蓄も流されることもあるでしょうけど、端から持っていない備蓄が目の前に流れてくることはありません。

 「防災対策課」などは頑張ってくれていますが、人員配置を見ると、「熊野市って分かっているの?」と言いたくなります。
 スポーツイベントなどには年中大勢を配置しているのに・・・
 役所の意識を変えないと市民の意識を変えてもらう事ができないでしょう。
 地味な仕事ですが、役所がやるべき仕事では一番優先されるものでしょう。
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 足元で海抜11.3m・・・
 我が家の傍の電柱です。
 私の家の玄関で12m程ですね。
 そして、目の前の堤防が海抜15mです。
 「昭和東南海地震」「昭和南海地震」なら、問題ありません。
 それより3m高いくらいなら堤防も持ちこたえるでしょう。
 でも、何かに捕まっていないと座ってもいられないような揺れが3分も4分も続くようだと、逃げないといけないでしょう、
 120m程先の「要害山」へ走り、15mほど登らないと・・・
 あそこには水の備蓄も食糧もないけど、命は助かるはずです。
 そこまで走れるかどうかは別問題ですが・・・

 市民の皆さんにこうした自覚を持って貰うためには人員が足りないでしょう。
 役所のやる気は「予算配分」と「人員配置」である程度計れます。



by je2luz | 2017-09-11 03:54 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 08月 31日

防災の日

 「防災の日」とは関東大震災の日をこれに当てていますね。
 日本、中央にすれば「関東大震災」は巨大な災害でしたからね。
 「東日本大震災」「伊勢湾台風」「熊本地震」「第一・第二室戸台風」「狩野川台風」・・・ それぞれの地方ではそれぞれの大災害があります。
 この辺だと、「伊勢湾台風」と「12号台風大水害」「東南海大地震」あたりが近代では大きなものでしょう。
 でも、昭和19年(1944)12月7日の東南海地震とか昭和34年(1959)9月26日の伊勢湾台風などはすっかり風化してしまっています。

 人間の脳は嫌なことつらいことは忘れるようにできているのだそうです。
 だから、忘れ良いことなのでしょう。
 それに、1944年から73年。1959年からでも58年です。
 物事の記憶が残るのが10歳からとしたら、東南海を知るのは83歳から上…伊勢湾台風だと68歳から上です。
 東南海地震は記録が消されているし、記憶は朧げでしょう。
 伊勢湾台風でも記録はそんなに残されていないし、記憶もそろそろ…
 このように、地元で起きた実際の災害でもこんな具合なのです。
 同じ風水害でも「伊勢湾台風」と「12号台風」ではずいぶん様子が違いますね。
 こんな具合ですから、「防災」を語るのはすごく難しいです。
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 「防災訓練」てのもずいぶん見てきました。
 起きる事態を想定して筋書きを作って訓練しますが、下手すると、「訓練のための訓練」「実績作りの訓練」になってしまいます。
 大掛かりになるとそれが目立っちゃいます。
 無駄とは言いませんが・・・
 「上陸用舟艇まで動員した資材人員の陸揚げ作戦」など、その典型でしたね。
 その「失敗」を総括した話は聞きませんし、再チャレンジもなかったですね。
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 「地震てんでん」じゃあないですが、「防災」って「心構え」がすごく大切でしょう。
 心に備えがなければ。自身が結っても動けなくなるし、大雨でも避難しようとしないでしょう。
 それに、「出先」でも少し気配り目配りした方がよさそうです。




by je2luz | 2017-08-31 04:26 | 熊野 | Trackback | Comments(0)