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LUZの熊野古道案内

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2019年 04月 19日

日本国 人口 2

 発表された推計人口の続きです。
 この数字の元になって居るのは「国勢調査」で、その数字に各自治体で登録されている人口の動きを毎年の10月1日の数字で補正して発表しているようです。
 今は、そうしたものもデジタルデータ化されて居るので集計、分析するのも楽でしょう。
 総務省の発表している概要は・・・
 2018年10月1日現在の推計人口 このPDFページにあります。
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 この下り坂は1981年代には予測されていたのですが歯止めは掛かりませんでしたね。
 黒い部分のは「自然増減」で、完全なマイナスですが、外国からの流入などの「社会増減」はプラスです。
 今年からの外国人受け入れ枠増大でこの部分はしばらく上昇するのでしょう。
 でもこれもいつまで続くか分かりません。
 日本社会が本当に受け入れ、融合して行くので無ければ続かないし、すでに起きかけているとも言われている「外国人労働者の逃げだし」が表面化すると社会的な混乱も大きいでしょう。
 日本という国の社会構造、産業構造が崩壊しかねませんからね。
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 これが「自然増減」の元になるグラフです。
 注釈にありますが左端の二年は沖縄県が入っていないので出生数がいったん跳ね上がってから下がるように見えます。
 男は2005年、女で2010年頃から生まれるより死ぬ方が多くなり、自然減の数字もどんどん大きくなっています。
 でも、これだけ年寄りが死んでいるように見えてもしばらくは年寄りは増え続けます。
 2018年には全国でも70才以上が20.7%、75才以上の後期高齢者でも14.2%にも達したようです。
 後期高齢者の私とすれば仲間が多いと言うことですが、社会的に見れば大変なことですね。
 人生に定年制を敷くわけにも行きませんしね。
 75才まで働かせてもその先が14%も居ると言うことです。
 消費税を少々引き上げても、年金支給年齢を引き上げても足りないですね。
 「姥捨て山」「楢山」なんて古い日本では、老人を支えきれなくて生み出した知恵があったようです。
 恐ろしげな話ですが、この数に「中高年引きこもり」61万人とやらを加えると・・・
 外国人を呼んで最賃法以下でこき使って済む問題ではないです。

 隣の中国も韓国も急速な高齢化を迎えるようです。
 人口の増えすぎた「地球号」が楽になるのでは無いのです。
 片方で人口爆発を起こしていますからね。
 国・人種があるので、富の再配分も人口の再配分も不可能なんでしょうね。



by je2luz | 2019-04-19 04:25 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 17日

昭和24年9月28日 の三日後

 続けて毎日新聞記事を載せましたが、この三日後に世界の歴史を変える大事件?が起きたのです。
 1949年10月1日、北京天安門で「中華人民共和国建国宣言」がありました。
 三日前の毎日では「中共 翁源に広東臨時政権 広東市接収準備」と小さく出ていますが、実際は世界をひっくり返す事態の準備が整っていたのでしょう。
 すでに国府軍、蒋介石の敗北と台湾への脱出が始まっていたわけです。
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 国府軍の負けがはっきりしたのでしょう、英国の大使に引き上げ命令が出たのも並んでいますね。
 大変な時代だったのです。
 本格的な南北冷戦のスタートですね。
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 こののち、朝鮮戦争、ベトナム戦争・・・こうした代理戦争が日本の復興を支えたのですから怖い話です。
 日本は敗戦処理がうまくいって国土を南北に切り裂かれなかったことは幸いですね。
 下手すると国の境が歯舞色丹の所では無く「津軽海峡」になって居たかも知れないという話がありますからね。
 樺太や千島での終戦宣言後の守備隊による抵抗が国を救ったとも言えるのですが、あまり、表に出ませんね。
 終戦後だし日本は敗戦国だし表には出せないのかも知れません。
 国際問題って厄介なものです。



by je2luz | 2019-04-17 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 16日

千葉・白石・靑田・川上 別所!?

昭和24年9月28日毎日新聞の続きです。
 たった二面の新聞なのにスポーツ記事が出ています。
 野球がダントツで人気のあった時代です。
 「大映ー東急」「巨人ー中日」、東京六大学「慶応ー法政」。関西六大学「同志社-立命館」と結果が出ていますね。
 そして、プロ野球は選手成績も・・・
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 巨人軍を見てください!
 千葉・白石・靑田・川上・・・とならんでピッチャーは別所です。
 中日には西沢がいます。
 東映には小鶴がいます。
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 私はまだ小さくてこの頃はまだ野球放送など聴きませんでした。
 少しすると「巨人フアン」になり「靑田」が好きでした。
 このメンバーで「別所」の名前を見ると「300勝投手・巨人のエース」と、浮かぶ人が多いでしょうね。
 でも、この年は「別所事件」の年なんです。
 南海のエースを引っこ抜いた大事件だったのです。
 この事件があってからプロ野球界では協定とかが出来たのだそうです。
 巨人軍ってその後でも、「江川・空白の一日事件」なんてのを起こしましたね。
 協定違反で無くても、金田・落合・清原・川口・広沢・工藤・小笠原・・・よそのエースや4番バッターをお構いなしで引っ張っています。
 あまりにも露骨なやり方が巨人の人気を落としてきたのかも知れませんね。

 こんな小さな記事から戦後の野球の一面を思い出しました。
 広告も時代らしく洋裁学校が文化、ドレメ系列などが並んでいますし、映画の広告には「足を洗った男・長谷川一夫・山根寿子」「北ホテル・アナベラ」なんてのがでています。
 UP通信社の副社長が本社を訪問したことが飛行機の紹介と共にでているのが戦後すぐらしいです。
 「サンフランシスコ・講和条約」は1951年9月8日昭和26年でこの新聞の2年後です。
 ボーイング377と言う飛行機はB29を元にした大型旅客機だったようです。
 下のように改造されたものはアポロ計画のロケット部品輸送とかで使われ、新聞に載ったこともありますね。
 スペースシャトルはジャンボにおんぶされていましたけどね。
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 もう、パン・アメリカと言う航空会社は無いんですよね。
 航空バッグが流行った頃、パンナムは人気だったのですが・・・



by je2luz | 2019-04-16 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 15日

昭和24年9月28日 毎日新聞

 今日は新聞休刊日です。
 年に何回かある「なんだか物足りない日」です。
 テレビはあるし、NETもあるし、新聞が無くても不自由の無い時代なんですけどねえ・・・
 子供の頃は「毎日新聞」、東京に出て以来こちらに帰ってからも「朝日新聞」です。
 世の中で言う「赤い朝日」を長年撮ってきたので赤くなっちゃったのかも知れませんね。

 古い新聞が出てきました。
 何かをくるんでいたものでしょうね。
 昭和24年9月28日木曜日・1949年ですからほぼ70年前、戦後4年ほどしか経っていません。
 まだ紙の無い時代ですから二面までで文字も小さいです。
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 二面の記事ですが、満州からとソ連によるシベリア抑留者の帰還が載っています。
 その続きに記事では、まだ、満州には満蒙開拓団の未帰国者が5万人という記事があり、ようやく聞き取り調査が始まったのだとか・・・
 記事では分からない程度のふれ方ですが、シベリアからの引き揚げ者が赤旗を振って騒いだこともあったそうです。
 私が小学校に入った頃の日本はまだこんな状態だったのですね。
 大学に入った頃でも、東京都庁には「引き上げ援護局」みたいなのがあり、一杯職員が居ましたからね。

 この記事の隣には「原虫対策を急げ」という寄生虫対策に関する記事が出ています。
 薬が高くて手が出なかったとか・・・
 私が小学生の頃に、回虫駆除と称して「海人草」という煎じ薬を学校で飲まされましたね。
 まだ、人糞が肥料として普通に使われていましたから、回虫を持った人が多かった時代です。
 でも、一説には「回虫を駆除しちゃったのでアレルギーが増えた」とか言いますね。

 昔、畳を上げて大掃除をした頃には、敷いてある古新聞を読みふけって仕事にならないなんて話もありましたね。
 一年か二年前の新聞でも結構面白いものなんですね。
 この新聞ほど古いと記事の内容はピンと来ません。
 と言うより、私が幼すぎる時代の記事で実感が無いのです。

 一面トップ記事は「歳出五千六百九億円 貨物八割以上値上げ 大蔵省案」とあります。
 次の見出しは「問題は公共事業費と補給金」とあり失業給付金が公共事業費に入っているような書き方です。
 「失対事業」なんてのが私が東京に出た頃にも行われていました。
 東京の歩道の舗装なんてその事業で年中やっていました。
 今は失対事業みたいな救済処置は無いようです。
 世の中変わったようで問題はあまり変わっていない感じもします。
 「山谷」「釜が崎」なんて底辺を支えたドヤ街、労働者の町も呼び名も変え、高齢化で姿を消したとか・・・



by je2luz | 2019-04-15 04:37 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 14日

日本国 人口 1

 2018年10月1日現在の推計人口が発表されました。
 10月1日というのは国勢調査の調査日だからそれに合わせているのでしょう。
 詳しくは総務省統計局のHPに出ています。
 国の統計に関しては色々問題が出ていましたがこの数字はいじられては居ないでしょう。
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 これが社会の時間にも習った「人口ピラミッド」です。
 私が子供の頃に見たものは凸凹があるにしても、底辺の方が広い「ピラミッド型」でしたが今では寸胴型から頭でっかち型になってきています。
 これがもう少し経つとエノキダケ型になるようです。
 70才くらいが第一次ベビーブーム、40代半ばが第二次ベビーブームですね。
 第一次ベビーブームの人達が後期高齢者になり出すと大変だと言われます。
 私はそのすぐ上の出っ張り世代です。

 総人口は8年連続で減少になって居ます。
 23万6千人もの減少だそうです。
 「日本人」だけにすると43万人も減っているそうです。
 三重県の人口が約180万ですから5年経たないうちに三重県が消滅するピッチなんです。
 怖い数字なんですが、人口密度が高すぎると言われた国がいつの間にか過密で無ければ成り立たないように変質していたんですね。
 人口が増えているのは東京・沖縄・埼玉・神奈川・愛知・千葉・福岡だけです。
 この中で沖縄県だけが他の大都市の増加とは意味が違うのでしょうね。
 経済が発展しているのでも無いけど、違う価値観の若い人が移住し子供も増えているようです。
 それが田舎の生き延び方の一つでしょう。
 国全体がそれでは国力は落ちるのでしょうけど、「人間の幸せ」と言う目で見れば、それもありなのでしょうね。
 ブータンが「幸せの国」なんて言われましたが、あの国も決して経済的とか言う面では豊かでは無いですよね。
 日本でも、昭和初期とかの生活が不幸だったわけでも無いようです。
 「幸せって何か?」・・・難しい話ですけどね。



by je2luz | 2019-04-14 04:23 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 13日

休校と廃校

 近年少しずつ学校が減っています。
 熊野市だけでは無く全国で減り続けています。
 子供の数が半分になったし、その数も過疎化で偏っていますからね。
 昭和の時代から熊野市でも「分校」の閉鎖が始まっていました。
 普通に見ると「閉鎖」で「廃校」に見えるのですが、実態は「休校扱い」が多いのです。
 「なぜ?」
 廃校になると残しても壊しても金は掛かるし、「学校施設」では無くなるので管理費が下りてこなくなるのです。
 だから、「休校扱い」して、市全体の計算で降りてくる管理費を生きている学校に多く振り当てる手法を採ってきたのです。
 恐らくその手法は今も採られているので下のような数字が出てくるのでしょう。
 熊野市では小学校が9校ですが、休校中が10校もあるようです。
  「新鹿」「木本」「井戸」「有馬」「金山」「神上」「五郷」「飛鳥」「入鹿」は生きていますね。
 10の休校って・・・「甫母」?「二木島」「遊木」「波田須」「磯崎」「柳谷」「育生」「小阪」?「矢の川」?「楊枝」?「赤倉」?「瀬戸」??超えちゃったけど分校とかはどうなんでしょうね?
 中学校は「新鹿」「木本」「有馬」「神上」「五郷」「飛鳥」「入鹿」の7校が生きています。
 休校が3校ですが…「荒坂」「育生」「神上」かな?

 小学では木本・井戸の統合、飛鳥・五郷の統合、神上・井戸の統合は予想されます。
 中学も「神上」「木本」「有馬」の統合、「五郷」「飛鳥」の統合は普通なんでしょうね。
 「神上」と「井戸」は保育所の通園が始まっているので自然にその方向になるでしょう。
 地形が複雑で悪すぎるので本当の統合には難点もありますが、南郡を含め考えないと、まともな教育ができなくなってきそうです。
 生まれる子供がこの広い熊野市内で年に100人を切ってきますからね。
 木本と井戸を合わせた木本中学校の入学生が44人だったとか・・・
 部活もままならないですからね。
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 旧神上中学校・・・生徒で溢れていた時代もあったのです。
 昭和34年(1959)伊勢湾台風の年に西山村の「瀞東中学校」の分校から独立したのだそうです。
 と言うことは、西山村も大きかったのですね。
 小規模校対策で「小中一貫校」なんてのが出来ていますが、最早それも限界でしょう。
 各学年3人とかでは手に負えないですね。
 昔東京にあった「水上小学校」などのような寄宿制というわけにも行きませんしね。
 低学年と高学年、中学では授業時間も随分違うのでスクールバス運行も厄介でしょう。
 それでも、集落統合が出来ないなら送迎を考えなくてはならないでしょう。
 5G利用の遠隔授業では、大人数学級の代わりは出来ないと思います。



by je2luz | 2019-04-13 04:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 12日

木本200 紀南62

 今年の県立木本高校と紀南高校の入学式が行われたようです。
 ここの出席した数が正式の入学数なのでしょう。
 志願者とか合格者数では他所に流れたりして誤差が生じます。
 木高はきっちり200人の定員だけ入学してきたようです。
 紀南高は62人だと18人欠員なのかな?
 調整失敗での不合格者って出たのかな?
 下の数字は昨年度からこの先令和8年までの、両校を志望する可能性のある熊野市と南牟婁郡の中学卒業生の見込み数です。
 これで見ると今年は306人卒業したようですね。
 そして、両校に入学したのが262人ですから、44名が就職とか他の高校とかに進んだ子供でしょう。
 それには他所の進学校に行ったことか近大付属新宮高校や高専に行った子も居るでしょう。
 この数字は大きくは変動しないのでは無いでしょうか?
 と言うことは・・・
 来年の入学見込みは252ー40とすると212名しかありませんから、5クラス分ちょっとです。
 それからは小康状態ですが、増えはしません。
 5クラスだと県による統合圧力が強くなります。
 「わが母校」なんて面子とかノスタルジーを抜きにして、「教育」を見るなら統合すべきでしょう。

中卒
予想
  H30 H31 R2 R3 R4 R5 R6 R7 R8
  2018 2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025 2026
熊野市 147 132 109 119 123 105 113 101 99
南牟婁郡 185 174 143 160 150 168 156 138 144
合計 332 306 252 279 273 273 269 239 243
 これを言うと、紀南高OBにも木高OBにも受けが悪いようです。
 小学校・中学校の統合でも同じなんですが、「教育」なんてそっちのけの議論が多いように思います。
 超少人数での英才教育は公立校では無理なんですから、ある程度の規模を確保して、進路別に適したカリキュラムなり教員を確保するのがベターでしょう。
 私たちの頃は、普通・商業・家庭で8クラス400人体制でしたが、マンモスではありませんでした。
 今や全部受け入れても半分の規模なんですからね。
 全国的に高等学校の縮小、廃止が進んでいます。
 と言うことは、客の奪い合いがどんどん激しくなるでしょう。
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by je2luz | 2019-04-12 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 11日

オリンピック前夜 1963 東京 3

 続けて昭和39年のオリンピック直前の東京について書きます。
 戦後の復興期が終わりかけた頃で色んなことが大きく変わった時代です。
 この少し後になると銀座には「みゆき族」なんてのがうろつくようになりますし、世の中はミニスカート時代になって行きます。
 大学生も学生服からブレザー、スーツに変わりました。
 今載せているシリーズはその大きく変わる時代の真夜中から明け方へ掛けての銀座周辺です。
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 何てこと無い路地裏のゴミ出し風景ですが、この時代は最先端の光景なのです。
 「セキスイ」がプラスティックのゴミペールを出し、東京都に承認され五に圧名に革命が起きた時なのです、
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 同じ銀座の光景です。
 東南アジアの光景では無く、半世紀前はほとんどこの光景だったのです。
 分別も無し、ゴミは増える一方・・・
 ひたすら東京湾を埋め立てて処分・・・「夢の島」なんてすてきなものが出現してくる時代です。
 金に換わるものは明け方に大八車・リアカーを引いたゴミ集めの人が回収していました。
 今は集積場のゴミを横取りすると窃盗罪に問われますね。
 「セキスイのゴミペール」は丈夫に作られていたので、ゴミ回収の時に投げ出されても持ちこたえたのです。
 かくして、その方式が全国に広がったのです。
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 さすがは銀座!
 この時代にビニール袋でゴミ出しするお店もありました。
 もちろん無分別です。
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 諸外国と違うのはほとんどの道ではこのように綺麗にされていました。
 でも、吸い殻はゴミだと思われていない時代です。
 ゴミ一つとってみても、時代は動きますし、お国柄も出ます。
 でも、ゴミは減らないようです。
 生物分解性のプラスティックの普及も進みませんね。



by je2luz | 2019-04-11 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 10日

靖国 150年

 靖国神社は今年で150年を迎えるそうです。
 その歴史の半分はこの神社が存在する理由とも言える戦争の時代でした。
 私がこの記事を書くと腹を立てる人も居るかと思います。
 私は戦死した父親を大事にしていないようですからね。
 一応、私も「遺児」の一人です。
 靖国にも何度か参拝していますし、中学の時には団参で熊野市中の同学年の遺児で東京に行った記憶があります。
 家族でも参拝したこともあるし、受験前にもお参りしました。
 東京では随分写真を撮りましたが、靖国を撮ったのは二回くらいしかありませんね。
 今回、ネガをチェックすると日本しか出てきません。
 記憶に残っている、おばあさんがもんぺを履いて急ぎ足で社殿に向かう写真が見当たりません。
 今の私の取り方に近い写真だったのですが・・・

 この写真は昭和37年とかの時代ですから、戦後17年ほどしか経っていません。
 遺児の一番若い方になる私がようやく18歳とかです。
 子供を亡くした親でも40代から60代です。
 夫を亡くした妻となると30代から40代でしょう。
 私のように父親の顔すら知らない遺児はぴんと来ませんが、靖国に参る人達は今では想像できないほど生々しかったのでしょう。
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 何処の国でも国に命を捧げた英霊に対して礼を尽くして祀っているようです。
 それが権力者に利用されることも多いようですし、日本でもその過去があり、今も影響が残って居るように思えます。
 すなおに「靖国」を受け入れられない私のような人間も結構居るでしょう。
 そして、死後でも階級が生きている軍人の世界がそこに透けて見えます。
 「千鳥ヶ淵」との関係もすっきりしません。
 あと20年もすると、直接の当事者は遺児でさえ居なくなってしまいます。
 変な風に利用されなければ良いのですが・・・
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 美化してはいけないこともあるのです。



by je2luz | 2019-04-10 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 03日

平成を見送り令和を迎える

 新元号が「令和」に決まりました。
 前にも書きましたが、平成最後の日没と、令和最初の日の出時刻を調べました。
 場所によってこの時間はずれます。
 東に行けば早くなり西に行けば遅くなりますね。
 日の出は高い所では早いですし、日没は西の方に山があれは早く沈みますね。
 熊野市役所の緯度経度で出された数字です。
 市役所は岩山の陰なので本当には遅いのですが、この時刻は木本の浜と同じです。
 日の入りは熊野では山に沈むので少し早いですね。
 4月30日 日没 18時38分頃
 5月1日  日の出 05時07分
  三重県でも津市だと3分ほど早いようです。
 初日の出よりは回数は少ないですよね。
 各地の日の出名所では人が集まるでしょうね。
 七里御浜は海から昇りますし、何千人、何万人来ても混みませんよ。
 コンビニとすき家がありますから、朝飯も大丈夫でしょう。
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 今年の初日の出ですが運が悪いと水平線に雲があります。
 見る人の日頃の行い次第でしょう。
 昇る場所はうんと左になります。
 猪ノ鼻に掛かるのかな?
 獅子岩以南の方が良いかも知れませんね。



by je2luz | 2019-04-03 04:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)