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LUZの熊野古道案内

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2018年 11月 06日

紀和のふるさと祭り

 3日のお祭りとイベント盛りだくさんの中で最後にたどり着いたのが「紀和ふるさと祭り」でした。
 飛鳥。五郷の後で神川花知神社と育生高倉神社の前は通りましたが小さな集落の神社なのでよそから行って祭りを覗くのも気が引ける状態なので素通りしちゃいました。
 山の中にひっそり祭られている「高倉神社」は雰囲気の良いお宮さんですけどね。

 紀和町の「ふるさと祭り」は完全なイベントです。
 舞台では「いこらいジャー」の寸劇があったり、フラがあったり、木本高校の吹奏楽部の演奏があったり、駅前の「くまの世界No.1」とかいうイベントとよく似たものです。
 紀和の祭りは火祭りもそうなのですが意外と人が集まります。
 会場が比較的広いからイベントはやりよいのですが、ちょっとばかり駐車場がよろしくないですね。
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 「B&G海洋センター」は笹川良一氏のボートの財団が寄贈してくれたものです。
 右手に温水プールがあり、ほかには道の駅「板屋九郎兵衛」と、熊野市紀和出張所・コミュニティセンター、鉱山資料館などが並んだ紀和の心臓部です。
 道を挟んで郵便局とかお店もあります。
 紀和の人口は昔10000人、今1000人と言われる町ですから、この人出は大変なものです。
 町民全部より多いかもしれませんからね。
 熊野の中心部からも随分出かけています。
 店もいっぱい出ているので村祭りよりは楽しめるのかもしれません。
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 今年は「アユ釣り」でしたが、こうした出し物もあるくらいいろんなものがあり、市内のお店からプロの露天商、そして「新姫ちゃんトランポリン」も来ています。
 完全に市のバックアップを受けた形ですね。
 過疎地に賑わいにはなるでしょうけど、元々の小栗栖の八幡様のお祭りとかはどんなものなのでしょうね?



by je2luz | 2018-11-06 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 05日

秋近し?

 昨日は紀和の火祭りに向かうとき風伝峠から丸山千枚田にぬkじぇて行きました。
 その前に通った紀宝町相野谷では稲が色づき一部では刈り取りを終えていました。
 超早場米の産地ですからね。
 灼熱地獄のような気候ですが、窓の外は秋の景色でした。
 丸山千枚田の展望台に着いたときは日が少し傾きだし、靄のかかったような山の下に千枚田が見えていましたが、こちらはまだ夏の田んぼでした。
 まだ8月頭ですからね。
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 紀和に着いたのが少し早かったので瀞流荘に隣接している熊野市ふるさと振興公社の鳥の加工場・トロッコ電車の方に車を入れました。
 そこには鹿の親子が暑さを避けて涼んでいました。
 写真はスマホですが、車を止めて降りても逃げる気もありません。
 「谷風に吹かれて涼んでいるのを邪魔するな!」と、言っていたのかもしれませんね。
 山の中とはいえホテルのそば食肉加工工場の敷地です。
 トロッコ電車も発着します。
 のんびりしていてよさそうですが、本当は良くないですね。
 真昼間に鹿の親子がくつろぐようでは、柵のない農地では何も作れないということですし、秋になると雄鹿は人に突っかかってくることもあるし…
 奈良公園の鹿よりははるかに気が荒いでしょう。
 トロッコ電車の駅でもあるし観光客の安全も考えないといけないでしょうね。
 今は全国的にけだものと人間のトラブルが増えていますからね。
 この猛暑で山もおかしくなってくるでしょうし、要警戒かもしれません。
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by je2luz | 2018-08-05 04:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 12日

伝統?

 日本の田舎にはいろんな行事がありました。
 特に田舎のほとんどが農村だったので農事に関連したものが多かったようです。
 普通に行われる「正月」「小正月」なんてのに加えて、折々の農事に祈りを込めた行事を加えていったようです。
 この辺は大きな穀倉地帯ではなく山間部の小さな田畑を耕してきたところですからそんなに大きなお祭りもないですね。
 何しろ「北山一機」などと言った「百姓一揆」が軟調や戦の落人より歴史に多く出てくるくらいですからね。
 私は田んぼもある食管法で言えば「生産者」の家で育ちましたし、周りもほとんど農家でした。
 育った時期が戦後になりますから、どんどん生活が変わっていった時代でした。
 「新生活運動」なんてのが頭を持ち上げてきて、「婦人会」を中心に「古い習慣は悪い」と
 「文化大革命」ほどは過激ではなかったですけどね。
 それでも、いろんなことを「迷信」という言葉で否定排斥するのを子供のころに見聞きしました。 

 私が子供のころ、飛鳥町小坂では「早苗饗・さなぶり」と言う、田植えが終わった時の行事に合わせて「運動会」がありました。
 秋には「いのこ・亥の子」という行事でぺったんこの餅に塩味のあんこをまぶしたものを作りました。
 でも小正月に各地で行われたという「鳥追い」とか「モグラ追い」に話か聞きませんでしたね。
 そして。「虫追い」については「あったんだよ」とは聞きましたが、目にしていません。
 子供たちがたいまつに火をつけて田の畔を回って、「うんか」などの害虫を日に誘って焼き殺すというものです。
 紀和町丸山千枚田では、この「虫追い」が復活しています。
 ただ。その実態が少しばかり???かな?と思います。
 写真をご覧になった方もおられりと思いますが、今流の灯りが千枚田一面にともされ、花火も…
 農事行事ではなく「イベント」ですね。
 千枚田を文化財・遺産として守ってゆくこととずれが生じている気もします。
 身内が楽しむにはコスト(公金)が…
 と思うのは私だけでしょうか?
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by je2luz | 2018-06-12 04:25 | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 10日

熊野の旅 千枚田は文化財です。

「千枚田」と言われるものは全国に一杯あります。
 「棚田百選」と言うふうに。きれいな物などだけでも100を超えるという訳です。
 日本は山地が多いですから棚田も多いのです。
 熊野市でも有馬田んぼと井戸の真ん中を除けばほとんど全部「棚田」ですからね。

 千枚田と言っても千枚ないものも多いようで、紀和の「丸山千万間」も荒れていたころは半分もないとか言われましたが、徐々に復旧されて今では「1340枚」もあるそうです。
 北川知事が観光資源として際開発しようと乗り出したときは一番荒れていたころですね。
 この「千枚田」は位置づけ次第で評価は変わるでしょう。
 「観光資源」とみるなら「採算性」がついて回り、疑問符が付きます。
 「文化財」「文化遺産」とみれば評価基準をかなり引き下げられますね。
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 この千枚田は想像以上に維持費がかかります。
 単純に「稲作地」とみるならこんなに条件の悪いところはないでしょう。
 だから、外から後押ししないとすぐに元通りの荒れ地・山に戻っちゃうでしょう。
 そのため、維持のための経費に大金がかかっています。
 石垣を積み上げた棚田ですから豪雨で崩れることもありますし、災害普及も大変です。
 今のところは「文化財」としての価値を含めて維持する意味もあるでしょう。

 その活動の一部として「棚田オーナー制度」と「棚田を守る会」と言うのがあります。
 オーナー制度は年間3万円で、特典としては、田植え・虫送り・案山子つくり・稲刈りなど各種のイベントへの招待、棚田米の新米10Kg、紀和温泉の宿泊や入浴割引などの特典があります。
 守る会の方は、年会費一口一万円で棚田米2Kgなどの特典もあります。
 オーナーさんなどはよその方がたくさんおられます。
 こうした制度をとるところも多いし、広がりをもつのはなかなか大変みたいです。
 丸山地区でお百姓さんを続けてくれる人を確保しないと維持できませんしね。
 


by je2luz | 2018-02-10 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 14日

熊野の旅 棚田を護る

 熊野市紀和町の丸山千枚田は日本棚田百選にも選ばれるきれいな棚田です。
 一事は放棄され山に戻りかけていたのですが、今は早稲田の教授になっておられる。北川正恭さんが三重県知事当時にこの棚田に目を付けて復活させたのです。
 当時はこの丸山地区は南牟婁郡紀和町だったと思います。
 この千枚田は1300枚ほどあると言う大規模なもので、古くは鎌倉時代?からだとか・・・

 まあ、ここまで良く開拓したものだ・・・というのが感想です。
 水は近くの谷からとっていますが、そんなに水量のあるものではありません。
 効率よく少しずつ高さを下げながら左右に分け下に落とし・・・
 「水盛り」という手法で測量したのでしょうね。
 たいしたものです。
 隠れ里のような所で塊根を続けた?

 水田は治山・治水にも役立ちます。
 でも、こんな地形に積み上げた石垣は崩れもします。
 ここでは、崩れてもコンクリートけんち石とか使うわけにも行かないので工事も大変です。
 「棚田」は景観を大事にしますからね。
 「稲作水田」としての価値はないですから・・・
 この千枚田も「観光資源」「文化財」として存在価値があります。
 「観光資源」と言うにはコストの割に銭は産みません。
 「オーナー制度」で協力を仰いでも採算は合わないです。
 維持するだけで2000万円を超す費用が必要です。
 それでも「文化財」として護る意義はあるでしょう。
 丸山地区の住民の方も高齢化が進むし、この先の維持がますます大変ですね。
 何しろ・・・
 「百選」と言うくらい日本中に綺麗な棚田があるんですから・・・
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by je2luz | 2017-09-14 04:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 09日

熊野の旅 千枚田稲刈り

 10日日曜日に紀和町丸山千枚田で稲刈りがあります。
 丸山千枚田の稲刈りはこの辺の稲刈りではしんがりの方です。
 稲作がどんどん前倒しになり、紀宝町などでは7月に稲刈りが始まりますね。
 そして、9月に入ると有馬田んぼでもほとんど稲刈りは終わっています。
 昔ならB10月ごろが稲刈りの盛りだったのですがね。
 作付けが早まったので台風の被害からは逃れられることが多くなりました。
 でも、イナゴ君やドジョウ君などは生活のサイクルが狂って困ったでしょう。

 「丸山千枚田」
 棚田百選にも選ばれるきれいな棚田です。
 「千枚田」と言っても1000枚もないものが多いですが、「丸山千枚田」は復旧したものだけでも1000枚を越しています。
 北川さんが知事になってここに注目したころには半分以上耕作放置され荒れていたようです。
 その田んぼを復旧して今の美しい棚田にしていったのですが、この工事も大変でしたが、この細かい田んぼを維持するのって労力もお金も大変なんです。
 「農地」と解釈するのなら放棄した方が賢いです。
 私もこの「丸山千枚田」は「文化財」として保存する価値があると思います。
 防災の意味もありますけど…
 「観光」資源としてはあまり金は呼ばないでしょう。
 「オーナー制度」によって、維持費が助かるところもありますが、この先も「オーナーさん」を確保し続けないと苦しくなります。
 あの地形ですから通常の維持管理費だけでも大変なのですが、事災害が起きると…
 地元の人たちが見限ったくらいですからね。
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 熊野市中が山田だらけなんですが、全部を残すことはできません。
 前にも書いた「中間管理機構」と言う制度も使って、農地として残せるところはそこにある家ともども保全する方向で考えないといけませんね。
 法律も少しずつですが使える方向になって来たようですからね。
 もう一歩、Uターン組とか戻ってきたい地元出身者に手を入れるようにしないと、廃集落が増えるでしょう。

 今一度、「要らん田んぼ」「要らん家」について考えてください。
 役所も考える時代にしたいものです。
 


by je2luz | 2017-09-09 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 06月 29日

「清流」38号印刷完了

 清涼の38号の印刷が上がってきました。
 今回は議会終了と同時に原稿を仕上げに掛かりましたから、少し早いです。
 記事が長くなったので、数は減りました。
 一面の囲み記事の下は・・・

地域おこし協力隊という存在

 皆さんも「地域おこし協力隊」というのを聞いたことがあると思います。

 国の制度で、都会育ちの若い人を田舎に送り込み、地域の担い手を育てると共に、その人達を田舎に定住させようというものです。

 私が議会に戻った時から始まって、熊野市はモデルケースでした。

 一年契約で15万円ほどの固定給があり、地域活動に参加するとか、農業をやるとか色んな事を経験し、最長3年まで居られます。

 今では全国の市町村がこの国の補助制度を使って、都会から人を呼ぼうとしています。

 この制度では地元出身の若者は対象になりません。

 3年という年限も見知らぬ土地で定着して生きる基盤を作るのはかなり厳しいものです。

 全国での募集が増えたこと、最初のように「農村生活も良いかな?」なんて気軽なのが通用しないことも知れてきたので、応募者も減って居るようです。

 私は最初の時から、「気軽に採用するのは良いけど、若い衆に教える物もあまり無い町だし、逆に教えるほどのノウハウを持った若い衆も来ないだろうし、1年から3年で若い衆の将来の芽を摘むことが無いように気を付けてやって欲しい」と、注文を付けました。

 最初に来た子は一年で帰って行きましたし、中々、定着は難しいです。

 悪い施策では無いですが、人材を見抜くのは難しいと思います。

 市職員が付きっきりでサポートすることも出来ませんし、問題になっている中国からの研修生のように単純な労働力には出来ませんしね。

 市が特産品化しようとしている、新姫・ハバネロ・ブートジョロキュアなどでは、農業公社のように赤字補填で準公務員にでもならない限り「飯」は食えません。

 漁業関連での後継者養成も期待されていますが、年限明けの助成をどうするか課題もあります。

 呼んだ以上、熊野市にも責任がありますね。

 この人達がどうすれば自立出来るか・・・地域の人達との折り合いも含め、この事業をどう展開するか、簡単では無いですが、取り組まないといけないでしょう。

 人口が8000万人に減る日本国では大きな問題なんです。

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by je2luz | 2017-06-29 04:24 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 12日

熊野の旅 丸山千枚田 この先は・・・

 昨日、9月11日、紀和町丸山千枚田の稲刈りイベントがありました。
 四・五日前の天気予報ではお昼には降り出すようなものでしたが、幸いなことに良い方にずれて、上天気でした。
 日差しは強いのですが、山の上ですし、風は心地良い物でした。
 人出?
 田植えよりどう言う訳か少ないですね。
 稲刈りって「はしかい」んです。
 この言葉、場所によって意味が変わるようですが、この場合、「むずがゆい・ちくちくする」という感じなんです。
 稲は葉っぱにも目に見えないとげとげがあるし、稲穂にもとげとげがあります。
 だから、稲刈りすると首筋とかについて「はしかい」のです。
 すぐに風呂に入りたくなるくらいの時もあります。
 もの凄くはしかい訳でも無いけど、気になる人も居るはずです。
 だからなのかどうか・・・
 オーナーさんでも田植えより来る人が少ない感じです。
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 この丸山千枚田は、 北川正恭知事の時、県の肝いりで山になりかけていた千枚田を復興させた物です。
 平地の田んぼでも採算が合わずに耕作放棄が進む中、こんな山田が維持出来るはずは無いのです。
 まさに「買うより高い米」を、もの凄い労力を入れて作らなくてはならないのですからね。
 いつも書くように、「文化遺産」として残す意義以外にな価値は見いだせないのです。
 文化財保護で動くはずが「観光」の看板を背負わせますね。
 でも、「イベント」「参加募集」しないと人が来ないし・・・
 これを日傭を払う人間でやったのでは、生で採算が問われちゃいますからね。
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 で・・・
 今のオーナー制度を維持しないと千枚田の維持も難しくなるでしょう。
 始まった時の流れで、今でも三重県庁の関係者のオーナーさんが多いようです。
 初期のオーナーさんも結構なお歳になられて居るのではないでしょうかね。
 津から2時間半ほど・・・
 「子連れ」だった人が「孫連れ」に・・・
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 ふるさと納税の対象に・・・
 「花火」「千枚田」
 よその採算度外視みたいな魅力はないでしょうね。
 本来の趣旨から言えば真っ当な使い道なんですけどね。



by je2luz | 2016-09-12 04:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 27日

熊野の旅 ながつきの行事

 「長月」と書くと、うんと秋らしく見えます。
 まだ、旧暦では8月・・・「葉月」なんですけどね。
 それでも暦の上では「中秋」なんです。
 秋になってくるので、運動会だとか体育祭、文化祭なんてのも始まるのでしょうね。

 熊野市では9月1日「防災の日」に「防災訓練」を行います。
 メイン会場は紀和町板屋です。
 9月11日日曜日は紀和町・丸山千枚田の稲刈りです。 
 続けて紀和町行きになります。
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 「千枚田」の扱いも難しいです。
 私は「文化遺産」として保護の価値があると思っています。
 「観光」だけで考えると「費用対効果」に疑問があります。
 イベントに掛けた金だけで、「温泉に泊まってくれる人も居るし・・・」と単純評価は出来ません。
 隠れ予算の人件費まで言えば合う訳がないのです。
 さらに、維持費や災害復旧道路整備まで考えれば・・・
 でも、今度消えたら永久に復旧出来ないでしょう。
 以前の北川三重県知事が「丸山千枚田」をいたく気に入って、荒れかけていた千枚田の復旧に力を入れてくれたので戻ったのですから・・・
 総合的にみて判断すると良いのですが、観光部門の好きな人は、『素敵ね!』の一言で評価しますね。 あの場所に普通の観光客を引っ張り込むのは中々大変です。
 ふるさと振興公社とか観光公社とか熊野市役所とかのホームページもしつこく宣伝しないと、よその人の腰は上げさせられません。
 その面では、お粗末?淋しい?現状です。
 イベントの予告だってほとんど手抜きです。
 検索掛けてもあまり掛からないのです。
 探し回っても見つからなかったり・・・
 役所にはシステムエンジニアさんも居るようですが、この分野は「趣味のある人」が担当とか介入しないと駄目ですね。
 ブログ・フェイスブック・ツィッター・ユーチューブ・・・
 私もそんなところまでは手が回りません。
 わかる範囲で載せますが、私の所には議員として招待のある物以外の通知は来ませんから・・・
  
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by je2luz | 2016-08-27 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 17日

熊野の旅 日本の原風景? ちょっと変わった?

 15日の紀和町丸山千枚田の田植えで、半世紀ぶりくらいで目にした光景があります。
 昔はこうした光景は取り立てて珍しくもなかったのですが、今は滅多に無いです。
 泥田の中で田植えした居る人の背中に赤ん坊が・・・
 今式の前にぶら下げるのでは無く、おんぶ紐のように背中にくくりつけて・・・
 また、背負われた赤ん坊が・・・
 昔の赤ん坊のように眠りこけて、あっちに傾き、こっちにかしぎ・・・
 どう見ても楽じゃ無さそうなのに全然目を覚まさない・・・
 背中のぬくもりで安心しきっているのでしょう。
 大人が心配するよりは遙かに心地良いのでしょうね。
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 かがんだ時、右に手を伸ばした時。左に伸ばした時、腰を伸ばした時、泥に足を取られそうになった時・・・
 赤ん坊がどうなるかわかりますか???
 日本の昔の子どもはこうして育ったんですよね。
 ただ・・・
 少し違うのは・・・
 背中が、「母ちゃん」のではなく「父ちゃん・イクメン」のです。
 少し硬いかも知れませんが、暖かさは同じでしょう。
 きっと子のこは「日本人らしく」育つでしょうね。

 かく言う私は自分の子どもをおんぶしたことないですね。
 おんぶしなかったけど、怒り飛ばして育てました。
 日本流にね。

 思い出してみると・・・
 田植えの時期って、「田植え休み」で学校は休みだったけど・・・
 食生活はひどかったです。
 集落の田んぼをみんな出会いで植えて回ったのです。
 日当・日傭賃を払う代わりに「日傭返し(ひようがえし)」という、労働力で返したのです。
 十日ほど掛かる間中、お袋は家に居ないのです。
 田植えをする家で作ってくれて持って帰るおかずで夕ご飯です。
 葬式でも決まったような料理ですが、これはたまにですから良いですが、田植え期間は困ります。
 ゼンマイの焚いたの、破竹の焚いたの、高野豆腐の焚いたの・・・
 煮物って、家によって随分違うんですよね。
 それに、味なっんて好みなんです。
 テレビで出てくるように百人全部がうなるなんて無いはずなんです。
 今の世の中「亜流」は排除されるからうなって見せている人も多く居るはずなんです。
 まして、オバヤンが忙しい最中に、出しになる肉など無いのに、チャチャっと作ったものが口に合うなんて少ないです、
 おまけに、ほぼ毎日同じもの・・・
 その頃から私は自分でおかずを作ることを覚えました。
 元々好きだったのか自衛のために作ったのか・・・
 目に付くもの何でも天麩羅にしたり、魚釣って一度炙って干したものを揚げたり・・・
 ヨメナのお浸しとか・・・
 いまより面倒くさがりませんでした。
 この、延々と同じ料理が続く食卓も日本の田舎の原風景だったはずです。

 夕方はたき物(薪)で風呂を沸かすのもその時期は子供の仕事でした。
 勿論、飯も「くんど」・・・おくどさん・かまどでしたしね。
 私の家は井戸水をモートルでくみ上げていたので、水汲み仕事は免れました。
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 この家族・・・
 「あんなのあるよ・・・」と、新聞記者さんの教えてあげたら、取材飛んで行きましたが,記事にになったのかな?
 なんで教えたかって?
 若い女の記者さんでしたからね。
 それに、こちらに来たてみたいですしね。
 マスコミさんの力は大きいですから・・・
 下手な広告やチラシより、新聞の小さな記事や写真の方が効果があります。
 男の記者さんとも仲良しですよ。 

 
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by je2luz | 2016-05-17 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)