LUZの熊野古道案内

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2018年 11月 14日

観光都市熊野 道案内

 熊野市は「熊野」を名乗るくらいなので熊野古道では中心?辺りにいます。
 ただ、「古道」では「伊勢道」を含めると中間辺ですが、建造物や史跡では外れです。
 だから「鬼ヶ城」「獅子岩」なんて特別天然記念物まで「世界文化遺産」にねじ込んであります。
 町も小さいし山道も単純なのですが、それでも徒歩で歩く人は余分な経路をたどることもあるようです。
 市内各所には国土省が設置したもの、三重県のもの、熊野市のもの、民間のもの設置者がよく分からない案内標識が一杯あります。
 最近見つけたのが、国道の歩道にあった下のような路面に貼り付けた案内です。
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我が家のそばの国道42号線市役所・熊野市駅に向かう信号のところです。
 設置したてなのでまだ綺麗です。
 この国道の歩道はあまり人が歩く所では無いので結構長持ちするでしょう。
 以前、イベントの時、道順をプリントした紙を貼ってあったこともありますが、これはステッカーみたいな物ですね。
 緑色だからって「高速道路標識ではありません。

 町中にある標識も道路に建てれば「占有許可」が必要ですし、「野立て看板規制」に引っかかりますね。
 路面も本来は法律、省令、規則、条例などに基づかなくてはならないのでしょうね。
 これは車道では無く歩道ですが・・・
 町によってはこうした表示も条例で決めてある所もあります。
 世の中、「性善説」では通らないこともあるので、結構細かく規制される物です。
 前にも載せましたが、道路脇に幟を立てるのは基本駄目なんですが、よその県の国体の幟が隣の県側の国道ガードレールにどっさり立てられて視界が悪くなっていたのもありました。
 お役所でさえそうなのですから、規制も必要ですよね。


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by je2luz | 2018-11-14 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 20日

熊野の旅 花の窟神社お綱かけ

 後二週間ほど…
 10月2日は「花の窟神社・お綱掛け神事」です。
 今年は「火曜日」です。
 毎回載せていますが、このお祭りは素朴な物です。
 怖ろしく古くからあったのかと思います。
 天上界とこの世を繋ぐ綱?
 伊弉諾・伊弉冉…
 この名前ががすんなり漢字変換されるってすごいです。
 最初の頃には字を作って登録でもしないと駄目でしたからね。
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 以前に「錦の御旗献上行列」なんてまつりが企画されたことがあります。
 二回やったのかな?
 衣装を借りて、錦の御旗を作って…
 勿論公金注入でしたね。
 鳴り物入りで始まったけど、なんだかピンと来ないイベントでした。
 江戸時代には記録があるそうですが…
 何しろ「稚児行列」をしようにも子供が居ないし、姫君と女官を揃えるのも大変な時代です。
 全国でどんどんまつりが消えて居るそうです。
 そこへこんなイベント企画しても続きませんよね。
 
 それにしても、肝心の「お綱かけ」って、人が少ないです。
 花の窟神社って鎮守様でもないでも無いようですね。
 花の窟神社・産田神社・浅間神社…もっとあるのかな?
 明治時代の随分統合したようですけどね。
 一村一社なんて無理だったのでしょう。

 お綱かけの綱が引っ張られるのは10時頃からですがその前の神事などを含めると、9時頃に行かれれば良いでしょう。
 車は充分停められると思います。
 綱が国道を通過する間は交通規制が掛かります。
 迂回路はオレンジロードですが。国道で待っても短いですよ。
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 今回を逃したら、次は2019年2月2日です。
 半年ごとでは無いのは綱と台風の関係かと思います。
 この場所に荒縄状のしめ縄を張り渡して、夏の台風は厳しいです。


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by je2luz | 2018-09-20 04:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 09月 15日

賽の河原?

 鳥取砂丘は風の力でどんどん形を変えるようです。
 七里御浜は粒の大きな砂利ですから風で形を変えることはありません。
 粒の大きな砂利と言っても水に入れば軽くなりますし、波の力はすごいです。
 さらに波は24時間休み無く働きます。
 本当に静かな時以外は波打ち際周辺では砂利を転がし続けています。
 川も山から転がり出た石を下流に流す間、削り続けて角の取れた丸石にしたり砂に変えたりします。
 海はそれを受け取ってひたすら磨き続けますからきめの細かい硬い石は砂利として長く留まりますが、砕けよい物は砂になってしまいます。
 大泊や新鹿は紀州御影が山から出てくるでですがきめの粗い結晶の塊なので砂になってしまいます。
 熊野川が押し出してくる岩や石は色んな物があります。
 那智黒なんかもあるし御影もあるはずなのですが、木本まで来ると御影の石ころはありませんね。
 砂になって砂利の下に潜ったり遠くに漂って行くのでしょう。

 この砂利は潮の流れの関係で新宮の河口から北に向かって流れます。
 何年くらいで木本まで来るのかわかりませんがこっちに向かってくるのは間違いないし、その間に削られて粒が小さくなって居ます。
 昔は熊野川からもっと石が供給されていたようで、もっと大きな手のひら大の物も結構あったのですが、今ではほとんど見ませんね。
 小豆粒みたいなのが増えているのは供給が蹴っていると言うことだと思います。
 その原因は今では国土省もある程度「ダムのせい」と認めていますが、以前は全く認めませんでしたね。
 熊野川総合開発の当初の検討会議でもある学者さんは「ダムを造ると土砂の流下が止まり七里御浜が痩せて危険」と唱えたのですが、無視されました。
 いつの時代も国家権力とはそう言う物ですね。

 波が大きくなる時、春先の海荒れ、夏から秋への台風の時には大きく浜の様子が変わります。
 写真は七里御浜最下流の鬼ヶ城西口「木本港」ですが、この港くらいは一晩で埋めてしまいます。
 先頃浚渫したばかりなのですが一つの台風で船の入る場所が無いほど埋められました。
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 こうした砂利浜に港を作ること自体が無理があるのですが、作って以上は維持するという国や県の意向で何に何回か浚渫されます。
 かつてかここに船を着けて魚を揚げる漁業者が居たのですが今では釣り客用の渡船が出るだけしかありません。
 建物に「活魚」と書かれているのはその名残です。
 漁業協同組合も合併したので漁港として維持する意味がほとんど無いのですかどね。

 手前に見える水は「西郷川」の河口部分で砂利で塞がっています。
 洪水対策で開削しておいた方が良いのですが志原川のようには河口切りはあまりされません。
 この様にやってもやっても埋められるのですが、港を守る突き出し堤防も今更作っても・・・


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by je2luz | 2018-09-15 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 08月 27日

熊野 黄泉の国の入り口?

 熊野は「神々の郷」とか言わrますが、補陀落信仰なんてのではごく六浄土への出発点だともいわれます。
 熊野信仰は浮かばれぬこの世ではなくあの世での安泰を願ったものだとか…
 イザナミを弔ったのが花の岩屋で、伊弉諾が追いかけていったということはやっぱりあの世の入り口なんでしょう。

 人間は必ず死にます。
 本当はどうだかわかりませんが、「あの世」とやらがあるのなら行かなくてはならないのでしょう。
 途中の分かれ道で仕分けされるなんて考えは色んな宗教で言われますね。
 蓮舫さんみたいな綺麗だけど怖い仕分け人が居るのかも・・・
 「二番でもビリでも良いから通して下さい!」と頼めば大丈夫かな?
 葬式には・・・
 「地獄の沙汰も金次第」だから六文銭を持たせる?
 でお、この辺では「そばボーロ」で代行したり…
 中国式の紙のお金よりはわいろとして効くのかも???
 医学部の裏口どころの話ではありませんね。
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 まあ、それは置いておくとして・・・
 「黄泉の国の入り口」「補陀落・西方浄土の入り口」「神々の郷」色々揃っているって、どうしても死ななくてはならない人間にとって便利な土地ですよね。
 上州や上総なんて遠い所からまともに金も無いのに四苦八苦しながら熊野に来た人に比べれば熊野に居れば随分楽して成仏?神になる?出来たでしょう。
 今だって、春と秋には「天国と繋ぐ綱」に縋って神様のお手伝いが出来る所ですからね。
 それも、氏子かどうかなんてケチなことは言いませんよ。
 お賽銭の額も問いません。
 伊弉諾さん達の時代には「和同開珎」も無かったでしょうから・・・
 熊野三山も歩いたって二日でお参り出来るでしょう。

 何が言いたいのかって?
 今日の続きはまた明日・・・
 前武・巨泉なんて分からないだろうなあ???


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by je2luz | 2018-08-27 04:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 07月 22日

思考回路が焦げ始めた!

 さすがの木本も暑いです。
 データを見ると隣の新宮や尾鷲よりは1℃ほど低いんですけどね。
 暑さが続いてくると色んなことが面倒になります。
 それが積み重なってくると考えることも億劫になります。
 ???
 これは暑さのせいなのか歳のせいなのか???

 思考回路が焦げ始めるとこのブログを書くのもうまくゆかなくなります。
 このところ、短い記事が増えているようです。
 そして、写真もきちんと撮ってくるのが面倒で「使いまわし」しちゃいます。
 自覚しながら暑さのせいにして…
 この暑さはまだまだ続くそうです。
 どうしましょう?
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 と言うことで、今ある新しい写真は「新出町稲荷夏祭り」です。
 町内の夏祭り、ビアガーデンと行っても「稲荷神社の夏祭り」ですから。きちんと神主さんに祝詞を上げて頂きます。
 以前は町内の人が多かったのですが今ではこれだけしか神事に参列しません。
 そして、ほとんど町外在住なんです。
 何時まで続けられるか心細いです。
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 写真は撮りようですからかなり賑わって見えますが、今は夜店も4軒だけです。
 一軒は神輿奉仕団の若い衆の店ですから、露店は三軒だけです。
 以前は境内に収まりきらないので前の本町通りにも店があり、正規の交通規制の許可を取っていたのですが今は届出だけです。
 悲しいですね。
 でも、今の木本小学校は一学年10人程度ですから露天商さんも商売にはなりません。

 町内会が存立出来なくなってきているのですが中々合併には進めません。
 市の方では「自治会」として各町内会を利用していますが、もうすぐ無理になるでしょう。
 そもそもが存在のよって立つ根拠がはっきりしません。
 町内会も街灯ので維持管理などにお金が掛かるのですが、会費の徴収する根拠もはっきりしません。
 任意団体の会費ですからね。
 我が町内ももうすぐ存立不能に陥るかも知れません。
 「お知らせ」の印刷や配布くらいは無償で出来ますが・・・
 一灯8000円もするナトリウム灯の交換など不能になります。
 県道で県が建てた防犯灯ですが維持が町内に任され、出来た頃の半分の収入では賄えません。
 夜中に歩く人もいないから切れても交換しないと言う最終手段を執らざるを得ないかも知れません。
 この本町は「熊野古道・石畳道」なんですけどね。


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by je2luz | 2018-07-22 04:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 07月 01日

文化遺産以前に信仰の地

 九州の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産にしていされたそうでおめでとうございます。
 これで日本の文化遺産は22件目だそうです。
 
 この長崎・天草の潜伏キリシタンについては、日本人に割となじみがありロマンも感じるものです。
 「踏み絵」なんて言葉も知れ渡っているし「天草の乱」も全国に知れ渡っているでしょう。
 それに直接関連がなくても「原爆」「出島」「グラバー邸」なんてのも人をひきつけますね。
 そばには「阿曽」なんてのもあるし…
 「ハウステンボス」も…
 観光地としての魅力はトップクラスでしょうね。

 ところで、「観光客」って地元にとって困りものの時もあります。
 テレビで出てくる「中国人の大声」なんてのもあるわけですが、今度の世界遺産はほとんどが「キリスト教教会」です。
 つまり、信仰の場で静かに祈る場所です。
 ヨーロッパでも協会が目玉になっている町も多いです。
 パリの「ノートルダム寺院」ミラノ・ケルンの「大聖堂」「バチカン」などワイワイ言いながら見物する場所ではありませんね。
 
 と言うことで、ちょっと心配なのは物見遊山気分で協会の雰囲気をぶっ壊す人が出なければいいのですが…
 私たちの「熊野古道」も信仰の道・遍路道がメインになっていますが、山道がメインですから、古道歩きの人が増えても信仰の雰囲気なんてほとんど影響しません。
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 でも、地元の役所とかが期待しているのは「観光客」なんでしょうね。


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by je2luz | 2018-07-01 04:20 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 06月 10日

オリンピック・カジノ・万博…

 世の中は空前の観光ブームだそうです。
 訪日外国人の数は増える一方だそうです。
 この辺も少し増えてはいるようですが日本人が減っている?
 日本人の観光客がなかなか田舎まで来なくなっているようです。
 何しろ「温泉」が増えすぎたのと都市部にいっぱいあるし…
 名前を知っているところの好きな日本人は「大江戸温泉物語」なんてところに惹かれるようです。
 水族館なども都会に近いところは大丈夫だけど、イルカショーの元祖ともいえる太地などは遠すぎるのか客が減って、肝心のイルカやオルカを貸し出したり売り払ったりしてますます寂しくなっているんだとか…
 おまけに世界規模の反対団体が邪魔するし…

 大資本の大型施設による都市住民の囲い込みは田舎からのお上りさんも増やしているのでしょう。
 田舎ではインターハイや国体のように公共投資期待のものが首長などには喜ばれますが一般住民は関心持たないし…
 都市部では「オリンピック」「カジノ」「万博」…
 お金のある所では御殿を建てて天守閣も建て替え、そしてジブリの森も…
 人口がどんどん減るし、遠くまで出かけられない人の比率が増えるし…
 国を挙げての囲い込みは仕方ないのかな?
 限界集落ではなく限界自治体が急増するという予測ですからね。
 いやはや、田舎はつらいですね。
 残る手は「おもてなし」だけかもしれません。
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by je2luz | 2018-06-10 04:25 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 19日

熊野の旅 昔は大賑わいだったそうです

 昨日お参りした紀和町楊枝の薬師様そこそこの人出でした。
 駐車場も満杯なので手前の県道の路肩にも駐車していましたが、お参りを済ませた人がどんどん帰るのでごった返すようなことにはなりません。
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 こんな小さなお堂ですが「後白河上皇の頭痛をお治しした薬師様」なので、昔からこのお祭りには沢山の人がお参りしてきたようです。
 受付で記帳してお願いするとお堂の中で祈祷して貰えるらしいです。
 千年も前からの言い伝えですからね。
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 前の広場にはたこ焼き・鯛焼き・甘納豆などの屋台が出ています。
 昔はもっとお店も多かったし子供も沢山居たそうです。
 今は中高年の方ばかりですね。
 「頭に効く」と言っても大内山の「頭の宮」は「受験」なんて方に結びついて、遠くからも受験生の御利益信心がお参りするそうですが、こちらは「頭痛平癒」なので広がりが少ないようです。
 昨日は語り部さんが団体さんを案内してこられていました。
 楊枝は三十三間堂とも縁が在るそうですね。
 菅原道真さんとも縁が在ればよかったのに・・・

 このお堂を持って行くのは基本的には楊枝の方々のようですが、過疎と高齢化、それに集落全部が檀家という訳でも無いそうですから大変ですね。
 神道の方もいらっしゃるようです。
 十津川ほどでは無いでしょうけど・・・
 地元の方とお話ししていても子供さんやお孫さんが地元に居ないので集落自体の先が見えて淋しい話になります。
 それでも、何とか日常生活を維持出来るだけのことは模索しないといけませんね。


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by je2luz | 2018-03-19 04:23 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 11日

熊野の旅 点検してくれているようです

 先日。熊野市などが設置している「観光看板」「道しるべ」について、「「かなり傷んだものが増えて読めないものもある」 と書きました。
 以前にも何回か書いて、国道事務所所轄の那智黒石?のものに関しては艶はなくなったものの綺麗にしてもらいました。
 熊野市内には国道に設置された電光掲示板二基を含め多くのものがあります。
 観光用、津波避難用などを含め、地元の人間だけではなく、よそから来た人にも分かって貰わないといけないものも多いです。
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 熊野古道と言う広い?長い?ものが売り物になっているだけに、こうしたものがものすごく多く設置されています。
 国・県・市・各種団体・・・
 それぞれがそれぞれの考えで設置するので同じところに何本もあったりします。
 もちろん、意匠も色々ですね。
 役所が設置したものでも私が取り上げるほど痛んできたものがあるのですから、各種団体などのは以前に取り上げた時でもかなりひどくなっていました。
 世界遺産指定から年数がたってきて、民間団体が設置するものは減っているようです。
 痛んできても誰のものかわからないので役所も勝手に撤去もできないようです。

 熊野市とその関連団体が設置したものでも、ステンレス製や木製のもの更には新しいところでは紀州御影のもの…設置してある場所の把握でも大変かもしれません。
 「ユネスコ・世界文化遺産」になってから増えたのですが、もう長いですからね。
 もう30年度予算は締め切ったはですが、お金の工面、苦労するのではないでしょうか?
 頑張ってください。
 今はそうしか言えない立場です。


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by je2luz | 2018-02-11 04:21 | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 02日

熊野の旅 串本よお前もか!

 南紀をひとくくりにする時、「荷阪から串本まで」が目安です。
 西牟婁・東牟婁・南牟婁・北牟婁…牟婁の地ですね。
 東西南北の並び方に少し違和感はありますが、大昔から一体の土地だったからです。
 「牟婁」は「室」で温かいところだそうです。
 ほぼこの地域が「熊野」ですね。
 「熊野」は「ゆや」とも読み「幽玄の地」だそうです。
 世界遺産の元になっているのが「神々の地」ですから不思議でもないですね。
 この地域には今のところ爆発する恐れのある火山もないし…
 穏やかな神の郷です。

 この地域を結んでいたのが「熊野古道」ですね。
 中辺路。野辺地・大辺路・熊野街道・伊勢道・奥駆け道…網の目のように険しい紀伊山地を結んできました。
 鉄道は「紀勢西線」、「紀勢東線」は繋がりましたが、五条と新宮を結ぶ「五新線」はできませんでした。
 この一体だった地域も明治以降に三重県と和歌山県に分けられ100年を越えて、段々、疎遠になって来たようです。

 これでは困るんですよね。
 都会から客人を呼ぶには、それぞれの一か所では弱いんです。
 「束になってかからんと…」
 北海道は全部ひっくるめた「北海道」で魅力が大きくなっているのです。
 「札幌」「函館」「利尻」「洞爺湖」「摩周湖」「弟子屈」…
 そんなの一つでは遠くの人の神輿を上げさせるきっかけにはなれないのです。
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 先日、伊勢自動車道に観光客を堰き止める施設の計画が出てきたのを書きましたが、今度は串本に「大江戸温泉村」だそうですね。
 このチェーンは志摩・浜島にもできたし…
 全国の観光施設が、次々、身売りしそうな雰囲気ですね。
 ???
 契約期限の切れる「里創人 熊野倶楽部」が身売りする可能性は???
 温泉村のような大手の施設は客を囲い込んじゃいますね。
 まあ、今は温泉街をウロウロと言う時代でもないのですけどね。
 資材、食材の仕入れも本部一括で立地している町にはおこぼれがすくなかっらり…
 それでも、この時代、そうした資本との連携も考えないといけないのかも知れません。
 にしても…
 「大江戸」に全国が支配される…
 将軍様には勝てない???
 行政は防波堤と交渉役の役割があるようです。
 お代官様と庄屋さんの関係かな?


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by je2luz | 2018-02-02 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)