LUZの熊野古道案内

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2018年 10月 23日

そろそろ窓を閉めて寝ないと…

 私は気温とかに少し鈍い方です。
 春になってきて枕元の窓を開けると、台風の時以外は開けっ放しです。
 夏場にクーラーを入れないで過ごしてきた習慣でそうなったのでしょう。
 今年はさすがにくーらを入れて寝たこともありますが、ベッドのある部屋にはクーラーはありませんから…
 まだ、10月なのですが風のある晩は少し涼しすぎになってきました。
 
 先日書いた雲の塊が「台風」になったようですね。
 硫黄島とヤップ島の中間くらいで日本を目指しているようです。
 あんな遠いところからわざわざ来なくて良いのにねえ。
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 今の海水温度の平年との差です。
 海水温も落ち着いては来ていますが進路に当たる海域の温度が+1+2℃と言うことなので、衰えることは無いですね。
 九州沖縄に向かうと下がっていますから、昔通りに衰えるでしょうけどね。

 今週は高校の恩師が関東から私たち教え子に会いに来られます。
 青山学院から木本高校…そして、神奈川大学という道を歩まれた先生です。
 私たちが最初の教え子になるので印象が強いようです。
 私のことも覚えておられるようです。
 割合とおとなしくしていたとは思うのですが…
 恩師もそうですが、教え子側も歳を取ってきましたからね。
 先生が言うように「今会っておかないと…」なんですよね。
 打ち合わせで熊野在住の人間が集まったのですが…
 「咲けももうそんなに飲まんじゃろう」
 「料理も一杯は要らんじゃろう」
 「二次会へ繰り出す元気あるか?」
 なんとも、情けない話が出てきます。
 まさに、「寄る年波には勝てない」なんですね。

 カメラ関連のHPがYahooさんの方針変更で、違うサーバーに移りました。
 引っ越してから覗いたら、INDEXのページのレイアウトがGoogle Cromeでは狂っていたので、少しだけ手直しして見られるようにはしました。
 確かめないとリンク先も消えている可能性があります。
 「投書箱」なんて消えましたしね。
 年の流れですから仕方ないです。
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 最初には上と下がかぶっていたのですが、これでかぶりは消えましたし、「投書箱」などのリンクは外しました。
 URLは
 http://je2luz.g1.xrea.com/ 
 です。


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by je2luz | 2018-10-23 04:32 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 11日

時代ですね。

 下の雑誌、「写真工業」は2008年12月号です。
 この号をもって廃刊になったものです。
 「写真雑誌」では無く「写真機雑誌」だったのです。
 1952年6月号からですから戦後の混乱期には発行はじめたのですね。
 まだまだ日本の写真機は一人前では無く、町工場で二眼レフを作って進駐軍の兵隊さんのお土産用や輸出用に作られていた時代ですね。
 二眼レフは作りよいと言うこともあり、まさに町工場で手内職的に作られたものを含めるとA~Zまでの頭文字が揃う状況だったのです。
 アイレスフレックス・オリンパスフレックス・フジフレックス・コニフレックス・マミヤフレックス・ミノルタフレックス・リコーフレックス・ヤシカフレックスなどは有名一流どころですね。
 アルペン・アルチ・ビューティ・エルモ・ファースト・ホビ・カロ・ペトリ・プリモ・ワルツなんてのもそこそこ有名品でしょう。
 おもちゃのようなものでは私が使ったメイカイフレックスなんてのから一杯ありました。
 おもちゃで無くてもレンズは3枚玉、シャッターも1/200とか1/300・・・低速の省略・・・
 それでも、アメリカ製のエボナイトのボックスカメラよりは格好良かったのです。
 何しろ「ローライフレックス」の真似でしたからね。
 この乱立したカメラメーカーの中から段々力を付け、M3ライか以降の35mmカメラ時代に対応出来る所が出て来ました。
 そして、一人前になりかけたところに「エレクトロニックス時代」が始まったのです。
 露出計内蔵まではドイツのカメラの方が頑張って居たのですが、露出計連動・・・EE化が始まると日本が飛び出しましたね。
 今のカメラの自動露出とは比べものになら無い精度でしたが、当時としては画期的でしたからね。
 個々のカメラを見れば、レンズやシャッターではドイツの方が上を行く物があったのですが、価格では全く太刀打ち出来なくなったようです。
 おまけに、お金持ちでバンバン写真を撮るアメリカではまともなカメラは作られなかったのも良かったのでしょうね。
 アメリカにだってそこそこ良い?カメラはあるのですけどね。
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 表紙は2008年ですからライかも栄光の座から降りた時代です。
 ニコンも王座の席から滑り落ちかけた時期かな?

 この「写真工業」を子供の頃から読んでいたので、随分知識が得られました。
 最後の方は買っていませんでしたが、最後の二号だけは取り寄せました。
 表紙にあるように、この頃にはデジ一の時代に入っていたのです。
 私はデジタル移行はかなり遅かったですが・・・
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2008年12月のブログなどはほぼ全部、フィルムの白黒写真です。
 でも、白黒写真って良いものですね。


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by je2luz | 2017-12-11 04:25 | 銀塩写真 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 03日

だるい!!

 インフルエンザの予防接種をしたからでは無いのですが、ちょっと風邪気味らしいです。
 だるいです。

 家の片付けとしていると思いがけないものが出て来ます。
 もう捨てたと思っていたEPSON GT-9800Fなんてスキャナーも残って居ます。
 少し不都合が起きてやめたやつですが…
 こうしたものは市のゴミ収集でも引き取ってくれますが、ひょっとして、回収業者さんの方が部品の再生などやれるのでは無いのかな?
 一部の業者はドカンと外国に送りつけて、劣悪な環境で資源回収しているなんてのが報じられましたよね。
 レーザープリンターにノートパソコン…
 この辺りは間違いなく引き取ってくれますが、ブラウン管のCRTモニターが…
 パソコンの方は不要物は不用品ですが…
 もう一つの方…
 カメラもそろそろ整理しなくてはいけませんね。
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 写真のはレチナシリーズで日本では人気のあったものです。
 小さくて良く写るんですが、金属の塊ですからもの凄く重いです。
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 これは戦前のドイツの「ウェルタ・ペルレ」というセミ判のカメラで選した親父が使っていたのと同類のものです。
 レンズがF2.9 シャッターはコンパーで1/400という戦後の国産機の上を行くものです。
 ドイツと日本の工業力のさを見せつけられます。

 子供達はカメラに興味ないし…
 この辺ではこうしたカメラをきちんと扱えるマニアも居ない感じだし…
 どうしましょうね?


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by je2luz | 2017-11-03 04:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 03月 17日

熊野の旅 桜の季節 市内各所

 桜の季節になると「花見」をしないと納まらない人が居ますね。
 これには種類があって…
 単純に酒が飲みたい人
 仲間が集まって騒ぐのが好きな人
 とにかく人が集まったら出かけないと気が済まない人
 花の写真を撮りに行く人
 集まっている人を撮りに行く人
 色々ですね。

 二番目や三番目、五番目は「桜まつり」がうれしいでしょう。
 一番目と四番目はまつりがなくても良い訳です。
 そうなると、熊野市はもちろん日本中にきれいな桜は咲きますね。
 一般家庭の花壇と違い自由にそばに寄れたり、下にござを敷いたり出来るところが結構あります。
 それに、早くから日程を決めなくてはならない「桜まつり」より、開花に合わせて日にちを変えられる方が満開の桜を観賞できます。

 熊野市だと古い学校には桜はありますが、廃校になっていないと校庭で酒盛りは出来ません。
 でも、今では廃耕だらけです。
 JRの駅にも桜が植えられているところがあり、「新鹿駅」「大泊駅」は古木がきれいな花を咲かせます。
 無人駅だし、駅前広場は道路ではないし・・・花見には向いていますね。
 観光名所では「鬼ヶ城」も裏山が桜の林になっていて「全山桜」って感じです。
 この山も自由に入れます。
 
 昔は市内中心部の「井戸川」が桜の名所だったのですが、河川改修で古木がなくなっています。
 上流に遡って、「水大師」に行けば、山間にきれいな桜が咲いています。
 ここで花見をするグループもいるようですが、普段は静かで良いところです。
 昨年の12号台風でこの流域はずたずたにされて居ますが、桜は無事だったと思います。
 「水大師」は名前の通り「御大師様」をお祭りしてあるのでしょうけど、今は無住のお堂になっています。
 民間信仰では信者の多かったところです。
 お堂の脇、ここに御大師様が出来た由来のわき水は御利益があるとか…
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カメラはツァイスイコン・イコフレックスIIa改
 そうそう・・・
 昨日のネットのニュースの件…
 「熊野市観光協会」のHPは三月十五日にリニューアルされていて、その前も書き換えは行われていましたが。「イベント」のページが去年の11月から後進されていないと言うことです。
 こうしたHPでは「イベント情報」って探す人が多いと思われるのですが…
 政府の緊急雇用創成事業とやらで専用の職員を雇用してやっているのだそうですが…
 自分の組み上げたHPではないので、サイトマップとかが飲み込めていないのかな?
 それとも、そんなページに検索でたどり着いた私が悪いのかな?
 
熊野市周辺地図です
 
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by je2luz | 2012-03-17 10:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 11月 27日

熊野の旅 育生・大森神社 どぶろく祭り 寸景

今日は記事を掛けないのでどぶろく祭りのスナップだけです。
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カメラはミノルタ・オートコードL

    こんなブログも書いています◆ ◆
   ★★
   


熊野市周辺地図です
 
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by je2luz | 2010-11-27 01:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 04月 20日

熊野の旅 とりあえず…

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 時間がないので、写真だけをアップします。
 おばあさんたちの表情には癒されるものがありますね。

 一連のおばあさんの写真はセンチュリー・グラフィック
 という、小型のスピグラにトプコール65㎜と言うmmワイドレンズを付けて撮ったものです。
 
 カメラを意識しても自然なのは年輪なのでしょうかね。
 こんな方々が楽しく暮らせるなら田舎も良いところなのでしょう。




熊野市周辺地図です

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by je2luz | 2010-04-20 08:04 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 04月 01日

熊野の旅 今日から新しい年?

 役所、学校、多くの会社…今日から新年度になるところが多いですね。
 今日の新聞に教職員の移動が掲載されていました。
 久しぶりに目を通してみたのですが、いくつかの学校が閉鎖なった割りに熊野市の教員移動は少ないですね。
 教員の増配と言う制度があっても生徒数の激減で複数クラスがある学校なんてほとんど無いのですからでしょうか?
 役所の方の移動も、昨日のローカル紙で発表されていましたが、退職の顔ぶれを見ると時の流れを感じるものでした。
 私が市役所に出入りしなくなってから11年が経過した訳ですから、当時の課長補佐どころか係長でも定年を迎えるわけです。
 それに早期退職者を加えると…
 その分、新任の職員が入る訳ですけどね。

 学校では卒業して行った分、新入生が入るのが普通なのですが、熊野のような田舎では、小中高ともに卒業生より入学数が減ると言う現象が起きています。
 高校も「近大高専」は移転問題で、応募生徒数が大きく減ったようです。
 さらには、定員を大きく削減してきた「紀南高等学校」などの県立高校の維持のために進学指導での割り振りが大きく変わってきているようです。
 昭和の時代には、減ったと言われつつも何とか形がつく程度だったのですが、もはや取り繕うのに形振りかまわずの様です。

 なんだか、田舎の新年度はあまり華やかではないようです。
 そんな時は、カラーのデジタル写真より、モノクロのフィルム写真の方が似合いますね。
 下の写真は二日前と同じところを、白黒で撮ったものです。
 カメラも「レチナIIa」と言う50年以上前のものです。
 このカメラが現役の頃はベビーブームの子供が日本中にあふれ、賑やかな春だったのです。
 もっとも、「さくらカラー」なんてものは無くて、もし看板が出ているとすれば「さくらフィルム・コニパンUSS」くらいでしょうかね。
 そして、この辺りのお店も新しかったはずです。

 半世紀…
 変わりましたね。
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熊野市周辺地図です

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by je2luz | 2010-04-01 11:31 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 17日

熊野の旅 紀伊長島は  1

 紀伊長島と言えばまず浮かぶのは、「漁業の町」と言うことでしょう。
 港、船着場、魚市場そして漁師町・・・「長島地区」とその向かいの「中ノ島地区」はまさにそれで街が出来上がっているところです、
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 天然物、養殖物を含めたくさんの水揚げを誇る漁港です。
 しかし、統計では取扱貨物の総トン数は砂利や石材の方が多いということになっています。
 船の出入りはこの五年間だと横ばい状態だということです。
 遠洋漁業の基地としては、冷凍施設や加工工場、そして、消費地への距離、知名度などで全国的にどんどん集約化が進んでいるので、紀伊半島の漁港などはみんな苦労している物と思います。
 都会の人から見れば、鵜殿・木本・磯崎・遊木・二木島・三木里・九鬼・尾鷲・引本・錦・長島などと言うより、焼津・清水・銚子などというほうが、有名でおいしい魚のイメージが湧くのですからね。
 紀州の材木が吉野に運ばれ、「吉野材」に化けるのより、境目のない、まして遠い海の魚なら高く売れるブランドのところに集まってゆくのは仕方ないともいえます。
 それでも長島などは頑張っている方だと思われます。
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 深い入り江にはたくさんの漁船が係留されていて、あちこちで漁師さんが日向ぼっこしたり、漁具の手入れをしています。
 漁村なら何処でも見られる光景です。
 そして、何処の漁港でも共通しているのは、こうした漁師の人や、まちの人が人懐っこいことです。
 『兄さん、どこからきたんかな』
 『危ないで!落ちんといての…』
 などと声を掛けてくれることも多いし、忙しくない時には声を掛ければ色々と地元の事を教えてくれますね。
 公式のパンフレットにはない面白い部分のことも出てきますからね。
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 この日は団体行動でしたから、自分の気に入ったところで座り込むわけにも行かないので、まさに立ち話程度で終わりましたが、この漁師さんたちも膝を付いて写真を撮っている私に…『兄さん。そこ濡れとるで…こっちからとらんし…』と、声を掛けてくれました。
 下の写真を撮っているときでした。
 だから、次のカットは上の漁師さんの写真になっています。
 時間があれば30年40年前の長島の話が聞けるのですけどね。
 お百姓さんよりは漁師さんの方が大体において話がしよいです。
 一見閉鎖的に見える漁師町ですが、そんな一面もありますからね。
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 東京の人は仕方ないですが、他の土地から来た人は普段の言葉で話す方が、通じさえすれば向こうも気楽になってくれますよ。
 余所行きの標準語は不自然で、「上品ぶって見える」事もありますから、べちゃんと座り込んで話し込むには向きません。
 向こうも疲れますからね。
 こんな時、私は出来る限り「木本弁」「飛鳥弁」「紀州言葉」の混じった話し方を心がけます。
 そして…
 「兄さん、熊野の方かいな?」とか言わせたら、それだけで随分打ち解けますからね。
 せっかくその土地に行ったのなら、少しは地の人の話も聞かなくては損ですよ。
 「鶴瓶」のように家の中まで上がりこまなくて良いですけどね。

 それから…
 こんな場面で「二眼レフ」を首から掛けていると、おじいさんの年代の方は興味を示してくることが多いです。
 70歳以上の人だと、若い頃に二眼レフを使った記憶があるからです。
 「俺も持っていたなあ…」とかね。
 ちっちゃなデジタルカメラでは嫌がる写真も、大きなカメラなた撮らせてくれるし、二眼レフならアップも撮らせてくれるものです。
 おばあちゃんにはあまり通じない、「二眼レフの魔法」ですね。
 この日も、二眼レフも持っていて、背中のザックの中に入っていたのです首から掛かっていませんでした。  それでも、二台のカメラを使っていたので、向こうから…「昔は上から覗くので撮ったもんじゃが…」と言い出しましたからね。
 ほんの少し時間があったら、取り出して覗かせてあげると、若い頃を思い出して喜ぶのですけどね。
 やっぱり、団体行動では思うように写真も撮れないし、話も聞けません。
 フォーラムの話は聞けましたけどね。

 旅は一人に限ります。
 いやいや…
 話が聞けなくても、写真が撮れなくても…
 二人の方が楽しいでしょうね。

紀北町紀伊長島周辺の地図です
 
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by je2luz | 2009-11-17 13:10 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 03日

熊野の旅 無事終了 響鼓in熊野2009

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 昨日の『響鼓in熊野2009』の写真です。
 途中で空模様が何度もおかしくなってきていましたから、主催者・スタッフ・出演者は気をもんだと思いますが、無事に最後まで降らないで終われました。
 昼間の部も例年に比べ日差しがほとんど無い分、涼しいはずなのですが、かなり蒸し暑かったですね。
 今年も熊野市役所の職労を中心に実行部隊が汗を流していました。
 何しろ、ベルギーからなんて遠来の出演者を含め、大勢の太鼓叩きの大太鼓・小太鼓・鉦などをわずかな時間で舞台から下ろして、次のをセットするのですからめまぐるしい物です。
 何しろ、自分たちのものでは無いので、舞台裏には大きな見取り図が貼られ、太鼓にも付箋が張ってあります。
 それを見ないことには太鼓を据える事も出来ませんからね。
 それに、ジャズバンドのようにバンドボーイなんてのを引き連れてくるわけでは無いですからね。
 野外舞台ですから、幕が下りるということは無いので、入れ替えの作業も見せますから、もたつくわけには行きません。

 舞台はスーパー・オークワの前、丁度、T字路のなったところの突き当たり、木本小学校の正門をふさぐ形で作られます。前の「記念通り」とT字路で駅裏に向かう通りが観客席になります。まことに都合よくT字路になっているものです。
 おまけに、バックが木本小学校の校舎なので音も跳ね返ってくれるし、何より、講堂や教室などが大量の楽器類の準備室に使えるのもこの「響鼓in熊野」には都合の良いことでしょう。
 運動場は駐車場に開放してもらえるし・・・
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 と言うことで、今回はローライフレックスなんてのを引っ張り出して行きました。
 ステージに登る訳には行かないのでポジションも距離もアングルも自由にならないのですぐに嫌になってしまうので困ります。
 少しは出演者の熱演振りが伝わればよいのですが・・・
 これだけ熱演してくれても、昼間の部の見物客は少ないです。
 バードウオッチングの人なら秒単位で数え終われるほどですからね。

 昨日は市民会館で何かやっていたようで、駐車場が一杯だったのはそちらだったのかもしれません。
 太鼓の会場と市民会館は100mほどしか離れていませんからね。
 そちらは「有森裕子」さんだったかと思いますが、中年のご婦人方はそちらに行かれたようです。
 「講演会」の嫌いな私は覗きにも行きませんけどね。

カメラはローライフレックス・オートマットMX クセナー

熊野市周辺地図です
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by je2luz | 2009-08-03 10:50 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 07月 13日

熊野の旅 熊野古道歩きのお弁当 4

 お惣菜屋、食堂、寿司屋、スーパー・コンビニの弁当の他に「仕出屋」の弁当ってのもあります。
 熊野は小さな町ですから、都会のように大きな仕出屋さんはありません。
 食堂の数が少ないので、お役所ではお昼ご飯に弁当を取り寄せる人が結構居ます、しかし、狭い木本・井戸・有馬辺りに職員の多くが住んでいる市役所などでは、自宅に食べに帰る職員も多くいるのです。その辺も昔の「役場」並みですね。だから、売れる量も知れています。
 それに、愛妻弁当持参の人も多いですね。
 本格的仕出屋さんがあまり無いところですが、仕出し弁当的な弁当を売っている店が、熊野市駅の前にあります。
 駅から向かって右側・・・記念通りとは反対方向ですが、すぐのところにある『かね久』です。
 ここの店は全く縁が無いので一度も覗いたことが無くでどんな弁当なのか全く不明です。ただ、お昼の時間になると、そこそこ人が入っています。
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 この場所は今でこそ少し人の流れとずれているのですが、もう少しすると大きな人の流れの変化で人目につくかもしれません。
 少なくとも、市に委託されたコンサルタントと今の市長さんの考えではそうなる物と思います。
 この「かね久」の向かい側は、「旧・国鉄用地」でした。買い手もつかない、田舎の駅横の貨物用地なので熊野市が買い取ってあったものです。
 いまさら駅に箱物を作る時期でも無いということだったので、しばらくは空き地のままで、職員や列車でよそへ行く人が使う無料駐車場になっていました。
 しかし、今、ここに巨大な建物が建設中です。
 『市立図書館』と「何とか会館」らしいです。
 何しろ、駅前には『観光公社』から「土産物屋」なんて市の建物が近年出来て、更にこれらも出来るのです。
 『世界遺産』や『平成の大合併』で夕張の後を追うような予算が沸いてきたのでしょうかね。
 各地の図書館が民間委託だなんだで苦しんでいる時に・・・

 一時期、こうした市立図書館などの建設が流行ったことがあります。
 私も裏日本まで視察に行ったこともあります。実に立派で、その頃動き出したパソコンの部屋もあって、幼児が遊ぶスペースまで供えた楽園に人形の出てくる時計台まで備えたのもありました。
 感心するより、『なんじゃこりゃあ!』と言う感じでした。大都会ではない田舎の市でしたけどね。
 その時代の流れを引っ張った感覚の事業ですね。
 その視察で出した結論は、「あんな物は熊野市には要らん!」でした。
 確かに、本は文化ですし、本に親しんだ方が良いですけどね。
 しかし・・・人口2万・・・すぐに1万5千ほどのなるのが見えているのに・・・
 熊野市は広大な面積で熊野市駅前まで来られない人が・・・いや、近くの人でも老人が3割を越し、足が痛いし、目はかすむし・・・と言う時期になってからではねえ。
 学校の図書室の書籍購入費もままならず、子供に読書の習慣もつけないできたのに・・・
 大きな図書館を作って誰が利用するのでしょう?

 いやいや・・・
 東大出の市長さんが考えたことですから、私のような凡人のとても考えが及ばない秘策がおありなのでしょう。
 総理大臣より出身校も上ですから、「漫画の殿堂」よりは市民に喜んでもらえる物になるのだと思います。
 ぜひ期待してください。

 弁当屋の紹介のつもりだったのですが、店の前の工事現場のほうに目が行ってしまいました。

熊野市周辺地図です
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by je2luz | 2009-07-13 11:12 | 熊野 | Trackback | Comments(0)