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LUZの熊野古道案内

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2019年 04月 30日

西暦・和暦

 「安」の時が入るのでは無いか・・・と憶測されていましたが、「安」も「晋」も入りませんでした。
 でも、前回と違い元号選考の過程が早々と漏れ伝えてきていますし、文字こそ入らなかったけど・・・という流れはあったようですね。
 発表も「平成おじさん」は幹事長だったけど首相がするのでは無いかと言う声もありましたね。
 まあ、伊藤博文を越える総理大臣なんですからね。
 次のお札のデザインが変わる時には???
 いくら何でも無いでしょうけどね。

 元号法が昭和54年(1974)に成立したとき。抵抗感があり役所での書類には括弧書きの所に西暦を書きました。
 生年月日はずっと西暦ですね。
 平成になってからは得に層でしたが、明日からは「令和」になるので西暦の方がわかりよいです。
 「時代」をくくるにはわかりよいかも知れませんが、元号年代は長さが随分違いますからね。
 明治=45年 大正=15年 昭和=64年 平成=31年 と、近代の一代一元号としてからでも4倍以上の差があります。
 昭和などは太平洋戦争・敗戦という大変換点が含まれるので一つにくくるのは無理ですね。
 おまけに各元号の最後と次の元年がダブります。
 ものを測るには適していないわけです。
 日本独自の文化としては「あっても良い」ものでしょう。
 今度の天皇陛下はご即位の時で60才です。
 平成天皇と同じ年に退位されるとしたら「令和」は20年しかありませんね。
 皇位継承一位に格上げされる秋篠宮殿下が口にされていますが大きな問題を含んでいる所です。
 今の時代側室も許されないし・・・
 今日で平成が終わりますから書いています。
 令和になってすぐに書くと不謹慎だと劣られるでしょうからね。
 でも、私が居なくなってからの世の中で大きな議論が起きるはずです。
 上手にやらないと「元号」が消えたり、あっても使われなくなったりしますからね。
 使いにくいから世界中から消えた制度・習慣です。

 元号と皇室制度は違うものでしょう。
 日本国憲法と皇室の立場は微妙な関係です。
 その中でどのように「象徴天皇」を全うしようと頑張られた平成の天皇陛下を「改元」の機会に政治的に利用しようという良からぬ一派もいるようです。
 改元に惑わされてはならないですよ。
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by je2luz | 2019-04-30 17:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 30日

思いやり予算?

 平成最終日の記事には向かないとも思いますが、令和最初の記事にはもっと向かないと思うので載せます・
 
 F35の墜落事故、来る所まで来たようですね。
 落ちた時にも書きましたが。当然のように最高機密の機体を中・ロに発券回収されては大変ですか自衛隊より米軍の方が神経をとがらせているはずです。
 日本の深海探査船の文科省傘下の海洋広域研究船「かいめい」はすでに投入されているようですが、米軍はさらに深海の探査が出来る「ファン・ゴッホ」を投入するようですね。
 機体もパイロットも発見されていないので、パイロットと機体の捜索と言うことにはなっていますが、軍の欲しいのは機体なんでしょうね。
 あまりデータを外にださい無い敷設艦「むろと」なんてのも活動しているようですが、いまだに遭難信号も受信できていないようです。
 民間機の墜落、行方不明の捜索は経費の関係で早期に打ち切られたりしますがこの事故は採算度外視みたいです。
 米軍さんが必死なのはわかるのですが、この経費も「思いやり予算」に上乗せされるのでしょうか?
 この手のニュースが表に出ませんね。
 マスコミの国会議員もアンタッチャブルなのかも知れません。
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      JIJI.COM より拝借しました
 サイバー攻撃も武力攻撃に準じてアメリカ軍が日本を守るという方針が決まったとか言いますね。
 もともと、米軍は三沢基地で情報収集部隊を展開していました。
 日本はその部門でもかなり送れているようですから米軍頼りでしょうね。
 何しろ、閣僚にパソコンすら使ったことの無い人が座っていたのですからね。
 なんでここ迄後れをとりだしたのでしょうね?
 中国どころか韓国やインドと比べても一周遅れとも言われますね。
 技術の後れを器用さでカバーできる時代では無くなってきているので、特許使用料で高く付きそうですね。



by je2luz | 2019-04-30 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 29日

胡麻 セサミ

 「セサミ・SESANI」といえば「セサミストリート」を思い出す人も多いでしょう。
 これは「開けゴマ」という呪文からとったのだそうで「ゴマ通り」です。
 次に浮かぶのはテレビのCMの「セサミン」かな?

 サントリーさんが宣伝始めてからものすごく体に良いと言うことで「サプリ」で飲む人も増えているなのが「ゴマ油」です。
 日本では結構古くから食べられているし「体に良い」とされていました。
 煎り胡麻にして粒のままで饅頭や餅にくっつけたりおにぎりにふったり、「すり胡麻」にしてゴマ和えにしたり餅に練り込んだり、絞って「ごま油」にしたり色んな使い方します。
 これだけ使われているようなのに99.9%・・・ほとんど全部輸入品だそうです。
 古代ではゴマと金が同じ目方同士で取引されたなんて話もありますが、痩せ地でも育つくせに、収穫するとほんの少ししかありません。
 この辺でも昔は自家用に作る人も居ましたが、作るのを見かけなくなったのは手間を言うと買う方が安いほどの作物なのかも知れません、
 下が2010年の世界のゴマ生産国の数字だそうです。
 日本はこの100万トン単位で表示すると0.0001つまり100トンにも満たないのだそうです。
 丈夫で栽培しよいし富んだ土地も必要ないし、採れたものはそこそこ高いのに作らない・・・収穫関連の手間が掛かるので「採算の問題」なのかも知れません。

2010年のゴマの生産量上位10カ国[10]
 国    生産量    収穫率
     (100万トン)  (トン/ヘクタール)
ミャンマー   0.72    0.46
インド     0.62    0.34
中国      0.59    1.22
エチオピア   0.31    0.99
スーダン    0.25    0.19
ウガンダ    0.17    0.61
ナイジェリア  0.12    0.38
ブルキナファソ0.09    0.72
ニジェール   0.09    0.5
ソマリア    0.07    0.96
世界合計    3.84    0.49

 ゴマの種は莢に入っていますが完熟し乾燥するとはじけますね。
 適期に収穫し乾燥させ叩いたりしている映像は見たことあります。
 籾殻ならぬゴマ殻からゴマを篩い分けゴミを取り除くのはこのような生産国でも多くは人力でしょう。
 日本では風を使う道具に「み・手箕」がありましたね。
 竹製で今はプラスチックのちりとり風のがあるようですし、この辺では木製の横長のものがありましたがネットでは写真が出てきません。
 上手にバタバタさせると風と比重の違いで種と殻が別れるんですね。
 最後は息で飛ばしたり・・・

 これを機械化した「唐箕」と言うものが使われました。
 昔は多くの百姓家にもあって籾すりをした米の選別に使った居ました。
 型式は色々あったのでしょうけど下の三重県博物館所蔵の型が我が家にもありました。
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 右手でハンドルを回して風を起こし上の升にゴミ殻混じりの米を入れ白い札のある所の弁を開いて少しずつ落下させると米は下の右側一番、籾がかぶったのとか虫食いの米は左側の二番の滑り台から出てきます。
 完全な籾やゴミは本体左から飛んで行くという優れものです。
 とはいうものの、風の力は右手次第ですし、落とす量は左手次第・・・かなりコツが要ったでしょう。
 田舎だと郷土資料館などに収蔵されていると思います。
 出来の悪いのを「二番」というのはここから来たのだそうです。

 「唐箕」は名前の通り中国で発明され日本には江戸時代に入って来たそうです。
 便利ですから徐々に広がったのでしょうね。
 今でも同じ原理の電動式のものが出ているようです。

 風と比重を使うものですから米以外にも使えるはずです。
 手動で米用に作ったものを他の穀物などに応用するには米以上にコツが要るでしょうけどね。
 器用な人なら電動化改造とかも可能でしょうね。
 電動ブロワーを使って全体を木の箱で作るとか・・・
 でも、アマチュアで無ければ工作の手間賃で高く付くかも知れませんね。
 試行錯誤は面白そうですが・・・

 ゴマは結構害虫が付くようです。
 農薬まみれで作ったのでは健康には良くないでしょう。
 「木酢」なんて方法もあるんだとか言いますが農薬より手間が掛かるでしょうね。
 ハバネロのような想像を絶する辛さのものは鹿などの食害は無いようですが、青虫が食うようなゴマはどうなのでしょう?
 電柵無しで作れるのでしょうか?



by je2luz | 2019-04-29 04:19 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 28日

PAJERO NIKON

ブームが去ったのでしょうか?
 三菱自動車が「パジェロ」の国内販売を終了するそうです。
 完全な四輪駆動としては安めでした。
 私の4車種目の車でした。
 黒のロングボディ、ジーゼル。2500cc ボンネットにターボ吸気口付き・・・
 ナンバーは「5」だったのですが、買ってすぐに法律が変わって税金が上がっちゃいました。
 ジーゼルは2000を越えても良かったのに・・・
 この年式から四駆への切り替えが乗ったままで出来るようになった時でした。
 前向きに走っていたのなら四駆に入れて2m足らずバックすると切り替わりました。
 パジェロの乗ったのは「スキーに行くため」でした。
 その前の車が「ホーミー」で、雪道にものすごく弱かったですからね。
 子供が何とかスキーに連れて行けそうになったし、熊野無線クラブにスキーブームが起きましたからね。
 木本高校の修学旅行がスキーだったというのも永久したかと思いますが、無線クラブのスキーツアーもエスカレートしてバスツアーになりました。
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 NIKONと続けたのは、これも三菱系列です。
 戦前の軍用高額製品作りで磨いた腕を使って戦後は民生用に転じNIKON S そしてNIKON Fと最高レベルのカメラを出し、前回の東京オリンピックの時には超望遠レンズとニコンFの組み合わせに加え、オリンピック各会場に修理班を配置するサービスで一気に世界のマスコミを取り込んだのです。
 今でも性能はトップクラスですが「商売」ではCANONの追い越されていますね。
 昔からニコンのユーザーは「ニコン党」と呼ばれるほど他のカメラには見抜きもしなかったのですが今ではマスコミもキャノンを使う率が増えたようです。
 まさか、撤退はしないでしょうけどデジタルを含めカメラ業界も楽では無いようですからどうなるでしょう。
 巨大な三菱グループの片隅の一部門ですからね。



by je2luz | 2019-04-28 04:25 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 27日

平成最後の・・・

 このところ何もかも「平成最後の」がくっつきます。
 チラシには書かれていませんが、28日日曜日には「いこらい市」があります。
 これも「平成最後の」でしょうね。
 まだ続けるでしょうから、次は「令和最初の」になりますね。
 「いこらい市」もマンネリ化して出展数も減ってきたし客を呼ぶ力も落ちてきましたね。
 記念通りを閉鎖して15の出店しか無いのでは市内各地から人を呼ぶのはしんどいでしょう。
 一番の呼び物が「熊野漁協の鮮魚移動販売」というのも少し寂しいです。
 来月は駅前の「熊野No.1フェスティバル」があるのでは無いでしょうか?
 全人口が17000を切ってきたのですからイベントも難しいです、
 市民の一割集めても1700人なんですから・・・
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 このいこらい市は「記念通り商店街振興組合」主催になって居ますから、場所を動かすことも出来ませんね。
 このイベントと地元の記念通りの商店との連携はうまくいっていないようです。
 と言うより、記念通りに商店が無くなってきているので盛り上がりにくいし、呼んだ客と商店街の売り上げに相乗効果があるかというと???
 始まった頃とかなり変わってしまったように感じますね。
 この通りの路線バスを止めても問題が起きないほどと言うのも本当は大変なことでしょう。



by je2luz | 2019-04-27 04:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 26日

熊野市史 上・下

 私の手元の「熊野市史」はどういう訳か「中巻」が欠けています。
 買おうかなと思いつつ欠けたままです。
 付属的な「熊野市史年表」はあるんですけどねえ・・・
 「中巻」は近世なので欲しいんですけど、今更買うのもと思っている内に年を食ってしまいました。
 熊野市史は昭和58年(1983)坪田市長当時に発行されました。
 全国的に村史・町史・市史などが編纂された頃ですね。
 1300ページとかが三巻ですから大きなものです。
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 ここから時々つまみ食いしています。
 視力が落ちてからは拾うのも面倒になってしまいました。
 ぼけるかな?

 上巻は江戸まで、下巻は民話や風習などですね。
 地形が複雑ですから、風習や民話なども入り組んでいるようです。
 例えば、今では「飛鳥」と一つの村扱いしていますが、古くは、大又・小又・大又・佐渡・野口・神山と、大字ごとに別の村だったようです。
 この調子で昭和の合併の8か町村半が細切れだったのですから色んなことが異なっていたのでしょうね。
 行き来も歩行の時代なので隣の集落も遠かったでしょう。
 しかし、以外と山の裏表の交流が多かったりもしたようです。
 川沿いの崖より山越えの方が安全で早かったりしたのでしょう。
 隣り合わせでも、言葉も少しずつ違うし、初盆の「水向け棚」なんかも小阪と隣の大又では逆向いてますからね。
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 昭和34年(1959)位の小阪本郷地内の道路です。
 自転車がやっとだったのです。
 私が子供の頃は青年団なども同じ飛鳥でも別組織でけんかしたりしたようです。
 さらに古く、じいさんの頃には同じ小阪でも集落間でけんかになったりしたみたいです。
 「火事とけんかは江戸の華」なんて言うように「けんか」も娯楽の一つだったのかも知れませんね。
 奥熊野代官所の記録の多くがそうした諍いに関するものが多いようです。
 お代官様や庄屋さんも簡易裁判所の裁判官を務めていたのでしょう。



by je2luz | 2019-04-26 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 25日

統計 熊野古道 伊勢道

 吉熊新聞に熊野古道伊勢路の統計数字が出ていました。
 以前に松本峠でカウンターらしいものを見かけたのですが今は見当たりません。
 昔からこうした数字はどこから出てくるのかよく分かりませんが、どの場所もカウント方法が同じなら比率的には同じようになるのかと思います。
 「ツヅラト峠」から「通り峠」までの伊勢道のポイントごとの数字です。
 浜街道の入り口に住んでいて体感的に「年々減っているなあ」と思っていますが、そのようです。
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 緑色の欄が「松本峠」、黄色の欄が「花の窟」です。
 花の窟神社だけが少し別物ですが、他のは「峠道」です。
 「峠道」なら「松本峠」が来訪者数28.602で尾鷲の「馬越峠」23.441を押さえてトップです。
 この二つは立地条件も良いです。
 今のハイカーは昔のお遍路さんのように歩き通すのでは無く「峠歩き」が目的ですから、アクセスの悪い所は敬遠されるようです。
 紀州に入り、熊野川を渡って霊場に入るまで100Kmほどあるのでしょうからね。
 
 松本峠で見ると、来訪者が前年度より11000人ほど、つまり1/4減っています。
 他の峠道も軒並み数を減らしていますね。
 まあ、こんなものでしょう。
 文化遺産が消えないように維持する名目が出来るくらいの来客者が確保できれば良い方でしょう。

 「花の窟」は道では無く史跡・名所であり道の駅もあるので別の意味の来訪者・来客もあるでしょう。
 来訪者数208.199人で前年度比18.8%増えていますね。
 これくらいの上下は起きるものですが、うんと先は激減の可能性があります。
 「熊野自動車道」熊野大泊ー熊野南・久生屋が開通すれば少し減り、その先の「熊野新宮道路」が全通すると・・・
 完成するのは15年も20年も先の話でしょう。
 正味18Km位とすると一回ではやらないでしょうからね。
 鬼ヶ城は大泊ー久生屋が出来るだけで減少するでしょう。

 この統計に出てくる場所は「世界文化遺産」ですが、大層な観光施設など作られていませんから、寂しくなっても「閉鎖・廃業」というようなことは起きないでしょう。
 と言うことは、元々、「金になっていない観光地」と言うことです。
 「オレンジホテル」「鬼ヶ城センター」「近鉄ロッジ」などが出来た頃は「レジャー」が地方でも産業になるとされていたのですね。
 近鉄と南海が紀伊半島のぶんどり合戦をやってました。
 木本のタクシーも「近鉄」と「南海」になって居ました。
 軽井沢周辺は西武が買い占めたし・・・



by je2luz | 2019-04-25 04:14 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 24日

世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道 伊勢路

 「紀伊山地の霊場とその参詣道」がユネスコの世界文化遺産に指定されたのは平成16年7月1日で登録は7月7日です。
 もうすぐ15年になるのかな?
 我が国では12番目だったようです。
 道を要素として登録されたのはスペイン・フランスにまたがる「サンティアゴ・デ・ステーラの巡礼路」につづく二例目だったらしいです。
 その中で熊野市に関係のあるのは「伊勢路」の一部です。
 「熊野市の文化財」という冊子によると・・・

 「曽根太郎坂」 甫母から二木島に向かう峠道
 「二木島峠道~逢神坂峠道」
 「波田須の道」 波田須地内の道で鎌倉時代の石畳と言われるものがある
 「大吹峠道」 波田須から大泊への峠道で戦後すぐくらいまで茶店があったそうです。
 「観音道」 大泊清滝上の観音様への脇道
 「松本峠」 大泊から木本へ越える峠道 茶店があり「木本峠」という呼び方もあったとか・・・
 「熊野の鬼ヶ城」 昭和33年6月に国の名勝天然記念物指定、平成14年11月国の史跡に指定
 「獅子巌」 昭和33年鬼ヶ城と共に天然記念物に指定
 「花の窟」 「日本書記」に記載された伊弉冉・伊弉諾を祀った神社
 「七里御浜」 木本から紀宝町に向かう浜筋で江戸時代より熊野三山に向かう道であった
 「熊野川」 紀宝町の御船島から紀和町小舟地区までの21Kmが世界遺産に指定されている
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 古来の「熊野古道・伊勢道」は峠道部分しか残されていないので細切れになって居ます。
 峠道も新道が出来る時代になると、松本峠や大吹峠でさえ茂ってわかりにくくなってきていたのですが、一部、有志によって草刈りなど行われていたようです。
 世界遺産の話が出る前にも、先輩の小山議員さんなどが声を上げて峠に東屋など建て古道保存を呼びかけていました。
 木本高校でも遠足に峠を越えて消えるのを防ごうとしたこともあるようです。
 新道・自動車道が出来るまではこうした道は生活道路として使われていたようです。
 松本峠でも木本事件に関わる「木本隧道」が大正15年(1926)に出来るまでは大泊を結ぶ大事な道だったのです。

 「熊野鬼ヶ城」と「獅子巌」が「紀伊山地の霊場と参詣道」の要素に入っているのは少し不思議な気もしますね。
 役所が世界遺産指定に熱を上げた理由に「観光振興」があったのですから、何とか理由を付けたのでしょう。
 「熊野川」が紀和町小舟まで入っているのは「楊枝薬師」が後白河上皇の熊野信仰に結びついているので当然なのでしょう。

 この冊子では「風伝峠」など紀和方面が入っていないのは「伊勢道」では無く「本宮道」だからでしょうか?
 平成26年発行で紀和との合併の後の本ですけどね。



by je2luz | 2019-04-24 04:34 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 23日

三十度!?!

 まだ4月ですよね。
 それなのに、四国や九州では30度を越えたんだそうですね。
 その前には北海道が一番暑かったり・・・
 真夏の北海道は大陸性に近いような季候で日本一暑かったりしていましたが、春先までおかしくなったようです。
 昨日、月曜日には沖縄以外でも熊本県日田市、高知県四万十市で30度を超す「真夏日」になったそうです。
 四万十なんて熊野と同じ並びですよね。
 統計では四万十は最高気温4月20.6℃、5月24.8℃というのが平年らしいです。
 海も近いし山ばかり・・・
 こことかわりませんね。
 今年の夏が思いやられます。
 日本は温帯にあり、暖流と寒流が流れてくるし、海洋性気候のような場所が多いので過ごしよい島国だったはずです。
 その天然のエアコンの冷媒が段々過熱しているようです。
 海水温度の上昇の1℃、2℃・・・その影響はものすごいでしょう。

 このまま温暖化が進むと同時進行で高齢化も進むし、夏を越せない年寄りが増えるでしょう。
 クーラー入れろと言うけど、みんなが入れれば益々温暖化は加速しますね。
 次々と発表される人口の推計にはこの「温暖化」「異常気象」は織り込まれていないようです。
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 年寄りが耐えられなくなって死亡すれば人口構成は良くなる???
 この推計では2050年の総人口が1億人程度ですね。
 高齢化指数は集計の度に修正されているようで、平成9年の推計と平成24年推計では2050年時の高齢化で5%も上昇するようになって居ます。

 最近は「みとり」とか言う話題が多いですね。
 管を繋がれベッドに固定され生かされるのって、私は嫌いです。
 静脈注射を打たれるなんて怖い話です。
 でもおかしくなって救急車を呼ばれたらああなっちゃう率が高いでしょうね。
 「過度な救命処置はしないでください」という意思表示を「臓器提供の意思表示」のように普通にして欲しいですね。
 元気に戻る治療は意味があるでしょうけど・・・
 今の医療制度ではすんなりとは行きにくいんだとか・・・



by je2luz | 2019-04-23 04:26 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2019年 04月 22日

何処へ行く? 携帯・スマホ

 最近は「5G 5G」とうるさいですね。
 私などずっとガラケーでやってきて、ようやく格安スマホになった所です。
 機体もトランプさんなら怒ってくる「HUAWEI」です。
 それにDMM.comなんてのですからね。
 今日の発表でNTT docomoの料金が下がると言いますが、下がっても私のプランより高いです。
 外でうろつかないので3ギガのデータプランでも余ります。
 WiFi経由のLINEやLINE電話ですからね。
 ところで、こんな使い方しかしないのなら「5G」で何が代わるのでしょう?
 ゲームもしないし動画のダウンロードなどしないし・・・
 ガラケーにずっと残って居たのと同じで何か起きないと「4G」に居座るでしょうね。
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    私のHUAWEY 10 light ロック画面で熊野の花火です・ 
テレビで報道しているような使い道で魅力のあるものって無いですよね。
 そのそも、通信手段の第五世代、5Gの全てがスマホにくっついてくるわけでは無いでしょう?
 バーチャルリアリティなんて必要ないし・・・ 
 スマホと自動操縦とかは別問題だし・・・
 無人タクシーやバスなんて当分は実用化しないはずだし・・・
 アメリカの事故じゃ無いですがこの田舎道では無理でしょう。
 お年寄りも鹿やイノシシも予測できない動きをしますからね。
 介護職員付けないとドアの開け閉めもままならないお客さん相手にはねえ・・・
 豊洲のターレーじゃ無いですが忙しい場所では想定外の事故は起きるでしょう。
 最新のエレベーターの安全装置も働かないような日本ですから・・・
 ついでですが・・・
 フォークリフトの初期にはヘッドガードが無くて。荷物の落下とかで事故が多かったのですが豊洲のターレーにはヘッドガードも転落防止も無いみたいですね。
 まあ、5Gテクノロジーは私のようなスマホユーザーとは別の話みたいです。
 生きている内に慌てて覚えるほどでも無いでしょう。
 それと、5Gになると当然のように使う周波数が高くなります。
 当然基地局をカバーするだけ作らないと使えませんし、電波の性質上直進性が高くなり益々障害物に弱くなります。
 楽天などは大都市圏優先での運用を端から宣言しているようです。
 昔の携帯じゃ無いが「針の立たない場所」が一杯あったり、田舎切り捨てでは困りますよね。
 使わない高機能でも機械を買い換えないと・・・ なんだか、地デジでやった景気対策みたい!
 それでも若い人は踊るのかな?
 十数万とか・・・
 こんな部分で無駄遣いするのは日本だけでしょうね。
 肝心の5G活用では大幅に遅れるくせにねえ・・・

 電波利用というなら、町中のWiFiを高速化して完全に解放して欲しいですね。
 「公衆」を名乗りながらしょうも無いロックがかかっているのが多いです。
 日本は後進国扱いされているようですからね。



by je2luz | 2019-04-22 04:25 | 雑感 | Trackback | Comments(0)