LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ

<   2017年 01月 ( 33 )   > この月の画像一覧


2017年 01月 31日

熊野の旅 風

 昨日は南からの風「まぜ」が吹きました。
 「南風」を「みなみかぜ」とよむと、タッチの浅倉南ちゃんのお家の喫茶店を思い浮かべます。
 「南風」を「まぜ」と呼ぶと昨日のようなきつい南からの風を思い浮かべます。
 新宮では20℃を越したとかですが、木本では越さなかったように思います。

 「東風」は「ひがしかぜ」で思い浮かべるものはありません。
 「東風」を「こち」と呼んだら、菅原道真公ですね。
 「こち」は太宰府から見た都からの風と言うだけでは無く「春の風」なんだそうですね。
 ヘッセの世界では春の風はアルプス越えの嵐のような風らしいですけど・・・

 「北風」って、読み方の余り変化は無いようです。
 でも、北からの風には「おろし」と言うのがくっついて、もの凄く寒いイメージがついて回ります。
 「瀬戸おろし」「前鬼おろし」なんてモモ結構寒い風です。
 山を越えてくるとフェーン現象なんて言いますが、こうした「おろし」は冷たいものです。
 熱くなるのは「六甲おろし」で騒ぐ「虎キチ」くらいのものでしょう。

 「西風」も飯毛が無いようですが、台風の時の「返し」は西の風で台風が通り過ぎた証です。
 風は強いけどホッとする風です。
d0045383_21300149.jpg
 熱い風が悔いたり冷たい風が吹いたり・・・
 空の様子も冬の雲だったり春の雲だったり・・・
 夏とは違う雪起こしのような入道雲がわき上がったり・・・
 流感が暴れ縄って居るようです。
 国保の会計も赤字が膨れ上がるでしょう。
 

[PR]

by je2luz | 2017-01-31 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 30日

熊野の旅 旧正月・春節

 テレビなどでは中国の「春節」を賑やかに報じていますね。
 たしかに、中国人のやることは派手で賑やかです。
 赤に金色、更に爆竹・・・
 でも、ある意味では素直に新年を祝っていますね。
 そして、民族大移動の里帰り・・・

 日本だって昔はもっと新年を大切に祝ったようです。
 除夜の鐘だって檀家の人が競って撞きに出掛けたものです。
 今は、「除夜の鐘がうるさい」「入相の鐘もうるさい」とお寺さんの鐘の音が消えたりしているようです。
 そんな世相ですから新年を盛大に祝うことも無くなるはずです。

 大々的な里帰りを不思議な光景のように報じていますが、今の日本だって大移動は行われているし、少し前の昭和30年代40年代だと北京駅みたいな光景が上野駅でも東京駅でも見られたのです。
 「爆買い」だって、昭和50年代とかには、日本人がやって居ましたよ。
 イタリアで・・・フランスで・・・
 ブランド品を買いあさり、現地の人に馬鹿にされたこと忘れたのでしょうか?
 本当に日本人は物忘れがひどいですね。
 それが良いところでもありますが、自分のことを棚に上げて・・・
d0045383_19342691.jpg
 これは中国では無くヴェトナム・ハノイの春節前の光景です。
 2011年1月23日ですから、春節直前ですね。
 中国系の人が多いですから、商店街はこんな風にきんきらきんでした。
 嬉しそうにこんなの買い求めてオートバイの相乗りで帰る家族も一杯見ました。
 悪くない光景ですよ。
d0045383_19450243.jpg
 この先、この子達と一緒に暮らさないと日本国がなり立たなくなるかも知れません。
 偏見無しで触れ合えば、ヴェトナム人はやさしくて良い人が多いですよ。
 同じ町にいても中華の人と少し違って居ました。
 タイの人も優しかったし・・・
 残念ながらビルマ?ミャンマーには行けませんでした。

 近年の日本では、「年賀状」が減少の一途だそうです。
 元々私は書かない方でしたが、公職選挙法でも「書いちゃあいけない」となってますね。
 減って居るのは「里帰り」もそうです。
 テレビでは新幹線ホームで、「おじいちゃんと子へ行くの!」「おばあちゃんと遊ぶの!」なんて、インタビューを報じていますが、本当の田舎では「子供も孫も帰ってこないお正月」になって来ているのです。
 人口が3割も減って、空き家が3割増えているのです。
 もう、帰る家も待っている爺婆も居なくなりかけているのです。
 正月時期にスーパーがやって居た「土産物コーナー」も消えつつあるのです。
 中国などの「春節」が羨ましいです。

 

[PR]

by je2luz | 2017-01-30 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 29日

熊野の旅 松本峠は陽だまりの道

 雪はほとんど降らないし・・・
 山の南斜面だから、北風は当たらないし・・・
 一日中にの当たる坂道が松本峠です。
 伊勢街道最後の山道でもあります。
 今の人は全部続けて歩くということも無いですから、いいとこ取りで峠道だけ歩きますね。
 ???
 と言うより・・・
 「世界遺産熊野古道」と言っても、残って居るのはこうした山道、峠道だけなんです。
 里道は改良され新道になってしまいました。
 東海道とかのような大きな街道、産業道では無かったので古道は近代には役立たなかったのですね。
 それに、宿場町として発展した町も無いし・・・
 だから、馬籠、嬬恋のようなところも無いし・・・

 少し不思議なのはその辺ですね。
 「蟻の熊野詣」と言うほどゾロゾロ人が歩いたのにどうして宿場町が発展しなかったのか?って事です。
 今の松本桃源の通行量として発表される数字も鯖読みかな?と思うのですが、それよりずっと多かった記録がありますね。
 ならば、木本も宿場町になってもよかったのでは???
 「かんとべえ」と言われる関東の百姓さんばかりだからって、野宿ばかりじゃあ無かったはずなのに・・・
d0045383_20423238.jpg
 松本峠は最初書いたように、「陽だまりの道」なんです。
 寒中でも昼間はぽかぽかです。
 冬の散策には最高なんですけどね。
 隣の「大吹峠」も手頃なハイキングコースでしょう。
 でも・・・
 昔のように「押すな押すな」という状況にはなりません。
 峠の茶屋も無し・・・
 里に下りても・・・
 

[PR]

by je2luz | 2017-01-29 04:26 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 28日

熊野の旅 熊野市の登山?

 昨日の朝日新聞ローカル版にちょっと面白い記事がありました。
 熊野市は紀伊山地の南東斜面にあり8割以上が山なのですが、大層な山はありません。
 一番高いのが「保色山」で標高1030mです。
 大きな山塊がありながらこの程度なのです。
 「熊野古道」はこの家の前の「浜街道」以外は山道ばかりなんですけどね。
d0045383_20571182.jpg
 これは山歩き記事の一つで取り上げてくれたようですが、標高687mの「大蛇峰」を登るものです。
 この山は海岸線の国道311号線、山間部を抜ける国道42号線、その間を結ぶ県道新鹿佐渡線の作る三角形の真ん中に位置するものです。
 新聞の写真になる様に新鹿が見えていたり、比較的やさしい山です。
 この辺では「山登り」という遊びが普及していませんから、道しるべもいい加減?なのかも知れません。
 この山のような条件だと、どの沢を降りてもそんなに時間が掛からずに道路に出られます。
 里から近い山でも、奈良県境の方向の山だと狭い日本とは言えそう簡単には道路に巡り会えませんね。
 人工林ばかりに見えてもそちら方面では崖も多いです。
 下手すると本当に遭難しちゃいます。
 稜線にでても緑の山ですから見晴らしが悪いです。
 地形だけで地図を読むのも難しくなるでしょう。

 私はしんどいのが嫌いで山登りはやりませんでした。
 まともに歩いたのは「利尻富士・1721m」「戸隠山1904m」くらいです。
 利尻は海抜2m程の港から正味登りましたけどね。
 最高標高地点はモンブラン近くのエギーユ・デュ・ミディの3842mですが、ケーブルですからね。
 そんな私ですからこの辺の山も歩いていません。

 今はカーナビと同じGPSがあるので正確に位置は把握出来るのでしょうね。
 私のD800Eの付属品でGPSアダプターがあるのですが、あれでもきちんとした緯度経度は表示されるのでしょうね。
 持って歩いていませんが、場合によってはある方が良いかも知れませんね。
 地図が無ければ意味ないですけど・・・
d0045383_21263638.jpg
 一万歩歩くのがしんどいようでは道に迷うことも無さそうですね。


[PR]

by je2luz | 2017-01-28 04:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 27日

熊野の旅 熊野市とRDF

 今は余り話題にもならない「RDF」というものは熊野市にも関係あるのです。
 「なんだか、聞いたことがあるような・・・」と、言う人もいるでしょう。
 「火事を起こし、消火中に爆発があり、消防士さんが無くなったやつ・・・」というと、少し思い出すかも知れません。

 RDF=Refuse Derived Fuel と言うもので、、ゴミ固形化燃料です。
 そして、これを燃料とする発電所が三重県でも作られたのです。
 有馬にある熊野市の焼却炉が作られる頃にこの話も出て来ていたのですが、炉の建設が急がれたのと、ゴミをペレット化した物を発電所まで運ばなくてはならないし、その発電所は熊野市が出すゴミでは賄えないので近くには出来ないだろう・・・などを考え、さらに、当時の厚生省が「連続炉」を押し進めようとしていたので、これを実現するほどゴミも無し・・・今の炉を作ることになったのです。
 だから、熊野市は「RDF」とは縁が無かったのですが、その後で、南牟婁郡の町村が共同でゴミ処理施設を作ることになり、その頃の時流でこの「ゴミ固形化」を選んだのです。
d0045383_1942020.jpg
 阿田和の紀南高校から少し尾呂志街道を上流に進んだところに「RDF」のプラントがあります。
 此のプラントには南牟婁郡紀和町も参加していました。
 そして、その紀和町と熊野市が合併しましたから今の新・熊野市にはRDFは存在するのです。
 紀和町のゴミくらいは有馬の焼却炉で燃やせますが、「要らんからやめる」とは行かないのです。
 ゴミの持ち込みをやめても割り勘分は払わなくてはならないのです。
 理想とした「ゴミによる発電で環境にも優しくコストも安く・・・」は実現しませんでした。
 大都市では大量のゴミを連続炉で燃やし、その熱で発電していますが、三重県の場合は、小さな自治体のゴミを広域から集める必要があるので、一旦固形のペレットを作り、それを運ぶという二度手間三度手間が必要になり、おまけに事故まで・・・
 このRDFは廃止の方向で進んで居るのですが、発電所を閉めればこのRDFの行き場が無くなり、作歌している自治体のゴミ処理が出来なくなるのです。
 そうした自治体に新しいゴミ処理施設・焼却炉が建設されないと停めるに止められないと言うことです。
 三重県も発電の中止とかペレットの受け入れを延長しているのが現状です。
d0045383_1954042.jpg
 熊野市だけなら止められても、古いとは言えまだ稼働している焼却炉で紀和の分は処理出来ますから良いのですが、御浜・紀宝の分まで引き受ける訳にも行かないし・・・
 熊野市の炉も耐用年数を越えてきているので更新すれば良いのですが、こうなると広域での処理が前提になるので色々問題もあるのです。
 これは旧南牟婁だけでは無く旧北牟婁も一緒と言うことになるでしょう。
 荷坂から南熊野川までですね。
 このこともここに載せることになると思います。


[PR]

by je2luz | 2017-01-27 04:23 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 26日

熊野の旅 27年前 県道新鹿佐渡線の転機

  こんな文書が出て来ました。
 27年前、新鹿佐渡線が今のトンネルに路線変更なる大きなきっかけになった「促進同盟」の結成趣意書です。
 それまで30年ほど新鹿側で少しずつ工事はやって居たのですが、計画では八丁坂の頂上付近まで登ることになっており、そのままの進捗状況では何時になるかわからないものだったのです。
 飛鳥側では何度かそのルートの測量も行われていたのですが、それも遅々として進まず・・・
 私が初当選した時の直前に坪田市長と前川県議の大選挙があり、その2人も私も「八丁坂線」は公約に入っていました。
 そんな中で、県の方で内々に「トンネル」が検討されていることをキャッチしたので、その事は表に出さすに、此の趣意書を作り、「促進同盟」の再結成を図ったのです。
 「民間の熱意」を示すと言うことで、市長・県議・市議などは全く表に出して居ません。
 事務連絡先の電話は私の自宅ですが、ここにも私の名前は出していません。
 大会当日は此の趣意書の地域以外、五郷からの参加もあり、会場に入りきれませんでした。
 そこでも、市長・県議の挨拶も無く、代表者の小阪区長に任せて、市議も私も退席しました。
 マスコミには大きく扱って貰うようにお願いしたのですが、ローカル紙だけでは無く中央紙も大きく載せてくれ、効果抜群でした。

    県道・新鹿佐渡線早期完成促進協議会   原文  
         趣意書
 長年の懸案でありますところの、県道・証か・佐渡線は、ようやく、飛鳥町側からの工事にも着手されるまでに至りました。しかしながら、市当局をはじめとする関係各方面の御努力にもかかわらず、残された4Km余りの区間は路線の最終決定もされておらず、新鹿町側の既に工事が行われた区間の改良も必要であります。現状の工事進行状況では、私たちの望む様な、観光・産業道路として、完成されるまでのは、まだまだかなりの年数が掛かると思われます。
 此の現状を改善するため、県道・新鹿・佐渡線の早期完成を望む、地元、関係地区の民意を結集し、県道・新鹿・佐渡線の重要性と、必要性を、関係各方面に訴えるべく、表題の会を結成致したいと思います。
 趣旨にご賛同いただけました節には、下記の設立大会にご参加ください。当日ご都合のつかない等の場合は、発起世話人、若しくは、事務連絡先まで、入会のお申し込みのほどをお願い申し上げます。
 設立大会は1月28日(日曜日)午後1時より商工会議所3階にて開催します。お誘い合わせの上、是非ご出席下さい。
   平成2年1月吉日
             発起世話人   飛鳥町小阪区長 桑原逸夫
                     飛鳥町佐渡区長 庵前 保
                     飛鳥町野口区長 森岡幸男
                     飛鳥町神山区長 植中多重
                     飛鳥町大又区長 佐野勝次
                     飛鳥町小又区長 坂口正治
                     新鹿町区長   大崎弘道
                     新鹿町副区長  西 留三
                     遊木町区長   浜口正親
                     遊木漁協理事  森下好光
                     二木島町区長  井本昭作
                     二木島里町区長 川上民一
                     甫母町区長   大岡甲吉
                     須野町区長   森本寿夫
                事務連絡先 木本町新出町     

d0045383_20062089.jpg
 これが、私の政治活動の原点ですね。
 私には力も組織も無いですが、市民のみなさんの熱意を結集すればある程度は行政は動かせますからね。
 私のこうした「市民の力」を信じるやり方に反発する人も居られるようですが、「全員賛成」などあり得ませんが、方法としては間違っていないと思っています。
 大きなことがあれば、「市民の意思」が大切でしょう。
 私には、変な方向に引っ張るほどカリスマ性はありませんから、独裁者にはなれません。
 ただ、時々、「市民の力」を借りて動いているだけです。
 組織は作らないし、表には出ません。
 知る人ぞ知る・・・
 役に立てればそれで良いでしょう。
 まだまだ、やらなくては成らないことがありそうです。
 それには、市民を信じてやって行くしか無いですけどね。


[PR]

by je2luz | 2017-01-26 04:19 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 25日

熊野の旅 ニーズってあるんだ!

 「グルメンピック」などと言うイベントが中止になったとかで、ニュースになって居ますね。
 なんだか、民間の企画屋さん?のものらしいですね。
 世の中、イベントだらけ・フリーマーケットだらけなんですが、それでも、こうした実態のわからないところのイベントでも申込みはあるんですね。
 ネットの詐欺同様。「払いよい程度の金額」だからでしょうね。
 20万から80万ですか・・・
 半分素人の企業化・若い人には、省庁・各都道府県・市町村などのイベントの誘いは無いでしょうし、出品もしにくいのでしょう。
 私がイベントに出店して動き回っていた頃は、役所がらみで断るのに苦労したのですが・・・
 テレビなどの報道を見ていると、イベントって動員力があってすごく売れているように見えますしね。
 「百貨店の物産展」などは「恒例の・・・〇〇県物産展」なんてものだし、新聞にも広告載るので動員力はありますが、「恒例」でも無く「宣伝力」も無いイベントではそんなに客は望めないんですけどね。

 一コマ基本料金が20万・・・
 これに売上の20%位かな?
 それで球場を刈り上げて・・・
 稼げないでしょう。

 省庁・都道府県がらみの物産展などは会場費・設営費などで千万単位の金がつぎ込まれています。
 大きな企画屋さんでも博打は打ちにくいのに・・・
 色々裏まで見た人間からすると・・・
 気の毒だけど・・・釣られた方も・・・「甘いかな?」
d0045383_19384514.jpg
 

[PR]

by je2luz | 2017-01-25 04:16 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 24日

熊野の旅 トンネルを抜けるとそこは雪国だった

 「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」なんて小説がありますが、熊野も国境では無いのですが、すごく短いトンネルを抜けるだけで「雪国」に入っちゃいます。
 今朝は多分そんな状態でしょうね。
 佐田坂頂上、小坂トンネルが境目です。
 今は地元の車以外は「熊野尾鷲道路」を使うので少し安全になりました。
 そして、この気象条件がこの道路を作る口実になったのです。
 本州の南端、そして、たかが300~400mを越えるのが危ないから、高規格道路を新規に作るなんて、不思議なのですが、こうして、降雪・積雪・凍結が冬場には何回も起きるのです。
 私はそうした日の朝や夜中には佐田坂は登りません。
d0045383_21234326.jpg
 これ、不老長寿の秘薬、「天台烏薬」ですよね。
 前に煎じて飲んだけど美味いものでも無く、聞きそうにも無かったですが、秦の始皇帝が徐福に探させたものだとかこの辺では言っていますが、多分違うでしょう。
 効くものなら昔からどんどん栽培され、この辺もお金持ちになったか、どこかに占領されて、地元民は奴隷になって居るか・・・
 新宮では「天台烏薬茶」なんて作っていたのですが今はどうなのでしょう?

 日曜日の「いこらい市」「きのもとさんままつり」は人出が多かったです。
 いつも、この「サンマ100本」は人出が多いです。
 やっぱり、食い物と無料は強いですね。
 ただで美味しいよそ物の丸干し食べて、「楽しかった!」で終わって「大成功」???
 朝日新聞には「熊野のサンマ水揚げゼロ」と大きく取り上げられ、イベントの放送では「夢魔のでは捕れなかったので静岡産です。」と流され・・・
 これを機会に考えなくてはいけないでしょう。
 「他所からも来てくれていたし・・・」???
d0045383_21374653.jpg
 昨年の特別割引券などを含め、このイベントは商店街の自主的イベントでは無くなっています。
 商店街の振興組合ではもう切り盛り出来なくなっています。
 本町・記念通り・駅前・松原・・・それぞれの商店街が「街」でなくなっていますからね。
 役所が噛んで公金を入れるならそれなりに考えないといけないです。
 場所・回数・バランス・・・
 抱き合わせるものも見つからないし・・・
 花火・お盆・駅伝・夏祭り・・・
 人手が無くなり抱かせられない???

 今日の14時過ぎくらいに金山に行ってうろつけば「もちほり」に巡り会えるかも・・・
 

[PR]

by je2luz | 2017-01-24 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 23日

熊野の旅 熊野人は丸干しが好き

 この辺は「丸干し文化圏」です。
 小魚は何でも丸干しにしちゃいます。
 東京だと丸まま干してあるのは「めざし」くらいかなあ・・・
 干物は開きで「小田原」なんて呼びますが、どんな魚を食べていたのでしょうね。
 魚の豊富な江戸湾・柴浜なんあるので、新鮮なのを食べていたのでしょうか?
 この辺では、魚を捕っても売りに行くところもあまり無いので「干物・丸干し」にしたのかな?
 スーパーでは年中「丸干し」を売っています。
 そして、年中、そこそこ売れています。
 私もそこそこ買います。
d0045383_19563261.jpg
 「さいれの丸干し」「アジの丸干し」「キスの丸干し」「うるめの丸干し」
 一時期は「干物は塩分が多いからあまり食べるな」なんて指導がありましたね。
 そんなの言っている片方で甘いものを一杯食べるおばさん達・・・
 この辺は「丸干し」「干物」を一杯食べるし、何でもやたらと醤油を掛けるし、煮物も真っ黒だし・・・
 高血圧・脳卒中が多いと言われましたが、今はどうなのでしょう?
 私は昔に比べ、随分薄味にはなりましたが・・・
 「昔に比べ」ですけどね。

 昨日の「きのもとさんままつり」は1000本無料振る舞いと言うことで、人出は多かったです。
 炭火で焼くので美味しいはずです。
 お供は白いご飯では無く「味噌汁」なんてので食べていましたが、塩分過多かな?
 一日だけなら問題ないでしょう。
 でも、来たついでに、たこ焼き・儀平の饅頭・お好み焼き・・・
d0045383_20041772.jpg
 少し疑問も・・・
 シラミ退治でDDTをぶっかけられ・・・
 砂糖不足でサッカリンの飴やあんこ・・・
 豆腐にはAF2・・・
 食紅はタールとよく似た赤色何号とやら・・・
 家はホルマリンのでる新建材・・・
 全部発がん性があって禁止になったけど・・・
 そこで育って一生送るお年寄りは今の若い人より長生きなんだとか・・・
 この世代を、安全な状態で育てて一生を送らしたら・・・
 大隈重信公の言う人間の寿命、125歳までみんな生きたかも知れませんね。


[PR]

by je2luz | 2017-01-23 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2017年 01月 22日

熊野の旅 サイレの丸干しでも食いに行くかな?

 今日は「きのもとさんままつり」です。
 記念通りの端っこ、上木本でU字溝に炭火をおこして焼いているはずです。
 炭は地場ものでは無いはずですが、炭火で焼いた魚は美味しいですよ。
 家庭ではわざわざ炭をおこして焼くほど沢山焼きませんし、せっかく火が回った使い残しの炭の持って行き場が無いです。
 我が家には実家にあった昔の「炭壷・消し壺」がありますから、何回かは使えるし、七輪もキャンプ用コンロもU字溝もありますが、丸干し焼くために炭をおこすことは無いです。
 夏、庭でバーベキューする時には炭ですけどね。

 昔はかまど(くど・くんど)で出来た炭や風呂で出来た炭をこれに取って酸欠にして消火し、後日、炭火に使いました。
 「からけし」「ケシ炭」と呼んでいましたが、スカスカで火が付きよいので着火の時には便利でしたがすぐに燃え尽きるのが難点でした。
 食べさせてくれるのは先日ここの写真を載せたやつだと思います。
 目黒ではサンマが揚がらずに「さんままつり」が無くなったようですが・・・
 熊野市商工会議所がやって居るのかと思います。
d0045383_22013039.jpg
 こんなの二枚ありました。
 抽選日は明日ですね。
 新聞発表あるのかな?
 この「みえ熊野古道商工会」は南牟婁郡御浜町商工会と北牟婁郡紀北町商工会が熊野市、尾鷲市を飛び越して合併した不思議な商工会です。
 何か合併のメリットがあったのでしょうね。
 「商工会」と「商工会議所」・・・
●商工会議所
  ・根拠法令…商工会議所法
  ・地区…原則として市の区域
  ・組織構成…日本商工会議所、商工会議所
●商工会
  ・根拠法令…商工会法
  ・地区…主として町村の区域
  ・組織構成…全国連、県連、商工会
 同じ様なものでも、法の根拠が違うのと「市」と「町村」の違いがあるのです。
 御浜と熊野が合併出来ないのかどうかまで、今は、調べる気はしませんけどね。

 こんな風に、「市」と「町村」では扱いが違うことが色々あるんです。
 確か、「町会議員」「村会議員」は立候補の時に「供託金」が要らないのだと思います。
 その日になってから思い立ってでも立候補出来るようですね。
 供託金は市議会議員で30万円、市長で100万円、県議で60万円、知事300万円です。
 冷やかしを防ぐ為のものですから、一定以上の票が無いと没収されます。
 泡沫で無い限り戻ってくるのが普通ですが・・・


[PR]

by je2luz | 2017-01-22 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)