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LUZの熊野古道案内

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2016年 04月 30日

熊野の旅 日本人の好きなもの 旗指物・幟

 日本人だけではなく人間って、自分の存在をひけらかしたい本能があるようです。
 ゴリラの類が胸を叩いたり、木の枝を振り回したりするのと同じなんでしょうか?
 鳥獣戯画では獣やカエルまで・・・
 戦国時代も陣地から自分の背中まで・・・
 おかげで、旗指物・幟は随分洗練されてきたようです。
 明治維新では「錦の御旗」を押し立てて居ましたね。

 鯉のぼりもそうした物の変形なのでしょうね。
 四国ですか?
 家の紋を染め抜いた幟旗を初節句に揚げるのは・・・
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 今は各県で道路脇への広告物の規制条例が出来ているので、以前のように視界を遮るような、中古車屋。パチンコ屋などの幟はあまり見なくなりました。
 少し前に和歌山国体の幟が169号線のガードレールに取り付けられているのを載せましたが、あれは条例違反行為なんです、
 国体ですから県が関係した団体がやったのでしょうけどね。

 今回の「伊勢志摩サミット」もお役所主導らしく、「幟」が作られたらしく、熊野市にも立てられています。
 木本堤防から獅子岩に掛けて、鯉のぼりと競うようにはためいています。
 三重県は自分で作った条例に違反しないように考慮したのでしょう・・・
 堤防の上の手すりに縛ってあります。
d0045383_20545197.jpg

 こんなのが階段ごとに3・4本・・・この辺だけで50本くらいあるのかな?
 勿論、ポールも旗も新品です。
 オバマさんもメルケルさんもここは通りませんし、市民も関係ないです。
 でも、予算があるから花を植えたり、イベントしたり、幟を作ったり・・・
 まあ、幟とポールで数百万とかでしょうから、公用車で別荘へ通うより安いか?

 こんなのって「便乗」って言うのでしょうね。
 サミットの本質にはまるで関係ないでしょう。
 食材の決定などでもきな臭い話があるんだとか・・・
 確かに、食べる人が食べる人だし、「お毒味役」をおおっぴらに使うわけにも行かないし・・・

 ???
 2020はオリンピック
 2021は三重県で国体!!!
 三重国体・・・
 熊野市は成人男子ソフトボールとラグビーフットボールだそうです。
 まさか!
 ラグビー場まで作るんじゃあないでしょうね?

 
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by je2luz | 2016-04-30 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 29日

熊野の旅 熊野市新鹿とマリンスポーツ

 熊野市の海で水に近づいても構わないのは、大泊海水浴場と新鹿海水浴場くらいのものです。
 他は釣りは出来ても生身の人間が水に入れる場所ではありません。
 木本海岸では私が子供の頃には泳いでは居ましたが、脇の浜の小さな入り江以外の七里御浜は早くから「遊泳禁止」になっていました。
 旧制木本中学校では波打ち際沿いに阿田和までの遠泳を赤ふんどしでやって居たとか聞きますが、戦後にはありませんでした。
 そして、私が子供の頃には木本の悪ガキで泳ぎに自信のある子が、遙か沖合の「魔見ヶ丘」まで泳ぎました。
 それも、私が高校の頃でなくなりましたね。
 警察だとか消防だとかがうるさくなってしまいましたからね。

 この遠泳は命がけみたいなものでした。
 見掛けは少し波が荒いだけの木本海岸、実は潮の流れが速いのです。
 普通に波打ち際で泳いでいても、流されるので、この新出町で遊んでいたはずが、二丁目とか三丁目になっているのです。
 まして沖に出ると普通の時(真潮)どんどん北にそして沖向きに流されます。
 たまに、逆潮の時には南に流されます。
 私も少し沖に出て油断したら、思ったより潮が速く、脇の浜にも入れそうにないので真っ直ぐ岸に向かっているのに鬼ヶ城を回って大泊に入ったことがあります。
 今の子だったら「遭難」でしょうね。
 その頃はそんなくらいでは親にも言いません。
 同級生では沖に出されてしまい、磯崎から漁船が出て拾って貰ったなんてやつも居ました。
 死にかけたやつも結構居たようですが、死ぬやつは居ませんでした。

 こんな使いにくい海ですが、大泊と新鹿は置く湯苦は浅いですが、湾の中ですから素人でも遊べるので「海水浴場」に指定されています。
 しかし、前から書いていますように、今の時代「海水浴」は人気がありません。
 木本から近い大泊でも、子供も少なくなったし、今の子はプールが良いようだし、親も泊まで子供だけては行かせませんから、夏休みでもがら空きなんです。
 海の家を出している人が気の毒に見えます。
 新鹿も同様ですね。
 今から40年ほど前だと、「女性自身」の推薦海水浴場として結構若い娘も来ていて、民宿もたくさん出来たのですけどねえ・・・

 そんな新鹿をてこ入れするために、最初は「シーカヤック」なんてのを市で買ったり保管場所を作ったり・・・
 そして、ビーチバレーを持ち込んだり・・・
 去年辺りには「スタンドアップ・パドル・サーフィン」なんて新種?の遊びも持ち込みました。
 専門誌に広告を出すのだとか言う予算も出て来ましたから覚えているのです。
 これは、今年はポスターにもなって市役所4階「観光スポーツ交流課」の近くに貼ってありました。
 一体どこに貼って宣伝しているのかは分かりません。
d0045383_20475676.jpg

 暗いローカのやつを適当に撮ってきたので綺麗じゃあないです。
 「ビーチ マリン スポーツ フェスティバル in Atashika」となっていますね。
 この状態では中身も日時も分かりません。
 どう言うポスターなのでしょうね?
 「作ることに意義あり」かも・・・
 オリンピックの年ですから・・・

 大きな写真のが「スタンドアップ・パドル・サーフィン」です。
 国際級の選手が来てくれるから予算化しています。
 他には、「シーカヤック」「ビーチバレー」もあるはずです。
 「シーカヤック」ですから、静水面の七色ダム湖では駄目なのでしょうね。
 「シーカヤック マラソン」なんてのもあって、楯ヶ先まで行く???
 気をつけて下さいね。
 大王崎に流れ着くならまだしも、ジョン万次郎にならないように・・・

 ビーチバレーは地元にも参加するグループが居るようです。
 プロとかじゃないから、ユニフォームもビキニでは無いようです。

 私にはビーチバレーくらいしか面白さは分かりませんから、興味を持たれたら熊野市役所・観光スポーツ交流課に問い合わせて下さい。
 ちゃんと分かるところに取り次いでくれると思いますよ。
 市民のためになると思うから公金も投入しているのですから・・・
 0597-89-4111(代) で「観光スポーツ交流課」につないで貰って下さい。
 課は4階にあります。
 ソフトの前とかには空っぽになりますが、留守番は居ます。
d0045383_2115963.jpg

 これは一昨年7月27日の新鹿海岸・ビーチバレー大会の日です。
 ビーチバレーの参加者は居るようですが、一般の海水浴客がこんな状態なのです。
 普段も駐車場はそこそこ用意されているのですが、係が退屈する状態です。
 いまでは湘南海岸でも芋の子を洗うような状態にはならないそうです。

 確かに海はべとべとするし・・・
 下手するとテレビは「サメ」で騒ぐし・・・
 土用波は立つし・・・
 8月になってくると「クラゲ」がくるし・・・
 お母様方は紫外線嫌がるし・・・(これが一番の障害かも)
 若いこの水着は泳げる水着じゃないし・・・
 そもそも、今時の若い人は「民宿」なんて好まないようだし・・・
 民宿も年に10日くらいのためにクーラーなど完備出来ませんしね。
 「民泊」でちょこっと部屋を貸す感覚程度の仕事になりそうですから・・・

 日本ではオートキャンプって何度掛け声が掛かっても普及しませんね。
 たまにやってくるのはルール無視で騒音とゴミだけ持ってくる連中だったり・・・
 ライン川沿いなどはずらりと並んでいるのに・・・
 そもそも、日本では「牽引免許」もうるさいですよね。
 私も「牽引」は取りませんでした。

 
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by je2luz | 2016-04-29 04:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 28日

熊野の旅 熊野市と大学

 私の時代には高校進学率でも20%になるかならないか・・・
 大学進学率になると尚更低かったわけです。
 確かに子供の数は倍以上居ましたが、大学生の数はうんと少なかったはずです。
 進学者が少ないと言えども、大学の数も少なかったので浪人が当たり前になっていました。
 そして、浪人しても行くところがないという時代でもあったのです。
 それが、どんどん大学が増え・・・
 はしりの頃には国立大学の増設で「駅弁大学」なんて言われましたね。
 「駅弁売っているくらいの町なら大学がある・・・」と事ですけど・・・
 でも、今ではその駅弁大学も名門でしょう。
 私などが知らない大学が一杯ありますね。
 なんて言うから嫌われるのですけどね。
 九九の言えない高校生・・・て・に・を・はを使い分けられない高校生でも、「高等教育」という意味ではおかしいのに、そのまま、そんな子が大学生???
 せめて、大勢の中で人間だけでも磨いてくれれば・・・

 私の頃は「学園紛争」の時代、私の廻りも「早稲田紛争」で毎日デモやって居ましたね。
 ノンポリ写真部の私などはその真ん中で写真撮っていました。

 「キャツラのおー 帝国主義的いー 横暴をー! 断固としてえー 粉砕しいー!」・・・
 そんな騒々しい中で写真を論じ、人生を論じ・・・???
 ジャズ喫茶の騒音の中で徹夜し・・・
 商学部・政経学部・理工学部・文学部・教育学部・法学部・・・全部の学部の学生混在、九州から北海道までの出身者ごちゃ混ぜの青春を送りました。
 理工学部で習った「材力」「鋳物学」「金属工学」なんて覚えていません。
 残ったのは、無駄に過ごしたような時間で学んだ「人間の多様性」みたいなものと「写真術」、そして、「世の中を少し斜に構えてみる習慣」くらいですね。
 もう一つ・・・「人を愛することの大切さ」でしょうか?
 それも、「宗教」なんて耐逸れたものでは無く。「煩悩」の方ですけどね。
 それに支えられて半世紀あまり、我が道を歩んでいます。

 学園紛争の時代・・・
 大浜信泉総長さんが進めようとした「産学協同」も大きな争点になっていました。
 象牙の塔の学問ばかりでは駄目ですが、実利ばかりに走っても・・・
 今の時代は、行政と大学の連携が結構模索されているようです。
 でも、機能しているのか、消化しているのか・・・
 熊野市でも、「相模女子大」「愛知芸術大学」「園田学園女子大学」なんて学校の名前が出て来ます。
 中身について予算審議でも訊ねるのですが、要領がえない部分があります。
 定期異動という役所の事情もあり、こうしたことがきちんと積み上げられて行く事が少ないからかも知れません。
 行政って間口がやたらと広がっちゃう時があります。
 私の理解力の及ばないところも多いです。
 こうして、「こんなのもあるよ」とお知らせしているのは、誰か、一人でも市民の方が調べたり参加したりして、異議を見いだせればと思うからです。
d0045383_23145717.jpg

 上のは「園田学園女子大学」とのタイアップだそうです。
 ここはソフトボールの縁じゃあ無いかと言うことです。
 5月の「丸山千枚田田植え」には「相模女子大」の女の子達が毎年やって来ます。
 愛知の方は少し前に「バス停のデザイン」を展示したりしていましたし、今度は市のトイレのドアを試作して貰うのだとか・・・
 三重県の事業では木本堤防に木片を埋め込んで・・・なんてのが出て来て、それは、堤防機能とは全く関係なく無駄遣いだからと辞めて貰った経緯もあります。
 行政って、駄目でも「断る」というシステムがないのです。
 「駄目ならやらせないで・・・」とは注文付けているのですが、どうなるやら・・・
 地元の木工業とか建具屋のコンペなら分かるのですけどね。
 まさか「外材」ではないでしょけど・・・
 でも、厄介な桧の特製を知っているのやら・・・
 それを知っている・・・教えられる職員さんが居るかな???
 市内の英知を使う気が無いなら、役所内での人材育成がやっぱり課題でしょう。

 
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by je2luz | 2016-04-28 04:20 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 27日

熊野の旅 サミットねえ・・・

 日本国としてはやらなくてはならない会議ですが・・・
 県知事が言うような「三重県にとって大事な会議」ではないでしょう。
 たしかに、志摩市の人口より多いような警備陣がやって来て滞在すれば、飯も食いますから金は落ちるでしょう。
 便乗土木でも金は落ちるでしょう。
 その税金が「波及効果」なんですか?

 どうして素直に・・・
 「県民、とりわけ地元の方にはご迷惑お掛けいたしますが、ご協力下さい。」 と、言えないのでしょうね。
 IDカードがなめれば家にも帰れない。
 漁師は出漁出来ない。
 土木は県内ほとんどで工事中止だそうです。
 志摩の土産物屋さんなどは、ゴールデンウィーク中の商売は諦め口調です。
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 こう言うパンフレットなども当たり前のように出されています。
 最初から分かっているのに、良い格好だけして・・・
 やらないといけないからやって居るのでしょうが、お芝居のような訓練とか・・・
 それから、やって悪くは無いにしても、泥縄のような「英会話教室」
 中学・高校と一杯英語の授業やってもほとんどものになって居ない英語を。数回の講習で・・・
 それに、マスコミさんとかは少しうろつくでしょうけど、オバマさんやメルケルさんとかそのおつきの人はタクシー乗らんでしょう。
 これも,便乗予算、実績造り事業ですね。
 三重県中でやられた、プランターの花での「サミット歓迎事業」も便乗でしょう。
 どうして、自治体とかその賛同者って税金を「使わなきゃ損」と思うのでしょう。
 私から見ると「非国民」です。

 三重県ローカルでは「志摩サミット・志摩サミット」と報道しますが、全国ではどうなのでしょう。
 各分科会は色んな町に分散しましたよね。
 広島・新潟?はニュースで見たけど、他は???

 志摩の外人客が増えたって本当かな?
 世界遺産の時も、準備段階では三重県仕込みの団体さんが一杯やってきました。
 千枚田の時も仕込みの客が・・・
 一般医は見えにくいのですが、これが現実でもあるんです。
 そして、それも公金投入なんです。
 すっぱ抜いちゃあいけないのかな?

 まあ、サミット期間中には伊勢方面には行きませんから・・・
 でも、の小屋に行く用事のある人でも心配しています。
 こんな調子だと、100Km以上離れた熊野方面も客が遠慮しちゃうかも・・・

 天皇陛下だと沿道に一般人が並んで日の丸でお迎え出来るんですが、サミットは無理でしょう。
 当のVIP本人よりも日本警察がピリピリしていますからね。

 強制休業させられる民間の企業や労働者に対する補償なんて無いですよね。
 お国のため頑張らなくっちゃあ・・・
 「一億総火の玉」のようなキャッチフレーズが新しい政策なんですから・・・

 
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by je2luz | 2016-04-27 10:21 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 26日

熊野の旅 熊野市議会予定

 地方議会は通年議会にしたところ以外は、年に4回、「定例会」があり、3・6・9・12月が原則です。
 その間に、必要に当たって「臨時会」が召集されます。
 市長には「専決処分」という手法があり、議会を開かないで決済出来るのですが、なるべく独走を防ぐ意味で臨時会を開いて審議・議決します。
 九州のどこかの市長は定例会も開かないで「専決・専決」で自治省に叱られましたけどね。
 ここでも、交通事故の処理などで専決処分があります。
 後日、議会に出てくるのですが、「承認事項」になり、普通の議案ではありません。
 一応、「不承認」と言うこともあるのですが、事後処理になります。
 「臨時会」には議案審議のためのものの他に、「議会構成・議長・副議長選出」のためのもあります。
 議会の議長は法律では「任期4年」になっているのですが、多くの議会では一年で辞表を出して交代するような慣習があります。
 熊野市議会もそうなって居ます。
 かつては30人ほどの議員がいて、4年に一回だと中々正副議長になれないので、こうした面白い慣習が全国で定着しちゃったのでしょうね。

 今の熊野市議会は議員数14名です。
 議会の大きな役では、議長・副議長・監査役があります。
 他には常任委委員会の正副委員長、議事運営委員会正副委員長なんてのもありますけどね。
 大きなの3つでも一期4年間で12人分いるのです。
 ここまで議員が減ると、人数不足になって来ますね。
 そろそろ、二年交替にした方が良さそうです。
 私のように、「正副議長は自由に発言も出来ないからやりたくない」なんて変わり者もいますしね。
 原発のように大きな事が起きれば、議会の開会や休憩・休会の権限が大きく作用することもありますが、通常ではその権限を行使することもありませんしね。
 ???
 議長やっておかないと「勲章」が貰えないのかな?
 そんなの、私には似合いませんしね。
 私の信条では・・・
 「議員は自由に発言出来る身分を有する者だから、その自由は大切にする」と言うことです。
 それが、市民のためでもある訳です。
 報酬はそれに対するものだと解しています。
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 5月中頃に臨時会があり新議長と副議長が決まり、常任委員会の編成も決まります。
 今は常任委員会は二つになっているし、予算・決算は全員でやるようになっていますから、常任委員会もどこに居ても大差なくなっています。
 6月定例会は6月13日開会最終日が6月30日らしいです。
 「清流34号」はその後ですから。7月第1週くらいの発行ですね。
 何時もながら、6月議会の分の清流の配布は暑いです。
 夜中にポスト入れかな?
 でも、決して怪しい者ではありませんよ。
 それが証拠に今まで「職質」受けたことありません。

 追加ですが・・・
 5月中に私の所属する班が、「五郷町」と「井戸町松原」で「議員懇談会・語る会」を行います。
 日は未定ですが、時間は夜になります。
 この会は議会として動くので、個人的にはあまり発言出来ないようになっています。
 私の場合、うろつくことが多いですから、個人的なやりとりは私を掴まえて下さればお話し出来ると思います。

 
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by je2luz | 2016-04-26 04:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 25日

熊野の旅 鬼ヶ城東口

 名勝・奇岩・鬼ヶ城には二つの入り口があります。
 木本側は「西口」と呼ばれます。
 かつては「巡航船」の着く北の玄関口でもあったのですが、今は、防波堤へ釣りに来る人と、「渡船」に乗りに来る人しか訪れなくなっています。
 「東口」は鬼ヶ城観光と言えば「千畳敷」といわれる、メインの祠があるので観光客はこちらに来ます。
 だから、昔から道路も作られ、徐々に駐車場なども広くなり、南海電鉄が熊野に手を出した時に。「鬼ヶ城センター」という食堂や入浴施設、土産物屋を抱えたものを作りました。
 しかし、観光も思うように延びずと言うより、国内旅行が下火になって、南海も手を引き地元資本に押しつけられて居ました。
 しかし、中小企業で賄えないほどのものなので、経営主体を替えても無理になり閉鎖・・・
 そして、熊野市が例の10億円、二〇〇人も一度に会食出来る新しい「鬼ヶ城センター」を作ったのです。
 さらに、駐車場に熊野漁協の直売所も造り受け入れ体制は敷いたのですが・・・
 高速が出来て少し車は増えたのですが、「採算」は・・・

 先日覗きに行くと、「歓迎光臨」と中国人用の立て看板もありました。
 「徐福伝説」があっても、まだ、中国人の関心は集められないようです。
 熊野の産品では「爆買い」して貰えるものも無いですね。
 中国人も「さんま」を食べるようになったそうですが、「サイレの丸干し」は爆買いしないでしょう。
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 二番目のが「歓迎光臨」の看板です。
 手前のは、「那智黒石」なんです。
 一時期、熊野市は那智黒を熊野市が産地なんだから「熊野黒石」と呼ぼう・・・と動いたことあるのですが。市営の鬼ヶ城センターでも「那智黒石」なんです。
 対象が限られる碁石の世界でも「那智頃石」を「熊野黒石」に替えて貰うのは難しいようですね。
 これも古い時代の観光でも「那智山」には勝てなかったのですね。
d0045383_21393194.jpg

 これが気楽に使える「喫茶」ですが・・・
 店名は「ソレント」です。
 姉妹都市ですからね。
 そして、珈琲が「エスプレッソ」???
 気軽には口にしにくいんですよね。少なくとも、日本人には・・・
 熊野市のもう一つの姉妹都市がブラジルのバストスですが、そこの珈琲もエスプレッソが主流ですね。
 現地のソレントでは口にやさしい「カップチーノ」を飲みました。
 バストスでは砂糖でべたべたするような「エスプレッソ」飲まされました。
 残念ながらこの鬼ヶ城の「ソレント」では珈琲を飲んだこと無いです。
 だから、感想が書けません。
 そのうち、機会があればレポートします。

 こちら側からも、千畳敷を越えたところで周遊道路は閉鎖されています。
 秋まではお待ち下さい。

 
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by je2luz | 2016-04-25 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 24日

熊野の旅 鯉のぼりと武者人形

 2日ほど前に「七里御浜鯉のぼり」について書きました。
 その時に、今の時代「五月人形・武者人形」が増えてきているのでしょう・・・と、書きましたが。熊野市文化交流センターへ行ったら、武者人形の飾り付けが始まっていました。
d0045383_22552286.jpg

 飾り付けを始めたところで、人形の入った箱が一杯ありました。
 この辺でもこんなに沢山の家が「武者人形」を飾るようになったのですね。
 いつの時代から「武者人形」「鎧甲」が全国的に普及したのでしょう?
 四国だったかのように鯉のぼりでは無く、「特製の幟」を揚げる町などは中々やめないでしょうけどね。
d0045383_231633.jpg

 こんなパンフレットを作って募集していました。
 こちらは、「文化交流センター」の事業です。
 5月1日~6月5日までだそうです。
 6月5日は月遅れの「端午の節句」です。
 「七里御浜こいのぼり」の方はステッカーの売り上げなどで行う、民間の自主事業です。

 昔は、鯉のぼりが無くても、武者人形が無くても「おさすり」と「ちまき」は作ったものです。
 「おさすり」は女性の象徴、「ちまき」は男性の象徴だそうです。
d0045383_2373973.jpg

 これが「おさすりの葉」です。
 「サルトリイバラ」と言うとげとげイバラの葉っぱです。
 柏餅みたいなものですが、できあがりが「おさすり」なんだそうです。
 「さすってみたいもの」だそうですが,なんでしょうね?

 あまーいアンコが入っているので蒸かしたてを食べると美味しいです。
 それに引き替え「ちまき」は中途半端な甘さで美味しい物ではありません。
 ちまきの方は「芦のこの葉」か「笹の葉」で巻いていました。
 中華の「おこわちまき」の方が美味しいです。

 今はこれを作る家は少ないのでしょうね。
 食べるのも「おさすり」ではなく「柏餅」の家が増えてきているのかも・・・
 この辺では「おさすり」も地元の饅頭屋さんが作っていますから、スーパーなどでも手に入りますね。
 これは蒸し器で蒸し直して熱々を食べた方が美味しいですよ。
 今の時期に熊野に来たら買って帰って蒸かし直して食べてみて下さい

 
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by je2luz | 2016-04-24 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 23日

熊野の旅 これからの行事

 年中イベントのある町・・・
 4月29日~5月7日七里御浜海岸 七里御浜 泳げ!鯉のぼりくん
 5月 4日二木島町あら!さかな熊野灘ほうばい祭り
     15日紀和町丸山丸山千枚田田植えの集い
     22日 熊野市駅前オール熊野世界№1フェスティバル
 これが熊野市のHP、「熊野市年間観光イベント」に出て居るものです。
 いつもながら、すっきりしないし探しにくいものです。
 お金は掛かっていると思うのですけどねえ・・・

 広報誌でも前宣伝には不熱心ですが、HPでも「これだけかい?」という感じです。
 「観光」ですからこれだけかな?
 なら、「オール熊野世界No.1フェスティバル」は市民向けに頃替えしたのでは無いのかな?
 この、フェスティバル・・・役所では大きく評価しているようです。
 予算も大幅削減してきましたからましにはなって居るのですが、何だか「手前味噌」みたいです。

 ぱらりと一枚に入っちゃっていますが、どう言う基準で選んだのやら・・・
 氏神様の村祭りは排除され、あるお寺の「だるま市」が載っている・・・
 村祭りが宗教ならだるま市も・・・
 歴史は村祭りは何百年・・・
 どうして、積極的に地元の行事を拾わないのでしょう????
 いくら言っても駄目みたいですね。
 そのうち変わるでしょうけどね。
 全容は下のURLでご覧下さい。
http://www.city.kumano.mie.jp/28nenkangyouji/28nenkangyouji.html
 鯉のぼりも昔に比べ期間が短くなったのかな?
 今は獅子岩の頭にロープを掛けないので環境省に睨まれること無いでしょう。
 獅子岩は天然記念物ですからね。
d0045383_21353964.jpg

 段々鯉のぼりの寄付も減ってきたような感じです。
 子供は減るし、鯉を泳がせる町が増えたし・・・
 大きな鯉のぼりを揚げられないのと、「武者人形」「鎧甲」の流行もあるのでしょうかね?
 私の武者人形だと言われたのは「荒鷲隊」の戦闘機乗りの人形でした。
 戦時中ですからね。
 名前だって、「征伐して治める」のだそうです。
 生まれた頃には,ミッドウェーから敗戦への坂道だったのですが・・・

 
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by je2luz | 2016-04-23 04:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 22日

熊野の旅 脇の浜 木本漁港

 七里御浜の北の端、鬼ヶ城が始まるところを「脇の浜」と言います。
 今は突き出し防波堤があり強制的に港にしていますが、昔は自然のままの小さな小さな入り江でした。
 それでも、ほんの少し波も静かで、七里御浜の中では唯一の「船着き場」でした。
 だから、規制本誠意が全通するまでは「巡航船」の発着場だったのです。
 その名残で、熊野市駅から脇の浜までの道路が「三重県道204号木本港熊野市停車場線」などと呼ばれるのです。
 確か延長1024mで一番短い三重県道です。

 この木本漁港・脇の浜は時々書くように、木本町を守るために構築された「潜堤」の効果で浜が太ると共に、砂利が滞積して埋まってしまうようになりました。
 潜堤を作る前もたまに埋まったのですが、防波堤の近くから工事が進み出すと埋まる速度が上がりました。
 完成した頃からは少し波が出るとすぐに埋まってしまい、年に一回などでは駄目です。
 そして、今は下のような有様です。
d0045383_21415431.jpg

 VW UP!の停まっているところは岸壁です。
 手前に直角に車止めが見えて居ますが、そこで直角に岸壁が曲がっていて、漁港の荷揚げ場なのです。
 海からの高さのある岸壁で、水深も数メートルで大敷き網の漁船が着けられる港が完全に埋まるのです。
d0045383_21483435.jpg

 残って居るのはこの部分だけです。
 今、ここに入ってくるのはこの遊漁渡船だけみたいです。
 かつては,熊野市には6つの漁業協同組合があり、ここが「木本漁協」の本拠地だったのですが、今では漁協が一つに合併し、加工場が遊木に集中されましたから、ここに魚を揚げることも無くなって居ます。
 漁業の構造が変わったのでこの漁港の役目もほぼ終わっているのです。
d0045383_2211847.jpg

 これが平成9年(1997)に作られた水産加工場です。
 台風時には波が洗うという条件ですが耐えています。
 しかし、今はここに魚が揚がることは無いですね。
 かと言って他に転用利用出来そうにも無いです。
 埠頭・荷揚げ場なら鬼ヶ城の反対側に「松崎港(木本港)」その向かいに「磯崎港」・・・・その先には「新鹿港」「遊木港」「二木島港」「甫母港」と並んで居ますしね。
 で・・・
 今回の港埋没は中々浚渫されませんね。
 建前上は「浚渫」なのでしょうが、前にも書いたようにそれが正しいことなのか???
 工事費もお安くないですしね。
 しかし、根本的な港湾の見直しなんて大作業なのかも知れませんね。
d0045383_22355535.jpg

 脇の浜も昭和30年代には防波堤など無くてもこんなに船があったのです。
 その頃の親地町・親井戸は漁師町だったのです。

 
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by je2luz | 2016-04-22 04:23 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2016年 04月 21日

熊野の旅 鬼ヶ城遊歩道路は今・・・

 熊野市の観光名所・景勝地の第一番は今も昔も「鬼ヶ城」です。
 鬼ヶ城は天然の荒磯です。
 浜や磯は国の持ち物で、大体、県が管理しています。
 そして、場所によっては「国立公園」として「環境省」の規制が掛かっていたり、「魚付き林」などと言う「水産庁」の規制が掛かったり、結構ややこしい物です。
 更には「世界遺産」なんてユネスコが噛むところもある訳です。
 鬼ヶ城は「吉野熊野国立公園」に入っているはずですし、「天然記念物」にも指定されていますね。
 獅子岩は天然記念物としては鬼ヶ城の付属品です。

 鬼ヶ城は1Km程の荒磯を周遊出来るようになっています。
 昔は波打ち際を波の合間を狙って駆け抜ける、スリル満点のコースだったのですが、少しずつ岩壁の中腹を削り、割れ目には橋を架けて、そこそこ安全な遊歩道を整備しました。
 新しい道は、通常の海面からは随分高いところにあります。
 波の静かな時に来た人はそんな高さまで波は来ないだろうと思うでしょう。
 でも、ここは外海、日本でも指折りの荒海、「熊野灘」に面しています。
 一度台風が来ると、その道より遙か上まで波が打ち上がります。
 鉄の手すりは曲がり、コンクリートの橋も消え去ります。
 昔の木の橋は割と簡単にすげ替えられましたが、今では、ちょっとした掛け替えなどでも大工事になっちゃいます。
 建設機械は近づけないし、コンクリートも全て手で運びますからね。
 おまけに、波の荒れるシーズンには工事は出来ません。
 台風が来ない11月頃から、爆弾低気圧が暴れ出す前の春先までですね。
d0045383_21104635.jpg

 今はこの「周遊道路」は、通行止め・立ち入り禁止です。
 今回の交通止めは去年の7月からですね。
 そのちょっと前に通行可になったばかりだったのですが、数ヶ月で壊れちゃいました。
 そして、その開通の前は2年ほど止まっていたのかな?
 近年は通れることの方が希みたいです。
d0045383_21112076.jpg

 これは前の写真の一部を拡大した物です。
 看板も月日が経って汚れてきています。
 通行出来ないのは「飛び渡り」ですから、橋の落下ですね。
 若い人なら文字通り「飛んで渡れます」が・・・管理責任上「禁止」になります。
 昔、観光バスが台風の余波のある日に客を案内し、さらわれて、裁判になり熊野市も被告にされたこともありますから、道が壊れなくても、すぐに禁止の札を出します。

 こんな大事な観光地の遊歩道が、長く放置されるのは・・・
 この道は赤道でも市道でも無いから「災害復旧」にはなりません。
 チョコットのことでも、先に書いたようにコストが高いのです。
 今回の修復も、今年度、三重県の補助が7月以降に決定しそうだと言うことです。
 7月に決まっても、秋深くまで工事は出来ないし・・・
 通れるのは、早くて暮れにはなるでしょう。
 「観光立市」で稼いだくらいでは金は足りないようです。

 「遊歩道」は立ち入り禁止でも。「釣り客」は自由に入っています。
 自己責任と言うことでしょう。
 それから、この鳥居と階段は「弁天さん」のものです。
 7月にお祭りがあります。

 「鬼ヶ城」は「世界遺産」に組み込まれているようですが、私には意味が分かりません。

 
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by je2luz | 2016-04-21 04:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)