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LUZの熊野古道案内

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2015年 12月 31日

熊野の旅 さらば2015 余命

 今日は大晦日ですね。
 人間が決めた暦ですが、いつの間にか世界共通に・・・
 トルストイなどでは「ロシア暦」なんてのが出て来てややこしいし、SFでは「宇宙暦」なんてのも出てくるし・・・
 でも、今の世界は時間も時差を上手く使って世界標準時との差を上手く表示しています。
 そして、その時差ごとに暦がめくられるので、今日は日本から順に2015年が終わり。すぐに2016年が始まるってことです。
 
 この一年は365日でした。
 この365日=8760時間の間には、私にとって色んな事が起きて通り過ぎて行きました。
 何だか、ニュースで言われている言葉のようですが、人間にとって出来事は全て「不可逆性」のものなのです。
 科学者に言わせると、人間という生命体は細胞分裂を繰り返しながら、遺伝子の上の時間時計の尻尾を切り捨てて行くのだそうです。
 人により差はあるにしても、それがなくなると死んじゃうんだとか・・・
 私の尻尾も随分短くなっているのでしょうね。
 
 「寿命」と言う言い方されてきましたが、命なんて寿命次第でしょう。
 私は、生まれてすぐに風邪を引いたのだそうです。
 戦時中でまともな薬もないのに、新生児が風邪を引き。中耳炎を起こし、肺炎も併発したのだそうです。
 お乳も飲まず、お寺さんで貰った「護符」を溶かして飲ませたり・・・
 この木本もグラマンによる機銃掃射を受けたのですが、動かすと死ぬというので、帯屋守に来てくれていた祖父の妹さんが覆い被さって守りながら座敷に居たのだそうです。
 そんな状態でも何とか命を繋いで生き延びたのですが、三歳になる頃までまともに起きられず、ハイハイも出来なかったのだそうです。
 3歳を超えた辺りでよろよろと立ち上がったとか・・・
 お釈迦様は生まれてすぐだったようですが、私は奥手だったようです。
 小さいときは風邪ばっかり引いたのをうっすら覚えています。
 よく解らないですが、「家が回る」てえのを覚えていますからね。
 家が回るという感覚は、大人になって飲み過ぎたときにもありましたが、子供の時のは怖かったです。

 生まれてから三年ほどを寝て過ごしたので、その後も、小学校を卒業する頃までは年中耳も悪いし、「体操を休め」とドクターストップが掛かっていました。
 でも、根がやんちゃだったのと、「このままではいかんだろう!」と言う子供ながらの判断で、中学からバスケット部へ・・・
 親には内緒でしたが、毎日熱は出るし、時々血尿まで出ていたのに押し通しました。
 危険な賭だったのでしょうけど、おかげで細いながらも丈夫な身体になれました。
 微熱は「知恵熱」と解釈して気に病まないようにしましたからね。

 大病を患ったり、死ぬ目に合ったりすると、その後の人生を「付録」「余命」なんて言いますが、私の場合70年ほどが「付録」「余命」ですね。
 子供の雑誌みたいなもので本誌がちょっとで付録ばっかりです。
 だからなんでしょうか?
 人生のほとんど全部を自己流に生きてこられました。
 そして、理想論を振り回しています。
 でも・・・
 やっぱり、浮き世はそんなに優しいばかりじゃないですね。
 「浮き世」を「憂き世」などと言いますが、そんな風に取ったら損です。
 自分に出来ること・・・
 それをやれば良いだけでしょう。

 2015年ではさほど出来なかったけど・・・
 2016年はその続きを・・・
 解ってくれる人が少しでも増え・・・
 この町を考える人が一人でも増えれば・・・
 私が生きている価値も少しはあるでしょう。

 まあ、そう思えばこの一年も悪くなかったでしょう。
 思わなくては・・・
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by je2luz | 2015-12-31 04:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 30日

熊野の旅 年の瀬いこらい市 孝

 歳末売り出しとか年の瀬市というのでもないイベントとしては異例とも言える12月27日の記念通りいこらい市・・・
 意外と人が居ました。
 あくまでも「以外と」です。
 暖かかったし風もないし・・・
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 抽選会場も人だかり?です。
 でも・・・
 イベントが下火・マンネリ・過剰になっているにしても、本当は淋しいです。
 東京ドーム・幕張メッセ・インテック大阪なんてのと比べる気はありませんけどね。
 人口18000人を切った町の決して中心では無い通りで月一開催・・・
 いつも書くように、他の場所との公平性にも欠けるし・・・
 一度立ち止まって考えるときでしょう。
 「地方創生事業」までここに注ぎ込んじゃったし・・・
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 年の瀬でも出店してくる業者さん・・・
 よその人、催事屋?予備軍的な店が多かったように思います。
 私が昔付き合っていたような、年中百貨店を回ったり、省庁レベルのイベントに出てくる本職の催事屋さんまでは行かないけど、「プロ」という人ですね。
 本当の催事屋さんは採算をシビアーに見て出店判断します。
 残念ながら「記念通りいこらい市」ではペイしないでしょう。

 年末だけど、年末用品を売っているでも無し・・・
 本来の商店も歳末売り出しをして居るでも無し・・・
 何時もの顔はそこそこ見掛けました。
 私は「買わない人」です。
 他所へ行っても「買わない人」です。
 外国へ行っても「買わない人」です。
 甘いものを食べなくなったので、食指の動くものが少ないんです。
 食材って漁協の魚、魚屋の干物、ちょこっとの野菜くらいですよね。
 以前の商工会議所の市ほど揃いません。

 「買う人」は何時も買っています。
 品揃え、店揃えの関係でしょう・・・
 「袋一杯」「色んな袋」と言うほど買っていません。
 「いこらい市にしては売れた・・・」???

 難しいのは、商工会議所の年末市などは、会議所がお金使って野菜を仕入れ、原価割れくらいで売って、会員でもある近所の八百屋などの営業妨害・・・
 八百屋さんに補助を出してそのぶん安く売って貰うなら両立しますけどね。
 記念通りも魚屋はなくなりましたが八百屋さんはあるし、お総菜屋もあるし・・・
 幸い??なのはこの通りを通行止めにしてもクレームも付かないほど重要度が落ちていると言うことです。
 バス通りなんですけどね。
 事実上迂回路もないのに大丈夫って???

 オークワが出て行っても、代わりにおローソンが出来ても、人の流れにはさほど変わりは見えません。
 特定の店の売り出しには人はよってくるのですが・・・
 最近では寿司屋が一軒廃業し、パーマ屋が一軒移っていったようですね。
 アンテナショップはオープンしていますが週三日かな?
 まだ、木本高校があって、朝夕は通学生が一杯通るのですが、高校生を引き留めるような店も無いですね。
 短時間の通学ではファーストフードも成り立たないのでしょう。
 奥川邸の近くのソフトクリーム屋さんはまだ頑張って居るようですが・・・

 子供が減って地元の露天商さんも減ってしまいました。
 「たこ焼き屋」さんは居ますが、出店出来る「鯛焼き屋」「焼き饅頭屋」「綿菓子屋」「イカ焼き屋」「なんて定番もよそが来ないと揃いません。
 主催者も骨を折るけど、本来の商店街への見返りは???

 外に向かっての宣伝ではありませんね。
 市内に向けて「記念通りの魅力」を宣伝出来ているかな?

 市民に楽しみを・・・
 ならば、一部市民しか集まれない会場固定では・・・

 商店街活性化なら・・・
 どこまでの商店を潤わせるのかの目標設定と売り出し連携などを・・・

 地場産品普及、販売促進なら・・・
 出品者、出品物の選定など考慮すべき項目は・・・

 長年やって来て居る分、矛盾がたまり、マンネリ化も進んでいるのかも知れません。
 商店街、役所、市職員そして近隣商店街が垣根を取っ払って考えれば何か生まれるかも・・・

    

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by je2luz | 2015-12-30 04:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 29日

熊野の旅 月例 広報くまの1月号より

 熊野市の広報誌の2016年1月号が来ました。
 表紙は元来「サイレの干物」なのですが、「サンマの干物」になっています。
 役所自ら地元のブランドを放棄???
 こうなってから何十年にもなります。
 「サイレの丸干し」「サイレの寿司」で押し通していた方が、「遊木のサイレ」「熊野市の物産」としてよそとの区別が出来ていたでしょう。
 最初は、「サイレって何?」と言われても根室沖から三陸沖ー銚子沖・・・遊木の沖と南下して、味がまるで違っちゃうのですから。同じ「サンマ」を名乗るより地道に「さいれ」でやれば有名になれたでしょう。
 田舎の人はすぐに都会人に迎合しちゃいます。
 そこにはプライドもないし・・・
 迎合したってメリットなんてさほど無いんです。
 こうしたことも、トップダウンでしか変わらないでしょう。
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 人の動き  平成27年12月1日現在
    人口   17.983  (-16)
     男    8.271  (-9)
     女    9.712  (-7)

   世帯数   9.194  (-12)

 まあ、こんなものでしょう。
 総人口が減ったので、これから先の減少は数字だけで見れば大きくなくなるでしょう。
 3万人の1%は300人・・・
 1万8千人の1%は180人です。
 減りようがなくなってくるのです。

 またまた、横文字!
 第6回市民大学 熊野ジオスポット名所めぐり 
  演台「熊野ジオスポット名所めぐり」
  日時 2月7日(日) 午後2時~4時
  場所 熊野市文化交流センター多目的ルーム
  講師 神保 圭志さん
 問い合わせ 教育委員会社会教育課 

 中身は聞かないで下さい。
 「ジオスポット」という言葉はどうもよく解らんもので、使い所によって違いがあるようです。
 講義を受ければ解るのでしょうが、中身も解らんのでは受講生が減るのでは???
 解らん私が悪いのかな?

 平成28年度 市民農園新規利用者を募集します。
  募集期間 平成28年1月4日~2月29日
  利用対象者 農地を所有していない市民 都市部に居住している住民
  募集区画数 13区画(物置付)
  利用料金 月額1000円/区画(農具付1500円/区画 *4月1日から利用可
  問い合わせ 農業振興課農業振興係 内線482

 場所は紀和町矢ノ川ですから中心部から近くは無いです。
 熊野市の都市部って???
 実現していませんが、金山のトンネル残土捨て場も「市民農園」にすると言うのが当初の計画なんですよ。
 栄養分など無い残土の捨て場なのですが、あそこは「農地」なので「市民農園にする」と言う口実にしないとまずかったようです。
 一年だけひまわりを植えていましたが、まるで育たず・・・ 
 運悪く、私が通りかかって写真を残しちゃいましたが・・・
 勿論、整地して、種を買って、育てて・・・5千円1万円の世界じゃなかったはずです。
 役所流「実績づくり」だったのでしょう。
 それ以降やらないだけ良いでしょう。

 市内巡行、巡視?
 見つけるおかしなもの多いですし、たまに書くと改善?されますね。
 小さな役所なので「良識」は生きているようですよ。
 でも、誰も知らないままだと・・・
 みんなで行政の実績を見守りましょう!

    

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by je2luz | 2015-12-29 04:20 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2015年 12月 28日

熊野の旅 合理的な?節季働き

 今日?昨日?27日日曜日に我が家の前の木本堤防でコンクリート打ちが行われていました。
 もう、仕事仕舞いになる日曜日です。
 どん詰まりになって働くのを「節季働き」と言って、褒められないやり方ですが、このコンクリート打ちは合理的です。
 今打っておけば、正月休みに「養生」が出来ますからね。
 この海岸線では元々水も氷らないのですから、コンクリートの養生も楽なものです。
 山間部では凍結があるので寒冷地並みですけどね。

 コンクリートって固まるときに熱が出るはずです。
 ダムのように大きなものの時には発熱も問題になっていたと思いますが、小さなものでは発熱より寒気で冷やされる方が大きいので下手すると氷ります。
 氷っちゃうと、強度が出なくなります。
 コモやなんか巻いて防寒していることもありますし、冬場には無理してセメンを打たないこともありますね。
 今年は暖冬だし、現場は海のそばだし、年末にでも気にしないで打てますね。
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 こちらは階段部分
 今ある真っ直ぐ上る階段に比べると、うんと緩やかですから誰でも登れますね。
 当然道路側には手すりもつきますからね。
 私の家からだと、15m程遠回りして横断歩道から行かなくてはいけません。
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 こちらは液からの横断歩道から登るスロープです。
 学校などのスロープよりは勾配はきついです。
 コンクリート打ちは一番低いところとスロープの一番上の所だけ行っています。
 中間部分と上の踊り場は残されました。
 コンクリートの流れる重さの関係で4つに切って残りの二つはこの部分の型枠を外してからになります。
 1月の末までには姿を現しますね。
 横断歩道の信号のボタンとか、側溝のグレーティングなど、車椅子にきちんと配慮しているのでしょうね。
 車椅子って前輪は小さいし細いし・・・
 意外なものが障害になるようです。

 で・・・
 こうした施設をした堤防を花火の時にどう扱うのか???
 問題提起はしてありますが、決定していないようです。

    

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by je2luz | 2015-12-28 04:15 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 27日

熊野の旅 久生屋のインターにサービスエリア用地確保を

 清流32号では一般質問の一部しか載せられませんでした。
 熊野市の将来にも関わる事柄なので下の項目はここの抜粋を載せます。
 この件に関しては、国交省国道事務所の答弁と熊あの市の答弁では大きく食い違っているのです。
 国交省は一般市民が出席している会場で「熊の市からの要請が無いので検討していません」と、はっきり言い切っています。
 熊野市は「非公式には色んな機会の話をしております」などと言う言い逃れはしているのですが、高速道路の進捗状態はそんな段階では無いのです。
 例えば、盛り土工法だった井戸地内が橋脚工法に私達の希望で変更なるほど具体的な段階なのです。
 その時点で、要請が出ていないのは「要らない」と言うこと以外には考えられない事態なのです。
 あの場所に道を通すことしか念頭にないのかも知れませんね。

久生屋のインターにサービスエリア用地確保を
 先般開催された国道42号線熊野道路に関する説明会は、大勢の市民の方が出席され、関心の高さが示されました。
 その席で出た質問、要望の中の一つに・・・
 「熊野市内にサービスエリア建設の予定はないのか?」
 「久生屋のインター付近にサービスエリアを作る予定はないのか」と言うのがありました。
 それに対する国土交通省国道事務所の回答は、「熊野市からの要請が無いので、現在は検討しておりません」というものでした。
 次の会場では、「正式には要請していませんが、色んな機会に申し上げています。」みたいな打ち消し発言が市の側から出て来ました。
 これは市民からは信用に値する発言とは受け止められなかったと思います。
 市からの要請が出ていないことは私も国道事務所で確認をとっております。
 なぜ、こんな事になっているのか市民も不思議がっています。
     これが質問通告の要旨です。

 この問題は今、測量中の大泊―久生屋間の高速道路に熊野のサービスエリアを作るかどうかと言うことです。 そして、この時期に至っても熊野市からはサービスアリアの設置に関して、国土省宛てに要望が出ていないことが表面化したのです。
 この道路に関しては井戸地内のルートや盛り土工法問題に関して、「私は知らない」と市長が議会の公式答弁で言ったくらいですから、よその自治体では考えられないことが起きているのです。
 私も色んな経緯で国道事務所から少しばかり内幕を聞いていますから、市建設課の言い逃れ的答弁は全く信じられません。 だから、市当局もこの事実をを認めざるを得なかったのです。
 これからの交通の流れは高速道路が延びれば大きく変わってしまいます。
 何所でも起きているのですが、高速道路の途中にある町、観光地は通過地点になってしまうのです。
 そして、「ストロー化現象」と言われる、地元の人とお金がどんどん吸い上げられることだけが残されます。
 311号線経由で本宮方面への車の流れが加速すると、熊野市最後の地点である久生屋のインターへのサービスエリア用地の確保は必須だと思われます。
 今の時点で用地を確保しておかないと、後日では工事費も余分に掛かるし、南牟婁郡に先を越されます。
 この主張に対し、市当局も「知らない」「動かない」とは言えませんでした。
 ただ、不熱心なのが心配です。
 なぜなのでしょうね?
 新鹿でも潰したし・・・
 熊野市の将来は考えていないのでしょうか?
 先読みしないと取り残されます。

 不思議なのは、こうした問題でも公式に発言する人が非常に少ないのです。
 何時も訴えていますように、機会あるごとに・・・いや、機会を作ってでも発言して欲しいです。
 国交省にはきちんとした返答を出すように要求しています。
 熊野市が市民無視なら熊野市民自ら動くしかないでしょう。
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by je2luz | 2015-12-27 04:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 26日

熊野の旅 残るは一日だそうです

 市役所は28日までだそうです。
 つまり、開いているのは月曜日だけです。
 死亡届と婚姻届は休み無しでしたよね。
 だから、金曜日に訪れた課では。「よいお年生・・・」という声を掛けられました。
 月曜日に顔を見せるかもあるけど全部では無いですからね。

 昔と違うのは、「仕事仕舞い」も「初出勤」も形だけでは無い事でしょうか?
 初出勤など女の子は和服着て・・・なんて不思議な光景があったり、挨拶だけで帰っちゃったり・・・
 役所も民間大手もやってた時代もありましたね。
 あれは、慣例とは言え感心出来ませんでした。

 成人式の振り袖も本当は気に入らないんですけどね。
 「和の心」なんて関係なく「着てるだけ」というのが見え見えですよね。
 ああいうのも「経済効果」「波及効果」なんて形で評価したりします。
 あれを無くしたら和服が消える???
 そもそも、何時間もかかって着付けしないと着られないようでは駄目でしょう。
 着られる子がほとんど居ないようでは「民族衣装」失格ですよね。
 チマチョゴリ、アイザイ、サリー・・・簡単に来てますよね。
 昭和30年頃までは普段着としての和服が着られていたのですし・・・

 2016年の熊野市成人式は例年通り1月3日だそうです。
 近年は実行委員が居て自分たちで司会進行やって居ますね。
 次からは「記念写真」が少し変わるようです。
 主役の新成人が前列になり来賓?は後列だそうです。
 近年は新成人も温和しくなっていて、ああした場面でも温和しく指示通りに動きますね。
 人数も減る一方です。
 「住民票がある子だけ・・・」なんてことにしたら、成人式が成り立たないでしょう。
 私の時も住民票のある杉並区と出身地の熊野市とで招待状が出ていたようですけど・・・
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 この数は統計的には20年ほど先まで出て居るわけです。
 田舎では転出と死亡による減少はあっても、「途中増加」は無いのです。
 もう少し大きく見れば、「I/J/Uターン」「地方定住化」なんて国は太鼓を叩きますが、総数は同じで奪い合いするだけです。
 政策自体がイベントなんですね。
 三大都市圏出身者を優先して受け入れる「ふるさと協力隊員」???
 根本におかしな所在りますよね。
 田舎出は無能なんですか???
 出生や出身地で差別しちゃあ憲法違反だと思うのですが・・・

 一年契約、最高三年・・・
 ほんの少し定住した?と自慢しますが、残りの人にとってこの経験が人生に役立つのか、国にとって役立つのか???
 検証すらされていないようですね。
 コストだけでなく、人の人生をなんと心得ているのやら不思議な制度です。
 昔の歌謡曲のような都の人とのロマンスの話しも聞きませんが・・・

 そう言えば・・・
 「行商に来ていて居着いちゃった人」、「山働きに来て居着いちゃった人」、「旅の途中で居着いちゃった人」・・・そのきっかけがロマンスだったなんてのが私の周りだけでも結構あったのですが・・・
 「島の娘」じゃないですが、「黒潮育ち・山育ち」の娘も捨てたものじゃないわけです。
 そうした女の方も当然知り合いに居られます。
 「魅力的なお人」ですよ。
 「月の法善寺」みたいな老舗の店も無いのですけど・・・

 昔から良く言われること・・・
 「県職・銀行員・学校の先生・・・熊野の娘を連れて帰っちゃう・・・」
 これを、そのまま定住させちゃえば良いのですが、転勤族はねえ・・・
 転勤してくる独身者は男ばっかり・・・
 定住させられるなんて事になれば今の若い衆は「恋」すらしなくなるでしょうしね。

    

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by je2luz | 2015-12-26 04:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 25日

熊野の旅 やっぱり暖かすぎでしょう

 今日の気温、20度を越えちゃいました。
 節季なんですよね。
 暖かいからでしょう、あちこちで玄関とか窓を洗っていました。
 この仕事は旦那さんが狩り出されていることが多いです。
 これだけ暖かいと「いや」とは言えませんね。
 それに、道路に一杯水をまき散らしても夜のことを心配しなくて良いです。
 ???
 でも、飛鳥や五郷では迷惑かな?

 今日も市役所の玄関石畳の所を保全係の女の子がせっせと箒で水を排除していました。
 中央部分が少し下がっちゃって雨が降ると水が溜まるんです。
 深さ1cm程かなあ?
 あそこの石は磨き出しでは無いので、直接滑ることはありませんが、歩く人は避けて通ります。
 市役所が飛鳥にあったっら・・・
 絶対に修理しないといけません。
 何人転ぶか解りませんからね。
 井戸町にあるのが幸いしています。

 なまじ石で畳んであるのでチョコチョコっと手ないしは出来ませんね。
 目地に穴を開けて下に浸ませるのも難しいかな?
 目地を広げて排水路に・・・と言う手法も格好悪そうです。
 半分ぐらいをごっそり剥がして下地からやり直し???
 結構掛かりますね。

 駅前の舗装が5年掛かってもきれいにならない町ですから・・・
 未完成だとイコと二次各症状がないように見えます。
 計画には言ったことが無ければ「未完」では無いのでしょう。
 それが「都市計画」という立派な施策に乗っ取って勧めて居る事業です。
 全体ビジョンなんて・・・
 と言うより、今の課長で3人目?
 私がずっと立場が変わらないので目に付いちゃうのでしょう。

 今、月夜なんですよね。
 と言うことは・・・
 年内は遊木のサンマ漁がでないのかな?
 それでは「サイレの寿司な」が足りないのでは?
 でかすぎたときのと、細かすぎたときのでは・・・
 そして、今年は高値のままみたいですね。
 卵同様サイレも長年値段が安定していたので、去年今年と高いと地元の人が食べる量が減っているようです。
 店カニに並ぶ量が少なくて済んでいますからね。
 これは良くないですね。
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 12月31日ー元旦 除夜の鐘代わりの花火が羽市木海岸で上がります。
 昔、熊野無線クラブの有志があげ始めたのが最初で、その頃は「獅子岩ライトアップ」と「浜の温泉」と「日の出初泳ぎ」がセットになっていました。
 アマチュア無連クラブでやったので金は掛かりませんでした。
 アマチュア無線は「金銭上の目的では無く、もっぱら個人的興味に基ずく・・・という規定があるので、「熊野無線クラブ」では全ての活動の規範にこれを据えていたのです。
 今時の「NPO」よりはずっと潔かったんですね。
 それに、生まれるときから葬式まで全部会員でやれるほど色んな人材が居て、総勢500人なんてものでしたからね。

    

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by je2luz | 2015-12-25 04:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 24日

熊野の旅  安心出来ない市内の水事情

 今夜はクリスマスイブ
 今年も山下達郎の世界・・・
 
 学生の頃・・・
 24日の夜になるとケーキが安くなる・・・
 25日はもっと安くなる・・・
 そのケーキを下宿で・・・
 「神田川」のせかい
 でも、侘びしくなかったのは若さでしょうね。

 清流32号のコラムより・・・
 熊野市は日本有数の豪雨地帯にあり、水不足とは縁が薄いと思われています。 しかし、今の熊野市の現状ではそうとも言えないのです。
 水道には上水道や簡易水道、そして自家用山水・井戸水まであります。
 普段何気なく使っている水ですが、その管理は中々大変で維持には大きなお金が要ります。そして、それは基本的には水道料金でまかなわれています。
 熊野市の場合、上水道の水源は都市部に比べきれいな地下水・伏流水を使っていることもあり、原価が安く済み、水道料金も低めになっています。
 水道料金値上げなどは市民の評判が悪いからでしょうか、据え置かれることが多いのです。
 これが本当は怖いことなのです。
 近年は行政無線で「断水のお知らせを致します。大変ご迷惑をお掛けいたしておりますが・・・」という放送がよく流されます。
 災害時でも無い平常時にこれが流されるほとんどの原因は配水管の老朽化なのです。
 今は水道管も「耐震構造」のものが使われ、古いものは、地震に備えて取り替えることが望まれているのです。
 水は生きるために不可欠のもので、地震だからって止まってしまったでは許されないのです。
 耐震改良が出来ていなくて水が止まるなんて・・・  それも、避難所なんて名目で野球場など作れるのに水道管の改良が遅れるなど本当は許されない施策でしょう。
 簡易水道などに至っては、地域の過疎と高齢化で維持管理すら出来なくなってきています。
つまり、生きることもままならない状況になりつつあるのです。
 駅前道路の電信柱が減っても見掛けだけ、それも数百メートルの表通りだけの話です。
 それに引き替え、水道の維持・改良などは地味なことに見えますが、「生きる」と言うことから考えれば、一番大事な事なのです。
 無駄な事業などを減らしても足りないのであれば、水道料が多少上がっても、安心して暮らせる町を作る方が良くありませんか?

 熊野市は日本有数の豪雨地帯にあり、水不足とは縁が薄いと思われています。 しかし、今の熊野市の現状ではそうとも言えないのです。
 水道には上水道や簡易水道、そして自家用山水・井戸水まであります。
 普段何気なく使っている水ですが、その管理は中々大変で維持には大きなお金が要ります。そして、それは基本的には水道料金でまかなわれています。
 熊野市の場合、上水道の水源は都市部に比べきれいな地下水・伏流水を使っていることもあり、原価が安く済み、水道料金も低めになっています。
 水道料金値上げなどは市民の評判が悪いからでしょうか、据え置かれることが多いのです。
 これが本当は怖いことなのです。
 近年は行政無線で「断水のお知らせを致します。大変ご迷惑をお掛けいたしておりますが・・・」という放送がよく流されます。
 災害時でも無い平常時にこれが流されるほとんどの原因は配水管の老朽化なのです。
 今は水道管も「耐震構造」のものが使われ、古いものは、地震に備えて取り替えることが望まれているのです。
 水は生きるために不可欠のもので、地震だからって止まってしまったでは許されないのです。
 耐震改良が出来ていなくて水が止まるなんて・・・  それも、避難所なんて名目で野球場など作れるのに水道管の改良が遅れるなど本当は許されない施策でしょう。
 簡易水道などに至っては、地域の過疎と高齢化で維持管理すら出来なくなってきています。
つまり、生きることもままならない状況になりつつあるのです。
 駅前道路の電信柱が減っても見掛けだけ、それも数百メートルの表通りだけの話です。
 それに引き替え、水道の維持・改良などは地味なことに見えますが、「生きる」と言うことから考えれば、一番大事な事なのです。
 無駄な事業などを減らしても足りないのであれば、水道料が多少上がっても、安心して暮らせる町を作る方が良くありませんか?
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by je2luz | 2015-12-24 04:15 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 23日

熊野の旅 清流32号より 今の熊野と先の熊野

 下はもうすぐ発行の「清流32号・2016年新年号」の記事です。
 最近時々漏れ聞こえてきたり、よその議会でも取り上げられている高校統合問題などを含めた、この地方の課題を少し触れたものです。
 はっきり数字が出ているのに、それを隠して?見ない振りして?不可能なことを可能のようにすり替えて、人気取り的な政策を口にする向きがあります。
 耳障りの良いことはいくらでも言えます。
 しかし、下の記事にも書きましたが、子供が居ないところに学校は残せません。
 既に日本中で高校の閉鎖が相次いでいます。
 小規模校化してでも田舎では残すことになりますが限界があるのです。
 この地方の現象では無く日本全体で起きているのです。
 しっかり現実を見なくては・・・

今の熊野と先の熊野
 生まれてくる子供約100人、10年後には70人?・・・
 小学生全部で420人、中学生も全部で210人、高校進学希望者は南郡含め一学年180人切りそうです。
 これでも数字は甘目です。だから、高校は一つしか残せません。 二つ残すことが目的では無く、一つでも良いから、素敵な学校と生徒を育てることが目的で無くてはなりません。
 高等教育は楽しいだけでは駄目です。
 世界に通用する人間を作らなくては、人口の減る日本社会を支えられません。
 近い将来直面する外人、移民との共存社会で仲良く生き、日本を日本らしく存続させられるような大きな人間を育てられる熊野になれれば良いのですがね。
 「とんでもない理想論」なんかでは無くなってきています。
先進国で鎖国のような生き方をしている国はありません。
 今でも、知らない間に色んな国から移り住んだ人身のが周りに一杯居るでしょう?
 日本人としての誇りと自信があれば仲良く出来ると思います。
 私も、ほんの少し外国を歩いてきたことがあります。一人で歩いていて恐ろしいと思ったことありません。人間同士、こちらが悪意を抱かなければわかり合えるものです。

 最近はむやみと外国人、ことに近隣アジア人を攻撃、卑下する風潮が見られます。
 そうしたことで正しい愛国心が育つとも思えませんし、良いことが生まれるはずが無いと思います。
 日本だけで生きられる世界では無いです。
 日本人として自信があればあんなことは言わないでしょう。
 度量の大きな国民になれば近隣の人にも好かれて、悪口の言い合いも、くだらない争いも消えるでしょう。
 これが私の信条です。
 そして、日本の後を継ぐ子供達にはそうなって欲しいと思います。
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 この波田須小学校がここに建てられた頃に比べ熊野市どころか日本の子供は半分以下になっています。
 どこかでボタンの掛け違い・・・
 一人っ子政策など採っていないのに・・・
 「経済的」なってのも生まないための口実かも知れません。
 三人も五人も子供を作っているのは決してお金持ちではありません。
 二十歳台でセックスレス???
 おかしいですね。

    

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by je2luz | 2015-12-23 04:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 12月 22日

熊野の旅 昭和は遠くなりにけり 時は流れ・・・

 吉野熊野国立公園は指定80周年かな?
 古びた看板だかでしょうか? 熊野市も何の式典もイベントも無いようです。
 新しいこともさほど無いのに古いのは捨てちゃう・・・
 世界遺産も既に十年・・・世間では忘れかけられているはずなんです。
 人の噂の49日よりは長持ちしますけどね。

 ここが国立公園の指定された頃・・・
 観光客も随分来たようです。
 大阪からの紀勢西線が出来ていたし、天王寺から夜行列車で勝浦・新宮へ・・・
 その頃の旅行は泊まりがけが常識ですから。那智山にお参りし、新宮の速玉さんにも参り。押しを伸ばして「国立公園・鬼ヶ城」へ・・・
 絵はがきも一杯売れたようです。
 昭和30年代終わり頃までは「絵はがき」が売れ筋でしたね。

 そんな時代、南国の海岸らしい植物の代表は「浜木綿・はまゆう」でした。
 地味な花ですが、白浜でも木本でもこれが植えられて居たものです。
 百合のような花野と細かく切れたの・・・そして、真っ白なのと少しピンクがかったの・・・
 志摩の方に行けば、白い着物の海女さんの横に浜木綿というのが絵はがきの定番でした。
 この「浜木綿・はまゆう」がすっかり見掛けなくなっています。
 最近では「ハイビスカス」「ブーゲンビリア」なんてよそ者がのさばっています。
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 足元の白いやつ・・・ 
 これが浜木綿の種?です。
 ちょっと小さい気もしますが、この種は塩水にも強く海を流れて黒潮の洗う海辺に広がったのだとか・・・
 「名も知らぬ 遠き島より・・・」
 椰子の木は中々定着しないようですが、これは草だけに広がりよかったのでしょうか?

 昭和の中頃までに一杯在って、今はあまり見ないもの、消えた物・・・
 「サボテン」「蘇鉄」「棕櫚」「バラン」「アロエ・医者いらず」・・・
 「鬼瓦煎餅」「豆板」「焼き饅頭」「町のアイスキャンデー」「スイカのかき氷」・・・
 「ポン菓子」「かち割り飴」「駄菓子屋の水飴」
 「醤油の量り売り」「酢の量り売り」「酒の量り売り」「味噌の量り売り」「塩の量り売り」・・・
 「酒屋の店先のコップ酒」
 「魚の行商」「モンペの行商」「秋の松茸売り」「鍋の鋳掛屋」「包丁研ぎ」・・・
 「町の洋装店」「仕立て屋」「靴の修理屋」「帽子屋」「下駄屋」
 
 私が東京に出た頃だと、高田馬場辺りでも、「ラッパを鳴らす豆腐屋」「走り回る納豆売り」なんてのが残って居たものなんです。

 「豆腐屋の ラッパの音が おかえりの 合図でした
 買い物帰りの 母に駆け寄り 歩いた小道 夕焼けトンボ
 三ノ輪橋から早稲田へ 今同じ風の匂い まぶた閉じれば若い日の 母が 母が 浮かびます」
・・・
 水森かおりさんの歌ですが、こんな情景が前のオリンピックの頃には残って居ましたね。
 その頃の都電は東京中走り回り、クリーム色に赤橙のラインだったかな?
 最初は15円で乗り継ぎ出来たり・・・
 都バスは高田の馬場から正門まで往復15円!
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 こうして日本中から昭和の情緒も消えて行きますね。

    

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by je2luz | 2015-12-22 04:42 | 熊野 | Trackback | Comments(0)