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LUZの熊野古道案内

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2015年 09月 30日

熊野の旅 清流31号 まもなく発行

 「清流31号」を印刷にださしました。
 印刷が上がるのは早ければ2日でしょう。発行月は10月にしてあります。
 吉熊新聞での配布は10月上旬ですね。
 30号の発行から2ヶ月・・・
 「まだ次に出やんのかえ?」という声が掛かります。
 そんなに面白い新聞でも無い市議会議員の機関誌を待ってくれている人が居るって有り難いですし、不思議なくらいです。

 今日は「紀南病院組合議会」があります。
 議案は三本・・・公平委員の選任  補正予算    決算の認定  です。
 会議に先だって、例の「耐震装置のゴム問題」の経過説明があると思われます。
 東洋ゴム製が使われることになっていたので、急遽変更し、ブリジストン生にしたので工期も遅れていますからね。
 ゴムを使うのは「耐震」では無く「免震」の方ですね。
 個人的にはこのゴムの免震に疑問があるのですが・・・
 耐用年数前に駄目になる可能性もゼロでは無いですね。
 耐久試験も「時間経過」は早められませんからね。
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「清流31号」より
一般質問2項目目
2.地元民や地元出身者をもっと大切にした行政を望む
 熊野市は観光立市の旗を押し立て、観光客誘致に力を入れているようです。
 それに引き替え、地元に暮らす人や熊野を離れて暮らす熊野人には冷たいのでは無いかと思います。
 よそでは、出ていった人達でたまに帰省する人達を準住民として大切にする施策を採るところもあります。
 一時的な観光客より熊野出身者の方が繰り返し熊野を訪れるし滞在し、宿泊費を除けば支出金額も大きいと思われます。
 何より、彼らはUターンの見込みがある人であり、Iターン希望者に対する口コミ宣伝部隊です
 お盆の前に、帰省者向けに「おかえりなさい」の言葉を電光掲示板に出してはいかがと打診したのですが、その時期に出されたのは他所の子の「ソフトボール大会歓迎」の字幕でした。
 帰省してくる人達を「おかえりなさい」の言葉で迎えてやるやさしい気持ちが無いようで、よその子はいつでも「おもてなし」する・・・
 熊野市民もその子供達もこの事実を知ればさみしいですよ。
 ふるさとの暖かさや優しさを表すような言葉を望むのは無理なのでしょうか?
解答要旨 
ぶっちゃけた話、そんなことやる気が無い・・・と言う言い逃れ答弁でした。
「交通案内が趣旨だから・・・」と言いますが、「おかえりなさい・ふるさとへ」が書けないはずは無いのです。
「中田征治のアイディアには乗りたくない」のでしょうかね?
ここにも、「市民本位が市政の根本」と言う私の政治信条との大きな違いが出てくるのです。
たかが電光掲示板の文章・・・ではなく、心の根底にあるものが出て来たのです。
こうした行政姿勢では、「どうしたんじゃらえ?」、「大丈夫かえ?」などと言う優しい言葉は期待出来ないでしょう。
流れを変えたいと思いませんか?

   
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by je2luz | 2015-09-30 04:15 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 29日

熊野の旅 載せついでに、11月の祭り

 秋は行事が多い時です。
 田舎の祭りは大体に置いて、秋祭りです。
 秋の実りに感謝し、神様にお供えし・・・と言いつつお百姓さんの息抜きでもあったのでしょう。
 江戸時代の「百姓は米を食っちゃあいかん!」という時でも、「祭りは除外」とされていた所が多いようですからね。
 昔の稲作は種まきも遅かったし、刈り入れも遅かったです。
 私が子供の頃でも刈り入れが全部終わるのは、朝霜が降りる11月でした。
 ですから、飛鳥の祭りは12月1日だったのです。
 他でも大体そんなものだったのですが、刈り入れが早くなってくると、祭りも早くなりました。
 おまけに、勤め人が増えて「日にち制」では具合が悪くなって、「曜日制」とか「休日制」に変わって行きました。
 昔からの日にちを護っているお祭りも少ないのでしょうね。
 神社庁系のHPでは一部の神社の例大祭の古い日にちが載せられているのもあります。

 11月は3日に祭日があります。
 この「文化の日」は半年後の「憲法記念日」とセットです。
 今の「日本国憲法」が1946年11月3日に公布されたことを記念し、1948年「国民の休日に関する法律」で「文化の日」とされてものです。
 そして、半年後の1947年5月3日に日本国憲法は施行されたのです。
 つまり、こうしたことで決まったものなので、他の祭日のようにご都合では動かせないのです。
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 動かない祭日と言うこともあり、村祭りをここに持って来たところが結構あるようです。
 私が知る範囲では・・・
 飛鳥町の飛鳥神社
 五郷町の飛鳥神社
 神川町の上山神社
 新鹿町の徳司神社 はこの11月3日です。
 紀和町のふるさと祭りもこの日です。
 毎年私は飛鳥神社にお参りしていますが、この足で去年は五郷経由紀和まで足を伸ばしました。
 全部のお祭りで「餅撒き」はあります。
 飛鳥と五郷、神川は同時進行なので、どちらかしか拾えませんね。
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 神川の上山神社も良い祭りのようですが、ここも飛鳥五郷と同時進行なので立ち寄ったことがありません。
 ここには、木本神社と同じように江戸時代の国替え騒動の時に村の民の願いを聞き届けてくれた吉田さんを「吉田大明神」として祀っています。
 新鹿の徳司神社は遷宮したばかりのお宮さんです。
 遷宮が出来るだけの馬力がある所とも言えます。

 紀和町の「ふるさと祭り」は鎮守様の祭りでは無いのですが、不思議と人が多いのです。
 夏の火祭りもそうなのですが、人口の割りに多いのです。
 ここのはイベントですね。
 ここへ行けば「ご当地戦隊」に会えると思います。
 年に数回しか出場しませんから、駅前のイベントとか探さないと会えませんよ。
 で・・・
 今度のストーリーはどうなるのでしょう?
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 山間部の神社では育生町の大森神社がこの日とはずれています。
 11月23日勤労感謝の日に行われています。
 この祭は建保元年(1213)からだと言われています。
 酒税法、アルコール専売のうるさかった頃も、国の認可が下りた「どぶろく」が作られてきました。
 「大森神社秋の例大祭」なのでしょうけど。「育生のどぶろく祭り」と言う名前で通っています。
 この祭り・・・
 結構名前は通っているのですが、参拝者が多くないんです。
 他所から来るにはいかにも山の中と言う事なのでしょうね。
 駐車場もあるし、田舎の祭りでも他所の人大歓迎でやって居ます。
 ただ・・・
 駐車場から神社までにも・・・
 「飲んだら乗るな」「乗るなら飲むな」と、どぶろく祭りなのに・・・と言う看板が並びます。
 この辺にも「運転代行業」はありますよ。
 名古屋・大阪まで送ってくれるかどうか知りませんけどね。
 私は運転するので飲んだことありませんが、挨拶によると「今年は美味いどぶろくが出来ました」と言っていますし、地元の方の作った「おでん」「猪鍋」などおつまみも用意されていますよ。

 井戸の祭りも11月23日だと思います。
 いつも、大森神社の帰り道に井戸の祭りに寄りますからね。
 この祭りの中心は下の大馬神社(遙拝所)です。
 井戸は人口も多いので結構人出があります。
 そして、浦安の舞の舞姫も多いです、

   
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by je2luz | 2015-09-29 04:38 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 28日

熊野の旅 秋のお綱かけ 花の窟神社

 10月2日は日本最古と言われる「花の窟神社」の秋の例大祭です。
 1日には宵宮もあるようですが、これは木本神社の鈴あげとぶつかるので行ったこと無いです。
 「お綱掛け神事」は10月2日と2月2日の二回あります。
 岩山の上から長い綱を下ろして。上界と下界を繋ぐようなものですから、稲藁で作った縄では半年も持ちません。
 今は芯にロープを忍ばせていますがそれでも切れることがあります。

 日本最古の神社だと言うし、珍しい行事だし、なにより一般人が老若男女誰でも飛び入り参加出来るお祭りなんです。
 なのに・・・
 参加者が少ないんです。
 三重県ローカルとか言ってもテレビも放映するんです。
 観光パンフレットにも載せるし、旅行雑誌にも・・・
 それなのに増えない!
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 この神事・・・
 綱に触ったら「病気しない」とか「良縁に恵まれる」「子が授かる」「金が儲かる」なんて聞かないです。
 今だと、『良い人が見つかる』なんてのがあれば「婚活女子」が来るでしょうし、そうなれば「婚活男子」も来るかも・・・
 昔の「新島」「倉敷」「萩・津和野」がそうでしたものね。
 縁起のあまり良くない神話は伏せて、伊弉諾・伊弉冉が子作りしたところだけ利用すれば良いでしょう。
 眺めの良い展望台にエビ錠を掛けるよりは良いように思うのですが・・・
 普段はこの綱の結び目に触って賽銭を供えれば効き目があるとか・・・
 どんなげん担ぎも何時の時か誰かが思いついたものです。
 神様がそんな事言うはずが無いのです。

 午前10時頃から始めると思います。綱が降りてくるのは10時半頃かな?
 今の予報では天気は芳しくないですが小雨なら足場は砂利浜ですから大丈夫です。
 今の調子だと車は花の窟神社の駐車場、国道周辺に置けると思います。
 何ともならない程人が来ると良いのですけどね。
 花の窟神社は普通の鎮守様じゃ無いから住民との結びつきもそんなに強くないのかも知れません。

 二回行われた、「錦の御旗献上行列」なんてのとは関係ありません。
 これも又不思議な話なんですけどね。
 補助金でやるので宗教とは絡めないんですが、にしても、不思議なイベントが出来たものです。
 「続。紀州風土記」?に出ているそうですが、いつの時代の風俗だか私には分かりません。
 調べる気が起きないんです。
 ???
 今年の予算にあったっけ




   
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by je2luz | 2015-09-28 04:40 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 27日

熊野の旅 木本祭り 秋の例大祭

 10月は木本の祭りです。
 農村部の祭りは、刈り入れが終わってからと言うことで晩秋になっているのですが、木本は「町」ですから少し早いのです。
 昔は木本も小学校の辺りから山手に掛けて、新田の高校のある所から奥は水田などがあったそうです。
 明治以降になると、小学校が出来、役所が出来、更に大正昭和に掛けて、中学校や女学校も出来て田んぼも減って町らしくなっていったようです。
 今の形が出来上がったのが皇紀2600年に「記念通り」が出来てからでしょうね。
 国民の休日に関する法律が変わるまでは、10月10日体育の日に行われてきました。
 しかし、体育の日が出来て10月10日が休みになったのは昭和39年の東京オリンピック以降です。
 それまで、何時やって居たのか今の所私は知りません。
 
 今年は祭りの始まりを知らせる、「鈴上げ」という儀式は10月1日です。
 宵宮が10月10日
 本宮が10月11日です。
 木本神社の祭りでの出し物は、町内巡行は・・・
 稲荷山車(だんじり) - 新出町
 よいや - 栄町
 子ども神輿 - 井筒町
 六方行列 - 親地町
 元宮太鼓 - 新田
 御神輿 - 木本神社  になります。
 朝から動き出すのですが、町内の半分を回って、出し物が神社に入って新出町の「神楽」の奉納など儀式が終わるのは昼過ぎです。
 午後の部で残りの半分を回るのですが、神輿が神社に帰って神様を元通りに神殿に納めるのは毎年12時にもなってしまいます。
 「もう少し早くしよう」という話はずっとあるのですが、実現しません。
 今年はどうなるでしょうね?

 もの凄く時間が掛かって、木本町内の交通に迷惑を掛けるので、近年はお巡りさんによる完全な規制を返上して、各出し物の町内で交通整理しています。
 木本町内は、浜の国道を除き、町内での移動以外の車は少ないですからあまり迷惑掛けないで済んでいます。
 以前のようにきちんとやっちゃう方がうまくなかったです。
 何しろ、お酒の入った出し物は思うように進んでくれませんから、的確に車に迂回路を指示するしか無いのです。
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 今は「六方行列」が観光的に売り出されています。
 これは大名行列を模した、奴さん行列です。
 この木本には「奥熊野代官所」はありましたが、お殿様は居ませんでした。
 大正か昭和の初期に愛知県の方のを真似て始めたのだそうです。
 私が子供の頃には親地町の子供も多かったので、中学生でこれに出られるのが名誉だったのです。
 女の子の浦安の舞の舞姫も同様でした。
 今は木本小学校の児童は一学年20人とかですから、役者が揃いません。
 六方も小学の低学年まで動員して、チビッコイ奴さんも歩いています。
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 出し物の中では、栄町の「よいや」はちょっと珍しいそうです。
 山車・輿の屋根に布団が乗っています。
 この形式はそんなに多くないようです。
 ヨイヤは稚児さん風の子供を乗せ、大人が担いで、「よーいや!」の掛け声で高く差し上げます。
 これも、人が減ったと言う事で担ぐのをやめていた時期もありますが、復活しています。
 でも、高齢化で・・・
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 新田の「本宮太鼓」もやめるという話も出ていたのですが、一回停めたら出来なくなるのでなんとか継続しています。
 新出町の「だんじり」を引っ張るのは子供だったのです。そして、神楽の主役の「天狗・じーじー」にも一人男の子が要ります。
 栄町の「ヨイヤ」には4人の稚児さんが要ります。
 井筒町の神輿は「こども神輿」です。
 親地町の「六方」は十数人の子どが要ります。
 新田の本宮太鼓の叩き手は子供ですから、ここにも二十人ほど要ります。
 神社の「浦安の舞」は四人の女の子、それに「猿」?なんて子供も要ります。
 こうすると、「綱を引っ張る子供」など居なくなるのです。
 出し物の役者も昔は木本の子供の中で「選ばれし子供」だったのですが、今では木本町以外の子供が一杯出て居るのです。
 神輿も、昔は親地町の若い衆を中心にやれたのですが、木本全町にしても足りなくなって、木本の縁者に広げ、去年辺りからは全くの町外の若い衆にも入ってもらって居るようです。
 大変な状況です。

 「木本の祭り」があって「井戸の祭り」もあります。
 全く別のものですから、合流は難しいです。
 井戸の方が少しだけ子供が多いのですが、これも先が見えてきました。
 祭りが維持出来ないのにイベントは増えるし・・・
 祭りは「宗教」と言う事で補助は出ないし、イベントにはどんどん出るし・・・
 「祭り」だって、「無形文化財保護」にすれば憲法問題はクリアー出来るのですけどね。
 村祭りが消えれば、集落の気持ちを固める手段が減ります。
 私は「祭り」は差ほど好きじゃあ無いのですが、「必要なもの」と思っています。
 官製イベントでは出来ない部分があるのです。

    

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by je2luz | 2015-09-27 04:11 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2015年 09月 26日

熊野の旅 清流31号 編纂中

 清流31号を編纂中です。
 ほぼ、A3裏表は埋まったのですが、選んだ記事がこれで良いのか迷っています。
 なんだか、同じ言う名ものになってしまいそうで・・・
 記事の長さをある程度抑えて書くので、本意が伝わるのか心配です。
 
 「なるべく分かりよく・・・」が基本です。
 そうすると記事は長くなります。
 はしょれば短くなるけど、分かりにくくなるし・・・
 専門用語や略号を使えば一見格好良いのですが、行政用語なんてそもそもが分かりにくいものなんですからね。
 下手すると、「市民・国民には分かったような分からないような物にしよう」なんて意図があるのかと思うこともあります。
 議会でも、出された資料にそうした物があると解説かフルスペルの単語を併記するようにお願いしています。
 私のボキャブラリーでは解釈出来ないのがどんどん出ますからね。
 日本の公務員って語学力がすごいと思います。
 現代用語事典や略語辞典の最新改訂版を頭に入れているのでしょう。

 一面のトップコラムはこうなるかも知れません

新品種実験栽培も良いけど・・・
 熊野市は今の市長になってから、色んな産品の導入を試みています。
 「新姫」「ハバネロ」「ジョロキア」「サツマイモ」「焼酎」・・・皆さんの知らないものもあるかと思います。
 これらは官主導でやられ、今では「農業公社」などと言うものも出来て、準公務員的な職員で生産販売されています。組織としては「熊野市ふるさと振興公社」が丸々人件費を補助されながらやって居ます。採算など会っていないので議会でも問題になっていますが、累積赤字を作らないように単年度で補助を出して合法的に隠してきているのです。今までは正直に言わなかったのですが、先般の私の「ホジキンを抜けば実質的に赤字では無いんですか?」と言う質問に、「その通りです」と認めています。
 新規事業では赤字は当然ですが、何年経っても見込みが無いのに、税金を投入し続けるのはおかしいです。
 片方では、在来の産品に対する助成や補助は全くお座なりなんです、
 先日行われた初めての代表質問でも、私の属する市民懇談会の班の山本議員がこの点を問題にして提言したのですが、地鶏や新姫に注ぎ込んだ金額は恐ろしいものです。
 民間の業者、一般市民が頑張れるような施策をやろうとしないのです。
 官主導が大好き、民間は無視・・・
 観光部門でも同様です。
 民間の業者が迷惑しようとお構いなしで、土産物店も作っちゃうんです。民間を圧迫しながらこれも赤字なんですよ。
 駅前だって、電柱を無くすのに億の金を入れて何年も市民やお店に迷惑掛けて、通学生した通らない歩道と言えども平気で長く通行止めにして居ます。 そこには市民も観光客も目に入らない行政体質が出ているのです。
 気をつけないと、消えたはずの電柱地中化の記念通り全線への延長が息を吹き返すかも知れません。(動きがあるようです)
 皆さん、あの工事賛成ですか?記念通りの電柱消して観光居客増えますか? 記念通りにお店が増えますか?
 お願いですから、声を出して下さい。

 こうしたことは議員の中でも考えの似た人が居られます。
 私一人が文句言っているのではありません。
 市民の中にも同意見の人が沢山居るようです。
 でも、声を届けるすべが少ないのです。
 業界代表とか言う人の口からはこうして発言は出にくいものなんです。
 「物言えば、唇寒し・・・」なんて時代では無いはずなのですが・・・
 ???
 「身ぐるみ剥がれるぞ!」なんて話を聞いたことありますけど・・・
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by je2luz | 2015-09-26 04:44 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 25日

熊野の旅 何気ない景色ですが・・・  少しおかしげな部分が・・・

 少し前までは、国道や県道沿いには、中古自動車、パチンコ屋、ガソリンスタンドなどの立て看板や幟がずらりと並んでいました。
 最近はそんなのほとんど無いですよね。
 言われなければ気がつかないでしょうけどね。

 どうして消えたのか?
 あれって、結構視界を遮り危険だったし、景観も損ねていたのです。
 と、言うことで三重県では「県条例」で道路のガードレールや欄干などにそうした物をくくりつけるのを禁じたのです。
 ともに、「野立て看板」なども大幅に規制されました。
 こちらは、紀勢地区になれば「道路標識」などを除いて立てられなくなりました。
 だから、前にここに載せたように。道路管理者と公安委員会辺りが話し合わないと、道路の分岐でさえ看板が出せないようです。
 熊野市内でも、案内表示が無くてもの凄く不便なところが何カ所もあるのです。
 とうせん、役所は範を垂れなくてはならないので、設置してくれません。

 この様な条例はほとんどの県でほとんど同じ様な無いようで作られています。
 京都などはお店の看板まで規制しちゃったくらいです。
 だから、さっき書いたように何所を走っても幟の乱立が消えたのでしょう。
 今はあのナイロンの幟が安く作れるし結構耐久性があるのですが、条例が乱立を防いでくれているのです。
 たかが上りと言いますが、乱立させると視界が遮られて危ないのです。
 少し前に熊野市内記念通りで事故が起きかけたので、大量に立ててあった幟を撤去して貰ったことがあります。
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 でも、今でも気軽に幟をくくりつけているところも見掛けます。
 それが、「交通安全」だとか「国体」なんて幟だと、????と思っちゃいます。
 だって、その幟って「安全協会」とか「県」の作ったものでしょう?
 その日だけとかの除外例に当たらないし・・・
 見掛けたのがたまたま隣の県なので余計なお節介かも知れません。
 確か関連する県にも条例があると思うのですが・・・
 気がつく私が悪いのでしょうね。

 不都合なら改正すれば良いのです。
 説明すれば議会も通すでしょう。
 何所の県でも罰則までは無いとは思いますが、気がつく県民も居られると思いますよ。

    

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by je2luz | 2015-09-25 04:20 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 24日

熊野の旅 夏を旨とすべし

 吉田兼好さんは徒然草のなかで・・・
 「家の作りやうは、夏をむねとすべし」と書いてあります。
 ここ木本は海のそばとは言え南の地です。
 おまけに、古い京都や飛騨古川のように一丁前に間口が狭い家です。
 そりゃあ、盆地の京都なんかより昔から涼しかったでしょうけど、私の子供の頃に飛鳥から夏の木本へ降りてくると地獄でした。

 この、「夏を旨とすべし」を実行しお手いると言われるのが、京の町家で行われているという、夏と冬で建具を入れ替えるというものです。
 冬は障子か襖・・・夏は簾の入った風通しの良い建具・・・
 プライバシーを言わなければもの凄く合理的な住み方です。
 
 この住み方はmなにも京の都に床か無くても、片田舎の木本でもあったのです。
 私の実家の木本の家も夏用と冬用の建具が用意されていました。
 家を取り壊す時、知り合いの波田須の家に持って行きました。
 「おもてなし館」(旧栃尾邸)でみられます。
 その前にある三銀発祥の地「福島邸」でも建具が用意され、玄関上の中二階物置にしまわれていました。
 この様に木本の旧家には用意されていたはずなんです。
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 この時代、網戸が無かったので蚊取り線香を焚き、寝る時には蚊帳を吊るという生活でした。
 夕方になると本町筋の砂利道に水を打ち、縁台を於いて涼んだり・・・
 町行く人も浴衣が多かったですね。
 そんなのは私が高校に入る頃までかなあ・・・
 砂利道なので下駄の音も「がじゃがじゃ」「ジャリジャリ」・・・
 一杯歩くのでうるさかったものです。

 ああ・・・ それなのにそれなのに・・・
 世界遺産の熊野古道だというのに・・・
 連休で上天気だというのに・・・
 人払いしなくても、関船町から二丁目まで望遠レンズで引っ張って撮っても人っ子一人歩いていません。
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 数軒は他所に負けない町屋もあるし・・・
 二軒は公の物で公開されているし・・・
 
 連休は少し車は多かったです。
 でも、いつも「連休」は古道歩きの人が少ないようです。
 「行楽」「家族サービス」にはならないんでしょうね。
 四国の遍路さんの様に目に見える御利益があるで無し・・・
 「西国三十三箇所」とのつながりも無いし・・・
 一番札所は「紀伊の国・那智山・青眼渡寺」なんですけどね。

    

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by je2luz | 2015-09-24 04:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 23日

偏西風!なにぼんやりしてるんだ!

 台風21号・・・
 右に首を振るはずだったのに・・・
 左に進むの中々やめないの?
 偏西風 なにやってんの?
 もう秋なんだから、しっかり押さなきゃ駄目でしょう?
 サボるんなら完全にサボって、東シナ海に入れちゃってよ。
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 このコース、良くない!
 どこかがやられる!
 もう少し強くなるだろうし・・・
 要警戒台風になっちゃいました。

    

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by je2luz | 2015-09-23 21:29 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 23日

熊野の旅 苦情と現実 宿泊・食事

 熊野で受け入れ体制について一番苦情が出るのが、「熊野大花火大会」です。
 全ての宿泊施設は一年前に完全に満杯です。
 でも、部屋数は増やせません。
 こんな日があるのに、「かんぽの宿」は開業から閉鎖までずっと赤字でした。
 宿泊施設は60%位の稼働率が欲しいのです。
 2/365が満室でも…
 熊野市は「スポーツ交流」と銘打って、他所の子供を引っ張ってきていますが、それでも「かんぽ」までは埋まらなかったのです。
 「かんぽの宿」が閉鎖される時には少し町の話題になりましたが、あの大きな施設が閉まってもあまり影響が無いようです。
 来年の花火に百人あまりの宿泊者は減るのですけどね。
 普段は残ったビジネスホテルや民宿でこなせるのでしょう。
 行政の方からも「かんぽが閉まって観光に差し障る」なんて声は聞こえません。
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 食事の方も花火の時には「食うところが無い」と、一杯苦情が出ます。
 これこそ、1/365ですから、外に置くテーブルも買えませんね。
 昔は夕方から12時過ぎまで花火をやったので、腹も空く人が多いので、夜店も繁盛するし、素人の潜りの弁当まで飛ぶように売れたのです。
 でも、開催時間2時間ではそうした需要も減っています。
 団体さんは仕込みの弁当ですしね。
 普通の人も、正体不明の弁当よりは「コンビニ弁当」「スーパー弁当」が良いようです。
 当日の弁当も、今年のように延びたりすると、赤字になるでしょう。
 大きな仕出し屋も無いので一日限りの需要に応じかねるのが現実です。

 以前、女房が喫茶店をやって居た時、花火のお客さんのために無理して店を開けました。
 確かに客は居るしカレーなど売れました。
 終わってから車が動くようになるまで店は開けましたが、回転は全く悪いし・・・
 感謝はされましたが、勝手にトイレだけ使いに来るのも居ますし、大変な割りに・・・
 パートやアルバイトを使うとあまり残らないのが現実です。
 「花火価格」をやれば別ですけどね。
 「年一」では需要を満たす投資は出来ません。

 夜の町・・・
 これも寂れています。
 ここは昭和30年代までは観光客や旅人が足止めされて宿泊する「終着駅」「乗り継ぎ駅」でしたから、夜の町に出るよそ者も居たようです。
 近年は誘致しているスポーツ交流客は高校生や中学生が多く町には出ません。
 また、大人を遊ばせるような店もありません。
 地元には昔ほど酒飲みも居ませんしね。
 昭和30年代に比べ、人口は4割ほど減ったし、高齢者の比率が倍ほどになったのですから、見込み客も半分も無いのです。
 路地(ひまえみち)ごとにあった一杯飲み屋も無くなりました。
 表通りの小料理屋も割烹も事実上無いです。
 バー、スナックも半分以下でしょう。
 クラブがまだ頑張って居ますが、かつての賑わいは無いです。
 元々、「温泉町」でも「色町」でも無いので、他所の人を遊ばせる町では無いですね。
 「都の人について行っちゃう娘」・・・
 「連れて帰りたいような娘」・・・  も、あまり居ないでしょうね。
 ぼったくりも無く安心して飲めるけど・・・
 これが田舎の夜の町です。
 かつては、何所に出しても恥ずかしくない可愛い娘が居たんですよ。

 で・・・
 簡単な解決策は見つかりませんが…
 色んな問題点を解決しなくてはならないけど、「民泊」なんて手法もあります。
 ただ、田舎家と違い町場の家は「民泊」には使いにくい家が多いんです。
 そして、田舎家を世話すると、花火の日には宿に帰るのが大変で、それ位なら津や名古屋にお帰った方が・・・

    

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by je2luz | 2015-09-23 04:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 09月 22日

有り難い! 逸れそう!

 半日前の予想では九州ー四国ー紀伊半島となめて行きそうだった「台風21号」・・・
 早めに区部を不利そうな予想に変わりました。
 偏西風に上手く押されれば大きく曲がるのですが・・・
 たまに横切っちゃうのも居ますからねえ…
d0045383_1904859.jpg

 この予想図の時間は世界標準時、Z時です。
 戦時中でも海軍は世界標準時で動いていたんだとか…

 この予想図のように曲がれば大した被害は出ないでしょう。
 でも、海は荒れますよ。

    

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by je2luz | 2015-09-22 18:59 | 熊野 | Trackback | Comments(0)