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LUZの熊野古道案内

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2015年 02月 28日

熊野の旅 人口の何十倍も・・・ 小船梅祭り

 日曜日にやると雨に祟られると言うことで、土曜日になったようですが、28日に紀和町小船の梅林で「2015小船梅祭り」がありました。
 熊野中心部からは一番遠い集落です。
 普通の人は山道が苦手なので、国道42号新宮経由ー国道168号で熊野川を遡ります。
 ほぼ、一時間の行程です。
 私は道的には近い、国道311号線板屋経由ー湯ノ口ー和気ー楊枝ー小船のルートを走りました。
 カーナビでは一時間二十分という予想タイムでしたが、今の人はこのコースを嫌がりますから、一車線の山道でも対向車も先行車もなく「我が道を行く」で走りました。
 板屋から先で出会ったのは一台だけ、先行車を追い越したのも一台でしたから・・・ 
 所要時間は40分でした。
 他の車にうろつかれたら、このコースは最悪かも知れません。
 
 和気・楊枝・小森は熊野川に面した集落で、三重県側にあるので三重県に所属し、今は熊野市です。
 しかし、地形的にも、紀和の中心部の板屋に出るより、すぐそばの橋を渡って新宮に出る方が楽なのです。
 筏の時代から、ここは新宮の方を向いて生活してきました。
 東牟婁郡北山村が和歌山県の飛び地で有名ですが、ここは川を挟んでいても飛び地では無く和歌山県に入れたはずなのですが・・・
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 天気は良いし、暖かだし・・・
 一杯の人出でした。
 出演団体も多いし・・・
 人口の何十倍もの人ですね。
 分母が小さいですけど・・・
 見物人の多くは和歌山県側からのようです。
 来賓とか市職員とかを除くと知らない顔がずらりと並んでいました。
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 出演者も木本辺りとは違う顔ぶれでした。
 お店も多かったですね。
 でも・・・
 水戸の梅園のように庭園とか観賞用では無く、梅の実の梅畑ですから散策路は整備されていません。
 でも、お客さんは「観梅」に来ているのでは無さそうでした。
 余興を見て楽しむ方ですね。
 桜見のように酒盛りする人は少ないです。
 寒くは無くても気分がまだ盛り上がらないのでしょうかね。
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 串本節とか踊っていましたが、きれいどころが沢山いました。
 多分、小船の人だけでは無いでしょう。
 「小船の人手は無いでしょう」などと書いたら、熊野川に突き落とされるかも知れません。

 この辺の人の言葉は少し優しいです。
 流石に上皇様がお堂を寄進した土地だけのことはあります。
 一つ下流の「楊枝薬師」は「頭痛山平癒寺」だとか・・・  続く

  
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by je2luz | 2015-02-28 17:29 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 28日

熊野の旅 能登・輪島

 昔の能登は観光地ではありませんでした。
 私が能登を旅したのは、昭和38年・1963年ですから、50年前です。
 津幡で乗り換えて輪島へ・・・
 津幡も乗換駅でしたが何も無い町・・・
 覚えているのは、そんな津幡の駅前旅館にヌード写真が飾ってあったことです。
 ポスターでは無く印画紙焼きの全紙大でした。
 良く撮れては居ましたが、その時代ですからモデルは太めで若くない・・・
 それしか記憶にない町です。

 輪島に入って、漆器屋さんに飛び込んで撮影許可を取って・・・
 もちろん、白黒時代でした。
 ストロボなんてまだアマチュアはまともに使えない時代、TRI-Xの増感だけが頼りでした。
 そして、露出不足・・・
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 高級漆器屋さんでは無かったのですが、職人さんが黙々と塗っていました。
 町には立派な漆器販売店もありましたね。
 なんと言っても「輪島」ですからね。
 
 その頃はまだまだ「御陣乗太鼓」もそんなに誰でもが知っているものでも無かったです。
 なんと言ってもテレビが完全には普及していないし、白黒が多い時代でしたからね。
 簡単にロケ出来るようなカメラも無かったですし・・・

 その時代だと、輪島の反対側の和倉温泉の方が有名だったくらいですね。
 でも、富山湾の鰤と蜃気楼はその頃から有名だったように思います。

 そして、能登半島の付け根から南は「加賀の国」
 加賀百万石・・・金沢・加賀温泉郷
 その頃の温泉郷は今とは違う意味で有名だったように思います。
 関西の会社の慰安旅行がどっと押しかけたとか。
 女性社員が会社の旅行に行くようになったのはもっと後です。
 学生の私には縁が無かったです。

 先ほども日本放送協会が富山新幹線を盛んに宣伝していましたが、知名度・温泉・食い物・名産品・・・そして、東京からの時間・・・
 暫くは、加賀へ加賀へと人がなびくでしょうね。
 なにしろ、あの放送も、ローカルで流れるのでは無く全国版ですからね。
 九州新幹線の時も同じでしたね。
 次は北海道新幹線。

 能登も加賀も一つのブロックで打って出てきます。
 紀州は中々一つになりません。
 その半分の「南紀」でもまとまりません。
 「尾鷲だけ」「熊野だけ」「新宮だけ」「勝浦だけ」「串本だけ」・・・
 これではよそに対してのインパクトがないです。
 和歌山県と三重県に分かれていると言うことでは無さそうです。
 「南紀」に来てくれないことにはどうしようも無いです。
 「毛利の三本の矢」では無いですが、まとまらないと宣伝費も細切れでは・・・
 今の三本の矢とは縁の無いところですが、毛利の方は真似出来るでしょう。
 各種連絡会議ってえのは一杯あるのですけどね。

 そうそう・・・
 以前は気象観測用のラジオゾンデを揚げる基地が輪島にあって、冬になると寒気の南下を表すのに・・・
 「輪島上空では・・・」と、放送していたのですが、イメージが悪いと輪島からクレームが付いたのだとか・・・
 あのおかげで随分有名になったのに・・・



  
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by je2luz | 2015-02-28 04:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 27日

予言者じゃないですが・・・ 涙が出ました

 私は霊感もなければ予知能力もありません。
 平凡な野次馬根性の旺盛な雑学の徒です。
 その積み上げから単純に予測するだけなのですが、結構当たったりします。
 それも、悪い方の予想が・・・

 25年も前から騒いでいた「東南海・南海地震」は近年世の常識になって来ましたし・・・
 同じく、40年以上前から言ってきた「原発事故は起きるし人知では対処出来ない」も現実に起きちゃったし・・・
 「田舎の土地は価値がなくなる」これも急に国まで言い出しました。
 こんなのって、一寸考えればわかることなんですよね。
 考えない人が多いし、考えても怖い話なので政治家や経済人は口にしません。

 「花火の日に地震があったら・・・」
 以前にここに書きましたし、議会の一般質問でもやりました。
 確率は一年一年高くなっているのです。
 「30年館に起きる確率」で学者は言います。
 私が質問して3年以上です。
 一割ほど確率が上がっています。
 一番小さな予測でもほぼ木本の浜は津波で覆われます。
 つまり、浜の観客で逃げられなかった人は全員沖に持って行かれます。
 奇跡が起きた人以外は死にます。
 なのに、目をつぶったままです。
 地震から最短4分で第一波が来ます。
 目一杯余裕を見ても、揺れが止まって10分ほどです。

 一般質問した時の市の対応は・・・
 「警報が出たら放送します!」と、胸を張りました。
 「放送と同時にパニックになり、出口の樋門の所で大勢が圧死しますよ。私は家の二階でその地獄の叫びを聞く羽目になるのですが・・・」と、私が言っても反応なしなんです。
 市が言うほどには観客は居ませんが・・・
 多い年で、ほぼ、10万ほどでしょうか?
 現実に津波が来た時、逃げられるのが2000人として・・・残りが沖へ・・・

 津波が来なかったとして・・・
 6箇所のゲートと一箇所のスロープと一箇所の階段
 そこに集中した人のなかで明石陸橋のように圧死する可能性のある人は、桁違いに多いでしょう。
 こんなの計算したら叱られるかも知れませんが、一箇所10人で済んでも80人なんです。
 津波が来なくてもサイレンが鳴って「津波警報が出ました。速やかに浜から出て下さい!」と放送が流れたら・・・
 整然と歩くはずもないし、歩いたのでは全部出るのにほぼ一時間なのです。

 それでも花火はやらなくてはならないのですから、お客さんに知っておいて貰わないと・・・
 そして、主催者が保険を掛けないとね。
 10万人分の障害、生命保険です。
 保険会社が掛けさせてくれるのでしょうか?
 「ロイズ」なら可能かも・・・
 
 これ・・・
 冗談では無いのですけどね。

 今、市民向けに、これよりひどい施策が打たれようとしています。
 「段々悲しくなります」という記事を書いたすぐ後に、表面化しました。
 悪い予感はしていたのですが、そこまでとは・・・

 聞いた時・・・
 本当に涙が出ました。
 悔しいのか悲しいのかわかりませんでした。

 もうすぐ書きますが、熊野市民はかわいそうです。
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by je2luz | 2015-02-27 18:15 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 27日

熊野の旅 久々の朗報です 鬼ヶ城周遊可能に

 長い間通行禁止になって居て、一昨年に解除され、その広告が出てすぐに又通行止めになって居た鬼ヶ城の周遊道がようやく通れるようになります。
 面白いことに周遊は禁止されていても磯釣りの人は自由に出入りしていました。
 波が静かなら、私のように昔の周遊道を使って居た人間だと通れたのですが、一応、ロープも張られ禁止の札があるの、東側・・・千畳敷の方からは進入しませんでした。
 通るのを見たら真似をするのも出ますし、自己責任では済まない時もありますからね。
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 今はこんな立て札があり、千畳敷から先には進めないと書いてあります。
 つい先頃、「修復工事完成につき3月7日から通行可能になります」と新聞にも載りました。
 でも・・・
 その後に鬼ヶ城へ行ったら、この看板だけで「通れるようになります」という表示がなかったです。
 鬼ヶ城センターの従業員さんは「3月7日には通れるようになりますからおいで下さい」と、口頭で宣伝していたようです。
 市の観光の方に予告の紙を出すように申し込みに行ったら、センターから伝言があったようです。
 センターも従業員は頑張って居るようですね。

 鬼ヶ城の良さは周遊して初めて実感するものです。
 東口から西口へでも、その逆でも良いのですが・・・
 問題は元に戻るのが大変と言うことです。
 同じ磯を戻るか・・・
 一般道路で帰るか・・・
 でもね、国道42号線鬼ヶ城トンネルは歩行者通行禁止なんです。
 推奨されているのは旧道の「木本隧道」を迂回するルートです。
 判りにくい近道を通っても15分ほど余計にかかりますね。
 熊野古道の峠越え同様、歩行者には優しくない観光地なんです。
 かと言って、観光客用にバスを走らせるほどは居ないんです。
 ほとんどの個人客が自家用車で来るだけに「元に戻れる」ことが大事なのですよね。
 思い切って、「熊野市駅前駐車場」ー「松本峠」ー「鬼ヶ城東口」ー「周遊道」ー「鬼ヶ城西口」ー「木本神社」ー「本町石畳道路」ー「熊野市駅」というコースでは如何でしょう?
 休憩を挟むと2時間半くらいですね。
 鬼ヶ城センターでは食事も取れますよ。

 この周遊道が通れるようになっても鬼ヶ城に来る人の100人に一人くらいがチャレンジするかどうか・・・
 でも、本来の鬼ヶ城が戻ってきました。
 朗報です。
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by je2luz | 2015-02-27 04:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 26日

だんだん悲しくなります

 このところ、平成27年度熊野市一般会計予算(案)などの、全科目、全項目のチェックに入っています。
 ほとんどのページに付箋を貼り、疑問点を書き込まなくてはならない作業です。
 何年やっても同じですね。
 これが、私の仕事です。
 素通りさせると、市長は暴走します。

 先の国会で通った「ふるさと創生」関連の予算は補正予算で出るようです。

 役所というのは何をするのでも、例え予算書の最低単位の「1千円」でも予算を付けて項目を起こさないと動かないものです。
 それが並ぶのが「予算書」です。
 これを詳細に読めば、今、何をしようとしているのか・・・市長が何を考えているのかが見えます。

 この様に、予算書の隅から隅まで目を通して行くと・・・
 近年は段々悲しくなります。
 腹が立つのを通り越します。
 「市民不在」とも思えることが多いのです。
 中央政府もそうした傾向なのですから、官僚思考の人はそちら向きになるのでしょうかね?

 でも、私が悲しがったり諦めたりしたのではいけませんね。
 やっぱり、怒るべき所では怒り、述べることは述べなくては・・・
 市民に付託を受けていると言うことはそういうことです。
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 この海のように静かでも、これは冬の海・・・
 冷たいんです。
 世の中なんて「静かなら良い」と言うものでも無いでしょう。
 もう少し、燃えましょうよ!

  
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by je2luz | 2015-02-26 18:54 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 26日

熊野の旅 津波避難と野球場 (生き延びるより・・・)

 熊野市は紀伊半島の他の市町同様、東南海、南海、南海トラフ地震の津波に襲われる可能性が強い町です。
 100年に一回とかのものなら、木本・井戸・有馬は海岸線にあっても海岸の形と海抜の関係でほぼ大丈夫なのです。
 しかし、1000年に一回となると、シュミレーションによっては今の堤防で持ちこたえられるかどうかのぎりぎりです。
 万一、堤防が破戒されると完全に浸水してしまうことになります。
 確かに微妙なレベルには違いありませんが、私はこんな予想が出る前から、取り敢えず安全な高さまで逃げることを、ずっと唱えてきました。
 台風の高波と違い時間が無いので、遠くには逃げられません。
 生き延びることが最優先と考えますからね。
 生き残ってくれれば何とかなるものです。
 水だって食料だって何とか出来るでしょう。
 渇きで死ぬほど水に困るところではありません。
 木本では要害山や市役所に逃げることが生き延びる方法でしょう。

 避難タワーは市長が「逃げなくて良い」というお人ですから、周辺の市町で一番遅れています。
 有馬芝園と志原尻に用地は確保しましたが、27年度でようやく片方建てることが出来る様子です。
 二箇所では足りないし、木本では親地町方面は危ないのですが手を付けてくれません。
 15mの津波も、静かにバケツに水を張るような物ではありません。
 沖では時速300Kmにも達するのでは無いか、陸上でも40Km/hも60Km/hも出て居ると言われるのですから、ぶち当たったり坂を遡上すると遙かに高くまで達します。
 まさに、物理の法則・・・mvの二乗の世界です。
 だから、数時間逃げていられる場所が欲しいのです。

 かくして、近隣の市町がタワーを次々建てるのに、ずっと以前に新鹿海水浴場に建てた避難タワー以外建てられていないのです。(よその人用)

 ところが、すごく矛盾することが起きようとしています。
 生き延びる手段は作らないのに・・・
 久生屋の山の上に「防災公園」と言う名の「第三の野球場」が作られるのです。
 災害の時に避難し、物資を運ぶヘリコプターも降りられるように「野球場」が先に作られるのです。
 逃げられなくて死んだ人には用が無いのですけどねえ・・・
 なんと、今年の予算と合わせると4億9千5百万円にもなります。

 避難タワーが一基8千万円ほどですから6基も建てられます。
 ヘリはネットなど無い広場の方が降りよいのですけどね。
 市民が生き残れるようにするより「スポーツ交流」なんだそうです。
 市民はいつ野球やソフトのお客さんが来ているかすら知りません。
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 こうした予算の配分を知ったら、おかしいと思う市民の方が多いと思いますよ。
 市民の安全や生活に充分配分した後にやるのなら分かりますけどね。
 これの後年度負担も大きいです。
 この予算、認めがたいですね。

 野球関係者では単純に喜ぶ人も居ますが、普通の市民の感覚で考え直せば、喜べない筈なんですけどね。
 最早、地元では若い人どころか中年も減ってしまい、草野球もままならなくなってきているし、中学の野球もこの先どうなるやら・・・
 そんな所へ三つの野球場に屋内練習場、サブグランド・・・
 全てはよその子供のため、宿泊を少し増やすため・・・
 そうした物が黙って通ることがおかしいですね。

 でも、私のような議員は少数派です。
 ここだけではなく、日本中そのようですね。

  
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by je2luz | 2015-02-26 05:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 25日

熊野の旅 大又川・北山川・十津川・・・熊野川

 紀伊半島は豪雨地帯です。
 真ん中の大台ヶ原は年中雨と雪の山です。
 そして、その南の尾鷲は「日本一の豪雨地帯」などと言うことで有名になりました。
 太平洋に突き出し、背骨に高い山を持ちますから当然雨が多くなります。
 その雨の多くを表題の、大又川・北山川・十津川で受け止め、熊野川になって太平洋に注ぎます。
 頑丈が岩盤の間を縫うように走るので川幅は狭く地図では小さく見えますが、水量は豊富です。
 それに目を付けた国が戦後すぐに。アメリカのテネシー川総合開発の真似をして、「熊野川総合開発」というプロジェクトで発電ダムを次々と造りました。
 私が子供の頃から大学の頃まで、ずっと山間で工事があったのです。
 その名残が最後まで残ったのが吉野郡下北山村池原でしょうね。
 ダム工事がなくなってからでも、昭和50年代まで電話帳では「土建業」だらけでした。
 その為に土木事業までありましたね。
 でも、どれだけ手を打っても、狭隘な谷間では産業も育たず、転がり落ちるように過疎が進みました。

 国の青写真では、「熊野川総合開発」は、ダム造りだけの目的では無い事になった居たようです。
 付随して、山間部も開発され、産業も起き、ユートピアが建設されるらしかったです。
 実際は電源の職員用のコテージが出来たりした程度だったようですね。
 原発の方が、例え不要であっても図書館や文化会館を作りましたね。
 それが、後年の維持管理の費用で自治体を苦しめたのですけどね。
 そして、坑夫処置の時限立法の延長・・・

 ダムが出来て良いことはほとんどありませんでした。
 川は荒れるし、山は分断されるし、集落は消えるし・・・
 「発電ダム」と言う事で、財産の水を失いたくないので、早めの放水など思いも付かないので、水害が大きくなったりしました。
 12号台風の水害も、放水時期を逸したことが被害を大きくされたと推測出来ますが、因果関係は立証出来ず、池原などの2000mmを越す雨量などから、「未曾有の・・・」で済まされてしまいました。
 電源が出したのは、「災害見舞金」です。熊野市の分は500万円・・・
 熊野市社会福祉事務所はダムの影響を受けた紀和町もダムに関係ない所もごちゃ混ぜで山分けしちゃいました。
 他の自治体ではその見舞金を受け取ること自体を問題にしたくらいなのですが・・・
 現実を見ないというか・・・人の生活を見ないというか・・・

 こんな川にしちゃったからなのか、地元での川に対する愛着もあまり感じられません。
 民謡にもあまり唄われていないのか、聞こえてきません。
 演歌では「大又川」と言うのが随分前に地元の紀ノ川良子さんが唄いましたけどね。
 まだ、カセットテープ時代でしたね。
 千曲川・長良川・木曽川・天竜川・利根川・・・
 川としては負けていないのに、歌の世界では負けますね。
 たかが演歌・・・しかし、宣伝効果はすごいでしょう。

 これだけ電気を作ったのに、紀勢西線の電化も遅かったし、紀勢東線は電化されずに残りました。
 オール電化よりつぶしは利くのかも知れませんけどね。
 メガソーラなども出来たし・・・
 でも、電気は安くなりません。

 そうそう・・・
 水害は大きくなったけど、原発に比べれば・・・
 こんな風に考えて諦めるしかないのでしょうか?
 原発を断った町ですから受けが良いはず無いし・・・
 かなり壊されては居ますが、まだまだ「秘境」です。
 最後まで秘境を守るしか生きる道はないようです。
 そして、山の中の家や屋敷は「シシ神様」のお返ししないと・・・
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 東海旅客鉄道 紀勢線 神志山駅
 かつては賑やかな駅だったのです。
 今は無人駅ですが、跨線橋もあるのです。
 特急が通過している線路はほぼ直線でまさに通過用線路です。
 手前はお昼の新宮行き各駅停車・・・乗った人二人、降りた人女高生一人・・・
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by je2luz | 2015-02-25 06:27 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2015年 02月 24日

熊野の旅 冬の流れ谷 飛鳥町大又

 熊野市飛鳥町を流れる「大又川」は「流れ谷・ながれだに」とも言われました。
 今はその呼び方はほとんどされていませんね。 
 源流は矢ノ川峠と備後と言われる山からですが、最上流の人里、大又からはそんなに山深い所ではありません。
 その代わり、下流は河口の新宮までは紀伊山地のなかをさまようので随分遠いです。
 大又から小阪までの間は一山裏側は太平洋なのですけど、紀州御影の岩盤が邪魔をして海に出られなかったようです。
 河床の岩盤は急流を流れ落ちる岩や石に削られて、深い溝が出来たりしていますが、ぶち当たる壁をぶち抜く力はなかったようです。
 何万年も同じ所を流れても方向を変えられなかったと言う事でしょう。
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 写真は一番上流の集落「大又」で、見えている建物は「旧飛鳥小学校」で今は「たちばな園・あすか」と言う「特養」です。
 先日ここに載せた新しいもので、3月末にオープンします。
 建物の元を引く頃までは老人が居るはずです。

 この辺りが熊野市で一番寒い所です。
 私が「熊野のチベット」と呼ぶ所です。
 右手側は東に切立った山があって冬場は陽が当たりません。
 海岸より冬の夜は5℃から7℃程気温が低く、毎晩マイナスです。
 そんなに寒いのに、真冬でも山は緑です。
 杉も桧も随分茶色っぽくなっていますが、全山緑なんです。
 年に何回かは雪が懸りますが、気温が低くても雪が降らないのが紀伊半島南部の特徴です。
 冷たい北風もそんなに吹きません。
 北風がやってくるくらいなら雪も持ってくるのでしょうけどね。
 不思議なほど寒いけど雪のない所ですね。
 海抜は400m程で高地という訳でもありません。
 でも、マイナス3℃、マイナス5℃なんてのが普通ですから、道路は凍結します。
 だから、「高規格道路・熊野尾鷲道路」が出来ちゃったのです。
 当然、距離が長くても海ルートです。
 夏の雨も山の中の方が多くなりますしね。
 一番早いのは尾鷲から大泊までこの大又側の下にトンネルを掘ることです。

 こうした少し茶色っぽい景色で私達は冬を感じます。
 秋だって、あちこちに見える少し色づいた木を見つけて「秋なんだなあ・・・」と感じるのです。
 俳句をひねる人など苦労すると思います。
 作るのは簡単ですが、周りにそぐわなくなりますからね。
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 冬の大又川は小川みたいになっちゃいます。
 これでも、春が近づいて雨が降るので水かさは多い方です。
 雪がないので雪解け水はありません。
 春先の好天続きの時はもっと減ります。
 杉桧の山ですから水保ちは良くないですし、近年、山が荒れ出してからは渇水もひどくなっています。
 自然災害もひどくなる恐れが大きいです。
 変な風な林業振興策に予算は付いても、本当に山を守る方には目が向きません。
 「個人の財産だから・・・」と言う事なのですが、国有林の方がひどい場合が多いのですね。
 この上流には日本地図に「大又官林」と記載されるほど広大な国有林があります。

  
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by je2luz | 2015-02-24 04:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 23日

熊野の旅 熊野のイベントと公金支出

 昨日の「いこらい市」は遠来の「くまもん人気」でそこそこの人出でした。
 熊野市の幼児の一割を超す数の子供が集まってきました。
 もちろん、お母さんもくっついてきているので数は増えます。
 こうした田舎では有名なゆるキャラなど来てくれませんから、集まってきたのでしょう。
 それに、全国的に人気が出るだけに演出も芝居も様になっていました。
 そろりそろり歩くだけのゆるキャラとは別物ですね。
 「くまもんグッズ」も売れていましたが、見込み来場者数からか山積み販売では無かったです。
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 人出が多かったと言ってもこれでほとんど全部なのです。
 雨模様だと木本小学校の運動場が駐車場にならないし、来場者には優しくないのが記念通りなのです。
 「コンビニ・ローソンに迷惑だから車をどけて下さい」と言うアナウンスを流すくらいですからね。
 まあ、これだけの子供とお母さん方が喜んだのですから、そちら向きには成功なのでしょう。
 出店して居る人も普段よりは少し売れたのかな?
 でも、母体の記念通り商店街にどれだけ売り上げと今後の来客に寄与するのでしょう?
 この記念通り商店街振興組合のために公金は支出されているはずです。
 イベントの出店は熊野市内のもありますが、客寄せと言うことで他所からの出店が多いですね。
 商品によっては、記念通りの店と競合するものもありますが、店の方はこう言う日は諦めていますね。
 日曜日で休んでいる店もあるし・・・
 「振興組合」の組織率は知りませんけど、地元商店からの不服の声を聞いたこともあります。
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 こうしたイベントをやるにはもの凄い労力を要します。
 だから、やって居るスタッフはご苦労さんです。
 人が来ればホッとするでしょう。
 でも、やっぱり・・・
 「それで良いの?」と言いたいです。
 一度振り返る必要があるのでは無いでしょうか?
 この声は私以外の市民からも出ていますよ。
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 公金が「市民の福利厚生」のためなら、市民平等に享受出来るように広い市内を巡回するとか・・・
 おかしいですか?
 数えては居ませんが、来客数は大したことないです。
 何時も言いますが、狭い道路が幸いして多く見えますがね。
 そして、年中やって居るからか「いつもの顔」がほとんどになっちゃいます。

 大変な事でしょうけど、一度立ち止まって、「商店街振興のイベントとはなにか」を考えてみて欲しいです。
 予算書では発見しにくいのですが商工業振興事業経費に記念通りの分210万円ほどありますし、職員の人件費は隠れ予算ですしね。
 数少ない商店の拠出で出来る行事ではありませんけどね。
 春に駅前でやる「市民のためのイベント」にも400万ほど掛けますし・・・
 「年中イベントのある町」では効果が薄れます。
 「大売り出し」が無くて「イベント」の時代なのでしょうか?
 熊野だけじゃなくて、よその町もすごい内向きのイベントに「振興予算」をつぎ込んでいますけどね。
 この様に、全国で何百億もの金がこうして消えているのでしょう。

  
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by je2luz | 2015-02-23 04:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 22日

熊野の旅 尾鷲にあって熊野に無いもの

 熊野と尾鷲は隣り合わせ・・・
 古代は別にして近世からは同じ紀州藩・・・
 明治以降は同じように紀州藩から切り離され「度会県」ー「三重県」になりました。
 陸路では真ん中に矢ノ川峠があるし、海沿いは幾つもの岬と黒潮が邪魔します。
 だから、昭和の合併でも北牟婁郡の尾鷲と南牟婁郡の木本は一緒になりませんでした。
 平成の合併でも一緒になろうなんて機運は全然ありませんでした。
 地形も典型的なリアス海岸の尾鷲と半分はリアスでも残りは砂利の七里御浜の熊野です光景も随分違います。
 言葉はかなり違うので、お互いに・・・
 尾鷲の人は「熊野の言葉はきついぞな」と言いますし・・・
 熊野の人は「尾鷲の言葉はきたないぎゃあ」などと言います。
 他所の人にはどちらも解りにくいのでしょうけどね。

 同じように海があって川があるのですが・・・
 尾鷲にはまともな川はありません。
 矢ノ川からくだる矢の川?でも山から出てすぐに終わっちゃいます。
 町中の「中川」は北山川から分水してくる、発電所の放水がなければまともに水がありません。
 熊野も海側は同じ様なものですが、山の裏側まで領分なので大又川・北山川・熊野川など大きくてきれいな川があります。

 海は繋がった海なのでそこそこ似ているのですが・・・
 残念ながら、熊野では「潮干狩り」はほとんど出来ません。
 尾鷲は矢の川の河口、三田火力発電所の横で潮干狩りが出来ます。
 熊野では出来ないので私も子供連れで出掛けました。
 ちゃんとアサリが獲れます。
 イメージ的にはすぐ上流に石油のタンクはあるし、横は発電所だし・・・
 でも、水はきれいですし、なんと言っても「原発」ではありませんからね。
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 これが尾鷲の発電所と潮干狩り場所です。
 一昨日なのですが、二人だけ貝を獲っていました。
 まだまだ水が冷たいですが、来月に入ると潮干狩りの家族連れなど一杯でしょう。
 今年3月の尾鷲だと19・20・21日が大潮で午前11時からお昼に掛けでが干潮ですから最高ですね。
 ただし、混むと思いますよ。
 深い所まで入る覚悟で、道具もそれなりに・・・

 それから・・・
 発電所の煙突・・・法律が変わって随分すっきりしちゃいましたね。
 前の色だと目立って空襲に遭うからかなあ???
 熊野の電電公社?の鉄塔も目立たなくなったし・・・

  
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by je2luz | 2015-02-22 04:44 | 熊野 | Trackback | Comments(0)