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LUZの熊野古道案内

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2014年 09月 30日

熊野の旅 印刷発注 清流27号

 昨日、印刷屋さんに「清流27号の原稿を入れました。
 B4裏表 部数6000 うち2200は折らないで貰います。
 新聞折り込みは半分に折ると小冊子扱いで高くなるのです。
 紙も今時珍しいB列を使うのも新聞の大きさの関係です。
 A3だと紙面がかなり広くなりますが、半分に折らないと新聞に納まらないのです。
 経費削減です。
 と言いつつ、紙面の足りない分増ページ版を付けたりしたら高くなっちゃうのです。
 その、増ページ版を着くって印刷しようとしたら、レーザープリンターが不調・・・
 部品を買うより本体買った方が安い世界なのでメーカーのトラブル対処法の返事待ちです。

 配布開始は10月には入ってからですね。
 木本ー丸山町ー赤坂などは夜中の配布ですが私の足がどこまでもつか・・・
 久生屋ー芝園ー中の茶屋 辺りが終わった頃に、吉熊へ折り込みます。
 海岸線・山間部・瀬戸大馬・金山・・・今回は志原尻が新聞折り込みです。
 申し訳ないですが、全部歩くには熊野は広すぎます。
 余り系統だって動かないので遅れるところや漏れるところも出ると思います。
 ことに、石段、坂道があると無精になっちゃいます。
 会員の方にはすぐに行けないところは郵送します。
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  トップのコラム記事です。
市長って市民の代表じゃないん?
 私が行った九月定例会の一般質問のなかで、高速道路に関する部分、市長しか答えられない部分の答弁は恐ろしい物でした。
 傍聴席にも大勢の方が居られましたし、ケーブルテレビやインターネットで見られた方も居られると思いますが、信じられない物でした。
 通告した質問は下段の右側ものです。
 「高速道路があんな風に井戸を分断する物だと知らなかったのか?」と言う部分には・・・
 『市長に知らせなければならない案件では無いので私は知らなかった。』 と、しらっとしてこたえました。
確かに首長に相談しなければとか、同意がいるなんて制度では無いですが、「知らなかった」を信じますか?公式な通知がなくても・・・
 「知らなかったとしたら、熊野市も随分舐められた物ですね。」としか言えませんでしたが、それに対しては無言で嫌な顔をしただけです。
 さらに、「今の計画では井戸町は分断され岡地などは目の前に十数メートルの壁が立ちはだかって谷底状態になるのですが、住民が反対したら、住民の意見を良く聞いて。市民の代表として対処する気はありませんか?」と聞いてみました。
 市長という物はそうした仕事をする物ではありませんから・・・』と、言う答弁でした。
 ある程度予測はしていましたが、ここまで市民を見放しているとは思いませんでした。
 「市長は外に向かっては市民の代表の筈です。こんな市長を持って、熊野市民はかわいそうな物ですね。」と言っても、無言のまま・・・
 こうした問題では市民のために動く気はさらさら無いそうです。
高速道路問題だけでなく、市長の市民に対する基本姿勢がこの答弁に現れています。
 どんな時に市民の味方するのでしょう?

     

  

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by je2luz | 2014-09-30 04:51 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 29日

熊野の旅 運動会を見て実感した

 昨日の日曜日は熊野市内では運動会が一杯ありました。
 私は招待状の来ていた木本小学校に顔を出してから、他も覗こうと思い、井戸小学校と飛鳥中学校に行ってみました。
 上天気でかなり暑い中ですが、風は爽やかで運動会日和でした。

 木本小学校はかつての1/10程になってしまって、狭かった運動場が広々としていました。
 次に行った井戸小学校も割合と新しく引っ越した学校で運動場が広いのでゆったりしていました。
 ここも児童の減少が始まっているのでは無いでしょうか?
 最後に回った飛鳥中学校で行われていちゃのは飛鳥小学校・飛鳥中学校合同運動会という物でした。
 ここも、元からの飛鳥中学校の運動場ですが、飛鳥中の児童生徒を集めてもゆったりです。

 こんな運動会を見て居ると、この先の学校をどうするかが見えてきます。
 学校統合は難しい事業です。
 難しいのは住民の「感情」なのです。
 「俺らの母校がなくなる」
 「集落から学校が消える」・・・ 
 こんなのがネックになって、教育論など消し飛ぶのです。
 そして、これで騒ぐのは子どものいない世代がほとんどです。
 気持ちはある程度分かりますが、学校を使うのは教育を受ける子供達なんです。
 でも、皆さんも、そんな事言ってられないことが見えてしまっていると思います。

 この先では、小手先の学校統合などでは済まないでしょう。
 例えば、山間部飛鳥と五郷ならバスを出せば通学可能範囲です。
 これを合わせても、子どもは少ないのですが、小学校と中学校の統合も同時にすれば暫くは学校らしい教育が出来るでしょう。
 熊野市立流谷学園??

 海岸線は、既に、新鹿への統合が進んでいます。

 中心部には、今、木本、井戸、有馬、金山の四つの小学校と木本、有馬の二つの中学校があります。
 これも、極度に減った木本小学校を井戸と統合し、まだ減ってはいませんが有馬と金山の統合も考える時が来るでしょう。

 有馬保育所を金山と統合したのと同じ理由で「高台移転」も実現できます。
 金山中学校を作る時、散々注文付けたのに手狭な敷地になってしまったのは、「ゴルフ場建設」が持ち上がっていたからです。リゾート法の夢に教育が削られたのです。
 今はゴルフ場も無いので、必要なら後に拡張できるはずです。
 財政が許せば有馬中学も金山の持って行けば良いのですが、有馬中学が新しいのでそこが少しネックになるかも知れませんが、「高台移転」を「錦の御旗」にすれば・・・

 木本小学校が統合する井戸小学校も低地にあります。
 木本中学校の場所に登れば「高台移転」になるのですが、今はまだ狭すぎるかな?
 でも、もうすぐ足りるようになりそうです。
 その時代を読んでの「学校統合+小中一貫校+高台移転」です。

 こうした動きは「地方創成」の助けになるはずです。
 というより、やらなくてはならない時代に入っているでしょう。
 問題がでかすぎる?
 先読みしすぎる??
 でも、もう、数字が出て来ているのですけどね。
 生まれた子どもの数が、成長途中で増えるなんて無いんですから・・・
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by je2luz | 2014-09-29 04:49 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 28日

熊野の旅 清流27号ほぼ完成

 9月議会も終わったので、「清流」の編集にかかりました。
 一日で書き終えたのですが、今回も増刊を挟み込まなくては足りなくなりました。
 高規格・熊野道路・大泊ー久生屋間の問題に関し、市内全域の本紙にも載せましたが、井戸・新田・奥有馬など関係地区には少しだけ補足したいからです。
 
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 これが井戸の予定ルートです。
 写真左は井戸の三光寺さん側、カメラの位置は両方見渡せるカラオケ喫茶のそばです。
 この立っているところより少し下流を通るはず・・・ 
 旧・井戸農協も引っかかるでしょう。
 そこに立派なお屋敷が出来ていますがどなたの物なのでしょう?
 右の写真、黄色い線のように田んぼを突っ切りますが、そばには上水道水源が有り、向こうの山裾には民間のアパートもあります。
 どうしてこの様に民家のある所にわざわざ出て来たのでしょうね?
 両方に引っかかるお気の毒な方???も居るのかな?
 アンケートで海に近いルートが多かったって・・・
 大きなアンケート用紙を出した人なんて無いでしょうね?

清流 第27号 別紙  高速道路のルートと問題点
 先頃発表された高速道路、『大泊―久生屋間ルート』は、かなり不自然です。 国交省は「出来るだけ民家を避け、迷惑を掛けないルートで・・・」と言いながら、新田地区、井戸地区、久生屋地区の一部では、その逆をやろうとしています。
 わざわざ民家のある所に線を引いて、井戸地区では三光寺の川下で顔を出し、井戸田んぼの真ん中を横切ろうとします。
 それも盛り土で高さ十数メートルの壁を作るのです。
 これにより、井戸は真っ二つに切られ、盛り土のダムで大洪水の時には水も堰き止められます。そして、岡地などの山際の集落は目の前の壁と後の山で見通しも風通しもないすり鉢の底になりそうです。
 何か無ければここには来ないはずなのですが・・・
 少し上流の大馬神社のすぐ上流だと、民家にほとんど影響せず、集落が分断されることもないはずです。
 こんな計画で良いのでしょうか?
 用地買収に掛かる人は良いのかもしれませんが、対象にならない人は???  新田地区でも起きるでしょう。
 この路線、市長は知らないと言います。市長の知らないところで線が引かれたなんて・・・信じられますか?
 インターチェンジのないところでは高速が通っても意味がありません。騒音で揉めるほどの交通量がなくても、夜中に重量トラックが走れば盛り土は揺れます。
 私は井戸の住民ではありませんが、こんな無茶な計画、不自然な計画には反対です。
 皆さん、これで良いのですか?
 今、声を出さないと、間に合ませんよ。
 関連記事は清流27号本紙にあります。

 こんな増ページを関係地区だけ本紙に折り込みます。
 200部位かな?
 まだ、裏面が白紙・・・
 紙が勿体ないか、インク代が勿体ないか・・・

 10月になったら、少し町をうろつきます。

     

  

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by je2luz | 2014-09-28 05:12 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 27日

熊野の旅 意外と使われない最短ルート

 熊野市は紀伊山地の南側にあり、中京地区や近畿大阪方面までは山越えの厳しい道路です。
 新宮からは国道168号線、熊野市からは国道169号線が紀伊山地、吉野山塊を越えて都の方に延びています。
 その昔は、尾根沿いに山伏などが駆け抜ける道があって、遠くは月山や羽黒山まで繋がっていたとか・・・
 それが忍者、らっぱを兼ねた山伏の活躍場所だったなどと言われますね。
 時代劇に出てくる「怪しげな山伏」も実在したのでしょう。
 熊野市から都・上方に向かう道は169号線だったのですが、今から20年余り前でしょうか? この道が市内に入ってすぐの五郷町桃崎で急に曲げられちゃいました。
 橿原から一路海を目指したはずの国道169号線は、いきなり曲がって、大又川、北山川に沿って熊野川本流に向かっちゃったのです、
 これは、169号線が百番台の国道だったから、奈良県と和歌山県がその番号が欲しかったのです。
 熊野市に残されたのは併用していた国道の番号「309号」なのです。
 区間も短いしほぼ改修済みだったので実害は少なかったのですが、時の市長に、「なんで盗られたん?」と文句を言いました。
 まあ、熊野市も七色ダムサイトが少し良くなるかなと言う思惑もあったようですが、169になった割りに改良されていません。
 五郷の分岐点から1Km程だけが二車線になりましたけどね。

 まあ、それはさておいて、熊野から大阪方面は国道42号線・飛鳥町小阪交差点から309号に入り、五郷町桃崎からは169号線と合流して、一路橿原へ・・・  か、元来のルートでした。
 それが、吉野辺りの道が良くなって、橿原に出ないで、そのまま北上して榛原とか針のインターで西名阪に乗るルートを走る人が増えました。
 しかし、距離とかから言うと・・・
 熊野市ー瀬戸経由県道七色峡線ー神川町ー国道169号線和歌山県飛び地北山村ー169号線バイパス
(村道不動線)ー下北山村169号線ー上北山村ー309号線行者還ー天川村ー吉野町ーのルートが短いんですけどね。
 大阪の南へなら更に九度山方面に向かうルートも近いんです。
 熊野の人では不動トンネルルートだけ使う人はいるようです。
 五郷を回るよりは早いですけど、県道七色峡線を走りたくない人が多いようです。
 慣れれば面白い山岳道路なんですけど・・・
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 熊野市駅前でカーナビに大阪心斎橋とかを入力したら、どのルートを走れというのでしょう?
 高速道路優先にしたら、尾鷲ー松阪に連れて行くのでしょうか?
 高速指定無しだったら???
 賢いけど融通が利かないのがカーナビですからね。
 指示したルートを無視して所とカットとかするとパニックを起こすので面白いですけどね。
 近ければ良いという物でも無いですし・・・
 「そこそこの道でお巡りさんのいない道が好き」と言うドライバーもいます。
 大阪から熊野なら「ただの道」でほとんど来られます。
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by je2luz | 2014-09-27 05:04 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 26日

熊野の旅 地方議会 地方議会議員 1

 私は地方議会の議員です。
 最近はすっかりこの仕事も脚光を浴びていますね。
 余り良い方では無いですけどね。

 私のいる熊野市議会では基本的な報酬以外には登庁手当だとか、日当だとか、政務調査費などありません。
 今の議員報酬は34万円です。
 これが全てです。

 よそでは他に手当を付けたり、「政務調査費」を付けたりしているようです。
 話題になった兵庫県議会などでは月に50万円だったのだそうです。
 先日事件を受けて一割カットで45万だとか・・・
 三重県議会では個人に18万円会派には減額中だそうですが一人当り8万4千円・・・つまり、一人、一ヶ月26万4千円使えるらしいです。
 確かに忙しく走り回っていますけど、まあほとんど公金なんですね。
 自分の給料は温存なのかな?
 法律では認められているのだし、条例もあるのだから、どうぞお使い下さい・・・ と言いたいのですが・・・
 こんな風にお金が使えるようになってからでしょうか、地方議員がやたらと中央政党と繋がりたがるようになったのは・・・
 「市民党」なんて泥臭いのは面白くないのでしょうね。
 でも、地方議会が国会の縮図になったのでは住民は救われませんね。

 我が熊野市には「政務調査費」はありません。
 まあ、付けたとしても月額10万なんてあり得ません。
 私のように機関誌を出していても、年4回で20万~25万位で済みます。
 これは「政治活動費」なのですが、公金にして良いのかどうか迷います。
 ブログだって政治活動になると言えばなりますね。
 でも、これも迷います。
 お金が沢山あるに越したことないし、余裕があれば、もっと、広報活動も出来るでしょうけどね。

 議員報酬は市民の話題になるけど、「政務調査費」などと名を変えた物は、今のように事件があって話題にならない限り、世間には忘れられてしまいます。
 報酬を上げると市民や県民に叱られます。
 でも、「政務調査費時給条例」なんてのは、見過ごされます。
 扱い上、議員の所得では無い事になりますからね。

 むかし、こうした手当を付けるなんて議論があったこともあります。
 その時は、使い道の明朗性確保、付けていない現状での議員活動で、それに当たる支出はそんなに無いのでは無いか・・・そんな議論が出ている時に、やっぱりよそでおかしな用途で騒ぎが起きたりして採用しませんでした。
 難しいんですよね。
 本当に真面目に申請し、使わなければゼロでも良い・・・
 そんな風にみんながなれればね。
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by je2luz | 2014-09-26 05:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 25日

熊野の旅 土地の管理、道の管理

 この問題は熊野市に限ったことではありません。
 熊野で言われている色んな問題は、ほとんどの場合。全国の田舎に共通な問題なのです。
 テレビなどで報じられる「解決した」とされる地方でも、実態はそうでも無いことが多いようです。
 産直市場とか郷土特産品勘なども、華々しく開店し、宣伝もするのですが、お客さんが地元や付近の町の人に限定される場合が多く、出しても売れない・・・生計の足しになるほど売れないから品物を出さなくなる・・・出さないから客が離れる・・・てのも多いようです。
 問屋や市場を通さないのですし、持ち込みになることが多いので、シーズン中は同じ物がずらり・・・オフになると何も無くなったり・・・
 道ばたの無人市場の時代はそれでもコストがかからないので、生産者も気儘を通せたのです。
 でも、立派な箱物が出来ると、そうも行きませんね。
 さらに、始める時に60歳だった人も10年経てば70歳・・・65歳は75歳に・・・
 生産者の補充がほとんどないのですから、出品者も減る一方・・・
 当然と言えば当然の話ですね。
 農協さんとかパイロットさんの売店もどう持って行けるのやら・・・

 産直もそんな事になるのですが、今では、生活道路が通れなくなる事態も起きています。
 山の中は勿論、町の中でも、田舎町では山が近いし、おまけに暖地ですから年中草は伸びる、目を離せば雑木まで生えてくる・・・
 全国で問題になって居る「暴れる竹藪」もご多分に漏れず熊野でものさばり出しました。
 まともな市道や農道だけでも何百キロもあるのですから、赤道(あかみち)のような生活道まで入れるととても市では管理できないのも事実です。
 施策の向きを変えれば不可能では無いのですが、今の制度と組織では無理でしょう。
 地元のニーズをきちんと把握して対処できる体制には無いですからね。
 さらに、この問題をややこしくしているのは、道に隣接している土地の所有者が近くに居ない・・・誰のか解らない・・・やっと見つけても他所の人・・・相続されずに放置されていたり・・・
 持ち主の合意無しでは基本的に行政は手を出せない・・・
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 以前は地元の人達が自主的に草刈りなどしていました。
 慣例的に、持ち主の合意など無しで長年管理してきた所が多いのです。
 そして、問題も起きなかったのです。
 今だって、昔式に地元で管理できれば地主とて何も言わないはずなのですが、その草刈りする人も居なくなってきたのです。
 集落・町内のそうした社会的な行事も消えてしまった所も増えたし、作業できる住民も底をついてきました。
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 わが町内にも「ひまえみち」が一本残って居るのですが、以前のように道沿いに住んでいる人が片付けてくれると言うことが無くなってきました。
 手を入れないから草と竹が被さってきて通れなくなってしまいます。
 一応、語り部さんが説明する文化財的な道なんですけどね。
 私も以前取り上げました。

 町内会費でシルバー人材センターの人でも使えれば良いのですが、その町内会費も空き家が増えてうんと減ってしまい、年に二回、5万円とかの支出は無理すね。
 田舎と違い、刈り払った草や竹を運ぶ軽トラだって、調達しにくいのです。

 町の真ん中の空き地の問題も次々起きてきました。
 木本の町では空き地なんてほとんど無かったのですが、今では増える一方・・・
 これからもどんどん増えるでしょう。
 取り壊すと固定資産税が上がるので、廃墟になっても取り壊さない家屋もあります。
 町中の空き地は寂しい光景だけではなく、草の問題も起きます。
 歩きタバコがなくなっているから良いですが、昔なら、放火しなくても失火が怖かったでしょうね。

 空き家・空き地問題がスタートですが・・・
 空き家の取り壊しや空き地の管理を持ち主に勧告しても、遠くに住んでいる人にはほとんど通じません。
 強制執行して実費を請求するにしても、取り壊しなどは数百万円とかですから、土地を売っても払えないとか・・・
 かといって、市は物納は認めない???
 場合によっては土地だと寄付も断るでしょう。
 このままではどんどん廃屋問題は焦げますね。
 そして、事実上相続放棄地が一杯出て来ます。
 30年もすると田舎の土地の半分は空くような感じなんですからね。
 大きく方向転換、発想の転換して、東北の高台移転じゃないですが、集落統合の足がかりにする位にしないと、熊野が消えちゃいます。
 無茶みたいですけど、何とか手を付けないと・・・



     

  

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by je2luz | 2014-09-25 05:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 24日

熊野の旅 生活様式の変化 交通事情

 日本は車の普及は遅かったです。
 昭和30年代後半だと、まだまだ、「自家用車」を持っている家は少なかったです。
 戦前はまだ自動車の時代とも言えず、戦後は敗戦から立ち直るのに時間が掛かりましたからね。
 昭和35年が1960年です。
 アメリカではモータリゼーションが花開き、ハリウッド映画でおなじみの、『アメ車』が走り回っていたのです。
 「ムスタング」なんてのに私も憧れましたからね。
 大学の頃、夏休みに帰ってきても乗れる車は無いし、知り合いの自動車修理屋さんの社長から「ヒルマン・ミンクス」なんてのを借りて乗りました。

 そんな時代が、汽車やバスの時代だったのです。
 田舎にも人は一杯・・・熊野市でも3万人も居たのですからね。
 子どもが居る家庭がほとんどでしたから、折に触れて木本へ買い物に来たのです。
 道路が悪かったので、下北山村・上北山村の人も木本へ出て来たし、下北山の子どもは木本高校へ進学したのです。
 だから、木本の商店は元気でした。
 さらに、新宮はもっと広くお客さんを集めたので羽振りが良かったのです。
 木本でさえ「芸者さん」が居たのですからね。

 昭和30年代後半から様子が変わり出しました。
 紀勢線が全通して、便利になり、他所の人はもう木本には降りもしないし泊るなんて無くなって行きました。
 国鉄紀南線なんてバス路線も外され山間部は不便になりましたが、その頃から、男はみんな運転免許を取るようになってきましたね。
 はじめは「赤いエンジンのホンダカブ」だったのが「スーパーカブ」になり「ベンリー」だとかに乗るのが田舎の男の定番になって行きました。
 さらには、軽四輪なんて雨にも濡れず嫁さんまで乗せられるのが出てくると、山働きとか製材所で収入のある家ではどんどん購入しましたね。
 そうなると、もう、本数の少ないバスには乗らない人が増えましたし、田舎ですから、バス停で待っている知り合いまで乗せて木本へ・・・
 かく言う私も随分バスの営業妨害をしましたね。

 その後でブームになったのが「移動販売」です。
 毎日決まった時間にスピーカーから音楽を鳴らしながら、集落を回る1トンクラスのトラックが登場したのです。
 魚に野菜にパン・・・魚肉ソーセージにインスタントラーメン・・・頼まれれば木本で仕入れてきてくれるので雑貨まで揃うようになりました。
 便利になって、個人で買い物に行く回数が減りました。

 その頃から始まったのが「通信販売」です。
 今ほどでは無いですが、「服」「靴」が農協の購買部や木本まで行かなくても揃うようになりました。
 ますます、木本へ行かなくても・・・
 これも、目に見えない形で木本や新宮の商売人にこたえてきて筈です。
 そう言えば、農協のことを「こうばい」と呼んでいたのは「購買部」だったのですね。

 そして、「宅急便」の登場、郵政民営化です。
 「荷物は明くる日に着くものだ。」なんて、世界でも類を見ない流通システムが出来ちゃったのです。
 それを受けて、通信販売が一気に普及しましたね。
 今ならベビー服から棺桶まで買えるでしょう。
 一日中、宅急便と郵便さんは走り回っています。
 さらに、町中の配達を請け負った地元の人も忙しそうです。
 あの荷物の数だけ他所での買い物なんです。
 私も地元で売っていないカメラ関係やパソコン関係は良いにしても、買えると思われる物も通販で取り寄せちゃいます。
 明くる日の朝、玄関に届いちゃいますからね。

 この様に、家から出なくて済む生活様式が定着しちゃいました。
 昔は町の生活が便利で田舎は不便だったし、田舎の人は町に買い物に来ていたのですが、今は離島以外なら同じように通販で買えば配達されます。
 色んな要因の中で、この部分が目に見えないのに大きく働いていると思います。
 もはや止めようもないですしね。
 価格競争も個人商店では勝ち目が無いです。

 それでも、生鮮食品などはまだまだ需要はあるのです。
 需要が細っているので、移動販売もほとんど廃業しちゃっています。
 人の命のかかった仕事ですから、自分の都合で休むことも出来ない・・・
 週に二回ほどで良いはずですが、何とか復活させて維持できるようにするのが行政の役割でしょう。
 「個人の商売に荷担は出来ない」なんて言ってる時ではないはずなんです。

 町の商売人に「共同配達」を25年ほど前でしょうか、提案したこともありますが乗ってきませんでした。
 まだ、ピンと来ていなかったようです。
 4年ほど前には市にも提言しましたが乗ってきません。
 オンデマンド・乗り合いタクシーも利用できない人も増えてくるのですけどね。
 「買い物弱者」ではなく「買い物難民」が発生するでしょう。

 たまには町に出無くては・・・
 オンデマンド・乗り合いタクシーも、もっともっと使いよい物に変えて行かなくては・・・
 市内どこからでも同じように・・・
 採算など合うはずがないのですから、行政も思い切らないと・・・
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by je2luz | 2014-09-24 05:34 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 23日

熊野の旅 熊野市のバス路線事情

 熊野市駅の列車事情などを書きました。
 それだけでは交通事情を書いたことにならないので、バスの外部との連絡路線についても載せます。
 国道42号線が改修されてから、列車に対抗して三重交通が「南紀特急・なんとつ」のバスを走らせ始めました。
 一般国道を走るのですから、結構時間は掛かったのですが安いし、停留所の数も多いのでそこそこ利用者が居ました。
 しかし、元々小さなパイを奪い合うので、JRも三重交通も儲かるなんて状態では無かったでしょう。
 その後、名古屋行きが走り出して、今は南特がへって居るようです。

名古屋行き特急バス 5:07 6:07 7:07 8:08 10:07 12:07 14:37 17:37、
    上りは以上8本が名古屋駅まで走っています。
    下りは名古屋を08:10 から 20:00 まで8本です。
 この路線、名古屋発の最終は地元向けでしょうね、熊野市着24:00 です。

津・三重大行き 6:15 8:15 16:52

池袋・大宮行き 20:40   
   池袋発   21:40

 熊野古道シャトルバスなんてのが走っています。
 一応、ツアーバスですが、日帰り古道歩きツアーでお一人様から出発です。
 出発は名古屋太閤通口 08:00 です。
 色んなコースが用意されていてここに書くにはややこしすぎますから、リンクを張っておきます。
 お一人様でも出発できるのは、人気があるからでは無く自治体からの補助金があるからです。
 乗ってこられる方は、なるべく、こちらでお金を使って下さいね。
  http://www.kumanokodo-bus.jp/bus_schedule.html

 この様に、外との連絡は列車と同じ位走っています。
 しかし、東京行きを含め、座席が一杯になるのは盆・正くらいです。
 バスの方が安いというので、元々多くも無い客を奪っているようです。
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 他には国道42号線を走る、新宮行きの路線もありますが、この路線。昔は15分に一本走っていたのですが、今では普通の時間帯は一時間1本、通勤通学時間一時間2本になってしまっています。
 他の路線は三重交通が走らせているものと、熊野市が三重交通に委託して居る路線があります。
 一日2本とか・・・なんだか週に一回なんて珍しいのが五郷・湯ノ谷に向かって走っているのだとか聞きます。
 今月末までは「福祉バス」なんてのもありますが、10月からは紀和町内も乗り合いタクシーが走るのでそれはなくなります。
 市民の足の確保は補助金をいくら入れ手も足りないほど厳しいのです。
 でも、観光客・遠来のお客様用には土日は市民用乗り合いタクシーを止めて、観光用専用にします。
 更には、拠点間のバス路線がないからと言って、専用のバスも走らせます。
 勿論、赤字度外視で走らせます。
 すごく外面の言いトップですね。

 地形が複雑で、観光スポットも散在して居ますから、すっきりと表すなんて難しいですね。
 勿論、「時刻表」なんかには載りません。
 マニアでないと分からないのが実情でしょうね。

 マニアと言うもの・・・
 騒ぐ割りに客になりにくい・・・
 例えば、「日本一長い路線バス」などと言われて、何度も何度もテレビでも放送された、新宮発奈良行きのなら交通のバス・・・
 お客が居ないから廃止なんですよね。
 あれだって、維持するのに沿線の自治体などはどれほどの補助金を投入したやら・・・

 生活維持の交通体系に金を入れるのか、よそ様に遊んで貰うのに金を入れるのか・・・
 「ゴミとションベンだけ残す」とまで言われることのある観光客も多いのです。

 わがらの郷土を見て欲しい・・・
 「どうじゃ! ええとこじゃろが!」
 「まあ ゆっくりしてけや!」
 「茶でも飲むかえ?」
 みんなからそんな声が出る位の余裕が欲しいですね。

 役所がそんなによそ様に気を使わなくても、みんなの心に余裕を持たせてくれたら。ちゃんと出来るのにねえ・・・

      

  

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by je2luz | 2014-09-23 04:43 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 22日

熊野の旅 熊野市駅の現状 2

 昨日に引き続いて熊野市駅の置かれている現状です。

 駅前に関し、一昨日書いた左側で「廃業中の飲み屋さん」と書いた店は、経営者・看板が変わって「飲み屋さん」が出来ています。
 今度は右側ですが、最初の角地は、元駅前食堂・旅館だった建物ですが、今は熊野市のもので「有限会社熊野市観光公社」が入っています。まあ、観光案内所も兼ねています。
 次が昔からある「駅前食堂」でめはりやサンマ寿司も食べられます。そして、隣が「ミカン屋さん」で、熊野の人が贈答用に発想する時によく使う店ですが、いわゆる、「店作り」にはなって居ません。
 それから右に掛けては空き地、空き事務所、「弁当屋」「移転してしまった寿司屋」、」眼鏡屋」「空き家」銀行」「CATV」ですね、
 向かい側、駅のサイドは「お菓子屋」「文化会館」「廃業した旅館」「散髪屋」「「土建屋事務所」「パーマ屋」「雑居ビル」かな?
 この様に、現在営業中の店は非常に少なくなってしまっています。
 駅に人が居ないのですから、いわゆる「駅前」と付く業種も駄目になっています。
 ほとんどのローカル線駅前はこうですね。
 昔は、『特急停車駅でなくても駅前食堂の一軒位はあったものです。
 準急でも停まれば大したものだったのです。

 今の熊野市駅のダイヤは
 下り新宮方面行きは、朝5時15分熊野市駅始発の各駅停車に始まって、22時53分の特急ワイドビュー南紀7号までです。
 各駅停車が10本、定期便の特急が4本です。
 17時間半で14本です。
 まか不思議なのは最終の特急が着いた時には各駅停車が発車してしまっているようです。
 最終で帰ってきた有馬から先の人は迎えに来て貰うかタクシーか・・・
 
 上り亀山方面は、朝4時48分熊野市駅始発の各駅停車亀山行きから、21時46分発各駅停車紀伊長島行きまでです、
 各駅停車が11本、定期便特急が4本です。
 17時間で15本です。
 各駅停車ですら毎時一本とまで行かないのです。
 上下合わせても一時間に1.6本です。 それでも満員ならねえ・・・

 列車編成は各停が2両とか・・・特急が4両編成が基本だと思います。
 鉄道は小回りが利かないので利用はしにくい面もあります。
 田舎ではうんとお年寄り以外は一軒に一台の軽四輪が生活スタイルです。
 だから、汽車にもバスにも乗らない・・・
 でも、運転できなくなると・・・

 この運行状態で地元の人も乗らないのですから、「駅」と「乗客」を相手に商売は成り立ちません。
 熊野市駅はそれでも町の中にあるし、市役所も図書館もあるので格好は付いています。
 そして、県立木本高等学校があります。
 熊野市としてはこの木本高校を大事にしないと、乗降客無しの駅になってしまいます。
 競合する県立紀南高等学校は戦後の高校進学率が上がった時に作られた物ですが、木本高校の方は戦前の旧制木本中学校と旧制木本女学校が戦後の学制改革で高等学校になった歴史もありますから、存続競争には有利なのです。
 それでも、生徒さんに「木本高校へ行きたい」と思わせる学校と、町にしないといけません。
 何しろ、見込める生徒さんが南郡を合わせても200人とかになってしまうのですからね。
 「生めよ、増やせよ」が通用する時代ではありません。

 ものすごく混むと思っている花火の日でも。今年なんかは利用者が9500人を切っているのです。行き帰りを合わせても2万弱・・・この数字は普段の近鉄桑名駅より少ないのです。
 田舎だと思う名張でも近鉄名張駅と桔梗が丘を合わせると花火の日より多いのです。
 これが一寸した駅の平常な乗降客数なんです。
 それでも、今の時代駅前って大変なんですからね。
d0045383_2154799.jpg

 「集落統合」が必要な時代ですが、「商店集約」もやらないと駄目でしょう。
 今走り出した、オンデマンド交通体系が機能するにしても、今のように歯抜けだらけ、飛び飛びのお店では客は回れません。
 このさき、スーパーもホームセンターも引き上げる時代が来ます。
 人口が半分になったら今の大手の床面積は維持できません。
 その時までどうして地元商店を残すか・・・
 先の読み過ぎでしょうか?
 市営の土産物屋では無く、市営の食品店をやらなくてはならない時代が来そうです。
 その時代までは私は生きられませんけどね。
 でも、布石を打っておかないといけないのかも知れません。

      

  

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by je2luz | 2014-09-22 04:50 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2014年 09月 21日

熊野の旅 熊野市駅の現状

 熊野市駅の駅前の記事を載せましたが、少し前、駅構内のキオスクがなくなったことも載せました。
 熊野市駅の待合室は大きくないです。
 今は連絡バスへの乗り換え乗客が居るでも無し、昔のように一時間も前に駅に来て待つ・・・なんて人も居ませんからね。
 乗降客が極端に少ないですし、列車の本数も少ないですからキオスクが維持できなくて当たり前です。
 駅前には一応コンビニと本屋がありますから、キオスクの商品とダブっていますしね。
 駅弁を置いて売れる駅ではありません。
 昔の一時期、新宮の駅弁がここに置いていたようにも思いますが、駄目だったのでしょうね。

 6月頃キオスクがなくなったのですが。今度は、「駅うどん」が無くなるそうです。
 この経営も新宮の駅弁屋「丸新」さんだったはずです。
 今でも看板には「丸新」のマークがあります。
d0045383_2055581.jpg

 「丸新」は新宮の駅前にある駅弁屋さんで、昔、東宝の映画「駅前シリーズ」でモデルになりました。
 森繁久弥、三木のり平・・・そして、丸新のお嬢さんが新玉三千代さんでした。
 実物の丸新にお嬢さんが居たかどうか、美人だったかどうかは知りません。
 映画は見ました。
 紀勢西線が蒸気機関車だった時代で、湯川の手前「夏山・なあさトンネル」が難所として扱われていました。
 新宮駅は紀勢西線と紀勢東線の連絡駅でしたから大きな駅でした。
 駅舎と駅前は昭和30年代に整備されて、今では中途半端に近代的なもので、味気ないですね。

 熊野市ではとても駅弁屋は出来ないし、うどん屋さんも地元で出せる・・・国鉄に食い込める・・・業者もなかったのでしょうね。
 私も何度か食べましたが、近年では地元の人が簡単に食べられるうどん屋として利用はしていましたが、繁盛はしていませんでした。
 座席数10個も無い小さなカウンターだけですし、ホームで食うような時代じゃないですしね。
 閉鎖もやむを得ないでしょうね。
d0045383_20123093.jpg

 熊野市駅のトイレはJR(国鉄)の許可を貰って、熊野市が設置しています。
 前回の工事も難物だったのですが、今回も結構手こずっての改築になって居ます。
 一応、男女別になって居ますが、非常に小さなものです。
 普段の駅の利用者数から言えばこんなものでしょう。
 それでも、狭いとか言われますね。
 隣の交流センター、図書館が開いている時はそちらのも自由に使えます。
 普通の駅で歩き回るより、そちらに行っても近い位です。
 とにかく、国鉄時代から駅とか線路に関わる工事の許可は大変なのです。
 ファミリー企業がついて回りますし、それ以外の業者がやるとなれば・・・
 一般には余り知られていない事情があります。
 なにしろ、汽車にはねられたら、はねられた人が弁償しなくてはならない世界なんです。
d0045383_20141520.jpg

 キオスクの消えた熊野市駅待合室です。
 今はコインロッカーも無いのかな?
 無人化できないから駅員が居るという感じで普通の時間は窓口が閉まっているほど暇なんです。
 確かに、大事な足なんですが、もはや「足」に過ぎなくなっています。
 盆正くらいしかこの駅を見ない人にとっては、サービスが悪いと言いたいでしょうが、営業できなければ消されちゃいます。
 そして、これがローカル線の現実です。
 線路を外されなかっただけ紀勢線は恵まれています。
 次に合理化の嵐が吹く時まで乗降客を残さなくては・・・
 高校を存続させないといけませんね。

      

  

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by je2luz | 2014-09-21 05:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)