LUZの熊野古道案内

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2014年 03月 31日

熊野の旅 かひ無く灯る 灯こそおしけれ

 昨日は午後3時から夜まで、「熊野が好き祭り」なんてイベントが、旧オークワ跡地でありました。
 先週、この記念通りでは「イコライ祭り」があったのに、合流せず・・・
 夜になってから覗きに行きました。
 写真のデータを見ると、19時頃からです。
 人出は、こんな物かなという程度でした。
 ここを使ったイベントでは一番少なかったかな?

 祭りの趣旨は、高速道路完成一億円キャンペーンで作成したテーマソング、「熊野が好き」とか言う歌の披露を兼ねた物のようでした。
 その歌の他、子供の太鼓や色んな物がやられたようです。
 私が言った時には、その歌は終わっていましたね。

 出店の数も少ないし、記念通りを歩く人も少なかったです。
 雨上がりなので木本小学校運動場を駐車場に出来なかったのですが、そばにすんなり置ける程度の車手でした。
 この旧オークワ前は小学校の正門の所に「祝 高速道路開通」とかの文字と、LEDによるイルミネーションがされています。
 平成25年度の予算1200万円掛けた物です。
 イベントがあっても閑散としている記念通りをさみしく照らしています・
d0045383_23501151.jpg

 百人一首をもじりたくもなります。
 たしかに、「これによって観光客の増加を図ります」と市長が言ったのですけどねえ・・・
 今時、これしきのイルミネーションでは観光客が来るはずは無いですよね。
 地元の人だって喜ぶはずも無し・・・
 この辺はオークワが移転しちゃって人が来なくなっているのです。
 下の写真には店があった時の名残で街灯のスポンサーで「オークワ」の看板が見えています。
d0045383_2356648.jpg

 白色のLEDでは無いので、今満開の夜桜も変な色になっています。
 この照明は平成25年度予算ですが、すでに成立した平成26年度予算にも計上されています。
 今日で年度末、4月1日からは次年度予算です。
 海山ー長島間も繋がるし、タイトルは高速完成で良いのかな?

 
  
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by je2luz | 2014-03-31 05:39 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2014年 03月 30日

熊野の旅 今年度最後のイベント? その先には・・・

 年度末押し詰まった時のイベントです。
 記念通りの旧・オークワ跡地で「熊野が好き祭」なんてのがあるようです。
 商工会議所青年部な主催だそうですが、先週。この通りでは「いこらい市」があり、同じ日に本町で「餅つきイベント」があったばかりです。
 なのに又々・・・
 イベントのプログラムは新聞に出たけど、背景が不明です。
 結構大きな事やるようですが、ひょっとして高速道路完成記念一億円の一部?
 何も書いてないから違うのかな?
 もしそうなら、きちんと謳うはずですね。
 後日確かめてみます。
 ちょっとタイミング的にきな臭さも感じますけど・・・

 「年中イベントをやって居る町」なのですが。又々、内向きの物ですね。
 神田のおじさんなのかな?
 「お祭り騒ぎが大好きで・・・」
 エネルギーの使う方向が違うように思うのは私だけなのかなあ・・・

 外は夜の雨です。
 明日は午前中で止むとか・・・
 イベントは3時からだそうですから止んでいるかと思います。
 それより、普通の人が楽しみにして居る花見の方が雨にたたられそうです。
d0045383_0143414.jpg

 尾鷲熊野道路・高規格道路延長の地質調査費で1億円予算が付いたようです。
 部分開通のお祭りで消えちゃったお金で地質調査が出来るんだそうです。
 延長計画は6.7Kmです。
 これで、熊野市をバイパス・横断しちゃいます。
 トンネル3本かな?
 やる気になれば直ぐ出来ちゃいますね。
 熊野市も通過都市に・・・

 その前に、尾鷲から先が全部供用開始になります。
 明日の夕方には走れるのかな???
 尾鷲市内数キロだけ降ろされますが、これは尾鷲市が拒否して止っているからですが、すでに、逆らえなくなって着工が決まりました。
 5年ほどで尾鷲市が一足先に誰も降りない町になっちゃいます。
 4月には海山も紀伊長島も静かな町になります。
 通過する車が国道42号から消えますからね。
 こうして。次々と町の灯が消えて行きます。

 自分が走ることを考えれば、途中で降りるなんてほとんど考えないことがわかると思うのですが・・・
 中央高速の途中には一杯見所があります。
 あなた方、そこに降りようと思いますか???
 東名高速の途中には三保の松原や浜名湖なんてあります。
 そこに降りたことありますか?
 東海自動車道や北陸自動車道が出来て加賀温泉郷や永平寺がが近くなったけど、行きましたか?
 数少ない来客数で成り立つようにしないと駄目なんです。
 もうすぐ、日本の人口が1億を切り、8千万に向かうのです。

 
  
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by je2luz | 2014-03-30 05:37 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 29日

熊野の旅 乗って残そう紀勢線

 タイトルのようなキャッチフレーズ・・・
 「乗って残そう紀勢線」  なんてのが、あちこちで目に触れた時代があります。
 国鉄合理化、廃線やら第三セクターへの払い下げの計画や噂が飛び交った時代です。
 紀伊半島の海岸線をネックレスのように縁取った、『紀勢西線と紀勢東線』そして、繋がってからの『紀勢本線』なのですが、全通しても黒字なんかにはなりません。
 合理化の対象になり得るというので、こんなキャッチフレーズで存続運動が始まったのです。
 その頃には、国道42号線は矢ノ川峠越えが大又トンネルと矢ノ川トンネルの完成で大幅に短縮され、全線二車線改良されました。
 1970年頃ですね。
 道路が良くなれば自動車がのさばります。
 バス会社も「南紀特急」なんてのを走らせて、南紀と松阪・津を結びました。
 鉄路とは少し違うルートを走る道路ですから、人によってはそっちが便利だったのです。
 客の奪い合い・・・
 共倒れ状態です。
d0045383_991011.jpg

 この「乗って残そう紀勢線」の運動は、住民?を巻き込んでの陳情運動もやって居ました。
 そこで生まれたのが、ブラックユーモアみたいな光景です。
 「乗って残そう紀勢線」のご一行様がバスを仕立てて津や名古屋へ陳情に・・・
 本数の少ない紀勢線の列車では、思う時間に行って、思う時間に帰れない・・・
 陳情先に行くのも現地で大変・・・
 ローカル鉄路の限界もそこには出ていました。

 その前には、「紀勢線近鉄に身売り」なんてのもささやかれました。
 「買ってくれるのなら売っちゃえば!」と私なども思いました。
 私鉄の方がサービスが良くて安い・・・
 そんな状況が大阪・名古屋・伊勢の近鉄路線では起きていましたからね。
 それに、近鉄は伊勢湾台風の頃にほぼ全線「標準軌」改良をしたのですから、近鉄になれば標準軌化して時間短縮が期待できる・・・と言うのもありました。
 でも、売らなかったのか、買わなかったのか・・・

 国鉄民営化で、新宮から和歌山方面は『西日本旅客鉄道』、鵜殿から亀山方面は『東海旅客鉄道』に分割されました。
 「西日本旅客鉄道」は電化しても、「東海旅客鉄道」は気動車のまま・・・
 相互乗り入れも出来なくなりました・
 東海の気動車は西に入れても、西の電車はこちらに来られません。
 ダイヤも乗り継ぎをあまり考えていないようだし・・・

 さらに、高速道路、高規格道路も紀伊半島に降りてきました。
 ますます、旅人が分散されました。
 鉄道も一般国道も高速も・・・
 それぞれが閑散とした光景になりそうです。
 どれも勝者無し・・・
 
 
  
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by je2luz | 2014-03-29 09:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 28日

熊野の旅 鉄路復権なるか?

d0045383_23382812.jpg

 ワイドレンズで撮ったので、すっきり広々した光景ですね。
 紀勢本線熊野市駅前です。
 かつては紀勢西線の終着駅「紀伊木本駅」として、賑わった駅です。
 ここから先は時代によっては巡航船で、少し下ると、「国鉄紀南線」というバス路線で尾鷲に行くことになっていました。
 新宮方面からでも北に向かうには一旦ここで汽車から降りなくてはならなかったのです。
 終着駅、乗り継ぎ駅・・・
 全国あちこちにそんな所があり、それなりに田舎でも賑わったのです。
 不便だからこそ栄えたのです。

 汽車だって特急なんて田舎は走っていませんでした。
 だからたっぷり時間を掛けて旅をしたのです。
 そして、途中で泊ったのです。
 紀伊木本駅に降りる人のために、木本と井戸には一杯旅館があったのです。
 駅前周辺だけで5軒くらい、 町中にも7・8軒はあったでしょう。
 巡航船は夜走らないし、少し時化れば欠航しますから、嫌でも泊る、泊ると暇だから一杯飲む・・・
 大井川の渡しじゃ無いけれど、人の災難は稼ぎ時だったのです。
 矢ノ川峠をバスが越えるようになっても、2時間40分の悪路のバスですから、2時間40分掛かったのです。
 連絡バスと言っても、難行苦行・・・くたびれたり、連絡が無かったりでやっぱり泊る人が多かったのです。
 良い時代だったようです。

 紀勢線が全通し、紀勢西線・紀勢東線という呼び方が無くなった時から、この駅の斜陽化は始まったのです。
 華々しく祝ったすぐ後から町に入る他所の人は実質減ったのです。
 鬼ヶ城だって、バスを走らせたけど、乗客は乗ってくれなかったですね。
 ここが目的の人以外は汽車から降りませんからね。
 私などは、全通後すぐに東京に出ましたから、すごく便利にはなりましたけどね。
 夜行寝台に乗れば寝ている間に東京まで運んでくれるようになったのですからね。
 この頃から高校卒業後の進路方向が変わりました。
 大阪・関西への進学と就職が減って、東京に向かいだしたのです。
 私の学年はそのはしりですが、半分くらいは東京の大学になりましたね。

 二十年ほど前かな?
 紀勢東線だった尾鷲以北の細い線路と広い枕木を改良して、いきなり名古屋との間を30分あまり短縮したのは・・・
 早くなったので、こちらの人は便利になりましたが、時代は自家用車時代に入っていたので、旅客は増えず・・・
 その時も、田舎ではすごく期待したんです。
 
 高規格道路も同じですね。
 すごく早くなったから・・・
 今の所そんなに車は増えては居ませんね。
 朝晩の通勤時間を除くと、我が家から国道42号線にすんなり出られますからね。
 
 もうすぐ、この高規格道路が伸延されます。
 今は熊野の入り口、大泊で降ろされますが、伸びると熊野の出口久生屋・金山で降りることになり、合流する国道は311号線です。
 この道路は二年くらいで本宮まで二車線の道路になります。
 つまり、観光バスなどは、古の熊野詣の順路通りに、伊勢道から本宮道ルートになって、まっすぐ本宮に向かうでしょう。
 よほど奇特な計画で無い限り、わざわざ引き返して鬼ヶ城には来ないでしょう。
 残念ながら、高速道路を走ってくる人間の心理はそうした物です。
 一時間短縮したからって、途中で一時間道草はしないんです。
 東京見物に行くのに、昔より早いからって、静岡や沼津に寄りますか???
 
 続きがあるのですが長くなるので・・・

 
  
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by je2luz | 2014-03-28 05:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 27日

熊野の旅 熊野の土塀

 熊野・木本界隈はお城も無かったので、武家屋敷もありません。
 古い町につきものの、お屋敷が無いのです。
 そして、そうした町につきものの「塗り壁」が少ないのです。
 間口の狭い京都のような作りですから、土塀も少ないですね。
 白い漆喰、黒い壁、なまこ壁・・・ないですね。
 ちょっと郊外?になると、石垣がやたらと目につきます。
 石垣島のように台風の風よけでもなさそうなのに・・・
 泥棒除けでもないし・・・

 そんな木本で少し目立つ塀は写真のものでしょう。
 この式の、土塀の土の部分に自然石をいっぱい埋め込んだものがあちこちにあったのですが、大体、隣の屋敷との境界にあるのであまり見えないんです。
 ここは隣に家がないので見えちゃってます。
 上塗りをしないで耐水性を持たせるのにこんな風にしたのでしょうかね。
d0045383_0111123.jpg

 これは「旧奥川亭」・・・「紀南ツアーデザインセンター」の物です。
 現存する木本の家では一番上等の物だと思われます。
 そして、この奥川さんは伊賀上野城の再建の時、材木一式を寄進したと言われる豪商だったのです。
 ここに立ち寄ったらついでのこの屋敷の周りと見れば、この壁が家の側からも見られます。
 見える側も取り立てて飾っていません。
 土の部分で無い、石垣はきちんとしていますけどね。
 
 「旧栃尾邸・笹九本店」・・・「おもてなし館」もこんな壁があったのですが、一部壊しちゃいましたね。
 これが木本なのにねえ・・・
 熊野市役所がそういう、感性ゼロなのも悲しいです。

 
  
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by je2luz | 2014-03-27 05:55 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 26日

熊野の旅 これも文化財級・・・

 昨日の木本役場のすぐそばに、もう一つ、大正・昭和の記念物があります。
 一時期は事実上建てられなかった、「木造三階建て」です。
 耐震性が弱いと言うことで、町中では建てられなくなっていた物です。
 木本には二軒だけ残って居るのかな?
 その昔、明治から大正、昭和の初期までは、各地の旅館や料亭で盛んに建てられた物です。
 確かに、不安定だとは思いますが、この建物だって、昭和19年の東南海地震には耐えた物です。
d0045383_23494699.jpg

 この建物も旅館に使われていたと思うのですが、今は完全に締め切りになってしまっています。
 割合と湿気の少ない場所とは言え、閉め切った建物は傷みよいのです。
 かと言って、こんな大きな建物を風通しのために開けるってえのも、並大抵のことでは無いですね。
 私など二階の窓を開けに行くのも面倒なのですからね。

 と言う事で、この建物の保全も難しいでしょう。
 町中には、明治・大正・昭和の香りを漂わせる建物ってある物です。
 それがずらりと並ぶと、ムード満点・・・観光資源になるのですが、残念ながら木本は私が子供の頃からそうし建物が並ぶ町並みでは無かったのです。
 本町通りは古い商店街でしたが、大店や造り酒屋が軒を連ねるような物ではありませんでした。
 一枚一枚は小さなガラスのはまった木の戸がはまった店で、閉店すると白いさらしのような布のカーテンを閉めたのが標準的お店でしたね。
 いま、そのまま残って居るのは、商工会議所前の茶碗屋さんだけかな?
 町並み保全する物なら良いのですが、何しろ、バラバラに点在するので目を引きません。

 木造、モルタルとか木骨コンクリート?なんてので建てられていた。和製洋風建築は老朽化、シロアリの害がひどくて、ほとんど残って居ません。
 私の記憶にあるのは三丁目の歯医者さんですね。
 
 やっぱり、街並み、家並みとならないと駄目ですが、今更作り出せる物では無いです、
 いや、長野の小布施なんかは作った街並みで観光客を呼んではいるけど・・・
 信州だとか木曽、飛騨ってえのは、日本人に田舎のイメージに合うんですよね。
 紀州は半端なのかな?

 
  
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by je2luz | 2014-03-26 05:41 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 25日

ちょっと予告を・・・

 4月13日告示 4月20日投票日で 熊野市議会議員選挙があります。
 合併後の解散というのがありましたから、ずれちゃって、普通の統一地方選挙より一年早くなっています。
 昨年の選挙法改正で選挙中もブログの更新が可能になりましたが、私の場合、スマホからの更新などありませんから、いつも通りにはアップできない可能性があります。
 http://plaza.rakuten.co.jp/je2luz/
 こちらの方は、古道関係だけでは無く色んな物を書いてきていますので、選挙中はそちらの方が優先されると思います。
 こちらの更新が無い時はそっちも覗いてみて下さい。
 あまり生臭い記事は書きませんから・・・

 
  
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by je2luz | 2014-03-25 22:24 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 25日

熊野の旅 熊野市文化遺産 なんだけどなあ・・・

 どこにでも、その町の歴史を表す建造物がある物です。
 世界的に価値があると認められると、「世界文化遺産」なんてのに指定されます。
 国内では「国宝」「文化財」などになって居ますね。
 熊野市でも色々指定されています。
 私の手元にも「熊野市の文化財」 熊野市教育委員会 と言う本があります。
 平成2年の発行です。
 編集スタッフは委員長の岡本実先生をはじめとして、懐かしい名前も見えます。
 鬼ヶ城(附 獅子岩)なんて天然記念物も入れて74載っています。

 これに含まれない物でも、文化財的な物は結構あります。
 こうした物に指定されると、持ち主は不自由になることも多いです。
 改装もままならず・・・
 でも、残せる物なら・・・という物もありますね。

 木本にはさほど古い建築物などありません。
 元々立派な家屋敷など無かったみたいですし、台風などの災害も多いところですから尚更なんでしょう。
d0045383_2351138.jpg

 このカラー金属板張りの壁の建物は「旧木本町役場」です。
 今は個人商店ですが、二階部分内部は昔の姿を残しています。
 少し前までは、横張の羽目板を張った建物でした。
 出来た時はハイカラだったと思われます。
 老朽化してこうした金属板で張り替えたのですが、木のドイツ羽目板的な壁で残したかった建物です。
 とてもじゃないが個人でそんな割高なことで来ません。
 そんな時に補助制度を作ってあれば・・・
 本町筋でもそうしたケーズがありますね。
 これからも起きてきます。

 「おもてなし館」などには惜しげも無く公金をつぎ込むのに・・・
 地元の人の目には、「笹九本店の建物をぶっ壊して。訳のわからない物を作った」と言われる改造なんですけどね。
 日本嫌い、イタリアかぶれ???
 熊野市ってそんな町では無いし、市民がそんな気質でも無いんですけど・・・

 
  
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by je2luz | 2014-03-25 05:36 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2014年 03月 24日

熊野の旅 上天気 イベントは成功に見えたが・・・

 「餅つきイベント」と「いこらい市」・・・
 そして片方では金山という別の場所で「スーパーカー」のイベント・・・
 この小さな熊野市で、全部、役所も噛んだイベントです。
 リスク分散じゃあるまいし・・・
 見込み客の分散を図っています。
 イベントも数打ちゃ当たるってえものでも無いでしょう。
 まさにイベントをこなすため?
 一億円キャンペーンの予算をこなすため??

 主催者のつぶやきみたいなのの中に・・・
 「誰のため、何のためのイベントか、その結果、皆さんにどれだけ楽しんでいただけたか、地元商店がどれだけ潤ったか、そして費用に見合う結果が出せたのか」  と言うのがありました。
 私がいつも言っていること・・・ 
 主催者も自問自答しています。
 地域の娯楽、町内の福利厚生の催し物と、補助金まで入れて「活性化」などをうたい文句(口実)にした物では違うんですよね。
d0045383_026155.jpg

 イベントに人手を取られるから、お店の商品を売る算段が出来ない・・・
 これをきっかけに商店街に来るようになる・・・?
 地元ではそんなに知名度の無い通りでも商店でも無いはずなんです。
 そう遠くの町から来ている人もほとんど見掛けませんしね。
 じゃあ、何時売るんです?
 「今でしょう!」
 なんて流行り言葉を言いたくなりますね。
d0045383_0305234.jpg

 餅つきには商店とは関係ない本町通りの人が沢山協力していました。
 格好良い「ボランティア」なんて言葉は使いませんが勤労奉仕ですね。
 こんなのって、面倒くさいけど、飛び込んじゃうと面白い・・・
 この部分は、地域の和も出来るしすごく良いでしょう。
 その先が大変です。
 上の写真のようにお客さんの目を楽しませながら商売の一助にする・・・
 ずらりと出店が揃えば来た人も楽しいでしょう。
 それも、地元商店の商品で・・・
 そんなには売れないでしょうけどね。
 でも、次に繋がる細い糸は繋がるでしょう。
 でも、肝心の商店は手が一杯・・・

 と言う状態では、イベントがイベントのためのイベントに終わりがちです。
 こんな時、正義の味方、ご当地戦隊「イコライジャー」は出動しないのでしょうかね?

 
  
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by je2luz | 2014-03-24 05:15 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2014年 03月 23日

熊野の旅 今日は餅つき・いこらい市・イベント日

 連休最後の日
 熊野市はイベントだらけなんでしょうね。
 本町通りでは、先日予告した「餅つき大会」があります。
 これは昨日近所の人が集まって、道具の点検やら餅米を洗う手配をしていました。
 餅米はあらかじめ洗って水を吸わせておかないと蒸しても旨く行かないですからね。
 「せいろ」もアルミのを置いてありました。
 ムードは木の方が良いですね。
 薪で湯を沸かし・・・なんて時代じゃ無いですけどね。

 餅のイベントは10時から12時頃までです。
 そろそろ、本格的な準備が始まった頃です。
 覗きに行かなくてはなりません。
 手伝いで端無く野次馬ですけど・・・
 暇で近くの人は来て下さい。

 記念道理は昨日、幟が揚がっていましたから、「いこらい市」だと思います。
 大体中味はいつも通りかと思います。
 「イコライジャー」なんてご当地戦隊が見られるかどうか解りません。
 まだ、遭遇していませんからね。
 今はまだ3人かな?
 今度の予算で二人増えて、「ゴレンジャー」みたいになるはずです。
 私が遭遇すると退治されちゃうかも・・・
 さしずめ名前は・・・「バラスンジャー」かな?
 これを頼んだら人件費掛かるんでしょうね。
 地元持ちのイベントではきついかな???
 役所持ちでただ???
 基準が難しいですね。

 とりあえず、記事はここまでです。
 
 ひな人形巡りのラリーもやってるようです。
 子供向きですけど・・・
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by je2luz | 2014-03-23 09:12 | 熊野 | Trackback | Comments(0)