LUZの熊野古道案内

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2012年 10月 31日

熊野の旅 もし徐福本隊が上陸したら・・・

 徐福さんって、「秦の徐福」と呼ばれますが、実在の人物で、秦の始皇帝に命じられて日本に「不老長寿の薬草」を探しに来た人です。
 始皇帝は世界中にこうした薬草探し隊を派遣したとか言われますね。
 絶大な権力と財力で何でもありで試したとか…
 若い女性から若さを吸い取るなんてうらやましいのも試したとか…
 たどり着いたのが「水銀」だったとか…

 始皇帝が派遣したものですから、徐福さんの一行もものすごく大勢だったようです。
 東京オリンピック流に言うと、「大デレゲーション」とやらでしょう。
 そんな大部隊が波田須に上陸するのは困難ですし、大混乱になるでしょう。
 でも…
 「波田須・はだす」は「秦住む」から来たと言う説もあるくらいですから、「秦・はた・秦・しん」ですから、縁があってもおかしくないです。
 本体ではなく日本各地に調査に赴いた、旅団?師団?大隊?中隊?小隊?がたどり着いたのかもしれません。
 波田須に秦国人が住み着いたとしても、大昔のことなので秦国流の風習が残っていると言う風でもないですね。
 顔つきが違うでもなし…

 よく分からないところが良い所でしょう。
 いろんなことは意外に早く忘れられる物ですからね。
 伊勢湾台風も東南海地震も太平洋戦争もほとんど忘れられています。
 まして、天誅組だとか北山一揆などは名前も忘れられかけています。
 地元の英雄のはずの「多蛾丸」がどんな人で「坂上田村麻呂」が攻めてきた時はどんなだったかなども全く伝承されていません。
 郷土史研究家は知っているのかもしれませんが、熊野人一般は私を含め知らない話です。
 こんなのですから、始皇帝時代のことなど、田舎ではわかるはずないでっすね。
 でも、中国の方でも「波田須」は徐福に縁があるということになっているとか…
 なっているのか、させたのか???
 させたとしたら大した物です。

 ただ…
 波田須の「天台烏薬」は不老長寿の薬草でないことだけははっきりしています。
 徐福の探していた「天台烏薬」と今言う所の「天台烏薬」が同じなのかどうかも解りません。
 私も「天台烏薬」でも植えましょうかね。
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by je2luz | 2012-10-31 10:17 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 30日

熊野の旅 どうなったのでしょう 徐福利用

 熊野市には「秦の徐福」の言い伝えがあります。
 波田須に上陸したとか…
 「徐福の宮」と言う小さな神社もあります。
 そして、徐福は探していたと言う「天台烏薬」と言う潅木もこの辺にはあります。
 細々ですが、言い伝えを裏打ちする物もあるのです。
 何だか、昔々には何とか皇后とかがお参りしたとか使節をよこしたとか…
 そして、中国からも使者が来たとか…

 新宮には徐福の墓だかなんだかというのが駅前にあって、華僑の人たちが造ったとか言う、中国風のけばけばしい寺院もどきがあり、公園になっています。
 これが出来るまでは小さな街中の公園だったのですが今は目立ちますね。
 そして、新宮では「徐福さん」がちょっとしたマスコット扱いです。
 実在の人だけに「ゆるキャラ」にはなりませんけどね。

 近くにも徐福のだぶりがあるし、徐福伝説は全国あちこちにあるのだそうです。
 その中で、「熊野は本物!」と言われて??言って?きました。

 波田須の町おこしの一環として、この徐福さんを使おうと言うことで、予算も計上し、中国を訪問する計画が今年立てられました。
 折りしも、尖閣列島問題が起こったので取りやめになったようです。
 市長も9月議会の会期中だというのに議会には話も通さないで訪問する予定だったらしいですが、当然取りやめになりました。
 取りやめたことも当然のように議会にも報告はありません。
 もちろん、市民にあるわけもありません。
 「連休だから構わない」と言う筋の話ではないと思うのですが、ここのお代官様はもうお殿様か天子様になってしまったようです。
 天子様でも「民のかまどの煙」を気にされた方も居られたのに…

 まあ、この企画自体が例によって予算便乗視察旅行になる様相を呈していたようですから、出来なくて良かったのでしょうけど、こんなのって徐福が求めていた「不老長寿の薬」の効き目のように、不死鳥のように復活するんですよね。
 好き勝手に中国旅行しても「視察」と言うことの中に入れられるとか…
 地域に下ろされる補助金なので詳しくは私にも分からないのです。
 だから、熊野市民で知っている人も少ないのでしょう。
 
 まあ、それはそれとして…
 徐福さんを利用するとして…
 金を使いに行くだけだと意味が無いでしょう。
 中国には子孫の人たちがたくさん居るそうです。
 その人たちが、「先祖大人在波田須」とか何とか言ってやってきてくれないことには「村おこし」にはならないばら撒きで終わります。
 それでも、実施されていれば、役所的には観光振興の実績にはなったのでしょうね。
 年度末までに予算を使わないと具合が悪いからと言って、なし崩しに使っちゃう可能性もあります。
 来年の決算にどう現れるでしょう?
 予算規模からすれば小さなことなんですけどね。

 波田須では「天台烏薬」ではなく、「うこん」とか「レモングラス」とか言うものが栽培されるとか…
 「天台烏薬茶」てえのは新宮で売られていたような…
 けっして、不老長寿の秘薬ではありませんけどね。
 そんなのが薬草が実存し、紀州にもゆかりがあるとかの「八百比丘尼」のような何百年も生きるのがごろごろ居たのでは困りますね。
 でもあの人は自殺するまで若くてきれいだったのだとか…
 それでも、やっぱり困るでしょう。
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by je2luz | 2012-10-30 09:57 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 29日

熊野の旅 目には春 絵には秋 歩には冬 夏は?

 暖地で季節感の少し薄い南紀ですが四季はあります。
 ことに空や空気は正直に四季を反映します。
 私のように写真を撮っていると太陽の明るさも肉眼以上に季節の差がありますし、お日様の傾きによる陰の出方も違います。
 今の多くのアマチュアカメラマンは「花撮り」「ペット撮り」が多いようです。
 露出も全自動で今どんな組み合わせの状態かも気にしない人が増えているのだと思います。
 車もオートマでエンジン音も気にしないドライバーが増えたのですから世の流れでしょう。

 熊野古道などの写真を撮るには接写・近距離ではなく、遠距離のことが増えます。
 ものすごく「空気」に左右されます。
 肉眼では濃淡・陰影などは上手に補正して感じられるので、ほとんどかすかにしか見えない、春霞の向こうの山々、光り輝いてほとんど見えていない海の光景…こんなのもすごくすばらしく見えます。
 でも、こうした条件で写真を撮ると、何だかよく分からないものになることも多いです。
 白黒時代にはフィルターを使って少しでも補正しようとした物ですが、もはやそんなことが出来ることも忘れられています。
 デジタルもRAWで撮影しておいてパソコン上で操作すればかなり補正できますが、普通に撮ったのでは苦しいです。
 つまり・・・
 「春らしい景色」は写真は苦手な物になります。
 たなびく霞の向こうの山々、松原…やりにくいです。
 桜でも撮って置けば春ですけどね。

 熊野古道は峠越えで、感動的な眺めはそんなものが多いです。
 カメラ主体で歩きに来るなら、「秋」がベストでしょう。
 やはり空気が澄んでいるし、空高くかかる雲の「絵」になりよいです。
 目にはスカッとし過ぎているかもしれませんけどね。

 「ひたすら歩く」と言うお遍路さん型の人には、結構きつい坂道もありますから、「冬」が良いかもしれません。
 雪で歩けない…寒さで凍え死にそう…なんて熊野古道ではありませんからね。
 日が短いのが少し難点ですがね。
 
 残った夏は???
 ここは南国です。
 「暑い所へは厚い時に行け!」なんですよね。
 「らしさ」を味わうにはそれが一番なのですが…
 この南国熊野って、涼しいんです。
 ことに名古屋だ大阪だ東京だと言う都会の人にとっては涼しい所です。
 まして熊谷辺りから来ればクーラーの入った室内より涼しいはずです。
 熊野古道のある山際だと30度を越すときは少ないです。
 5度も8度も違いますからね。
 木陰で涼めば別天国ですが…
 それでも、峠越えは暑いですよね。
 峠の茶店も今はないし…
 
 入道雲と強烈な陰影…
 熊野の山々が力強く感じられる時期ですね。
 でも、カメラを引っ張り出す気力があればの話かもしれません。
 今の人は昔に戻ったようにカメラをケースに入れている人が多いですからね。
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by je2luz | 2012-10-29 10:01 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 28日

熊野の旅 何処も同じ

 雨がしとしと 日曜日
 僕は一人で あの子の帰りを待っている
 …

 覚えている人も居るでしょうね。
 かつて流行った歌ですからね。

 今日の日曜日、あちこちでイベントやお祭りが計画されていたでしょうね。
 比較的天候の安定した時期で、季候も良いですからね。

 熊野市では例によって記念通りでは「いこらい市」が大々的に???行われるはずでした。
 雨ですから中止だと思いますけどね。
 昨夜から降ってきたし、まともな雨ですから迷うまでもなかったでしょう。
 このイベントはかなり疑義のある物なので流れても見物人ががっかりするものでも無しかまわないとしても、生活の一部がかかっている催事系のお店は困るでしょうね。

 尾鷲では昨日から「熊野古道まつり」というのが始まっているのだそうです。
 もう。10回になる「東紀州最大級の踊りの祭典」だそうですが、よそ様のことなので知りませんでした。
 昔からある「尾鷲節コンテスト」とかではなく。今様の「よさこいソーラン」などを踊り狂う物らしいです。
 なんと、52チーム1200人ほどが出場するのだとか…
 その数だけでも会場は一杯になるでしょうね。
 そして、役所的には…大盛況、活性化成功…なのでしょう。
 尾鷲も同じ秋の昼時… なんてことでしょう。

 尾鷲良いとこ 朝日を浴びて
 浜で五丈の 網を引く ・・・

 なんて、悠長な物は受けないのかも知れません。
 それにしても・・・
 このお祭りの名前が「熊野古道まつり」とは・・・
 こう言うのはどこの発想も同じですね。

 それにしても…
 一家そろって小さな子供まで、一年中特攻服まがいの服を着込んで踊り狂う…
 
 おどれ おどれ どぶろく飲んで
 椰子の木陰で てくてく踊る …

 日本の将来を心配しなくて良いのでしょうか?
 受けを狙ってか、学校でもダンスをやるんだとか聞きますしね。
 まあ、歴史的にも「念仏踊り」で狂ったり「えじゃないか」で踊り狂ったり…
 そんなのが広がる時って、世の先行きが見えなくてやけになるときですよね。
 今って、どんなときなのでしょう?
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by je2luz | 2012-10-28 10:59 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
2012年 10月 27日

熊野の旅 物事の基本

 これも、「清流」の記事です。
 法律なんてどうでも良いという人が増えていますが、物事がうまく行くように定めるのが法律の基本です。
 本当に守られれば、社会も少しは良くなるはずなんです。

旧家の買い取り・商工会議所建て替え
 買い物するところもお店もないというのに…
 商工会議所では食品も買えませんね。
 誰のための組織で誰のための商売人なのか…
 町民・市民が困り、どんどん減っていっても、そんな組織だけは立派になって生き延びる…
 不思議な国・自治体ですね。
 
 関西に多かった「公設市場」という制度はもう無いようですが、同じ様な物は作れないものでは無さそうです。
 市民から遊離した金を使うのなら、本当に町の人に役立ち、町の人の生活を維持するために、お店を作って商売人に入ってもらえば良いでしょう。
 花の窟の茶屋も鬼ヶ城センターも大金ををかけた建物を「ただ」で貸すのですからね。
 個人商店に手を貸せないなんて言うのはおかしな逃げ口上なのです。
 市民のために最善を尽くすのが行政の役割なのです。
 法律にもちゃんと書いてあります。
 
地方自治法
 第二条 第14項
 地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。

地方公務員法
第三十条  すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。
 (この職員には市長・一般職員・議員などすべてが含まれるとされています。)

個人商店の助成は無理でも手はあります。
 個人商店に公金の助成は不可能ではなくても、しにくいものです。しかし、手はあるのです。
 協業化共同化という看板を掛ければ…協同組合とかにすれば可能なのです。
 近年、商店街のイベントにどんどん公金が入るのもその手法なのです。
 うまい手法など行政は積極的には教えてくれないでしょう。でも可能なのです。
 ただ…飛び込んで動く、やる気のある人が必要なのは確かですけどねえ…
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by je2luz | 2012-10-27 09:29 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 26日

熊野の旅 高齢者のためのニュース

 今日はWindows8の発売日だとか…
 私はようやく7に慣れてきたところです。
 こんな田舎でもEDIONがあるので、今日から店頭に8にパソコンが並ぶようです。
 ここではワープロ時代から普及が遅れているし、老人クラブでの講習会などもまともに行われませんでしたから、お年寄りでパソコンを触れる人は少ないようです。
 余分な出費をさせなかったとも言えるのかも知れませんけどね。
 そろそろ、今日の記事のような施設でも目線LAN位は導入しておいて欲しいですね。
 私が入所するならせめてそれくらいの楽しみは欲しいです。
 まあ、ぼけていなければの話ですけど…

 と言うことで「清流17号」からの転載です。

 ご存じかとも思いますが、飛鳥町大又の「旧大又小学校」の後に、老人ホームが出来る予定です。
 この学校の校舎は飛鳥では一番新しく、よく出来た物ですが、学校統合の時に使われませんでした。
 建てるときには。将来の統合に備えて設計したのですが。「点数が低かった」のだそうです。
 統合当時、申し訳ございませんが、私は議員でなかったので細かいところは分かりません。
 今度出来る施設は入所者数70人、ショートステイ10人という物です。
 熊野市の北部にはこうした施設がなかったので、「自分の家に少しでも近いところが良い」と言うお年寄りの希望に少しは応えられるようになるかと思います。
 冬は確かに寒いですが、部屋は暖めるのは簡単で、夏の暑さを冷やすのは大変です。
 暖房より冷房の方が体に応えますから、大又だからと言う心配は少ないと思います。
 校舎は内部の改装で、事務所やショートステイに使われ、入所用の建物は運動場を嵩上げして建てられます。
 屋内運動場は今のまま残して、公民館・避難所として使えます。
 新しく出来る施設には看護婦さんなどが常駐していますから、非常時には心強いかと思います。
 学校を老人ホームに使わなくてはならないのは寂しい話ですが、そのまま朽ちてゆく校舎が多い中で、そこで学んだ子供達の老後も見てくれるのはうれしいことだと思った方が良いかも知れません。
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by je2luz | 2012-10-26 09:47 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 25日

熊野の旅 木本堤防の今後

 下は三日前から配布し始めた「清流・16号」の記事の一つです。

 木本堤防は見かけ上は完成しておりますが、まだ、十分とは言えません。
 木本堤防には浜への出口があり、今は通常では開いたままになっています。
 しかし、東南海・南海地震が目前に迫ったと言われる時ですから、国の方でもこうした扉門は閉めておく方向に方向転換しました。
 何しろ、4・5分で津波がくるかも知れないと言われる紀伊半島ですから、いくらがんばっても地震が起きてからでは、閉めるのは間に合いません。
 高波の波なら入ってきてもその周辺の家だけが被害を受けるだけで済みますが、津波では水が入り続けるので、町全体が冠水、堤防の破壊にもつながるのです。
 そのために、昨年度の旧堤防撤去の条件に「浜からの避難階段」を入れてありました。
 浜に出ている人が避難できる階段なしで締め切ることは反対が多くて出来にくいからです。
 昨年は運悪く大災害が起き、土木工事が遅れましたので、この部分には着手してもらえませんでしたが、今年度から着手ことになりました。
 いつ起きるか予測できない地震と津波ですから、一日でも早い完成を要望しております。
 住民の安全、町を守ると言う観点からすると、今動き出した「修景工事」などは余分な工事なのですが、この中にも以前からの要求部分が盛り込まれるはずです。
 残念ながら、これの会議に私は入っておりません。
 会議のメンバーに入っていなくても、長年見てきた経験を生かして、役立つ堤防の実現に目を光らせようと思っています。
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by je2luz | 2012-10-25 08:31 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 24日

熊野の旅 秋の行楽シーズン

 秋の行楽シーズンってどの範囲なのでしょう?
 春はお彼岸からゴールデンウィークまででしょう。
 祝祭日ができてからは、「連休」なんてのが生まれ、勤め人も増えたので「行楽」がそうした「休日の多い時期」になっていったのでしょう。
 それ以前は、「桜が咲いたとき」「つつじが咲いたとき」なんてことで、地区によってずいぶんずれていたと思います。
 秋の方は、休みが増えてきたので、9月の敬老の日から11月の勤労感謝の日までくらいなのでしょうかね。
 日本は南北に長いので、桜や紅葉の時期が全然違うのですから、日にち優先にすると、様相がずいぶん違うでしょうね。
 もう、北の国ではスキー場の開業準備に入っているそうですからね。

 この辺りは、秋が見えにくいです。
 山間部は朝晩の気温差も結構大きいので「紅葉」があって当たり前なのですが、江戸時代にははじまったといわれる杉桧の植林が民家のすぐ裏から山のてっぺんまで進んで、雑木林がほとんどありません。
 海岸線は育林に適さない山が多いのですが、常夏とまではゆかなくても、雪も霜もないところですから、温帯性照葉樹林とかいう落葉も紅葉もしない木々が生い茂る雑木山です。
 どこでもそうですが、かつては雑木山は炭焼きに使われていたのですが、この辺では「椿」「うばめがし・バベ」などの固い常緑樹が大事にされました。
 「備長炭」は「うばめがし」ですからね。
 ということで、紅葉は転々と混じっているようなものです。

 食べ物の方では、落葉雑木林が少ないところですから。「キノコ狩り」なんて習慣のないところです。
 一つだけ出回っていた「マツタケ」は、戦後、松くい虫がのさばりだしたころに姿を消しました。
 半世紀前くらいから「マッタケは要らんかいのー」なんて売り歩くおじさんは来なくなっています。

 秋の味覚の代表の「さんま」もこの辺の沖に回ってくるのは、冬に入るころです。
 東京中心に語られるので、三陸や銚子沖に脂ののったものが回ってくるころの話になるのです。
 この辺では、いまは「さんま」と呼ばれますが、ちょっと前までは「さいれ」だったのです。
 どうして、「こうも簡単に「サイレの干物」「サイレの寿司」という、古来の郷土料理の名前を標準語化するのでしょうね?
 「サイレ」では「田舎くさい」と、思ったのでしょうか??????
 とんでもない譲歩だと思うのですけどね。
 自信のなさなんでしょう。
 こういうと、たぶん叱られると思いますが、深層心理的にはそうではないでしょうか?

 ということで、秋は探すものみたいです。
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by je2luz | 2012-10-24 10:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 23日

熊野の旅 超大型イベント

 もう皆さんはお忘れでしょうね。
 北海道で「食の博覧会」とか言うのがありました。
 大阪万博以来の博覧会ブームの中で行われたものです。
 そして、大風呂敷企画の大失敗の大イベントでした。
 北海道民一人頭、万の単位での赤字になりました。
 もちろん、建設関連の大部分を計算に入れない決算での話です。

 他にも四国仁尾町の「仁尾太陽博」も赤字でした。
 今の太陽光発電の走りの頃にやったやつです。
 そして、岡山と四国で一遍にやった「瀬戸内博」も失敗でした。
 三重県では「お祭り博」なんてのがありました。
 企画した知事がこれを見るまでということで続投したと言うものですが、これは表面上は赤字ではないと言われましたが、前売り券を三重県中で町内会、婦人会。老人会、役所内などで売りまくり、義理で買わせ、結局は見ずじまいという「ぼったくり商法」を展開して赤字にならなかったと言う県民迷惑博覧会でした。
 大きな町でも、「シルクロード博」と言う奈良の物も、この商法で見えない迷惑を県民に掛けました。
 
 こうしたものも、新聞やテレビでは賑やかな場面を探して絵を作って報道されました。
 能書きと大義名分はきちんと報道されました。
 一部の業者は儲かりました。
 公のことなので不払いが無く、補正予算とか債務負担行為とか地方債償還金などと言う形で、住民などの目には触れないままで埋められてきました。
 でも、人が三人寄れば喜ぶ人も居ます。
 「裏」など見ないで喜んでいれば幸せでしょうけどねえ…

 こんなのの繰り返しで、日本国はアルゼンチンやスペイン・ギリシャの先を行く財政状況なのですよね。
 そろそろ、「えじゃないか」なんて踊りが流行るかもしれません。
 「深刻」の度が過ぎれば「やけ」が表に出ます。
 「怒り」が「笑い」になっちゃうのです。
 すごくネガティブだと言われますが、数字はごまかせないはずなのですよね。
 私はそんなに先まで生きていませんが、責任は感じます。
 でも、先輩や同輩…若い人まで何も感じていないようです。
 「日本は別だ!」
 なんだか、神風期待の時代と同じです。
 それでも、イベントは増え続けます。
 それも、日本中で…
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 イベントでかわいいことかの写真を撮ったりするのは嫌いじゃないですが、それとは別の次元の問題に目が行きます。
 職業柄と言うより性格でしょうね。
    
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by je2luz | 2012-10-23 10:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 10月 22日

熊野の旅 錦の御旗 

 昨日の「錦の御旗献上行列」…
 ある人が「天皇家から献上するってあるのかなあ…」と言う疑問を投げられました。
 「納める先が神様だから良いんではない?」…と答えてから、広辞苑を調べましたがよく分かりません。
 「下から上に物を捧げる」と言う基本的な意味をどう取るのか…
 「奉納」ではなく「献上」としたのはなぜなのか?
 天皇が「現人神」でも「神」はその上ではないのか?
 国語学者でも神学者でもないのでわかりません。
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 県内では多気郡明和町などで「斎王行列」と言うのが行われています。
 これは京都などでもある、伊勢神宮へ天皇家から派遣される「斎王・斎宮」の行列を模した物ですね、
 ちょっと前にも皇室代表の人が伊勢神宮の祭典を取り仕切るために来られたようですね。
 そうした祭りも中々観光客を呼ぶ、地域活性になると言う所までは行きにくいようです。
 人口の多い町だと、地元と近郊の人だけでもどっさりの人出になって賑わうのですけどね。
 人口19000人の市では、一割来ても2000人です。
 とにかく、他所の人を呼ぶってえのは難しいんです。
 自分に当てはめれば解ると思うのですけどね。
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 「客寄せパンダ」と言いますが、たがが100Kmしか離れていない「白浜アドベンチャーワールド」の赤ちゃんパンダでさえ、この辺からは中々見に行かないのです。
 「生きがい対策」「地域の融和」と言う位置づけでは駄目なのでしょうか?
 それと、イベントこそ「スクラップ・アンド・ビルト」にしないとなんともなりません。
 「観光スポーツ交流課」「水産商工振興課」「教育委員会」など色んな部署関係のイベント、県のイベント、役所から離れたイベント…
 役所がらみのものでも職員もしかとはわからない…
 私もよく分からないものが一杯になってきました。

 どう知名度を上げるか???
 「情報発信して…」と、すぐに言いますが、ネットに載せても…
 かつては、HPの数も少なかったのでヒット率も高かったのですが、今ではねえ…
 ことに最近では、中身は別として、ちょいと有名な人の「ツイッター」などに人が集まっちゃうし…
 お手軽に見て、お手軽に「いいねー」なんて賛同して…
 でも、そう言う物で物を見に出かけるでしょうかね?
 
 スクラップ・アンド・ビルトが出来ないから、役所機構が肥大化するのです。
 悪いことに、「補助金」なんてのが手を変え品を変え出てくるのです。
 四半世紀こんなこと言ってきて、イベントが合同化したのはたった二回だけです。
 頑固な物ですね。

    
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by je2luz | 2012-10-22 11:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)