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LUZの熊野古道案内

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2012年 08月 31日

熊野の旅 防災訓練 1

防災訓練…
大体において、9月1日におこなう所が多いです。
この日は「関東大震災」の日だから、「防災の日」になっています。
「防災の日」には全国で「防災訓練」が行われてきました。
長い間、「台風・豪雨」に備えた「水防訓練」が主だったのですが、「阪神淡路大震災」からは、「地震による倒壊家屋からの救出」などという項目が増えました。
 そして、東日本大震災からは、「津波避難訓練」が主役になりました。
 「防災訓練」にも流行があるようです。

 今年、2012年の熊野市防災訓練の中央会場は「山崎運動公園」でした。
 写真の会場はサッカーの出来る運動場です。
 小さいながらもスタンドもあります。
 実業団のサッカーが来たこともありました。
 でも、このスタンドでは興行収入なんて全く稼げませんね。

 全国でも、市とかの防災訓練は広い会場が要るので、河川敷などを使ったりします。
 熊野市では平坦で一番広いのが、この「山崎運動公園」なのです。
 今年はここをメイン会場にして、訓練をしました。
 有馬地区の羽市木・口有馬・立石・芝園などの地区から住民の人が、行政無線のサイレンとともに歩いてこの会場に向かいました。
 午前十時過ぎとはいえ、炎天下ですから、現場に着くとぐったりしている人が多かったです。
 参加者は決して多くないです。

 ここで面白いのは、訓練とはいえ、この山崎運動公園は山崎沼と言われる所で、産田川の遊水地の沼地です。
 昨年の12合台風では大きな湖状態になりました。
 下手すると夕立でも道路が冠水する所なのです。
 豪雨でも津波でも、「絶対に逃げてはいけない場所」「近づいてはならない場所」なんです。
 羽市木や口有馬・奥有馬だと自分の家の近くの山に逃げるのです。
 実地訓練として避難させるはずが、遠くて行く意味の無い「山崎沼」とは…
 「レミング」や「バターンの行進」じゃあるまいし、先に見えるのが「死地」ではねえ…
 住民が参加する気にならないのも無理は無いです。
 たしかに、イベント会場としては最高なんですけどね。
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 今年の訓練は倒壊家屋からの救出の後が、三重県のヘリコプターによるデモンストレーションになりました。
 隊員の降下訓練、物資の投下訓練、けが人の収容訓練とやったので、予定時間がそれで一杯になったようでした。
 集まった一般人の参加する物も無し…
 市長・県議・議長の挨拶を聞いて帰ることになっちゃいました。
 私もちょこっと写真をとっただけで帰ってきましたが、暑かったです。

 実地に役立ったのは、ヘリコプターが近づくと、降りなくても風でテントが飛ばされると言うことです。
 みんなでテントの屋根を一生懸命押さえていました。

 木本町内、近所の人も、避難してみようと言う人も見かけられ、「どこへ逃げるん?」と何人かに聞かれました。
 「とりあえず、公園(要害山)に登って!」と言いましたが、ここは指定された避難所ではありません。
 でも、どでかい岩ですから、地球が割れない限り大丈夫だし、頂上まで登れば50mを越します。
「水もトイレも無いけど、生き延びる方が良いやろう?」と言えば…
「それが一番じゃよ」と言う返事が返ってきます。
法律的には「備蓄の食料とか水」の無い所は「避難所」じゃないのだそうです。
 でも、それの整備より生き延びる方を優先して地域の人たちをそちらに逃がそうと説得しています。
 登る道の手すりだけは今年度中に付けて貰えることになっていますしね。
 国の予測の詳細はまだ降りてきませんが、昨年秋の県の予測とほぼ同じようです。
 でも、津波到達までの時間が短くなったようですから、果たして公園にたどり着けるかどうか…
 予測どおり、50cmとか1mなら我が家は倒れないはずですから、屋根に登って写真を撮っていることになりそうです。
 カメラをいつでも持てるようにしておかないといけませんね。
 台風なら準備して置けるけど地震は厄介です。

 ルソン島南東にいやな雲がありますね。
 この位置で台風に発達すると少々やばいかも…

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-31 09:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 30日

熊野の旅 残土捨て場 

 昨日の続きです。

 熊野―尾鷲の間はどこを通っても山ばかりです。
 今の42号線はかつて矢の川峠808mを越えていた物を長いトンネル二本で短くした物です。
 紀勢本線はこのルートではなく海岸線を通りましたが、この区間は約6割がトンネルと言うことです。
 そして、今工事中の高規格道路も紀勢線同様海岸ルートですが、やっぱり景色を楽しむなんて程遠いトンネルの連続です。
 と言うことは、膨大な量のトンネル工事の残土が出ます。
 これって、本来は「産業廃棄物」ですよね。
 きれいな石の砕いた物ですけどね。

 こうした残土はどこかを埋め立てて処理するのですが、海を埋めるには「公有水面の埋め立て」と言う手続きが必要です。
 議会の議決もいる事項になります。
 海って広いですから、ほんの少し埋めるだけで膨大な残土を飲み込みますが、熊野市には埋め立てできる海はありません。
 と言うことで、工事現場から遥かかなたの金山の山の上に捨て場を探したのです。

 高速道路なんてものは、国が設計し、出てくる残土の量や盛土に必要な土砂の量などはかなり正確に計算、予測されているはずですよね。
 私が庭の土を動かすようにまるで予測も出来ないなんてことはあり得ないでしょう。
 しかし…
 不思議なことに、当初用意した場所ではまるで足りなくて、急遽、用地を増やさなくてはならなかったのです。
 なぜなのか???
 私には分かりません。
 そして、昨日の記事のようにものすごく変更されたり…
 工事の進捗状態からすると、後から購入して用意した残土捨て場が盛り上がるほど埋め立てされないと予測されます。
 将来、大泊から先の延長工事が始まってこの残土捨て場周辺に道路が来るときには、又又、トンネルですから残土は出ますけど、そこまで計算したのでしょうか?
 路線も決まらず、着工命令も出ていませんのにねえ…

 まあ、残土捨て場がものすごく大きく用意されていたので、台風12合関連水害の後の井戸川浚渫の土砂なども簡単に受け入れ出来たので工事がすぐに出来ています。
 これも予測していた訳ではないはずです。
 膨大な量が運び込まれてもここではほんの少しにしか見えません。
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 地形的には「最終処分地」に向いているのですが、ここをそういう使い道にすることは出来ないですね。
 これが、よそにあるような変な会社の残土捨て場だと、知らない間に「産業廃棄物捨て場」に化けちゃうのです。
 そんなときでも、前の写真のようにきれいな土で覆って隠しますけどね。
 
 ところで、ここは、「市民農園」「試験農園」に化けると言う予定なんです。
 「農地転用しにくいから、そういうことにしておく。」と言うのならまだ分かるのですが、市内全域で放置される農地が増える一方なのに、なぜ???
 大都市近郊でもあるまいし…
 「トンネル残土のような石を砕いたような土地ではまともな農地にはならないでしょう。」と、質問すると…
 『古い畑の土には黴菌など余分な物があるが、礫栽培だと理想的な栽培が出来る』 と、答えた人がトップですからねえ…
 文化人が喜ぶような税金垂れ流しの「趣味の農園」「熊野市直営農園」が出来るかもしれません。
 お遊びが大好きなお人みたいですからね。
 そんな金があったら、市民の命を救う方に血道をあげてほしい物です。
 予算組み換えを要望してもまるで考えもしてくれません。
 遊びの金は別の財布みたいですし、「熊野市の金はほとんど使わないから構わないだろう!」と非国民的開き直りまで見せます。
 せっかくの行政能力があさって向いているようです。

 熊野市の金が少ないといっても、15~20%ほどの自主財源は要るし、残りも「日本の金」なんですよね。
 この感覚って、ものすごく日本人的なような気がします。
 全国の自治体、中央省庁も同じ感覚で金を使いますものね。
 「欲しがりません 勝つまでは」という言葉を復活させなくてはならない時期なのですけどね。





 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-30 08:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 29日

熊野の旅 ここは農地だから 金山パイロット跡

 日本には乱開発から農地を守るために、「農地法」があります。
 土地は「宅地」「農地」「山林」「雑種地」などと用途別に仕分けられています。
 その中で、食料を作り出す農地は戦後一貫して宅地や工場用地として転用しようと言う動きが強かったのです。
 農地は平坦な所に多く、広くて平らな土地が用意されているからです。
 無秩序に開発されたのでは、食糧生産が出来なくなるし、転用されなかった農地も使えなることも起きるのです。
 だから、「農地法」と言う結構厳しい法律で守ってきたのです。
 ちゃんとした目的でも、地元の農業委員会の審査を得てやっと転用できるという物で、中々、うんと言わないのが農業委員なのです。
 田舎の百姓さんが転用しようと言うのは分家・隠居の家を建てようなんて細かいのが多いのですが、それでも、中々進まない物なのです。

 都市近郊では、これを曲げようと、ディベロッパーとか言う連中は、地方議員から国会議員まで使って押し曲げようとしたらしいです。
 何しろ。工場用地とか宅地に化ければ価格が何倍どころか数十倍に化けることもあったのですからね。

 一番転用しにくいのが、主食を作る「水田」です。
 すごく当たり前の感覚でしょう。
 この辺の田圃だと一枚一枚が平らでも、中々何千坪なんて平らな所を作れませんが、都市近郊の平野部だと、見渡す限り平らな田圃があるのですから、保護しなかったらぼろぼろの国土になったでしょうね。

 今年の5月、市内の視察のときに訪れた、金山の元蜜柑園、今は高規格道路の残土捨て場になっているところに、実に丁寧なマウンドが作られ、実に丁寧に等間隔にひまわりが植えられていました。
 その時の写真は5月31日のブログの三枚目にあります。
 予算項目は「公園化計画」かと思いますが、この「残土捨て場」はパイロット蜜柑園と言う農地だったのです。
 急遽、」廃土捨て場になったのですが、地目変更が出来ないうちになし崩しに埋め始めたのです。
 地方自治体、熊野市といえども、無届、無許可転用は出来ません。
 だから、花畑と言うことで、馬鹿金を掛けてマウンドを作りひまわりを植えたのです。
 全国あちこちで、悪徳宅地造成業者が行政に叱られて、一旦何かを植えたなんてのを見てきましたが、それに類する物ですね。
 民間だとうんと叱られるでしょう。
 しかし、叱る係りの中央省庁の出身の市長が座っていますから、問題は収まりよいでしょう。
 原子力の事故ほどでもないですからね。

 と言うことで、気になったので、一昨日、個人的に現地を見に行ってきました。
 山を削った赤土を盛り上げたマウンドに植えたひまわりですから、立派に育つはずもありません。
 でも、少し遅かったので花はありませんでしたが、荒涼としたマウンドの上に「ひまわりの花の残骸」はありました。
 草丈、40cmほど、花の大きさ推定10cmほどです。
 ワイドレンズでは…
 と、言うより、肉眼でもそこにひまわりが植わっていたと言う予備知識が無かったら見えないかもしれません。
 これが数十万ほど掛かった事業の結末です。
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 担当課によると、国土交通省が残土を早く埋めたいと言うので、ひまわりの手入れを中止したのだそうです。
 誰も見ない所の花畑に無駄な労力をあれ以上入れなかったので少しはましだったと言えるのでしょうかね?
 で…
 結果は搬入が無かったのだとか…
 とにかく、不思議な事だらけの高規格道路工事とその関連事業なのです。
 ここには小沢さんとか角栄さんは居ないはずなのに…
 
 今日はここで止めて置きます。
 まだ少し続きはありますけどね。

 5月31日のブログは…
 http://je2luz.exblog.jp/15953661/

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-29 08:49 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 28日

熊野の旅 産田神社・産田川・産田橋

 熊野市の世界遺産めぐりは自然信仰的な色合いの強い物しかないのでポイントが少ないです。
 宗教施設というと中世以降の立派な神社仏閣を連想する向きがありますからね。
 「古代」と言うと、近年予想復元された「出雲大社」なんて巨大な物を思い浮かべますしね。
 本来はここが世界遺産になっているのは、世界遺産の名前「紀伊山地の霊場とその参詣道」の最後の部分、「参詣道」ですから何も無くて当たり前ともいえます。
 街道として整備を始めたのは早いようですが、軍事的にも重要性の低い物ですから、東海道・中仙道などと言った五街道だ何だと言うほど立派ではないですね。

 日本書紀の神話時代には、ここ熊野も日の当たる所だったようです。
 その中心も、新宮・那智勝浦ではなく「有馬」だったようで、神々はここに住んでいたようです。
 その中心が、熊野市有馬町奥有馬なのでしょう。
 となると、その生活を支えたのが、「産田川」と言うことになります。
 そのほとりにあるのが、「火の神」が産まれた「産田神社」です。

 産田神社の川向にあったのが「近大高専」で今は名張に移っています。
 校舎や寮などの建物はそっくり残っています。
 学校と言う名目ですから今は非課税ですが、学校として使わないのなら課税対象になります。
 この土地は、半世紀前に熊野市民が寄付を集めて買い取って、熊野市経由で近大に寄付した経緯がある物です。
 当時の近大総長・衆議院議員世耕耕一さんとこの辺りとの繋がりで誘致できた学校でもあったのです。
 
 この産田神社と近代高専の間に流れる「産田川」に掛かるのが「産田橋」で、高専の学生のほとんど全員が渡っていた物です。
 この橋は、昨年の12号台風で流されました。
 産田川に流れてきた立ち木が引っ掛かったのが原因で高専側が大きくえぐられました。
 普段は水量も少なく流れも緩やかな川です。
 江戸っ子は「神田上水」で産湯を使ったのを自慢したようですが、神様はここで産湯を使ったのです。
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 今はきれいさっぱり片付けられています。
 仮設の橋も無いのは高専が無くなって必要性が少ないからでしょうね。
 しかし、ここを走っていた路線バスもこの橋がないのでこなくなっていますから、この周辺のお年よりは不便をしています。
 でも、そうした住民の数が少ないので中々対処されません。
 早い復旧しか対処法は無いようです。

 この写真の川の部分に、小さな入り江のようなものが見えますね。
 これは昔ならこの季節、どこの川でも見られた物です。
 子供たちが作る魚を捕るためのものです。
 魚をここに追い込んで、誰かが横倒しになって入り口をふさぎ、行く場所が無くなって、頭を石で作った堤防に突っ込んで隠れたつもりの魚を手づかみにする遊びです。
 誰かが教えたのか、ずっと伝承されてきた物なのか…
 朝から晩まで川で遊んだ昔の子供は色んな形の遊びをしましたし、「魚を捕る」と言うこと
が大きな遊びでした。
 釣り・モリ(へし・やす。かなつき)・石小突き・てづかみ・もどり…
 魚が上手に捕れることが一丁前のガキの証でしたし、ガキ大将になるには喧嘩だけではなくこうした分野でも上手で指導的立場になれないと駄目だったのです。
 私の世代から見ると「ジャイアン」がガキ大将になれるかどうか少し疑問があります。
 根っこにある優しさは合格ですけど…

 この産田橋の完全復旧は来年までずれ込みます。
 産田神社にお参りするにはさほどの支障は無いのですが、訪れる人がかなり減っているようです。
 もともと、国道から1Kmほどへっこんでいるので観光客は少ないのですけどね。
 
 こっちは神様の生まれたところ、「産屋」です。
 花の窟神社は生んだ神様が産後の日立ちが悪くて無くなり、葬った墓所です。
 おまけに怒った父親が子供を殺したなんて、「子殺し・幼児虐待」の元祖のような話までついているところなんです。
 お参りするなら「産田神社」の方が縁起が良いと思われるのですかどねえ…
 せめて、セットでおまいりしまいと…

 
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by je2luz | 2012-08-28 10:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 27日

熊野の旅 秋の田の…

 あきのたの かりほのいほの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ
 天智天皇です。
 結構色んな話題のある天皇らしいですが、この時代だとこんな上層部の人でも少しは民百姓の生活を身近に感じることもあったのでしょう。
 民のかまどの煙を気にした天皇も居たようですからね。

 今の時代、百姓の秋がむちゃくちゃ早くなり、風情が違った物になりました。
 今は残暑ですが、紀宝町などでは猛暑のうちに稲刈りが始まるし、暑い最中に新米が出てきます。
 私が子供の頃には、「高知では二度お米が採れます。」などと習いましたが、今ならあちこちで可能ですね。
 でも、「米を作るな!」と言う政策がまかり通るくらいですからやっていませんね。
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 近年では稲刈も進歩??して、刈り取った稲を束ねて「はざに掛けて干す」なんてのは、ほんの一部の農家だけです。
 刈り取ると同時に脱穀も済ませ、藁も切断して田圃に撒いてしまいます。
 夜なべにぞうり(じょうり)を作ることもないし、縄をなうこともありませんし、なんといっても「牛」が居ませんからね。
 農家でも「牛は飼うもの」ではなく、「牛は買うもの」になっています。
 「牛」も、昔は「うし」でしたが、今では「ぎゅう」ですね。

 一時期よりはイナゴも少し戻っているようですが、この季節の変動についてゆくのが大変でしょう。
 「どじょう」なんてのも、早々と水を切られますから、田圃で大きくなって、寒くなったら泥の中で冬を越す…なんて生活サイクルでは死に絶えますね。
 私などは昭和の田舎の風景が普通だと思っていますから、こんな風にずれて感じるのですが、今の人はこれが当たり前になって違和感なんて無いのでしょう。
 そして、和歌や俳句は知識として解釈する物で体感する物ではなくなっているのでしょう。

 それでも、こうして田圃が田圃として生きている所は良いでしょう。
 去年だとここも水に沈みました。大きな湖になっちゃいましたからね。
 ざっぷり浸かったけどそのまま水が引いたようになったので、今年の作付けは出来たし豊作のようです。
 しかし、このほんの少し上流になると、田圃の岸が崩れたままで耕作不能の農地がごろごろしています。
 そして、市内にはこのまま耕作放棄になる田圃もあります。
 人口が1/3ほど減るそうですから、日本の食料自給率が揚がっても良いはずですが、田舎が消えてゆけば逆に落ちるのでしょうね。

 「ここに人が住んで痛んだよ。」
 それこそ、伝説の田舎になって「世界遺産」だらけになるかもしれませんね。

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-27 09:45 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 26日

熊野の旅 遊びやせんとや生まれけむ 

 台風12号の災害から一年になります。
 伊勢湾台風以来の被害をもたらして、熊野市の予算が1/3ほど膨れ上がる災害復旧工事が必要となりました。
 公共事業が縮小し建設業者と土木作業員が減少しているときにこの規模の土木事業です。
 当然こなしきれません。
 東北はもっとひどい状況で、発注しようにも応札してくれる業者が無いのです。
 この辺でも、この応札者が居なくて契約が成立しない状況が起きています。
 期日のある事業ですから、請け負っても資材、人材が足りなければ完成させられませんし、そうなると、ペナルティが発生します。
 それなら、請け負わなければ良い訳です。
 これは想定の範囲内です。

 今の段階で工事の発注率は…
土木関係で 県・70% 市58%
農林商工で 県・33% 市・90%以上

完成率だと 土木で 県・8% 市・33% です。

 なぜこの数字を取り上げるか…
 現場の職員は必死に査定し、予算を取り、設計してきました。
 すごい労力をつぎ込んできてのですが、何しろ、規模が大きく件数も多いのでこれが現状なのです。
なのに…
文官と言いますか、技監で無い部門では、「復興イベント」を早々とやるのです。
いかに住民と乖離しているか、私が疑義を挟むか少しお分かりいただけると思います。
県道も寸断されたまま…
橋も落ちたまま…
一部を除き川床は上がったまま…
護岸も崩れたまま…
今年の台風シーズンに入りました。
それでも遊びたいの???

「遊びやせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん」
大河ドラマでも使われていましたが、少し度が過ぎませんか?
「子等」ではなく、「仕官」の方々ですからね。
私は県議ではないので、こうして、ネット上でぼやくしかないです。
県議がこの声を取り次ぐ見込みは無さそうですからね。
朝日新聞・熊野版にも紹介されていますが、疑問符など付いていません。
もちろん、ローカル紙は褒める事はあっても批判などしないでしょう?
下々・民百姓のためを思ってやっていただける、一大官製イベントですからね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-26 10:05 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
2012年 08月 25日

熊野の旅 規模は小さいけど足元だから…

 9.11と言うと世界が震撼した日です。
 私もあの日のテレビをずっと見ていました。
 ビルの崩壊も予測はしましたが、あんな潰れるような形は予想外でした。

 3.11も自然が与えた試練として世界を揺るがしました。
 そして、私が25年ほど前から地元で警鐘を鳴らしていた、「東南海地震」の津波の想定を大きく越える物になりました。
 元々、「津波は逃げるしかない」と、言って来たのですか、逃げなければならない地域が広がり、登る高さも高くなりました。
 そして、熊野市内でも最悪の事態では逃げることが不可能と思われる地域も出てきました。

 11と言う日はどうも良いイメージがもてなくなりました。
 今度の11日…
 9月11日も熊野の飲食店には災難の始まりの日になりそうです。
 前に書いた、「すき家」が開店するそうです。
 ようやく予告の看板が出ました。
 通行量がどんどん少なくなっている国道42号線、そして、ものすごい勢いで減少する地元の見込み客、その減少に輪をかける高齢化…
 地元資本がいつまで耐えられるか…
 日本の片隅、田舎の国道脇に出来た外食チェーン…
 規模は小さいですが、地盤の弱い所での直下型です。
 店主が高齢化している地元の食堂では閉店を考える店も出るのではないでしょうか?
 かつて一杯あった寿司屋もすでに減少傾向です。
 かつては、「木本の寿司屋の方が旨い」と、新宮からも食べにきた物なのですけどね。

 外部のチェーンが進出して地元の店が消える…
 小売業と同じパターンですね。
 そして、限界が来ると外部のチェーンは簡単に引き上げます。
 そして、お店も食堂も無い町が出来ちゃう…
 外食をしない私には食堂が無くても困らないのですが、やっぱり、町としては機能しなくなりますね。
 すでに、バーやスナックなどの飲み屋がほとんど無くなった「健全な町」になってきているのです。
 要らなさそうなお店とか飲み屋も無い町は「町」ではないですね。
 「お金の使い道が無い…」
 まあ、国民年金受給者が三割もいる町ですから、「使う金も無い…」が真実なのでしょうけどね。
 
 こうした状況ですから、観光地としても「健全」です。
 家が建て込んでいてもひと気が無く、「侘び」「寂び」が漂う…???
 「わびしさ」「さみしさ」が漂う町並みになります。
 それでも、意地になって「観光立市」を叫んでいます。
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 小京都にはなりえず…
 繁華街にもならず…
 小さな部分を切り取らないと「絵」にもならず…
 田舎も、「原風景」にはなりえず…
 中途半端なのでしょうね。
 「良い人」と言われるともてないのと同じで…
 「良い所」と言うことなのです。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-25 08:46 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 24日

熊野の旅 花火大会と熊野への道

 主催者と言う物は、自分たちのやったことの成果を大きく見せたいのもです。
 太平洋戦争中の「大本営発表」まで行くと、「誇張」「過大宣伝」を通り越して、「嘘」「虚偽の宣伝」ですが、それより少しましというようなのもあります。
 かつて、学生運動や労働組合運動が盛んだった頃のデモの動員数は。主催者発表と警視庁発表の差が倍以上ありました。
 そんなのも、実数など分からないのでまかり通りました。
 観光地の「入り込み客数」なんてのも、推測もいいところですから、お手盛りのし放題です。
 でも、これを根拠に事業計画やら予算がつけたれるのですから、絶対に少なくは見積もりません。
 同じように、イベントでもそうですね。
 春に書いた「駅前広場官製イベント」も、主催者や店関係者を引くとたいした数も居なかったのに、新聞紙上の数字は驚く物でした。
 新しいものでは、「熊野大花火大会」の観客数です。
 なんと、「18万人」と発表されました。
 新聞しか見ない人は信用しちゃうでしょうね。
 去年より増えたなんて、現場に居た人で、何年か継続して体験した人なら、「今年は少ない」と実感していたはずです。
 これなども、一度も実態調査せず、推測を何十年も積み重ねてきて出てきた数字です。
 私も「去年が17万人だとすれば18万人など居るはずが無い」と言うだけで、実数は分かりません。
 だから膨らませて発表できるのですけどね。

 こうした、実体の無い数字が世の中には一杯ありますが、それ自体はあまり意味も罪も無いと思えますが、それを元に自治体の予算や国の予算が決まるのですから、気楽に言えない所もあります。
 でも、性格に反論が出来ません。
 まさか、浜の面積を自分で測って、観客数で割って見るなんてのも出来ませんからね。
 近大高専ではここの浜の面積を継続的に測ってきたはずですが、その資料も分かりませんし…

 はっきりしているのは、今年は予想に反して少なかったけど、来年は土曜日、再来年は日曜日なので、今年に比べて観客の数がかなり増えると言うことです、
 高規格道路が一部供用されても、終点の大泊インターから木本の間は今でもボトルネックになっている区間で、鬼ヶ城トンネルを含め道が一本になります、
 なまじ、新しい道が出来たなんて宣伝されると、旧来の42号線も新しい高規格道路も信じられない停滞になるでしょう。
 新しい高規格道路は長いトンネルの連続ですから、その中で何時遺憾も停まっているという事は大変な事態かと思います。
 進入禁止とかあるかもしれませんね。
 花火一日の過渡を考えれば、終点が久生屋・金山まで延びていた方が良かったでしょう。
 一日だけのことですけどね。
 この区間、ほんの2Kmが出来たら、鬼ヶ城も松本峠も花の屋の茶屋もほぼ死にますけどね。
 運転手の心理では、中々引返しませんから…
 残念ながら、こうした予測は当たっちゃいます。
 なにしろ、人間の心理ですからね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-24 12:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 23日

熊野の旅 宣伝効果は? 官製イベント

昨日書いた台風12号関連水害一周年記念イベントの詳細が分かりました。
 名前は、「紀伊半島大水害復興イベント~言ってみようら♪東紀州元気祭り」と言うものです。
 目的は、紀伊半島代水害から一年の節目を契機に、東紀州の観光面での復興アピールや地域住民に元気を届けること…だそうです。

 場所は久生屋・金山の山の上、「里創人・熊野倶楽部」(リゾート・くまのくらぶ)です。
 三重県が作って民間会社に10年間、家賃も税金も無しで運営を預けた、リゾート法時代の企画が不死鳥のように甦った、摩訶不思議な施設です。
 誰が見てもうまく行っていないであろうと言う物で、10年の契約が切れるまでどう持ちこたえるかが取りざたされています。

 これを踏まえて考えれば、このイベントをやる真意が少し分かりますね。

 イベント中身は…
「グルメ出店」=「宇都宮焼きそば」や「那智勝浦マグロリータ」「津ぎょうざ」「四日市とんてき」などだそうです。

「特産品出店」=「宮城県南三陸町」「奈良県五條市」ほか東紀州の特産品

「子供向けイベント」=キャラクターショー(アババイン)、忍者手裏剣体験(伊賀市)、新姫トランポリン(熊野市)、塗り絵(美し国おこし三重)、縁日コーナー

その他=木工体験教室(熊野古道センター)、防災展などなど

 そして、始まるときには三重県知事の挨拶もあり、客寄せの「餅撒き」もあるそうです。
 そうそう…日時は9月8日(土)午前9時45分から午後2時20分までと言う面白いスケジュールです。

 もちろん、県が力を入れるのですからチラシも作られているようで、おそらくかなりの広範囲にばら撒くのでしょう。
 土木事業でも補助金でも、市町村と県では規模が違うと言うか、予算規模が違います。

 ここまでは、一応、イベントの紹介です。
 さすがは「県」がやっていると言う規模です。
 でも、これって、熊野市内大泊・木本・井戸・瀬戸・大馬・有馬・久生屋・金山・飛鳥・五郷・紀和、そして。紀宝町の被災者は関係ないように見えませんか?

 災害まで口実にしてお荷物の「里創人熊野倶楽部」のてこ入れではないのでしょうかね?

 でも…
 地元紙をはじめ褒めちぎる人が一杯居るのでしょうね。
 中身とか趣旨とかを抜きにして、人が集まりさえすれば「活性化した」ということに捕らえる向きが多いですからね。
 私も昔はそうでしたが、イベントに参加しているとそれだけで楽しく。人が来れば満足感に浸れる物です。
 その過程でどんな風に金が消え、労力が消え、その後に何が残ったかなんて考える暇も無いですからね。
 また、考えたら動けませんね。

 このイベント…
 主体が県と言うこともあり、私もここに来るまで知りませんでした。
 半月前にようやくなんです。
 コンねイベントであの人たちの言う「情報発信」になるのでしょうか?
 これくらいのものではローカルテレビとCATVでチョイト流されるだけで、PR効果もほとんど無いでしょう。
 「里創人熊野倶楽部」は交通手段が事実上無いので地元の人も気楽には行けません。
 当日は「シャトルバス」が出るとか言っています。
 さすがは官製です。
 まあ、「復興イベント」ですから、そっちを見るついでに、自然の怖さも体感して帰ってほしいですね。

それにしても…
 日本の自治体って、『イベント』が好きですね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-23 08:48 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 22日

熊野の旅 木本の花火が終わったので…

 「立秋」が来ても涼しくはなりませんが、「木本の花火」が終わったので、朝夕は涼しくなってきました。
 元々、35度だとか37度などという気温とは縁の無い所ですし、少し涼しくなると楽になります。
 今年も冷房無しで夏を越しました。
 庭の野菜も元気を取り戻しています。

 今年の夏場は庭で作業することも多かったのですが、「熊野古道」のハイカーは例年以上に夏枯れって感じでしたね。
 連日のように、「熱中症」「脱水症状」…「高齢者は気をつけましょう」などといわれれば、ほとんどが高齢者の「熊野古道ハイカー」は出てきませんよね。
 山の中は涼しいとはいえ、山道を上り下りするのですから、やっぱり、「搾るほどの汗」をかくのは間違いないですからね。

 都会より3度から5度は気温が低いのですが、そんなことは報道されませんね。
 昔だと、「葉山」なんて言うと夏の別荘地、避暑地というイメージだったので、田舎の海のそばも「涼しい」と言うイメージを持ってもらえたのですが、今の時代、本当に気温が低い「軽井沢」のような所以外はそんなイメージを持ってもらえません。
 軽井沢でも、クーラーを入れるひ弱な日本人が増えているのですからね。

 我が家は「縁側」と言う物が無く、夕涼みをする習慣はありません。
 でも、時化ぶる雨の日以外は窓は開けっ放し、勝手口も開けっ放しで、家の四方から風は通るようにして過ごします。
 これが「日本の夏」「田舎の夏」なのです。
 吉田兼好も、「家は夏を旨とすべし」と書いています。
 「窓の無い家」なんて馬鹿な物を作るのは、流行に踊らされる「今様の愚か者」でしょう。
 そんなことして、「電気代が高い」なんてほざくのですからね。

 もう、郊外は秋ですよ。
 コンバイン・ハーベスタがエンジン音を響かせて稲刈りをしています。
 台風の被害も無く、稲の穂が白くなるほどの猛暑でもなく、今のところ豊作でしょう。
 でも、このまま温度が上がると、うんと品種改良しないと、「ジャポニカ米」が作れなくなる地方が出るかもしれませんね。
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 もう夜店のシーズンも終わりです。
 でもね。
 三重県知事は「12号台風の水害から一年を記念して」??「復興イベント」をするのだそうです。
 又、書くことになると思いますが、「ご当地グルメ20店」とかで「里創人熊野倶楽部」だそうです。
 何でもかんでも「イベント」の口実になるのですね。
 昔のお殿様は村祭りで百章の不満解消を図ったそうですが今も同じなんでしょうか?
 それとも、発想がおかしいのか???
 被災者は喜びはしないと思うのですけどね。
 AKB48が慰問に行ったことのほうが喜んでもらえたでしょう。
 少なくとも、税金の垂れ流しはしていませんしね。

 
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2012-08-22 09:57 | 熊野 | Trackback | Comments(0)