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LUZの熊野古道案内

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2011年 08月 31日

熊野の旅 臨時ニュース 丸山千枚田

 今度の日曜日、9月4日に予定されていた、紀和町・丸山千枚田の稲刈りイベントが中止になりました。
 台風12号接近でイベントの準備も出来ないからです。

 イベントとしての稲刈りは中止になりましたが、稲は稔っていますし、稲刈りは行われます。
 オーナーさんの稲刈りに関しては11日までの間なら希望のある方の体験作業は可能だそうです。
 カメラマン諸氏は天気の良い日に出かければ稲刈り風景の撮影はできると思います。
 台風が通り過ぎるまでは如何ともしがたいですけどね。
 イベントではないので子供とか若い女の子がいるかどうかは分かりません。
 でも、「稲刈り」なんてのは、昭和30年代の終わりごろから「父ちゃん・かあちゃん・じいちゃん」の仕事になっていました。「三ちゃん農業」ですね。
 今は「じいちゃん・ばあちゃん」の「二ちゃん農業」であれば良いほうです。

 と、言うことで、今度の日曜日の「稲刈りイベント」は中止です。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-31 18:32 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 31日

熊野の旅 総合防災訓練 in 遊木町 1

 今年の熊野市の防災訓練の会場は遊木町でした。
 形としては日にちは指定するけど時間は指定しないと言うことでした。
 それでも、消防署員、消防団、警察、市役所、県事務所、報道機関、議員などが集合しなくてはならないので内々では時間は設定されていました。
 まあ、当たり前の話ですけどね。
 最初に集合してサイレンが鳴るのを待っていたのは海のそば、遊木港の市場前でした。
 海抜2mほどです。
 真っ先に逃げなくてはならない場所ですね。

 少し前にも取り上げましたが、昭和19年の東南海地震の津波ではこの遊木町も津波に遭っています。
 写真にもある、一段目の家は流されたそうです。
 割合と高くは無い津波だったようです。
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 次の東海地震はもう少し大きいと言う予測も出ていますから、遊木の人は「三段目くらいまでは登らないと・・・」と、考えているようです。
 
 サイレンがなって訓練が始まると、あちこちにたむろしていたお年より達もボツボツと石段を登りだしました。
 ここの地形は海からいきなり山が始まりますから、一歩ごとに高さが増えます。
 日常生活にはしんどいですが、こうした時には都合が良いですね。
 東北の津波と違い、ここの津波は早ければ5分、大体の予想では10分しか時間が無いのです。
 東北でも逃げられませんでしたが、ここでは平野が少しでもあるところだと、上り坂に掛かる前に津波がやって来てしまうのです。
 100年に一回ほど地震と津波があるのですから、そんな場所だと集落は出来なかったでしょうね。

 写真の真ん中辺、三段目付近の道にポツポツと見える点々が避難している住民の方です。
 婦人会の人や消防団の人などは借り出されていますから、あの人たちが「災害弱者」と言われる高齢者なのです。
 慌てて走る人は見かけませんでした。
 マイペースでぼちぼちと・・・
 それでも、地震が収まってすぐに家を出て石段を登ってくれれば大体間に合うかな・・・
 リアス式海岸の漁師町、海に面して生活している人ですから意識は高いようです。
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 遊木の町の中央を流れる川です。
 両岸の道が遊木小学校に通じる遊木のメインストリートです。
 魚市場からだらだらともぼっているのですが、意外と勾配がゆるく真ん中まで登っても海抜5mしかありません。
 この川沿いには昭和19年の津波は遡っています。
 保育所のあるあたりまででとまったようですが、それでも海抜8mくらいでしょう。
 お年寄りの足ではこの道沿いに逃げる方が時間が掛かりそうです。

 揺れるのが1分か2分…
 われに返るのが1分で済んでも…
 津波が来るまで、残りは…
 玄関で津波に遭うくらいかもしれません。
 そこまで考えると「夜も眠れなくなる…」でしょう。
 仕方ないので「10分」あると考えましょう。

  
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-31 12:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 30日

熊野の旅 夏休みと世界遺産熊野古道

 夏休みも終わりです。
 三重県の公立高校は昨日から二学期です。
 昔の「倉敷」「萩・津和野」など、さらに大昔の「新島」なんて所は、女子大が夏休みに入ると観光客が増えたものです。
 ブームになって女子大生が押しかけると、その後を男子学生が追いかけましたからね。
 もう、「新島」なんて覚えている人、「新島」の思い出のある人も老人の域に達していますね。

 熊野古道なんてのは、信仰の道ですから、その趣旨が忘れられたような宣伝しても、女子大生好みには成りませんね。
 どちらかと言うと、「新島」世代の元女子大生辺りが訪れてくれているようです。
 その引率で、元新島世代の男どもが来ている感じです。
 本来の熊野詣の巡礼さんよりははしゃいでいますが、とても「黄色い声」には成りません。
 
 かと言って、夏休みの宿題の自由研究に向くようなものでも無いので、小さな子供の夏休みにも縁が無いですしね。
 木立に中が涼しいのですが、「炎天下に歩くのかよ!」と言うイメージもあるので一番のお得意様、初老の方々も出てきません。
 それに、その方々、「夏休み」にはあまり関係無いですね。

 「しずかさや・・・」
 では無いですが、山に入るとセミの声がすぐそばで聞こえます。
 いささかムードを壊すほどけたたましく鳴くことが多いですけどね。
 この辺では「油蝉」が多いようです。
 そして、日が傾きだすと「ヒグラシ」が鳴き出します。
 この声は少しムードが出ますね。
 「つくつく法師」も鳴きますね。
 なにしろ、熊野古道は山の中ですからね。
 木曾路ほど険しい山の中と言う感じはしませんけど…

 と言うことで、夏枯れの季節は終わります。
 これからは???
 新しい世界遺産「中尊寺」の秋は良さそうですね。
 少し北の「十和田・奥入瀬」は体育の日あたりが紅葉の見ごろです。
 東京オリンピックの開会日の夜、上野駅発の「急行十和田」に乗り、あくる日に奥入瀬に入りました。
 きれいな紅葉の無い紀州育ちの私には別世界でしたね。
 1964年です。
 なんて、東北の宣伝をしていてはいけませんね。
 東北より一ヶ月遅く秋が来ます。
 真冬でも寒くありません。
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 1964年の十和田です。
 47年前・・・
 この頃私も若かったです。
 コダック・コダクロームは物置に放置されていてもそこそこの色を保っていました。
 私もそれ位は色を残しているつもりなんですが・・・

 紀伊半島でも一山越えて、吉野に入ると紅葉はきれいになります。
 その代わり、霜は降りるし、道は凍結するし・・・
 両方良いところって無いものですね。

  
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-30 09:46 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 29日

熊野の旅 夏の終わり

 夏の終わりと言う物は少し淋しげなものです。
 日本人にとっては秋は淋しい季節と言うイメージがありますからね。
 因幡晃の歌にもありますからね。
 「もうすぐ さみしい 秋です・・・」

 秋から冬に向い日差しも弱くなるし、陽も短くなります。
 でも、日本は北欧ほど夜ばっかりの世界になるわけでも無し・・・
 まして、この辺では雪国のように冬になれば行動が制約されるなんてことも無いのに・・・
 秋になって葉を落とす木も少ないし…
 それでもやっぱり私は日本人ですから、「秋は淋しい」なんて固定概念にとらわれるようです。
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 この写真は先に書いた今年最後の夏のp夜店です。
 記念通りを通行止めにして行う「夕涼み市」と言う歩行者天国、昨夜は新聞でも「大抽選会」と書いて人気を煽ったし、天気にも恵まれたので、先週に比べ人出は多かったです。
 たまたま、他の用事で全部の時間は見に行けなかったのですが、「大抽選会」の時間には行くことが出来ました。
 一番人が多く、固まっている時間です。
 50mほどの間に固まっているので人数の把握も楽です。
 写真に撮るとこのように盛り上がっているように写せます。
 ほんの少し角度を変えると…
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 これがほぼ全景に近いんです。
 テレビのルポや新聞の写真もなるべく上に様なカットを見せますね。
 その方が紙面も良いし、主催者にも良いですからね。
 ヤラセでは無いですからそれはそれで良いと思います。
 
 私は抽選券を持っていませんでしたから、里創人・熊野倶楽部の招待券とか液晶テレビなんて豪華な景品があたりようがなかったです。
 今は地デジ切り替えで皆さん新しいテレビが欲しいですから人気があったようです。
 最近は「中元売り出し」「年末大売出し」も盛り上がらなくなっているので、昨夜の景品は最高クラスでしょうね。
 わが新出町の稲荷さんの夏祭りや松原の竜宮さんの夏祭り、横町祭りでも盛大に抽選会が行われていますから、今では夏の方が物の当ることが多いのかもしれません。
 一般商店の勢いがなくなれば「大売出し」が盛り上がらなくなりますね。
 その商店街活性とこうしたイベントのつながりがもう一つ見えないのが淋しいですね。

  
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-29 09:45 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
2011年 08月 28日

熊野の旅 今夜で夏は終わり?

 毎週+αで行われてきた記念通りの歩行者天国も今夜で終わりだそうです。
 ローカル紙一面に結構yなスペースを使って詳細が出ています。
 官製イベントですからこうした面でも優遇されるようです。

 夜のイベントと言うものは土曜日のものが多いです。
 昼間のものは日曜日ですしね。
 でも、この歩行者天国の社会実験は夜なのに日曜日にやっています。
 今回も今日、日曜日の17時に通行止めにし、22時までと言うことです。
 ちょっと不思議な感じもします。
 日曜日休みの商店があるので迷惑をかけないと言うことでしょうか?良く分かりません。
 どっちにしても、近隣の人以外集まる要素が少ないイベントになっている気もします。

 催し物は、17時30分の「夏の思い出絵日記コンテスト受付」から始まって・・・
   18:30 熊野ソーラン
   19:00 ゴスペルGGG
   20:00 じゃんけん大会
   20:15 夏の思い出絵日記コンテスト表彰式
   20:30 大抽選会
 と並んでいます。
 もちろん、物産展もあります。
 これを抜きにしたら市の予算が使い難いですからね。
 物産展参加の業者さんは載せませんが、「物産」に当るものの販売は少ないです。
 昼間のいこらい市などのイベント、金山の里創人熊野倶楽部のイベントなどでも出店してもなかなか売り上げには繋がらず苦戦する地元産品ですから、夜の物産展にまで付き合いきれないと言うのが本音かも知れません。
 イベント関係者と市職員関係を除くと集まってくるのは近所のガキとお年寄り・・
 実験の結果の集計がきちんと出るのかどうか・・・

 既製のお祭りにはあまり手を貸しませんが、こうしたイベントにならお金も人も出しましょう・・・
 大阪なども同じパターンですけどね。

 この最後の「夕涼み市」が終われば、夜店も終わりでしょう。
 そして、今度は市内各地で鎮守様の秋祭りです。
 スケジュールはさっぱりつかめません。
 毎年同じスケジュールなのだと思いますが、終わって翌月とかに広報熊野の表紙になったりするくらいです。
 いくら言っても予定は載りませんから・・・
 紀和町の分を入れると昭和の大合併前の10ケ町村以上が集まった熊野市ですから、地域のお祭りはその数より多いはずなのです。
 村祭りは宗教がらみだといえばそうなのですけど・・・
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 これは先週の「夕涼み市」です。
 また、同じようなスタッフで頑張るのでしょうか?
 ご苦労な話です。
 まあ、市が提唱する「社会実験」なのですから最後までやらないと・・・
 大学でもそうでしたが、実験の跡にはレポートを書かなくちゃあ・・・
 これが大変だったものです。
 大学の実験では「出るはずのデータ」が分かっていたので先輩のレポートを引用したりして誤魔化しましたが、この社会実験にはそんなレポートは無いはずなので・・・
 大学のレポートは教授当てでしたが、このレポートの提出先は熊野市民でなくてはねえ・・・

  
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-28 11:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 27日

熊野の旅 木本堤防・国道42号線

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 家の前の国道42号線です。
 夏前に行われた木本旧堤防撤去工事の二期分が始まりました。
 国道との境に防護フェンスが立てられます。
 前回は近所の住民も気が付かないほど静かな「ワイヤーカット工法」が採られたんのですが、今回の分は構造上そうした工法が使えないので、ホコリも音も大きくなりそうです。
 まあ、これに向き合って住居のあるのは数軒だけと言うのが救いですね、

 頑丈そうに見えるコンクリート製のこうした堤防も、実は「あんこ」ともいえる構造なのです。
 ほとんどの堤防は、コンクリートの塊ではなく、コンクリートで形を作って、真ん中は砂利や土を入れてあるのです。
 外のコンクリートにひびが入ると中身が流れ出してもろく崩れます。
 外が割れる前に中身の砂利・バラスが震動などで沈下し中が空洞になってしまい突然崩落するのまであります。
 老朽化すると見かけによらず弱くて怖いものなのです。
 こんな風に「あんこ」を入れるのはコスト面のこともあるのでしょうね。
 この木本旧堤防も後ろ側の斜面になっている部分には浜の砂利が入っています。
 この砂利が半世紀の間に減ってしまって風洞になっている部分も随分ありますが、波に向かう部分はそれなりの厚みのコンクリートの塊です。
 そのコンクリートは以前に写真を載せたように現場で練った手打ちのものなのです。
 「生コン」なんてのがなかった時代から営々として、継ぎ足し継ぎ足し頑張ってきたものですからね。
 この堤防の足元は石垣になっています。
 ユンボなんてものの無い時代に、すぐに崩れる玉砂利の浜を掘り下げて石垣を積み上げたのです。

 木本に人が住むようになってから続いた、高潮、津波との戦いの跡です。
 20年ほど前に新堤防が作られてからはその石垣を目にすることは出来ません。
 記憶にあるのはほんの一握りの人だけでしょうね。

 この二期工事は旧堤防の取り壊しと、新堤防の後ろ斜面の補修まきたてを行うもので、工期としては3月まであるはずです。
 土建業者は「なるべく早く終わるようにします・・・」とは言っていますが、暮れまでには終われそうに無いようです。
 国道に接したものですから、工事の内容によっては一時期の片側通行などもあるかも知れませんが、国道42号線はそんなことくらいでは混むことはありません。
 年末年始・連休などには工事は休みますからね。
 せいぜい5分くらい遅れるくらいでしょう。
 ちょっと止めたら渋滞して30分も1時間も遅れるくらいなら良いのですけどねえ。
 国道42号・311号・309号などが一本に絞られたボトルネックの部分なのに、スムーズに流れちゃうって、良い事では無いんですよね。

  
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-27 10:06 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2011年 08月 26日

熊野の旅 アベック台風

 フィリピンと小笠原に11号12号と二つの台風があるようです。
 少し離れているけど、アベック台風でしょう。
 離れていても台風てえのは大きな空気の流れですから影響しあうでしょう。
 中には、合体しちゃったのまでありますからね。

 今日の熊野は入道雲が朝からわき上がっては居ますが晴れて強烈な太陽が照り付けています。
 海も土用波程度だし夕立の恐れがある程度の上天気です・
 今は11号、12号、両方ともにはるかかなただし、秋雨前線を刺激するほどの影響は無いですが、最近は気圧配置的には何も無い秋雨前線があちこちで豪雨をもたらしています。
 地球温暖化で雨の降る量と場所が変わって来ていますからね。
 あと4・5日してこいつらが接近した時、梅雨前線は何処に居るのでしょう?
 前線が消えてくれないと、台風本体ではなく余波で大きな災害が起こりそうです。

 先日の雨と櫨で有馬町地内の田圃などでかなりの稲が倒れました。
 収穫直前の稲は頭が重いので簡単に倒れます。
 最近の刈り取り機は進歩していて倒れた稲も起こしながら刈り取るとはいえ、ごちゃごちゃになったものは駄目なようです。
 全国的に刈りいれが近づいた稲が多い時期です。
 日本の百姓は、ずっと台風にいじめられてきました。
 その結果、稲の丈を短く、収穫時期を早く・・・と、改良してきたんですね。
 それでも台風からは逃げられません。
 完全に無事で済むと言うようなコースでは無さそうなのが心配です。

 8月31日に熊野市の防災訓練があるとか・・・
 元々は9月1日、関東大震災の日が防災の日ですよね。
 今年のメイン会場は遊木だそうです。
 津波被害の予想される所で、昔、行った時も漁船の沖出しをやっていました。
 狭い港から漁船がぶつかりもしないで全速で出てゆきました。
 沖出しは効果が無い・・・と言う説もあるようですが、津波がどでかくなければ漁船の大きさでも越えられるようですね。

 遊木や二木島はリアス式の湾でも、全く平地がなく、海のそばから急斜面です。
 つまり…逃げる一歩ごとに15cmほど海抜が上がります。
 100段上がれば海抜15mから20m、200段上がれば安全圏だと思います。
 でも、石段を休みなく200段上がるなんて私には出来そうに無いです。
 ビルの10階分程度ですからね。

 遊木では昭和19年の津波で一番下の段家がは流失したようです。
 せめて三段目までは登らなくてはならないでしょうが、漁師町も高齢化していますからねえ・・・
 それに、地震発生から津波が来るまで5分とか10分では・・・
 船を出しに行く時間も無いでしょう。
 その辺りが、先頃の東北大震災と、ここの予想されている東南海地震の違いです。
 時間軸は人間ではどうしようもないですからね。
 私がこの部屋から飛び出して、浜への出口の水門を閉める最短時間が5分です。
 この近さで水門を閉める時間が無い可能性があるのです。
 でも、ほとんどの人は分かってくれません。

 そんなこと無いやろう・・・
 「チッチキチー」ではすまないんですけど・・・
 まあ、70年、100年に一回ですけどね。
 家族が居る訳でも無いし・・・
 でも、放っておけない性格なのでねえ。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-26 11:14 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 25日

熊野の旅 防災意識と現状

 先日ここにも載せましたが、熊野市の防災行政無線「広報くまの」の放送に対するアンケートを集計しました。
 同僚の道後議員の協力も仰ぎ、有効回答202件になりました。
 熊野市の世帯数が19500ほどですから、統計用のアンケートとしては足りていると思います。
 内容の全文は8月5日に載せてあります。

 アンケートスタートのきっかけは、今まで有償で買ってもらった防災無線の戸別受信機の代金1000円を市民に返還するかどうかと言うことです。
 理由は、今後、この受信機を無料で配布すると言う計画があるということです。
 その金額が1000円であるので、返金の事務とコストの比率が高くなる過ぎるので、市民がどう思うかと言うことを知りたいと言うことです。

 その部分の設問は・・・
5.代金の返還についてお尋ねします。
 イ、どうしても返して欲しい
 ロ、経費を掛けて返金するより防災など地域のために役立てて欲しい
 ハ、その他(                         )
 この結果を集計すると下の円グラフになりました。
 予想以上に市民の皆さんは行政の効率化とお金の有効利用を望んでいます。
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 このアンケートで出てきた現実は、こうした防災用のラジオを買っても40%ほどの家ではスイッチが入っていないと言うことです。
 その中には、『買ったけど電波が届いていないので使えなかった』と言う物もあります。
 これは険しい山の間に集落が挟まっていると言う熊野市の条件もにあります。
 アマチュア無線をやってきたものとすれば、不感地帯があって当たり前なのです。
 外部アンテナをつけて、電波を探し回らないといけない所もかなりあるはずなのです。
 携帯電話も同様なのです。
 でも、役所では「苦情が無いから・・・」と言うことで「解決済み」になっています。
 システム上いたし方ないのですが、この任意とはいえアンケートの数字が出たのですから対処してもらわないと・・・
 周知させること自体が困難なのですけどね。

 最悪なのは、このラジオは緊急時の停電に備えて電池が入っています。
 安いものですから、商業電源がつながれている時に充電しておくと言う、フローティング・システムなどではなく、単純に乾電池でサポートさせています。
 つまり、二年ごとくらいに電池交換してもらわないと肝心の災害・停電時にラジオから音が出ないということになります。
 いまは、売ってから二年とかの物が多いですから鳴るかも知れませんが、もう少ししたら・・・
 そして、この電池に関してメンテナンスを考えている人は30%しか居ないのです。70%は考えても居ませんし、5%くらいは電池の存在も知りません。
 これをどうするか・・・
 私が接触した人には口頭で電池の必要性とメンテナンスについて伝えさせてもらいましたが、全体の数パーセントに過ぎません。
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 こうした現象は何処の自治体でも似たり寄ったりでは無いでしょうか?
 アマチュア無線技師なんて肩書きを持った人でも分かっていない人が居るのですから、普通の人では無理も無いのですが、「本当は怖い・・・」と言うことです。
 メンテナンスは出来ていないのに、「万一の時は広報熊野が教えてくれる」なんて信じている人も結構居ますからね。

 どうしましょう???

 少しは電波のことが分かる人間としていくらでも協力しますけど。設置者の熊野市が現状に目覚めてくれないと・・・

  
熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-25 09:31 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
2011年 08月 24日

熊野の旅 実りの夏?

 この辺の田圃では稲刈りの最中です。
 確かに「立秋」は過ぎています。
 でも、まだまだ夏なのですが、ほとんどの田圃は黄色に色づくか、刈り取られて黒くなっています。
 早場米の所はお盆前に終わっていますしね。
 田植えの一番遅い方の「丸山千枚田」でも、稲刈りイベントが9月4日に行われます。
 稲に関しては実りの季節は「秋」ではなく「夏」です。
 昨日のテレビのどこかの学校の田圃ではまだ穂も出始めていませんでしたけどね。

 今の時代、農産物はどんどん早期栽培の方に移ってしまいましたね。
 出始めのほうが高く売れる・・・
 そして、それを目指して品種改良が進んだのです。
 でも、品種改良には限界がありますね。
 と、言うことで「温室」が作られ・・・ビニールなんて安くて便利なものが出来ると、「ビニールハウス」なるものが普及しました。
 これが広まって、春先が初夏に化けるようになり作物の時期が大きく変わりました。
 しからば・・・と、さらに前倒しするのに石油を焚きだしました。
 季節感なんてなくなったものが増えましたね。

 稲だって、モミを蒔いて育てるのはビニールのトンネルの中ですね。
 秋の運動会の頃に、真っ青な酸っぱいノが出てきた「温州みかん」も今では7月にはスーパーに並び、9月10月の運動会の頃には「青切り」「早生」とか言っても一人前に甘いのが出ています。
 これも随分ずれちゃいなした。

 隣の御浜町は「年中みかんのとれる町」がキャッチフレーズですが、今では「温州」だけで6・7・8・9・10・11・12と半年以上収穫されます。
 もはやこんな果物は「季語」にはなりませんね。

 四季があるから細やかな感受性が養われ、豊かな日本語の表現が発展した・・・
 などといわれますが、これがどんどん消えていますから、今の人のように、何をきいても「べつにーー」程度しか言わないようになっても当たり前なのかも知れません。

 季節感まで壊して競争して・・・
 皆がそうなるのでそんなには高く売れないし、その癖にコスト高で全般に高値になったり…
 儲かるのはアラビアの王様???
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-24 09:32 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 23日

熊野の旅 東北震災と地方自治体

 東北の震災の復旧は遅々として進まないようです。
 地震と火事という阪神大震災と違い、「津波」という個人の注意では防げない物があるので、「再建」では済まない部分が大きいからもあります。
 堤防では止められないことは田老地区の例でもはっきりしたのですからね。
 地域ごと引っ越すと言う難題を明治に行った村もあったようですが、今の時代は村長さんの英断があっても村民は中々従わないでしょうしね。
 日本中、「土地神話」から抜けられていないので余計に厄介でしょう。

 この東北の震災で出たがれきの処分について、うんと離れた所を含めた全国の地方自治体が協力を申し出ています。
 それも、早々と手を挙げた所がものすごく多いです。
 三重県では…いなべ市、四日市市、鈴鹿市、亀山市、津市、鳥羽市、志摩市、尾鷲市、紀北町、熊野市、伊賀南部環境衛生組合、桑名広域清掃事業組合、伊勢広域環境組合 これだけの自治体・事業組合が名乗りを上げています。
 今の所搬入されては居ないようですが、ぼつぼつと市民の間でフアンと不満がくすぶりだしています。

 被災地を助けるのは良いにしても・・・
 その被災地のがれきの出場所は??
 福島県が含まれるのか?
 宮城県なら放射性物質セシウムなどは無いのか??
 海水にどっぷり浸かっていた材木などの瓦礫を燃やす時に発生するダイオキシンの除去は考えた上での立候補なのか?
 なぜ、市民への説明も無いのか???

 「アエラ」に載ったことで表面化してきたことなのです。
 ほとんどの自治体では軽い気持ちで手を挙げたとしか思えません。
 腹の底には、「政府に協力姿勢を見せれば、覚えがめでたくなり、将来得かも知れない」なんて、打算も見えなくも無いです。
 「こんな遠くまではトラックを連ねて持っては来ないだろう」と、たかをくくった所もあるでしょう。
 でも、そんな単純な事柄では無い部分もありますよね。

 熊野市の焼却炉は少し老朽化はしていますが、バグフィルターを備えた、建設当時としてはダイオキシン対策の出来たものでした。
 でも、建設当初から、「連続炉」では無いので、毎日の立ち上がりと停止冷却時にダイオキシンが発生しよい800度とかの低温域を通過します。
 さらに、バグフィルターの宿命で、新品時とか清掃時にはダイオキシンはかなり排出されます。
 これは、建設時の熊野市議会・環境対策特別委員会とメーカーの会合などで示されたことです。
 しかし、それでも連続運転するだけのゴミは無いし、バグフィルターは当時としては優秀な煤塵除去方法でした。
 私はこの炉の計画が浮上すると同時に議会内に特別委員会を作ってもらいたしか8名のメンバーで勉強した経緯があります。
 それだけに、熊野市の炉には自信も愛着もあったのですが、詳しい数字は忘れましたが、万全ではないことも知っています。
 まして、放射性物質の問題までは想定しませんでしたし、他所の町と違いこの炉は市街地にあります。
 残念ながら、当時も特別委員会のメンバーは議会には残っていません。

 それと、地方自治体や共同事業体の焼却炉はその地区の住民の生活活動から発生するゴミを燃やすと言う目的で作られています。
 他の自治体のものや有害物質かもしれないものを燃やすとなれば、あくまでも「特例処置」です。
 住民に内緒?…と言うと言葉が悪いので・・・無断で、引き受けて良いのでしょうかね??

 この問題は熊野市や三重県の自治体だけではありません。
 和歌山県などのように手を上げた自治体の少ない所もありますが、全国に散らばっています。
 そのリストは下のURLに載っています。
 皆さんの町も入っているかも知れません。
 政府は、放射性物質のあるものは運んでゆかないとは言っているらしいですが・・・
 原子力保安院とやらでさえあの始末です。
 あなたは信じますか?

http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/08/blog-post_7199.html
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-08-23 10:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)