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LUZの熊野古道案内

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2011年 07月 31日

熊野の旅 海水浴シーズン

 熊野は海水浴場があります。
 日本は島国で周囲は全部海、ものすごく長い海岸線を持っています。
 でも、外海が多いし、人口海浜が多いし、意外と海水浴場って少ないのです。
 東京でも、私の世代だと戦後復興してくるまでは芝浦の海で泳いだなんて品川の友人が話していましたが、私が東京に出た昭和36年には泳ぐなんてとんでもない話でした。
 だから、記憶にあるのは「豊島園」「池袋ジャンボプール」なんて大きな水溜りで泳いだことです。
 そして、わざわざ湘南まで出かけたり…

 紀伊半島も真ん中は山ですが、周りはきれいな海です。
 海水温も黒潮のおかげで高目です。
 でも、「黒潮洗う・・・」などと表現される紀州の海は、およそ海水浴には向かない所が多いのです。
 紀伊水道の中のほうに入っても大きなのは「白浜」位ってものです。
 熊野市では、「大泊」「新鹿」と二箇所の海水浴場があります。
 一見良さそうな「七里御浜」は波は荒いし落ち込みが激しいし潮の流れは速いし・・・遊泳禁止です。
 昭和30年代にも「遊泳禁止」「泳ぐな!」なんて看板があったように思います。
 でも、その頃のガキは無視して泳いでいました。
 「大泊」まで2Kmほど出かけるのが面倒でしたし、土用波が立ちかけた真夏の木本海岸は遊ぶのに最適だったのです。

 サーフィンの画像などにあるように、波が立ち上がって真っ青な腹を見せてくれます。
 「海の中が見える真っ青で垂直な波の腹に向かって突っ込んでいって波頭の向こう側に浮かび上がる・・・」
 これが、この海でお遂げるようになる最低条件です。
 でも、出るほうは割りと簡単ですが。帰りはもっと大変なのです。
 「波頭に乗って一気にクロールで帰ってくる・・・」
 それが出来なければおとなしい波の時でもグルグル回されて砂利に叩きつけられ、波に引きずり込まれます。
 方向も分からなくなるし、鼻からも口からも塩水は入ってくるし、ひどい目にあいます。
 駄目な時は、とにかく、一気にもう一度沖を目指すしかないのです。

 帰ってくるときに乗る波を選ぶのも経験が要ります。
 そんな全てを教えるのが「ガキ大将」の役目でした。
 まだ、ちゃんと覚えていない子には波をくぐって外に出ることは禁止しました。
 学校の禁止事項より「ガキ大将」の命令の方が絶対でしたね。
 そのようにして日本の子供は遊びを覚え、安全・危険を学んできたのです。

 それが、PTAなんてのがのさばってきてからおかしくなり、ガキ大将が存在できなくなったのです。
 「番長」なんてのと「ガキ大将」は違います。
 同級生だけで遊んでいたのでは、何も受け継がれませんよね。
 そして、しょうも無いところで溺れたり…

 海水浴シーズンって短いです。
 夏休みに入ってからお盆までの週末だけ・・・
 せいぜい4回しか無い週末に天気が悪いととたんに人が出なくなります。
 どうせ濡れるんだのに、雨ら降ると逃げ回りますしね。
 今日は曇っています。
 大泊も新鹿も人出が少ないでしょうね。
 近年は浜の売店もまともに出なくなっています。
 「笛吹けども・・・」
 こんな遠くの海水浴場ではなく結構都会の近くでもこの傾向があるんだとか・・・
 
 「流れるプール」「波のあるプール」「滑り台」「完備した売店」・・・
 水に入っても水着が取れちゃう心配の無い…
 そして、置換以外は一応安全な・・・
 町中で用が足りちゃうんですね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-31 09:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 30日

熊野の旅 富士山はいいにしても・・・

 日本中を「世界遺産」にする計画が、ユネスコの認可制限で苦しくなったら、今度は部門別に一つずつなら良いだろう・・・と、考え付いたようです。
 まあ、「富士山」は日本の象徴ですからいいでしょうけど・・・
 ここも、早くに「自然遺産」として申請しようとしたけど、ゴミが散乱しているなどの問題で申請できませんでしたね。
 ボランティアなどで、当時は清掃を試みていたようですが、解決できなかったのでしょうかね?
 そして、今度は「紀伊山地の霊場とその参詣道」と同じように「文化遺産」で申請するとか・・・
 「山岳信仰」では「月山」「羽黒山」なんてのも候補に挙がったことがありましたね。
 さらに、山岳信仰の対象は「御嶽山」「大山」などをはじめとして日本中あるようですね。その数、2000峰以上とか・・・
 富士山頂は「浅間神社」でしたっけねえ・・・
 
 富士山は、「日本」=「フジヤマ」「ゲイシャ」と言われたこともあるようにまさに日本代表でしょう。
 この熊野からも海の向こうに富士山が見えるのですからね。
 姿はきれいだし…
 B29の飛行目標になったこともあるのですが、それ程目立つきれいな山です。
 似た山はジャワ島などにはにょきにょき突き出していますが、日本ではあまり無いですね。
 でも、「自然遺産」が駄目なら「文化遺産」で・・・と言うのもねえ…

 それより、「日本料理」を申請しようと言うことらしいです。
 これといったきちっとして定義が無いので、「有識者」などが集まって、「日本料理」を作り出すのだそうです。
 それをもって「日本料理」とするなんてすごく横暴ですね。
 何が何でも申請を続けないと困る団体とか御仁が居られるのかな?
 ミシュランなんかの格付けでもそうですが、人気を煽って飯の種に・・・と言う匂いがします。

 世界では食べる習慣がなくなってきた、「鯨肉の食文化』を守っている事を申請するとかは無いのでしょうかね?
 これこそ、日本の食文化だって言えるものでしょう。
 うまいものでは無いですが・・・
 でも、私のような紀州の山猿からすると、味の無い、器ばっかりの「京料理」も口に合いません。
 近年は名前が通った料理は「まったりとして・・・」とか「上品な隠し味が・・・」とか褒めて、「美味しい!」と言わない人は「駄目な人」と言う風潮があるようです。
 でも、流行の「B級グルメ」なんてのはコテコテのどぎつい味ばかりのようです。
 どっちが、平均的日本人の味覚で、日本代表なのでしょうね?
 なんだか、「和装」「十二単」などを日本代表で推薦するような感じを受けます。

 やっぱり、文化人ではない私などでは、そんな高尚な世界は理解できないのでしょうね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-30 10:33 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 29日

熊野の旅 夏の食べ物

 今は土用の真ん中辺なのでしょうか?
 今年は「土用の丑」が二回あるそうです。
 量が少なくて高値のウナギだけど、丑の日が二回あればやっぱり多く売れるでしょうね。

 三重県では津の辺りは「鰻」よ良く食べるのだそうです。
 42号線を走っていても、大台町三瀬谷の辺りには鰻を食わせる店があったように思います。
 熊野では今は一軒だけ「鰻」を食わせる専門店があります。
 「大福」と言う店で本町と記念通りを結ぶ細い通りの少し目立たない所にありますが、商工会議所周辺で尋ねれば判ると思います。
 と、言うことで・・・
 そんなに鰻大好きの町では無いようです。

 初夏から夏・・・お盆に掛けての熊野の食べ物・・・
 初夏の「さらたけ」に始まって、鰹が始まると「生節」が出回ります。
 ウルメが少し大きくなると「ウルメの寿司」、いわしも少し大きく鳴ると「いわしの寿司」、アジも同様で「アジの寿司、そして「カマスの寿司」「キスの寿司」…
 これらは全部「姿寿司」です。
 結構足の速い魚類ですが寿司になって出てきます。
 東京で見かけるような、巨大ないわしやアジではありません。せいぜい10cmどまりの小さなものです。
 だから、出来上がる寿司もせいぜい握りの倍くらいとかの小さなものです。
 小魚は大きくなりすぎると脂が乗ってしまい、寿司には成りにくいのです。
 包丁で三枚に下ろして・・・ではなく細かい手作業ですから家中の夕食の分作るのは結構大変そうです。
 それでも、昔の木本人、熊野人はこうした小魚の姿寿司を「夏のご馳走」として食べてきました。
 今ではこんな面倒なのを作ってくれる「嫁さん」は居ないようです。
 いまの「ばあさん」の世代はこうした料理を仕込まれないで親と別居の時代ですから、嫁に伝授するはずも無し…
 
 こうしたものを食べたかったら、お惣菜屋さんか地元スーパーのお弁当コーナーで探すしか無い時代です。
 もはや、郷土料理とは言えない状況ですね。

 全国の「B級グルメ」を見て判るように、伝統のものではなく、近年でっち上げた「焼きそば」「お好み焼き」的なものばかりですし、食べる方も味の濃いそんなもののほうが好きなようです。
 作る方も簡単に出来るものですしね。
 食文化も「金太郎飴化」しているようです。

 山のほうからは「茗荷」なんてのが食卓に上ってきます。
 元々は日本中の山に自生しているやつですから、半日陰でじめじめした所に植えれば、初夏と秋の二回収穫できます。
 品種と言うほどでは無いですが、株によって秋に生えるのと生えないのがあるようです。
 この茗荷も、昔は沢山食べたのですが、今では「珍味」扱いされ、パックにちょこっと入って高い食材になっていますね。
 山ででも、他所の畑ででもただで手に入るもの・・・と言う頭があるのでスーパーでは買ったことがありません。
 薬味にはいいですし、「酢漬け」も美味しいですよ。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-29 10:45 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2011年 07月 28日

熊野の旅 熊野市記念通り お祭り通り?

 少し前にちょっと触れましたが、お役所って新しい言葉を造り、しばらくそれを使かいたがります。
 「高速道路無料化社会実験」なんて言葉を中央の方で使いましたが、吾が熊野市では、「歩行者天国実験事業」と言うのを「社会実験」としてやるのだそうです。
 事あるたびに歩行者天国にしてイベントをやってきた「記念通り」でやります。
 毎月行われてきた、「いこらい市」と言うのも、はじめは歩行者天国でやっていたのですが、通行止めするほどのことは無い・・・と言うことで歩道の上に上がった経緯もあります。
 「社会実験」と言う新しい冠をかぶせれば予算もつけ良いですからね。
 そして、その中身が表に出ました。

 7月30日(土) 18:00~21:00 よさこいナイト
 8月6日(土) 18:00~  和太鼓ナイ 寄せ太鼓コンテストト
 8月7日(日) 14:30~  和太鼓ナイト 響鼓in熊野2011
 8月14日(日) 18:00~21:00 里帰りナイト
 8月21日(日) 18:00~21:00 浴衣ナイト
 8月28日(日) 18:00~21:00 ラストサマーナイト

 すごいでしょう!
 これが全部熊野市記念通りのイベントなんです。
 「実験事業」なのですから、色んなデータも収集されるのでしょうね。
 今でも商店の方からは「邪魔なイベントだ」と言う声すらあるのに、これだけ立て続けにバスも遮断してやるのですからね。
 「イベントのためのイベント」であれば来場者の数を単純に数えればよいかもしれませんが、市内各所で夏のイベントが一杯あって競合するマイナスも考慮しないといけませんね。
 何しろ。公金を放り込み、なおかつ職員の応援もあると思いますからね。

 14日の「里帰りナイト」と下にある16日の「古道通り夜店」などは場所もすぐそば、趣旨もほぼ同じ、ともに公金が入っている…市内で行われる同趣旨のものには補助金なし…
 14日のなんかは、「毎週末に行う社会実験」と言う路線で無理矢理企画し割り込んだようなものに見えるのは私だけでしょうか?
 こうしたイベントは地元活性化と言う大義名分があるはずで、だから予算が使えるのです。
 主催者の自己満足では・・・
 商店街でやる以上、商店街のお店に当日にしろ後日にしろプラスにならないといけませんね。

 もう、何十年もこんなイベントを繰り返したのですけどねえ・・・
 出てる店はいつも同じ・・・
 訪れる人も同じ顔ぶれ・・・
 今まで検証も分析もしなかったのですから、改めて「社会実験」をやるのでしょうけどね。
 商店街と言うほどお店は残っていませんけどね。

 昔は私も出店の側の人間でした。
 その頃でも、「付き合いきれない!」と言うのが本音でした。
 市・県・国それぞれが企画するし・・・
 隣接の町からも要請が来るし・・・
 場所も地元・県内・大阪・名古屋・東京・・・はては広島まで・・・
 催事屋さんはそれで飯を食うのですが、素人の地場産品は大変なんです。

 と言うことで、これからは週末に熊野に来られたら一杯イベントが見られます。
 
 8月16日(火) 17:00~ 古道通り夜店 本町通り
 8月17日(水) 10:00ごらから くまの郷土物産展 記念通り 
           18*30~ 熊野大花火大会

 なんてのもありますよ。
 人口10万都市も顔負けでしょう?
 今の人口19.500人ほどです。
 歩いてこられる範囲の人口3.000人かな?
 これも、熊野市顧問のえらーい東大出の先生の意見が入っているのかも…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-28 09:43 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 27日

熊野の旅 8月6日は火祭り

 この辺りの水田は、もう色づき始めています。
 お盆が終わる頃には稲刈りが普通に行われますからね。
 紀和町などはそろそろ稲刈りでは無いでしょうか?
 夕方のローカルニュースでは毎年のように「早場米」として稲刈りが報じられますからね。
 この間の台風でかなりの田圃が冠水したのですが、花の時期が終わり、実が付いてすぐなので発芽する心配も無いし、今の丈の低い稲を倒すほどの風でもなかったので被害は少ないようです。
 今年は「農業共済」などと言うものの役員になっているので少しは気になりますね。
 百姓の子ですが、次男坊なので百姓ではありませんけどね。

 日本の場合、昔なら狭い田圃でも貰った方が良かったのでしょうけど、昭和の中頃以降は日本の平均的農家・・・「三反百姓」では食えなくなって・・・と言うより、生活に現金が要るようになって、ほかに仕事が無いと、成り立たなくなっています。
 さらに、林業不振と言うより林業壊滅になってからは、山主だけではなく山働きの人も仕事がなくなり、ますます、「三反百姓」が駄目に成り、農地がお荷物になった絞まった所が多いです。
 山間部、海岸線の棚田がその典型です。
 機械化されてもその機械が入れない田圃がほとんどですからね。
 国の進めた「圃場整備」も段々の所では田圃を広げることも出来ません。
 その典型が紀和町の「丸山千枚田」です。
 昭和の後半から放置されだして壊滅は時間の問題と言われていました。

 この「千枚田」を救った??のは先々代の三重県知事・北川さんです。
 「東紀州活性化」「観光開発」などと言うキャッチフレーズで三重県の予算で復活させていったのです。
 とてもとても当時の紀和町の手に負えるものではなかったですからね。
 それ以来、何だかんだとこの千枚田は維持されています。
 維持するためには今流の農家に対する「戸別補償」なんかでは解決できません。
 「オーナー制度」から各種イベント…手厚い保護策でようやく息をしているようです。
 これが農業本筋とは思えませんが、「観光」と割り切ってみるしか無いでしょうね。

 8月6日土曜日には紀和町で「火祭り」があります。
 人口の無い紀和町にしては人が集まってくるお祭りです。
 場所は熊野市紀和町小川口の河原です。
 「瀞流荘」「湯の口温泉」に行く道です。
 人が集まるといっても、車が近づけない・・・なんて混み方はしません。
 夜のイベントですから、日暮れに着けばいいわけです。
 もっとも、「瀞流荘」の宿泊はいくらなんでも一杯だと思いますが・・・
 熊野の中心街から40分くらいです。
 熊野市内なら問題なく泊まれると思いますよ。
 「熊野大花火」の8月17日以外は熊野の宿泊は確保できるものです。

 そんなに大層な火祭りでも無いですが、熊野川の川風に吹かれながら、地元のおばちゃんが作ったおでんを食べ、火祭りをみて花火も見て・・・
 人ごみを掻き分けなくって良いし…
 ちょっと会場を離れれば人気は無いし…??
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-27 09:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 26日

熊野の旅 あと22日 熊野大花火大会

 津波だ台風だなんだかんだ言いながらも「熊野大花火大会」が迫ってきました。
 昨夜も。おそらく最後の調整でしょう、いきなり花火がドカドカドカーンと鳴りだしました。
 予告が無いので何の準備もしていないし、鳴りだしてからカメラを探し、マニュアル露光にセットして外に出ましたが・・・
 色んな新作をテストする時のは、単発でも回数上がりますが、昨夜のは仕掛けのテストらしく、一気に打ち上げて終わりました。
 家を出たところで一枚、浜の出口で一枚・・・三脚無しで取るのが精一杯でした。
 目の前だからといっても無理ですね。
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 これが仕掛け最後の一発のはずですが、普通と違い低い所で爆発させています。
 本番では、最後は「尺玉」で高く大きく・・・なのですけどね。
 そうでないと、仕掛け花火が終わったように感じません。
 オーケストラの「ジャンジャンジャーーン」と言う最後と同じですね。

 今年の花火は東北の震災で開催自体がとかく言われましたが、例年通りに…とは行きませんが、少し予算を減らして実行されます。
 寄付集めのほうも苦戦しているようです。
 不景気・震災・自粛ムード・・・
 それでも、観客の方は「ASUKA II」など4艘の客船が並ぶようです。
 近年はこうした豪華客船が並ぶようになってので、それを楽しみにやってくるマニアも居るようです。
 日本が持つ客船はそんなに多く無いですから、{ASUKA II」 「フジ」などが並ぶ機会も少ないですからね。

 浜の場所取りも、一度ブルドーザーで排除しても勝手にテープを張りなおす人が一杯居ました。
 そのテープも台風6号できれいさっぱり消えました。
 その代わりにものすごい量の枯れ木枯れ枝が浜を埋め尽くし、ユンボまで動員して片付ける始末です。
 住民の勤労奉仕もあって、何とか片付いてきました。
 桟敷は堤防の形が変わったのでどんな形で組むのか判りませんが、一般観客の邪魔にならないように指導するようには管理者の三重県土木に申し込んではあります。
 来年はさらに堤防の形が変わりますからどうなるかは不明です。
 最早「浜に面した家は、、間口の分だけ沖までその家の分」と言う習慣方は消えています。
 我が家も桟敷を作らなくなって40年ほどになるでしょうね。
 金はかかるし。なまじ桟敷など作ると客が一杯来て接待しなくてはならなくなるし・・・
 そんな時代では無いですね。

 と、言うことで・・・
 用意万端・・・
 かどうかは別にして、準備は進んでいます。
 8月17日は水曜日で週の半ばなのでそんな煮込まないとは思いますが、なるべく早めに木本入りしてください。
 正午を過ぎると例え自分の家でも車で木本町には入れませんからね。
 通行許可証「丸花マーク」を熊野署で貰って置いてください。


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-26 10:44 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 25日

熊野の旅 夜店・縁日

 このシーズンは何処の町でも、夜店・縁日が一杯あるのではないでしょうか?
 この辺では、「縁日」と言う呼び方はしませんね。普通に「夜店」と「呼びます。
 そもそも、「縁日」とは、「弘法さん」「お地蔵さん」「弁天さん」などと言うものの、日が決まっているお祭りと言うか祀り日のことですね。
 近年始まった「夜店」は「縁」なんてものが無いのですから…

 何かを祀ってあっても、取り立てて地元で大切にされている訳でも無さそうで、祭事無しで「夜店」だけと言うのもありますからね。
 先日の「新出町稲荷」の「夜店」は以前から7月20日に置くなわれてきたし、きちんと神主さんに神事を執り行った貰ってから始めます。
 でも、神事に参加するのは町の役員数名だけです。
 それでも、稲荷さんの境内の夜店とビアガーデンなので来た人のほとんどは社におまいりしているようです。
 お酒などのお供えも上がるし…
 「縁日」と酔うんでも良いのでしょうね。
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 この「新出町稲荷夏祭り」を皮切りに、「花の窟神社」「天神さん」「竜宮さん」「弁天さん」・・・それに加えて「〇〇町夏祭り」なんてのが週末に一杯あります。
 最後が山間部の「夏祭り兼盆踊り」と「古道通り夜店」あたりですね。
 『熊野大花火』が8月17日ですから、その日まで夕方車を走らせると、ビアガーデンにぶつかります。

 多すぎるのであまり写真も撮りに行きません。
 スナップは何処で撮っても同じになっちゃいますからね。
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 今のご時世、スナップ写真も撮りにくいのですが、「カメラマン」と呼ばれることが増えているくらい、私とカメラが結びついているので地元では気楽に撮らせてもらえます。
 写真の子は近所の子で、何処で撮っても入っています。
 この子とその友達は専属モデルみたいな感じです。
 でも、あと何年撮らせてくれるやら・・・

 田舎の夜店はこじんまりしています。
 見込み客が少ないのですから仕方ないです。
 でも、お店の値段は安いですよ。
 子供の小遣いで買えないと駄目なんですから・・・
 定番の「綿菓子」「りんご飴」「風船」さえも出ていないことがあります。
 田舎には「露天商さん」がほとんどなくなりましたからねえ…


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-25 10:22 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
2011年 07月 24日

熊野の旅 今日の熊野市

 午前6時 CATV関西系テレビ放送デジタル波送信開始
 正午 地上アナログ放送放送停止
 正午 CATVアナログ波から関西系放送が消える

 午前10時 高規格道路。尾鷲熊野道路 大吹トンネル貫通式

 私がテレビの火を入れたのが午前7時ごろでした。
 古いテレビのチューナーをかましたもので確認すると、そのままでは関西系4局は拾ってくれていませんでしたが、包装の再チェック機能を働かせると、きちんと受信できました。
 液晶の新しい方も地域設定で読み込むときちんと映りました・
 中京系の中京・名古屋・CBC・東海・NHK名古屋・NHK津・NHK教育・三重・ZTV・熊野市行政のほかに、朝日・毎日・関西・読売とチャンネルが揃いました。

 正午にはアナログ放送終了をこの目で見るために、アナログ波のほうを見ていました。
 本当に止めましたね。
 でも、熊野のCATVでは東海系の放送は「デジーアナ変換」して送信していますから、アナログ受信機も一応使えます。

 せっかく、関西系の放送を流してもらうように運動して、要望が通ったのですが、この、デジタル放送と受信機の頭の悪さから、増えた4チャンネル分を受信できない人がほとんどなのでしょうね。
 解消されるのに一週間では済まないでしょう。


 「大吹トンネル」
 3300mを越す長いトンネルです。
 貫通式がありました。
 毎度の事ながら、こうした式典は仰々しいです。
 今回のは国土省の工事ですから、市とか県のよりおおげさです。
 トンネルはこの状態で見ると、巻きたては終わっていないし、路面も出来ていないので、一回り大きく見えます、
 さらに、今回のは高規格道路・高速道路規格ですから、少し大きいですしね。
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 国会議員・県知事・市長・町長・建設省出先のえらい人・県議会議員・市議会議員・町議会議員・地元有力者・・・
 勢ぞろいしています。
 新聞などはその人たちを載せるのですが、本当はこっちの方が主役でしょう。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-24 13:14 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 23日

熊野の旅 熊野でも関西系テレビが今までどおり見えるようになりました

 明日正午で地上アナログ放送が打ち切られます。
 少し前ここに書いたように、それを機会に東海地区に入る熊野市や南牟婁郡ではCATVのケーブルテレビから、「越境」になる関西系の放送は流さない・・・なんてことが実行されようとしていました。
 私の家などはCATVを導入する前から、関西系の放送は新宮向きに上げたUHFアンテナで受信していました。
 そうした地域があるので、三重県側のCATV会社ZTVは開業と同時に熊野市・南牟婁郡全域に関西系の放送を東海系テレビと一緒に流して居ました。
 電波の割り当てはVHFの隣のエリアにはUHFと言う風になっていたので、放送電波をそのままケーブルに流す、パススルー方式を使うZTVだと、この多チャンネルをを流し込んでも、リモコンチャンネルが足りない場合があっても放送そのもののチャンネル不足はなかったのです。

 このように、ZTVが両方流すことで、熊野エリアでは他所より多いチャンネルを楽しんできましたし、その魅力と、熊野市や南牟婁郡の町村の加入工事費負担と言う巨費を投じた補助で加入者が急増しました。
 地形が複雑な所ですから、長尾山と言う見晴らしの良い山頂の中継所の電波も受信できない場所が多く、テレビ難視聴地区が沢山あっただけにZTVに頼る所が大きいのです。
 それなのに、長年親しんだ「関西系テレビ放送」を打ち切るなんて…

 と、言うことで議会での一般質問で二度も取り上げ、埒が明かないので、ささやかながらも『「関西系テレビ番組が見たい」と言う運動』を個人で立ち上げて、こつこつと夜中にビラをポストに入れて回ったり、ローカル紙に趣旨を載せてもらったりして、1200人ほどの署名が集まりました。
 このテレビの波を止めていたのが、「関西民放」の連合体と「東海民放」の連合体なるものでした。
 取って付けたような、「他エリアのCMが流れると本来の地域CMの効果が阻害される」なんて変な理由からでした。
 裏にあるのは、郵政省以来の利権とセクト主義の「総務省官僚」から出た、「放送局の電波はエリアを越えないように・・・」なんてお達しなのです。
 うんと遅れて免許が出た、各県単位のローカルUHFテレビなどはかなりきついお達しを受けています。

 何だかんだで、関西と東海の話し合いが付かないなんて、視聴者無視の状態が続いていて、アナログ打ち切りの直前まできましたが何の発表も無しでした。
 でも、ようやく出ました。
 『ZTVは関西系テレビ番組を熊野市・御浜町で流します』と言う知らせが入りました。
 たざし、「和歌山放送を除く、関西・朝日・毎日・読売の大手4社+NHK和歌山がデジタル波で送られてきます。
 東海系はデジタルの他に、「デジタルーアナログ変換」と言うなし崩しで古いテレビが使える形での送信も行われます。残念ながら、古いテレビのままではデジタルしか来ない関西系は見られませんが、チューナーとか新しいテレビの人は今まで通りに「ちちんぷいぷい」とか「阪神タイガースのナイター」が見られるようになりました。

 ささやかな運動でしたが、視聴者自らの声を届けられたことも効果があったと思われます。
 本当によかったです。

 昨夜は町内の稲荷さん夏祭りでしたが、ビアガーデン開始のときの町内会長挨拶で私が、この事実を報告すると、まだ、ローカル紙にも報道されていないこともあり、拍手が沸きました。
 それだけ、関心が高く、待ちわびていた朗報なのです。

 このように、ほぼ思うようにテレビ問題は解決しました。
 これで、関西からのお客さんも熊野に泊まればいつもどおりの番組が見られるし、名古屋の人も普段ノが見られます。
 旅先で見るテレビの違和感がなくて済みますよ。
 ぜひ熊野に泊まってください。

 追記・・・
 多チャンネルに成り、テレビの設定がわかりにくいときは「ZTV」が手助けしてくれる約束になっています。
 ただ…
 問い合わせが殺到するでしょうから、出来るだけ自助努力をお願いします。
 それと、ZTVの係りにありがとうの一声を掛けてあげてください。
 当たり前では無い事をやってもらったのですから…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-23 09:53 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 22日

熊野の旅 浜が痩せた! 木本海岸

 沖に作った「潜堤」には波消しの能力とともに「養浜」と言う作用も期待されています。
 どんどん深みに落ちてゆく砂利を食い止めることで少しでも浜を太らせようと言うことです。
 砂利の補給があるうちは効果があるはずなのです。
 そのおかげで、ほんの少しだけ波打ち際近くの浜が盛り上がることもあったのです。
 
 しかし・・・
 今回の台風6号では波は浜の2/3程度で収まったのですが、押し寄せたゴミ・流木はものすごい量です。
 こんなの物を打ち上げたのに、砂利を一揆の運び去りました。
 今まで出一番砂利が少ないと思われるところまで浜が痩せました。
 波の力はものすごいものです。
 木本港が一晩で埋まることもあります。
 そして、一日で浜をなくします。
 ダンプカー1000台で一万トンですから、今回、木の本の浜から消えた砂利は十万トン単位だと思います。

 これから先、通常の波の作用で少しずつ戻ってくれれば良いのですが・・・
 土用波の季節で、砂利が動く程度の波は増えますが、この状態を元に戻すには…
 それも、積み上げる方向で波がうつ事が前提ですからね。
 困ったものです。

 花火の観客席も減りましたね。
 少しでも波があれば延期に成りそうです。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-07-22 12:32 | 熊野 | Trackback | Comments(0)