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LUZの熊野古道案内

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2011年 06月 30日

熊野の旅 大資本と観光

 昔からの観光地でさえ観光地では大資本などといわれるものはなかったものです。
 かの、「熱海温泉」「湯河原」「箱根湯本」などと言っても、名門・老舗はあっても資本的には大したことの無いもののようです。
 大資本が乗り出すようになって、彼らがやったのは「遊園地」みたいなものを作ることでしたね。
 電鉄会社がお客を取ろうってのが発想の原点だったようです。
 宿泊施設も、大企業がやったのは「儲からない旅館」ではなく「経費で落とせる保養施設」を作ることでした。
 4割ほどの法人税時代に「福利厚生」なんて名目で経費に認められれば、ほぼ4割の補助金を貰ったのと同じだったからです。
 中小企業でも儲かる会社の社長車がベンツになるのと同じ理屈です。
 どうせ税金で取られる金なら「使わにゃ損・損」てことです。

 日本では「観光産業」は何だかんだ言いながら、お上のお助けを頂いてきたことが多いのです。
 極めつけは、「リゾート法」だったのです。
 最初は「宮崎」「三重」「宮城」でしたかの三県でしたが、他の所の不満が噴き出して、指定されたのが29県?まで膨れて、何も出来ないまま終わった政策でした。
 なにしろ、「リゾート施設」を計画すれば、基盤整備の「道路」「水道」などは全部お役所が作ってあげる、地方自治体は誘致のためなら土地も用意してあげましょう…なんて夢の施策でした。
 
 皆さんは、「そんなすごい制度なら希望者殺到だったでしょう?」というでしょうね。
 大手や準大手の東京にあるようなコンサルタント会社、企画会社がもがり付いてきました。
 事業をするためではなく、「コンサルタント料」をむしりとるためです。
 現地にもまともに来ないままで作文を書いて、金文字で「〇〇リゾート開発計画書」なんてのを製本すれば何千万もになるのですからね。
 どうせ出来ないやつですから書くのも気楽なものです。
 候補地が移動したり、中身が少し変われば、又々、役所はそれに応じた「企画書」を大金を出して発注しました。
 どうしてそんなに気前良くやったかって?
 そりゃあそうでしょう・・・
 『リゾート法』なんてのを国が作ったのですからそうした金は国から出てきますからね。
 いや、使わなかったら叱られそうですからね。
 熊野市は指定地でしたから、私もいくつかのコンサルタント会社の作った図面を見ました。

 道の無いところには二車線で道は付くのだし、水道も一般住宅だとあんまり離れた所には中々水はこないのに、こうした企画では10cm級の上水道がただで整備されるなんて話でしたからね。
 水源の無いところでは水源確保までお役所が責任を持つなんて話だったのです。
 それでも、素人の私から見て、「やって行けるわけ無いだろう?」と言うものでした。
 そして、企画には参入してお金を持って帰った一流会社はあっても、事業をやりますなんて言った企業は、地元出身のスーパーの社長が「ゴルフ場だけ」と言うことで名乗りを上げただけでした。
 このゴルフ場も採算など合うはずも無し…
 私たちは、「ゴルフ場の開発工事が中断されるより、あんたとこの店が潰れる方が困る」・・・と、会社に申し入れたくらいです。
 バブルの崩壊もあり、ゴルフ場は出来ないで済みましたけどね。

 「観光立国」「観光立市」など、良く掛け声がかかりますが、実態は…
 大資本が…ファンドの連中が…乗り出すほど、うまい汁は出ないのがこの産業なんでしょう。
 田舎でやるよりは土地が高くても都会の真ん中で…
 これが金儲けの理論でしょう。
 「東京ディズニーランド」に始まった、都市圏での客の囲い込みはすごいですね。
 「大江戸温泉村」なんて、温泉好きを「熱海にも箱根にもやらんぞ!」と囲い込んだのです。
 「白浜や太地や鳥羽に行かなくていいよ!」とどでかい水族館が名古屋と大阪に出来たし…
 入場料が少し高くても、遠くまで走るガソリン代や時間を考えると…
 そして、泊りがけだと昨日の記事の様に海外の方が安い!

 建て前はどうあろうと、田舎は小さな資本でおこぼれをこつこつと…
 「ミレーの落穂ひろい」は百姓の姿ですが、田舎の観光もあんなものかもしれません。
 毎年、他所からのお客さんのために大金を入れていますが、本当にいいことなのかの検証も無いですね。
 吾が熊野市の人口は19500人なんです。
 そして、日本の姿から推測しても、定住者が一時的に数人増えても、三十年もすると、日本国が…

 人口は増えるもの、「経済は成長するもの…
 この神話に何時まですがるのか…
 有識者なんて方々は知っていて夢を振りまいているのでしょうか?
 怖くって目を向けられない…
 これを言うと嫌われる…

 観光は国民の楽しみの一つであって、お客の財布を空にさせようと言うものでは無いでしょう。
 「二度と行くまい丹後の宮津 縞の財布が空になる」
 こんな歌もありますけど…
 西國33箇所の巡礼に出ても一番札所の「紀伊の国那智山青岸渡寺」は良いですが、「西国21番札所 穴太寺」辺りは気をつけたほうが良いのでしょうかね?
 でも、「縞の財布が空になる」と言うのも大都会に勝てないようですね。
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by je2luz | 2011-06-30 10:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 29日

熊野の旅 高速有料化で困るようでは…

 私などは全く評価しないし、やめて当然の「高速道路休日1000円」とか「高速道路無料化社会実験」なんてのが終わってくれました。
 東日本大震災の復旧にお金が要るから止めたことになっているのでお金の余裕ができるわけでは無いですが、終わってよかったです。
 三重県も伊勢自動車道とか紀勢自動書道とか南の方は「無料化社会実験区間」になっていました。
 その辺りの通勤客が、「ただなら高速で…」と一斉に使ったようで、通勤時間には交通量が激増したのだそうです。
 ほんの数限られた人間だけが、毎日毎日恩恵にあずかったのです。
 まさに、「自分が儲かるのならそれでよい!」自己中の発想です。
 観光地だって、国家が破綻するという時に税金垂れ流しで、無駄なガソリンまで焚かせて客を増やしても本当の活性化ではないのに「ありがたや!」なんてはしゃいでいたんです。
 本当にはそんなに増えていなくても、役所の調査には「うんと増えましたよ」といわないと具合は悪いし、「増えた」という趣旨でのマスコミ取材の方にも「おかげさんで増えています」と言わないと取材中止か放映中止ですからね。
 言うべき台詞をディレクターなどが考えてくれる取材を何度も経験しましたから、ああしたインタビューの発言内容は信用していません。

 たしかに、観光客は少し増えて居たでしょうね。
 「^日本の観光」てえのは、何だかんだ言っても色んな名目の補助に頼ってきた面が大きいですから、この高速問題でも観光業者にとっては「当たり前」のことに見えたのでしょう。
 「観光開発」「地域振興」「地場産業育成」「特産品創出」…
 色んな名目の補助事業で、道路・意味の無い橋・人の来ない会館の建設などのハード事業
 売れもしない金太郎飴的土産物の開発・実績つくりのためのキャラバン隊の派遣などのソフト事業
 戦前に始まった「国立公園・「国定公園」「県立公園」・・・そして「世界遺産」
 国体誘致とかオリンピック誘致と同じでそれにくっ付いてきそうなお金・利権が目的みたいな輩が多いです。 ハード面などに反対表明すると、「非国民」みたいな非難を浴びたりします。
 土建業のみならず一般市民も、いまだに『公共事業=地域経済浮上』の神話に毒されているようですね。
 その際たるものが「原発」なんですけどね。

 日本はえらい人が多いですね。
 子々孫々まで影響が及ぶ「原発」を、お役所の予算が楽になって意味の無い会館やグランドが出来るのを歓迎し、その身を犠牲にして「お国のため」原発を誘致する人が大勢居るのですから…
 そのくせ、国のための税金は脱税するし、無駄な補助金行政には目を光らせないんだし…
 やっぱり、「国のため」ではなく「自分のため」なのでしょうね。

 で・・・
 25・26日、家の前の国道42号線の通行量を少し興味を持ってみたりしたのですが…
 元々、観光客の車が押し寄せていた訳では無いので、『えらく減った』なんて感じませんでした。
 
 観光振興のためには、為替相場が変わらないとねえ…
 東京から熊野古道を見に来る汽車賃の方がボロブドール遺跡までの飛行機代より高い…
 田舎の民宿の方がバリ島のリゾートコテージより高い…
 まして、三重県が熊野に作った里創人ホテルなどだと、三泊の宿賃だけで、セブ島やグアムで4日ほど遊んでこれるだけ掛かる…
 それが現実なんですが、目をつぶっちゃうんですね。
 お金持ちは国内のリゾートへ…
 貧乏人は海外のリゾートへ…
 一ドル360円時代とは様変わりです。
 
 まあ、しばらくは口を揃えて、「高速無料化が終わって観光産業が大打撃だ!」と、言い募るのでしょうね。
 言えば又々補助事業を取れて、建物の一つも出来そうですからね。
 国が滅んでも、自分たちの会館が欲しい…
 お客さんをもてなす気持ちじゃないような気がするのは私だけでしょうか?

 「熊野古道」を「遍路道に戻そう」なんて事を言うのは「非市民」なのかもしれません。
 それがユネスコが認めた「文化遺産」の本筋なんですけどねえ…
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by je2luz | 2011-06-29 10:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 28日

熊野の旅 花火愛好会

 『熊野大花火大会』めであと一ヵ月半です。
 花火師さんの試射もあったし、着々と準備は進んでいるものと思われます。
 不景気と東日本大震災などの影響で寄付金の集まりはかなり悪いと思われます。
 予算も低めに設定されていますが何処までカバーできるやら…

 今日のローカル紙に
  『熊野花火愛好会 入会のご案内』 なんて広告が出ています。
   会費 一口 一万円
      何口でも可。会費の納入につきましては、入会受付後ご連絡させていただきます。
   特典 1.花火大会当日は、花火本部横に会員様専用として、一口二名様分観覧浜席をご用意いたします。
       2.大会プログラム・当日の会場周辺の交通規制図と駐車場のご案内をお送りします。
   申し込み先
    花火愛好会事務局 (熊野市観光スポーツ交流課・新谷)
      〒519-4392 熊野市井戸町796
      TEL 0597-89-4111 (内線431)

 と、言うことです。
 有料の浜席と言うのもありますが、この愛好会も高くは無いのでしょう。
 私はかつて12年間所属し、又、この二年間も入っています。
 ぽんと一発分だけの会費ですね。

 無事に済む事を祈りながら二階のベランダから眺めるしか無いです。
 つい今しがた「防災無線」で「緊急地震速報・訓練放送」が流れました。
 こんなのが本番として流れたら…
 あまり想像したく無いです。

 極楽浄土への信仰ではなく、安全祈願の方が大切かもしれませんね。
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by je2luz | 2011-06-28 10:51 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 27日

熊野の旅 熊野古道は上天気

 昨夜は大きな音を立てて雨が降りました。
 随分遠くの台風の影響のようでしたが、時間の遅い夕立って物でしたね。
 朝にはきれいに晴れて、今日の上天気です。
 昨日も今日も気象台?気象予報士?は「梅雨時なんだから傘マークを出さないと…」と思っているらしく、熊野市の予想天気は雨になっています。
 でも、昨日も今日も上天気…今日は夜中の夕立のせいで湿度は高めですが予報が外れています。
 だって、梅雨前線なんてのはずっと日本の真ん中から北側に張り付いていますからね。
 この辺りで例え雨が振っても「梅雨の雨」ではありませんね。
 「気圧の谷の雨」「台風の余波の雨」ってやつです。
 一緒にしちゃあいけませんよね。
 でも。紙の上で勉強した「予報士」さんでは、本物の空とか空気の変化は分からないでしょうね。
 昔から、「気象台より隣の神経痛もちのばあさんの方がよく当る」なんて言われて来ましたからね。
 何でもかんでも。「専門家」なんておかしな肩書きがまかり通る時代です。

 私など、「雑学家」を自任していますが、どの分野も専門家ではありません。
 資格なってあまり取っていませんからね。
 アマチュア無線、フォークリフト、鋸目立て、木工機械主任・・・なんて変なのだけです。
 運転免許も大型までで止まってしまったので、牽引とか二種なんて無いですしね。
 暴走はしましたが、レースのライセンスは無いし…
 台風大好きで体感で予想しますが予報士では無いし…
 高波・津波対策に四半世紀関わってきましたが全くの素人ですし…
 熊野古道についても6年ほどグダグダ書いていますが、郷土史には素人ですし…
 でも、何処へでも首を突っ込んで少しだけ現場を覗いてきました。
 
 「熊野」って、文化人がさもさもらしく言うほど「大層な土地」ではないと思います。
 何処にでもある…何処にでもあった…「日本の田舎」だと思います。
 南の方だけど山口県と同じくらいの緯度ですしね。
 だから、皆が思うほど暑くないのです。
 そして、平野もなく都市が無いので、名古屋や大阪のような北のほうの町に比べると、5度から10度も夏は涼しいのです。
 日本一雨量が多いと言っても、ドカンと降るので雨の日がものすごく多いわけではありません。
 まあまあ過ごしよい町ですよね。

 某大手のコンサルタント会社の重役さんがかつて言いました…
  『熊野の人は南洋の土人みたいですね・・・使っちゃあいけない言葉でしょうけど…』
 うん、そんなところもあります。
 あんまり良い意味ではなく、どちらかと言うと悪い方ですけどね。
 その人も、そっちの意味でそう言いましたね。
 いままでの色んなコンサルタントの出したレポートや報告書はいい加減なものがほとんどでしたが、この言葉だけは当っていますね。
 でも、安心してください。
 ここには「首刈り族」は居ませんからね。
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by je2luz | 2011-06-27 12:26 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 26日

熊野の旅 まずはおめでとうございます 平泉 

 ユネスコが「平泉の文化遺産」の登録を決定したようです。
 申請内容の変更、名称から文言の削除など少しあったところですが、まずは登録おめでとうございます。
 世界文化遺産としては日本で12番目だそうです。
 自然遺産は「小笠原」が4番目ですね。
 世界遺産も国立公園波の増えてきました。

 「平泉」は狭い範囲に史跡が固まっています。
 団体さんが行くには向いています。
 私が訪れた昭和38年1963年当時からすると随分手が入れられ、綺麗な観光地になっているようですね。
 そのときの写真のネガもどこかに残っているのだとは思いますが、全く整理していないので・・・

 狭い所で単に見て回るだけなら一日で足りるものですが、ここも「紀伊山地の霊場とその参詣道」と同様、持って帰らなくてはならないのは、「景観」ではなく、「思想」「信仰」なんですよね。
 バスで高速をわいわいがやがやと物見遊山気分で走って、ガイドさんの旗を目印にアヒルの行列…
 お昼ごはんには焼肉でも頂いて…
 それでは「平泉を見てきただけ」と言うことになるんですが、そういう客の方が地元自治体ではありがたいんでっす。
 建て前ではなく、実質的にはそんな人たちのほうが「お金を落とす観光客」らしいのですからね。

 岩手県は先年の地震で山間部は山の形が変わるほど揺れ、今度は海岸線が津波でズタズタにされました。
 せめてもの明るいニュースとして歓迎されますね。
 「平泉の文化遺産」には「参詣道」はありませんが、「奥の細道」と言う、日本人の大好きなものがくっ付いています。
 これも、震災で観光どころでは無い場所もありますが、すでに松島も観光再開しているようです。
 観光ツアーを組むには良いキャッチフレーズですね・
 『世界遺産平泉と奥の細道を訪ねる旅』
 更には、日本人の大好きな「義経」と「欧州藤原三代」なんてロマンもありますね・
 『平泉と義経の足跡を訪ねる旅』
 『奥州藤原三代の栄華と世界遺産平泉を巡る旅』
 かなり強力なライバルですね。
 と言うより、キャッチフレーズでは勝てそうに無いです。
 それに、「みちのく」といわれた「奥州路」も今では首都圏からはすぐそばですしね。

 平泉はそんなに大きな町では無いですが、変な風に観光地化しないことを祈りたいです。
 畑を埋めて、駐車料金何千円…なんて気分の悪い観光地もありますからね。
 もちろん、行く側の人間も地元では普通に生活している人のほうが多いという事を心得て、ずかずかと踏み込まないことも大切です。
 「平泉」も「熊野」同様、信仰の地ですからね。
 不届き物は「極楽浄土」には行けませんぞ!
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by je2luz | 2011-06-26 10:52 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 25日

熊野の旅 JD1 小笠原

 アマチュア無線家には「JD1」と呼ばれることのある「小笠原」が世界自然遺産」に指定されたようです。
 とりあえず…良かったです。
 あとは、心無いマスコミさんが変な風に観光を煽ったり自然を踏み潰しながらの取材などしないことを祈るばかりです。
 地元でも、観光振興を望む声があるようですが、「自然遺産」ですからねえ…
 知床も随分便乗開発があったとか…
 意外とマスコミさんが飽きるのが早く被害は少なくて済んだようですけどね。

 小笠原かここの沖合いに浮かんでいます。
 離れた島々は東京都が引き受けることになっているので、小笠原も東京となんですよね。
 距離的にはここからの方が近かったと思います。
 
 太平洋の中にぽつんと浮かんでいる小笠原諸島は無線の方では日本本土とは区別されてきました。
 アマチュア無線のコールサインの割り当ても普通の関東とは違い、「JD1」で始まるものを割り当てました。
 アマチュア無線のライセンスを持って島で運用するのは「気象台」の職員さんがほとんどでした。
 50MHzなんてVHFで普通には距離が伸びない周波数の運用でも。我が家からは簡単に繋がりました。
 近所にこの周波数を運用する人が居ませんでしたので、小笠原の気象台の局が私のお向さんだったわけです。

 小笠原が米国の占領下から解放され日本に戻ったのが1968年です。
 切り立っていて飛行場もまともに作れそうになかったのが戦時中、戦後の基地建設などと言う開発を免れた理由でしょう。
 おかげで今回の「世界自然遺産」指定が得られたのです。

 我が家の真向かいに浮かんでいる島ですが、行ったことは無いし…行く事も無いでしょう。
 私のQSLカードの中には数枚の{JD1」のカードが入っています。
 何しろ、我が家の一番近いお向かいさんですからね。
 おそらく、今日あたりからは、「小笠原、ユネスコ世界文化遺産指定記念QSLカード発行中!」と言うアマチュア無線局が運用開始するでしょうね。
 50MHzのアンテナを設営すればこの夏場なら聞こえるはずなんですけど気力の方が…
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 この、何にも無いあたりに小笠原が見えるはずなんですが・・・
 地球が丸いのでねえ…


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by je2luz | 2011-06-25 09:54 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 24日

熊野の旅 とにかくイベントてんこ盛り

 梅雨が明けるころからお盆休みが終わる頃までは何処の町でもイベントがてんこ盛りでしょう。
 伝統ある夏祭り、昔からの農耕関連の行事、町内ごとの夏祭り、町によっては「地蔵さん」なんてのも夏祭りになるようですね。
 この辺では「稲荷さん」「天神さん」「弁天さん」「竜宮さん」なんてありますね。
 さらに、花火大会、盆踊り、果は夏休みを当て込んだ「ソーラン」なんてのもあるでしょう。
 あまりにも増えちゃったのでインパクトなんてよほどのもので無い限りなくなったようです。

 祭りが好きなのは「かんだ生まれのおじさん」だけでは無いようです。
 でも、最近は「祭り好き」が騒ぐのではなく、お役所、商工会議者、商工会・・・なんてのが「何かしなくては…」と、生み出してゆくのが多い気もします。
 そういうところは、既存のものに参加するのではなく、新しく作りたがりますからね。
 でないと、「実績」に成りにくいですからね。
 交通安全週間に幼児に旗を持たせてゾロゾロ歩く、交通課の実績作りと良く似たものでしょう。
 これが、九州の「一村一品運動」の頃から何十年も続いてきたのですから増えて当たり前なんです。
 いやいや…
 必死に努力されているのですからあんまり言うのも悪いですね。
 でも、見込み客は増えていないですし、今後は急速に減少するのですよね。
 そんなことには「トウデン」に見習って目をつぶれば平和なのでしょう。

 と、言うことで…
 ここでも一杯夏祭りがあります。
 あるらしいです。
 中々、「おいでください」といえるものは少ないです。
 まあ、一番のお勧めは「熊野大花火大会」でしょうね。
   8月17日水曜日…雨天荒天の場合とりあえず、18日木曜日です。
 この花火大会と東南海地震の関連に対する議会での私の質問に対する、主催者「熊野市」の回答は…
 「警察当局とも打ち合わせをし、発生時には情報の周知と避難誘導に万全を期します。」
 と言うことです。
 「ご安心ください」とは口が裂けてもいえませんけどね。
 観客がパニックにならずに浜から退出するのに、訓練をしてあっても一時間あまりは最低かかります。
 津波の到来まで5分から20分です。
 絵空事の答弁ですが、追及しても仕方の無いことですしねえ…
 ただ…
 災難に遭う確率は 1/66000 とかです。
 人間面に言えば、毎年二人くらいは出くわす確率にもなるという数字のマジックもあります。
 1/66000の確率を無視して見に来る価値はありますよ。
 それくらいの確率は町を歩いていて交通事故に遭う可能性にもあるのですからね。

 花火見物に前泊で来られたら、8月16日夜には木本町本町通り(古道通り・石畳道)で夜店があります。
 もとは、三丁目と二丁目の商店主さんたちが主体だったものですが、今は「熊野商工会議所」がやっています。
 とりたてて珍しい出し物はありませんが、丁度、帰省客が一杯の時期ですから人出は沢山あります。
 この日には「井戸の花火」があります。
 これも『追善花火』です。
 そんなの多くは打ち上げませんが、木本から近いですから。一発目が上がってから浜に出ても充分見られます。
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by je2luz | 2011-06-24 09:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 23日

熊野の旅 紀和の火祭り

 紀和町…現。熊野市紀和町は少し前に平成の大合併で熊野市と一緒になるまでは、三重県南牟婁郡紀和町と言う一つの自治体でした。
 当然、「過疎指定地」で高齢化、少子化、過疎化が極度に進んだ町でした。
 通産省の資源調査と言うボーリングで温泉が出来、過疎地と言う財政上は有利な制度を活用して日帰り温泉湯の口・バンガロー・宿泊温泉瀞流荘を整備し、キャンプ場を造り、笹川良一さんに室内プールも作ってもらい、入鹿鉱山時代のトロッコ電車を復活し、北川 正恭さんが三重県知事の時に丸山千枚田を復活させてもらうなど、1500人ほどの人口のところに一杯観光資源を作ったところです。
 さらに、味噌・山菜漬け・高菜漬けの加工場を作り雉を飼い・・・
 6月1日現在の人口は1387人だそうです。
 老齢指数が40%を越すのですから、働ける人をこうした施設に配置すると…

 熊野市と合併してからも「熊野地鶏飼育場」の整備、「特産品加工場」の建設など整備が進んでいます。
 紀和の人から見ると、「熊野市と合併して何にもいいことが無い・・・」らしいですが、予算書を見る限り…
 制度上、国の指導で「観光開発公社」が廃止され、「財団法人・紀和町ふるさと公社」に統合されました。

 これだけの観光資源と、物産生産施設があり、この財団法人が運営しているのですが…
 そして、千枚田のイベントから色んなものもやってはいるのですが…
 遠いんでしょうか?
 「お湯は最高!」なんて持ち上げる雑誌とか団体もあるようです。
 「熊野地鶏は最高!」と言う特集もあったそうです。
 「丸山千枚田は絶景!」と言うのもあります。
 なのに…収支の方は…
 役所がらみで無いと維持できないのか、役所がらみだから人が来ないのか???

 この紀和町で、「紀和の火祭り」があります。
    8月6日 土曜日    午後6時ごろからでしょう。
    場所は小川口といって紀和町の中心を少し通り越した北山川の河原です。
 不思議なことに、何処から湧いてきたのか?と言うほど若い衆が祭りの切り盛りをしています。
 そんなに大観衆が集まるものでは無いですから、ゆっくり見物できますよ。
 雨天には延びちゃいますけどね。
 今年も写真を撮りがてら出かけるつもりです。
 ちゃんとした食事は無理ですが、おでん・めはり・焼き鳥・ひつまぶし弁当などは売っていますから飢える事は無いです。
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by je2luz | 2011-06-23 09:51 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 22日

熊野の旅 丸山千枚田 虫送り

 昔は何処の田舎にもあったらしい「虫送り」と言う行事が、紀和町「丸山千枚田」であります。
 「残っています」と書かないのは、残っているのではなく「復活させた」物だからです。
 千枚田自体が廃棄され山に帰りかけていた所に、こんな農耕行事が残っているはずもなかったのです。

 「虫送り」とか「虫追い」といわれる行事は、農薬のなかった時代に百姓が「ウンカ」などの害虫から稲を守り豊作を祈願して行ったものです。
 やり方は色々あったようですが、基本的には『火』を使います。
 稲の束や松明を焚いて田の畦を歩き回ったりしながら、色んな掛け声などをかけて回ったものです。
 虫が火に集まり飛び込んで死ぬという様から思いついた行事なのでしょうね。
 実効性は非常に薄いですが、気持ちは分かりますね。

 この行事の主役は「子供」だった所が多いようです。
 宵の口の行事って「名月の夜」だとかを含め結構子供が主役になることが多いです。
 祭りなどでも多いですし、日本は子供を大切にする国だったのでしょうね。
 「跡取り」なんて言葉を今でも大事にしていますからね。

 千枚田の「虫送り」は昭和28年まで残っていたそうです。
 戦争が終わり、サンフランシスコ条約が締結され、日本が独立したのが昭和27年ですから、まだまだ「戦後」と言う時代だったのです。
 独立も果たし、工業の復興も進み、若い労働力をどんどん田舎から吸い上げてゆく時代ですからこのような農耕行事が消えて行ったのでしょう。

 復活したのは・・・
 「熊野古道」が世界遺産に指定された平成16年・2004年です。
 お分かりかと思います・・・
 復活も地域からではなく。「観光」だったのです。
 人も居ない、子供も居ない丸山地区で「虫追い祭り」が出来るはずも無いのです。
 復活してすぐの頃の映像などでは、紀和町の子供たちが各地区から集まって松明を持って歩き回っていました。
 昔ながらの素朴なものだったようです。
 しかし・・・
 役所肝いりの観光行事です。
 どんな風に育つか皆さんでも想像できると思います。
 「企画屋さん」が考えるような「素晴らしい」物になっているようです。
 一昨年には棚田に1000本、昨年は1340本の松明を立てて「幻想的」な光景を作り出したのだそうです。
 残念ながら私は一度も出かけていません。
 熊野市内で話題になることも無いですからね。
 観光ですから「費用対効果」なんて野暮な事を言ってはいけないのだそうです。
 でもわたしゃあ野暮なのでねえ。

 今年は 7月9日・土曜日 19:00~  だそうです。
    18:00からは「夢輝のあ」なんてののミニコンサートがあるようです。
 入場料なんて要りません。
 ただ・・・
 足場の悪い棚田の夜ですから気をつけてください。
 旧暦の10日ですから天気がよければ足元が見える程度の月明かりがあるはずですが、梅雨時ですからね。
 それと、押すな押すななんて人手にはならないと思います。
 ただし、腹ごしらえをして乗り込んだほうが良さそうですよ。
 カメラを持ってゆくなら三脚も忘れないように…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-06-22 09:47 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 06月 21日

熊野の旅 さてどうなるかな? 

 高速道路の「休日1000円」とか、「無料化社会実験」なんて悪しき制度がなくなりましたが、人の動きはどうなるのでしょうね?
 物価なんかにはちっとも寄与しないし、遊んで回らない年齢の人間には恩恵は無いし…
 東北の復興の足しになるほど…と言うより、命綱になるほど大きな税金を投入していたんですよ。
 それに、このおかげでどれだけ無駄なガソリンを焚いて炭酸ガスを増やしたか・・・
 それに対し、マスコミは批判もしなかったし、自分が安くなれば…と、民衆も喜んだり…
 これは、クーラーの補助なんかも同じ図式なんですよね。
 まるで物の道理の本質を見ない…
 どうして日本人はこうまで自己中心になっちゃったのでしょう?
 観光地の業者も、客さえ来れば良い・・・
 そんな精神状態で「信仰の道・熊野古道」を歩いても感じられるものは少ないような気がします。
 ユネスコが認めたのは「日本の信仰、日本人の精神」見たいな物だったはずです。
 具体的なものって、確かに熊野三山や高野山などありますが、とんでもない長さの熊野古道まで含めたのはその理由だと思うのですがねえ…
 
 高速無料化のおかげなのかどうか分かりませんが、このあたりの観光客も役所の発表では大幅に増えたのだそうです。
 どうも実感は無いのですけど・・・
 熊野市の観光公社の役所の行事以外の土産物などの売り上げがうんと増えたなんて報告も無いですしね。
 ただだから… 安いから・・・ と、いうことで出かけてくる人からは入場料を取らない施設ではお金を落とすことは期待できません。
 観光地によっては、お金がなくなってきた国内のお客さんが減ることより、原発の風評で、お金持ちの中国からのお客さんが減る方がこたえるような事いいますからね。
 残念ながら、熊野市には中国からのお客さんはほとんど無いようですし、朝鮮半島からも少ないようです。
 「木本事件」の慰霊碑の問題で訴訟まで起きているようですしね。

 那智勝浦や高野山は世界遺産で少しは商売になるでしょうが、尾鷲・熊野・新宮などは役所的には成果は上がったことになっても民間が商売になるほどにはならないでしょう。
 「蟻の熊野詣」のころでも、宿場町、門前町として栄えたなんて記録の無いところですから…
 ただで旅人の面倒を見る、「善根宿」の記録があるくらいで、昔から「熊野街道」なんてのはお金にならなかったようです。
 御浜町神志山には「巡礼の碑」なんて、行き倒れになった巡礼さんのお墓があるくらいです。
 天皇さんや上皇さんがお歩きになった「中辺路道」などは特需みたいなのもあったのでしょうね。
 ???
 特需より食い物まで召し上げられて迷惑したこともあるかも知れません。
 なにしろ…
  いえにあらば けにもるいいを くさまくら たびにしあれば しいのはにもる なんてつつましい旅だったら…

 まあ、これで遊んで回る裕福な人の通行料を全国民で払ってやると言う「くだらない政策」が無くなって、観光も正常化しますね。
 この政策は、今の与党・野党二代に渡って作り上げたものなんですけどね。

 確実に落ちるのは、「ガソリンの売り上げ」と「炭酸ガスの排出量」ですね。
 良かった良かった…
 熊野古道には汽車で来てください。
 間引き運転はしませんからね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-06-21 10:07 | 熊野 | Trackback | Comments(0)