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LUZの熊野古道案内

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2011年 02月 28日

熊野の旅 本日の更新は…

 今日は雨です。
 そして、今日は定例議会の初日です。
 今はお昼休み…
 議会のパソコンはものすごく遅いので自宅に帰って打ち込みをしています。

 休憩は丁度一時間、ご飯を食べて…残り時間は多く無いですね。
 三月議会(今日開会したので二月議会)は当初予算が出てきますので、かなりの量の議案になります。
 この予算ってやつ…
 一部否定てえのが事実上無いのです。
 少しの項目が気に入らないからと言って否決しちゃうと、4月1日から全くお金が使えなくなると言う代物です。
 急遽、暫定予算を組むような作業も地方自治体では荷が重いです。
 やれる手法は、「通しておいて凍結を約束してもらう」と言うのが順当です。
 今までの経験でこれをやったこともありますが、市長との間のは「紳士協定」に過ぎません。
 どこかの政令都市の市長のような首長だと、「通ったらこっちのものだ!」と執行するでしょうね。
 まあ、そんな事をやって市政を混乱させても市民のためにはならないですけどね。
 今は役人と議会を叩けば単純に人気が出る傾向があるのでねえ…
 マスコミが喜ぶ大としだと、流れを作ってくれるのもマスコミさんですしね。
 地方都市だと混乱するだけで、町中が対立の構図になってしまうことが多いようです。

 膨大な項目ですから、気に入らない所は必ずあります。
 はて、さて…
 何処まで行けるやら…
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-02-28 12:46 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 02月 27日

熊野の旅 地上の太陽は怖い

 熊野市は電力会社の供給地域の境界があります。
 私の住んでいる木本町を初め、それより南や山間部は「関西電力」で、大泊町から北の海岸線だけが「中部電力」です。
 この境の近くの「井内浦」にかつては「原子力発電所」の計画がありました。
 計画が出てくるとすぐから反対運動が起こり、ものすごい市民間の争いまで起きようかと言うところでした。
 一旦は完全に立地反対で決まったものを、ほとぼりが冷めかけた頃、推進派議員から「原発研究会立上げ」が発議され、その予算が可決されると言う事態が発生しました。
 今から25年前ですね。
 それが、私が市議選に出る原因になったのです。
 その次の春に市議選があるということなので、議会が可決したその日に「原発絶対阻止」と言うことで出馬表明したのです。
 同じ地盤の議員がその動議を出したこともあり、捨て置けない事態だったのです。
 私に続いて、反対派と組合などで、賛成派議員の膝元に反対派の候補を擁立する動きが出ました。
 こんな大きなことでも、筋金入りの推進派と言うのは少ないもので、足元に火が付いた賛成した議員・・・中間派が大騒ぎに成り、6月議会で通したものを、9月に凍結決議しました。
 しかし、これでは信用できないので、「候補地返上」を実現するまでやるため、そのまま立候補したのです。

 自分の選挙の前に、市長選。県議選があり、事実上の決定権を握る市長選で「原発拒否」の流れを作るべく、ド素人だった私が8期目を目指す現職の街頭演説の応援弁士をずっと勤めて、腹の中ではやりたいはずの現職に「皆がやりたいと言うまでわしはやらん!」と言わせることに成功しました。
 のるかそるかの大選挙になっていたので言わざるをえない雰囲気だったのも幸いしました。
 無事に現職を当選させられ、半年後に自分も議会に入った後は、ひたすら「候補地返上」をねだり続けました。
 「受ける気は無い」という議会答弁だけでは安心できないのが国策事業の原発の恐ろしさです。
 「三重県」と「中部電力」にきちんと申し込み了解させないと話に成りませんからね。
 国の方針に逆らう行動ですから、市長もそこまでやることには中々神輿を上げませんでしたが、とうとう、動いてもらえ、「熊野・井内浦原発」は候補地のリストから消えました。
 住民の懐柔策…無料の先進地視察旅行…このために駐在していた工作員も引き揚げました。
 なにしろ、ただで旅行が出来たので、市民の一割くらいは招待に応じていたようです。
 買収にはならないのでしょうが、恐ろしい金をかけてでもやりたいのです。
 そして、紀伊半島などは「地震」を除けば、万一の事故のときに見込まれる犠牲者が取るに足らないほどしかいませんから、芦浜・熊野・日置とずらりと並ぶ構想になったのです。

 この原発は全部凍結、芦浜も三重県知事の拒否宣言で消えていたのですが、またぞろ息を吹き返してきました。
 環境に優しいのも理解できますが、今の人間の力では制御しかねるのが原子力です。
 イスカンダルが存在し、「放射能除去装置」が手に入るのなら別ですけどね。
 さらに、日本の原子力行政と現場の体質は全く信用できませんね。
 現場の従事者…建設から管理まで…には原子力の恐ろしさを教えないでやらせている…
 溶接なども手を抜いたり、材質がおかしかったり・・・高濃度の廃液をバケツで汲んでヒチャクでかき回したり…
 とても、信じられるものでは無いです。
 
 たまたま、議会に舞い戻った時期にこれが出てきたのも何かの因縁でしょう。
 最初の時、「目の黒いうちは作らせない!」と言ったのですが、もう先が長くないのでこれでは足りませんね。
 「化けて出てでも作らせない!」と言うことになります。

 いまは、候補地としての名前は出ていません。
 しかし、「芦浜に作る」とも言いません。
 かつての候補地としての資料もあるでしょう。
 人口も1/3ほど減っています。
 再浮上してもおかしくないのです。
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 産田さんで「火の神」を産んだのだそうですが、原発と言う「人間の作る太陽」はいりません。
 焼き殺されて花の窟神社のそばに葬ってもらっても嬉しく無いです。
 日本書紀に載るどころか、小さな事故だと、事故自体が抹殺されるのが国策事業です。


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-02-27 10:59 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2011年 02月 26日

熊野の旅 これが現実 高校進学者数

 今日の新聞に、高校の志望者数が乗っていました。
 今の高校はややこしい入試制度を使うのですが、今回の募集が普通の入試と言うものです。
 すでに、推薦入試的な合格者が多く決まっている所もあるようです。

 先日、近畿大学工業高等専門学校の名張移転に伴う式典も行われ、熊野から高校が一つ減ります。
 普通なら、高校が一つ減るとなれば、受け皿の高校のほうの定員でもうんと増やさないととりあえず定員不足になるはずです。
 たとえ、撤退する高専の定員が割れていたにしても…

                定員   志望者
  木本高校 普通科   80    74   
         総合学科 104    97

  紀南高校 普通科   80    87

 これがこの地方の県立高校です。
 この後で、志望変更があるので調整できます。
 本来は木本高校の方が人気があるのですが、入試の偏差値とかが少し高いので中学校でのふるい分けが行われています。
 このように、本来の第一志望の方が定員割れするような、完璧なふるい分けまで行ってきているのです。
 おかしな話で、この時点から生存競争回避体質を身に付けさせるのです。
 子供はまだしも親がすんなり古いわけを受け入れてきているのが不思議です。この辺の気質なのでしょうか?

 この数字から見て分かるように、木本高校の二つの学科で13名の定員割れが起きています。
 紀南高校の定員オーバーは7名です。
 つまり、合計で6名の定員割れなんです。
 こんな状況では高専の志望者は全部他所から来ないと足りないわけです。
 なにも、この数字は今始まった事ではありませんし、今後改善される見込みなどありません。
 将来的には更に半減しかねないのです。

 高専が残れば・・・
 残れるようなら良いのですがね。
 高専を残るだけの補助を…
 私立の高校を支えるだけの余裕も無いし、その場しのぎで済まないのがこの数字の現実です。
 おまけに、木本高校も紀南高校もかつてより定員は減らしてあります。
 授業料を多く取れる特殊な進学校とかでなければ、二クラスとか三クラスの高校を維持するのも大変です。
 戦前の中学校・女学校からの伝統を持つ木本高校とようやく50年になる後発の紀南高校の生き残り競争が激化してきます。
 しかし、学校の方針を変えてみても、地元での評価って中々変えられませんよね。
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 FUJI GS645S + TRI-X


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-02-26 09:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 02月 25日

熊野の旅 お参りしよく…花の窟神社

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     ILFORD SFX200 フィルターR2 D76二倍希釈12分
 熊野で一押しの史跡?に「花の窟神社」があります。
 国道42号線のそばにあり、その向こうは七里御浜、熊野灘と言う好条件の所です。
 日本書紀に出てくる日本最古の神社とされています。
 難点は、あまりにも古い時代のものなので、社殿も無いし神主さんも居ない…
 ご神体の岩山が海のそばまで出っ張っているので国道し二車線ぎりぎりで狭かったのと、高波の時には国道に波が乗る事もあるということでした。
 十数年前から、階段堤防と言う手法でこの一帯の高波対策が行われてきたのですが、色んないきさつがあり、「花の窟神社」の所が未着工になっていました。
 昨年度からようやく着工し、ほぼ完成しました。
 花の窟神社の駐車場に向かう旧国道との三叉路の信号には、二台分しか無いとは言え右折レーンのポケットも出来ました。
 交通渋滞が出来るほど右折車があるわけではありませんが、幹線国道で右折するのは後続車の関係で気がひけることもあり、追突の危険もありますから、少し楽になるでしょう。
 だからと言って、参拝者が増えるわけでは無いですけどね。

 今日現在、車線帯のラインもほぼ引かれました。
 国道42号線もかなり路面が荒れているので、この年度末にあちこち舗装補修工事が行われています。
 再舗装というのでは無いですが、数年は持つでしょう。
 路面に雨水が浮かないようにした舗装区間の方が痛みは激しいようです。
 隙間があって、粒子間の接着が甘いのですから仕方ないのかもしれません。

 この一連の工事も今年度末には終わると思います。
 少し走りよくなって…
 右折レーンがあるのに、どんどん直進してしまう観光客の車の増えるのかもしれません。
 運転手の心理って、どうしても立ち寄るつもりの所を除いて、車を止めたくないものですからね。
 「見てく?」
 『どっちでも…』
 「じゃあ、通過しようか」
 こうなっちゃうのです。
 端から、「ここは見る所!」と頭にインプットさせるのは中々難しいことです。
 

熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-02-25 09:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 02月 24日

熊野の旅 松原も昔と今では…

 七里御浜と有馬松原…
 良い組み合わせなんです。
 「白砂青松」とは行かず、灰色の砂利浜ですが、弓なりに七里も繋がる浜と防風林の松原…
 九十九里浜ほど長く無いですが砂が飛ぶことも無いし、背後の山が近いので景色的にもこちらの方が上だと思います。
 
 こうした浜のあるところでは、地引網漁が盛んで、昔は浜に和船が引き揚げられていたものです。
 そして、「ろくろ」も用意され、船にはうず高く網が積まれていました。
 春先の鰯のシーズンなどになると、一杯人が出て漁をしていたものです。
 地引網の漁師さんは本業ではなく「半農半漁」と言うような形態の所が多かったものです。

 海に鳥山が出来、魚がわくと、「半鐘」や「サイレン」をならして皆に知らせたのです。
 鍬を投げ出して浜に駆けつけ、船を浜から下ろして魚群を囲い込み、皆で網を巻いたりしました。
 私が子供の頃にはそれが当たり前の光景でしたし、30年程前には我が家の前の浜でも船がおいてあり字引も引いていました。

 有馬松原にも何箇所かの地引網があり、船が上げられていました。
 段々、減って行き、漁業権と松原の借地権だけが残っているような状態でした。
 以前にも朽ち果てた和船の写真を載せましたが、ああして消えていったのです。
 でも、取り立てて邪魔にもならない朽ちた船も風情があって良い物でした。
 しかし、このところ、松原の管理が熱心にされるようになったからか、そうしたものが片付けさせられたようです。
 少し前まで船を出していた所もその姿さえありません。
 浜の入り口に掲示されていた「借地」の許可表示もほとんど無いようです。
 もう、「御浜小石」を拾う人も居ないし・・・地引も無いし・・・
 
 かくして、遊歩道が整備され、見通しの悪かった藪は整理され、綺麗な林が完成しました。
 でも、何かを発見するなんて楽しみもなくなったような気がします。
 どっちが良いのかは人の好みでしょうね。
 松もほとんど無い位ですから、時代が変わったと言うことでしょう。
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 『なでしこ Artists 展』
  2011年3月11日~13日
  熊野市文化交流センター 多目的ホール
  女の人たちのグループだそうです。
 教育委員会に顔を出した時にパンフレットを頂きました。
 興味のある方はお出かけください。


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-02-24 09:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 02月 23日

熊野の旅 今年も一つ…

 近大高専の名張移転は大きな話題になっていますが、本当はもっと怖いことが次々に起きています。
 たしかに、高専の転出は人口も一気に減るし、職場も減りますから目立ちます。
 でも、これからの進学生がどこかに通わなくてはならない事態が起きる訳でも無いです。
 「県立木本高校」「県立紀南高校」の二つを維持するのがやっとの生徒数になるのですからね。
 そして、目の前でそのうちの一つを閉めなくてはならなくなるのです。
 
 それを予測できるのが出生数、児童生徒数ですから間違いの無い話になるのです。
 去年の春に山間部、飛鳥町の「小阪小学校」「日進小学校」「飛鳥小学校」が統合し、「「飛鳥小学校」と言う名の楽器う一つになりました。
 二十年余り前から統合が言われていてやっと統合したのです。
 そして二つの小学校が廃校になりました。
 これは「学校統合」なので少し話題になりましたが、この三月で休校になる小学校があることは話題にもなりません。
 「熊野市立荒坂小学校」が児童数の減少で休校になります。
 6名だったのが3名になるのです。
 父兄からも、「少しはまともな学校生活を送らせたい」と言う要望もあり隣接の「遊木小学校」へ通うようにしたのだそうです。
 この「荒坂小学校」でも、3・2・2・3・2・3・4と児童数の推移が予測されているのです。
 このように、児童生徒数、高校進学予測数などは15年間も読めるのです。
 だから、「県立木本高校」と「県立紀南高校」の二つを存続させること自体が難しくなるのも読めているのです。

 「職場が無い」と口を揃えますが…
 元々熊野にあった、海は残っています。山も残っています。農地も荒らしただけで減っては居ません。
 でも、親たちはそれを継がせるつもりもほとんど無かったのです。
 私も子育てで「帰って来い」とか「跡を継げ」なんて一度も言っていません。
 今よりはるかに山林が良かった時でも先の読めない林業を継がせたらかわいそうだからです。
 国の流れが明治以来、都市集中、二次産業三次産業重視でしたからね。
 地方自治体は競争で工場誘致に走った時期があります。
 固定資産税の免除など「よその人には優しい施策」で引っ張ってきた工場も、利益が見込めないとなると
綺麗さっぱり田舎の人の首を切り、海外移転して行き、日本中に廃墟の山を築きましたね。
 いまだに田舎では工場誘致の夢を見ています。
 工業団地を造成する自治体も未だにあります。
 熊野市もその一つですけどね。

 今の子供が全部ここに残っても…
 将来の人口は????

 分相応に飯を食おう…
 などと言うと嫌われます。
 でも、まず、「分相応」からでしょう。
 70歳代の人を対象に産業起こしをしてもねえ…
 「生きがい対策」「小遣い稼ぎ」と言えばよいのですが、「産業起こし」で無いと金が出せないようですけどね。
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熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-02-23 10:50 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
2011年 02月 22日

熊野の旅 久々の松本峠

 久しぶりに「熊野古道・松本峠」に行ってきました。
 相変わらず静かで爽やかでした。
 「世界文化遺産」って感じ一杯のベトナムの遺跡から見ると頼りないですけどね。

 ああして、具体的に物があり、荒れていると、誰が見ても「遺跡」であり、「文化遺産」に見えます。
 それに引き換え、「熊野古道」は取り立てて何も無いです。
 「紀伊山地の霊場」の方は建物もあるし謂れもはっきりしていますから、誰が訪れても「文化遺産」に見えますけどね。
 いつも言うように、何も無いところに何かを感じなくてはならない「世界文化遺産」ですから、大変です。
 「何かを見たい」と言う観光客には向きませんね。
 だからと言って、お役所主導でいらない設備を作るのは困りものです。
 国を破綻させてまで…
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 そんなものを作ったからって熊野古道歩きの人が増えるわけではありません。
 たまたま来た人が「立派なものを作ったもんじゃ!」とか「無駄遣いじゃのう」と思うだけです。
 地元の一部の文化人が「これで体裁が整った!」とか「観光客が増えるじゃろう」と思うのです。
 極端な話、休憩所が無くて、道端で腰を下ろすしかなくても、「熊野古道」を知りたい人には問題は起きないのです。
 せいぜい、公衆便所があるかトイレを貸してくれる家があればよいのです。
 そんな不便を押してでも、四国八十八箇所をお遍路さんは回ります。
 もっと、不便で怖い道筋を歩いてきたのが「熊野詣」なのです。
 会館を作るより…
 「ご苦労様です」の気持ちが地元にあることが大切でしょう。
 つまり、「熊野古道」を観光化して食い物にしようと言うのが間違いなのです。

 こんな事を言うので嫌われますけどね。
 でも、日本中…世界中…を相手に、中途半端で太刀打ちできる訳が無いのです。
 と言うことで…
 「何かが見えるかどうかはあなた次第!」
 確かめに来ませんか? 


熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-02-22 09:49 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2011年 02月 21日

熊野の旅 さらば高専

 19日土曜日、近大高専の卒業式とお別れ会がありました。
 近大熊野高専が出来てから48年だそうですが、この卒業式が熊野で行う卒業式としては最後になります。
 4月からは名張の方で始業式、入学式が行われます。
 日本では子供の減少で小学校から高等学校ま、そして大学も閉校が相次いでいます。
 子供が減れば当然そうなる訳です。
 田舎ではそれに「過疎」が追い討ちをかけますから、随分前からこの現象が現れています。
 この地方では最初の閉校ですがよそでは毎年かなりの数が閉校していますからね。
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 高専のように他所からの子供のいる学校が閉鎖されるのは、大幅な人口減をもたらし、産業的にも痛手は大きいですが、いかんともし難いがあります。
 税金を投入して維持するとすれば、小さな自治体の予算を他所から来る子の分までを含めて面倒見るのか・・・
 地元にある「県立高校」とのバランスをどうするのか?
 どっちにしても、「閉校」が避けられないのはこの先の児童生徒数で分かっていますから、どれから閉校してゆくのかと言う優先順位・・・
 そんなものを考えれば、この高専の閉鎖、移転もやむをえないでしょう。
 感情論で「残せ」と言っても…
 近大も赤字回復の見込みの無い場所で営業を続ける訳には行かないでしょう。

 十数年前の熊野市総合計画の立案の時に、「高専が閉校にならないように考えてゆかないと、本部は閉鎖を打ち出してくると思う」と提言して、少々馬鹿にされた記憶があります。
 当時、同じ審議会に居た高専の先生は、「その恐れ無しとはいえません」と言ってくれたのですが、一般には分からなかったようです。
 すでに、それ以前から定員割れなどの症状が出ていましたからねえ…
 工業高専ですから適性の問題もあります。
 私たちの頃と違い、「理工学部離れ」もあります。
 「私立」・「近大付属」と言う問題もあります。
 つまり…
 「文系の子供」「本格的進学希望の子供」はこの「近大高専」には行かないと言うことです。
 国立高専でさえ存続が問題視される時代ですから…
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 このような条件で、「近大高専」は熊野での48年の歴史に幕を下ろします。
 50年前、熊野の人たちが寄付を集めて敷地を買えるようにして、熊野市が誘致したものですが時代の流れには逆らえません。
 今の熊野では、こんな風に寄付を集めて・・・なんて、余力のある林業家や商売人はいません。
 4月には人口が数百人減るのでしょう。



熊野市周辺地図です
 

by je2luz | 2011-02-21 09:34 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2011年 02月 20日

越南国 一人歩き旅 19 そして帰国へ

 長々と越南国の旅を書いてきましたが、一応帰国と言うことになります。
 まるで観光案内の無い旅行記になりました。
 観光名所はガイドブックでもネットでも簡単に見られますからそちらに任せて、自分なりの見方で見たベトナムを『レポートしました。

 ベトナムの町では「猫」「犬」は少ないです。
 あの交通事情では猫君は中々生き延びられないでしょう。
 郊外や田舎に行けばのんびり出来るでしょうけどね。
 日本のようにワン公を抱っこして歩く人も見かけませんでした。
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 ベトナムの小学校はものすごくハイカラなものです。
 学制は分かりませんが、全部が公立ってことは無さそうです。
 どう見ても、良い家の子女が通うという感じの学校がありますからね。
 町中には「塾」?のようなものもありますし、英会話教室、パソコン教室もあります。
 有利な人生を送るためには何処でも同じなのですね。
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 ベトナムではレンタカーが無く、国際運転免許も通用しないと言うことは…
 現地で運転免許を取れってことでしょうね?
 そんなに難しい試験では無いでしょうけど、英語での試験があるはずも無し…
 まあ、下手に運転していて、変な奥地に迷い込んだり国境を越えたら大変なことになる地域ですけどね。

 ベトナムで4つの飛行場を使いました。
 ハノイーフエ間はビジネスクラスしかなかったので贅沢しちゃいましたから、機内持ち込み荷物が二個になりますから、出口もすんなり出した。
 あとは、小さなカメラバッグに着替えを詰めたのを預けました。
 日本から着いた時のハノイでも荷物が出るまで随分待たされました。
 ローカル線で降りた、サイゴンでも待たされました。
 何処の国でも日本の飛行場ほどの速さでは荷物は出ませんね。

 ついでに、飛行場について…
 帰国便はホーチミンの、「タン・ソン・ニャット国際飛行場・San Bay Tan Son Nhat」を午前0時15分発、ベトナム航空950便でしたが、その前にも成田行きがもう一本、大阪行きとかが出ています。
 飛行場は日本のODAで作った物ですから、きちんと行き先掲示板もあり、館内放送もあります。
 放送はベトナム語が基本です。英語が追加されることもありますが、日本語はめったにやりません。
 日本語をしゃべるスタッフも居るはずですが…
 ここの飛行場で怖いのは、電光掲示板が当てにならないことです。
 一応、「チェックイン中」「最終チェックイン中」「搭乗中」「延刻」なんて出ています。
 だからといって信用しては駄目です。
 全く出ない便があります。
 放送も聞き取りにくい場所があります。
 自分の乗るビンが近づいたら、自主的にチェックインしないと・・・
 私の前の便のJALの便などは出発直前でも空白のままでした。
 係りに、「あれおかしくない?」とたずねたら…「放送の方はしましたから…」と当たり前のような顔をしていました。
 こんなのが世界にはたくさんありますからね。
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 ベトナム便って結構乗っています。
 国内便も満席になります。
 やっぱり、「リコンファーム」はきちんとした方が良さそうです。
 ベトナム航空に関しては何処の町にでも窓口はあります。

 ベトナムドンは世界でも一番弱い通貨の一つです。
 持って帰っても仕方ないので、使い切りにかかりました。
 チェックインしてから、売店でインスタント麺を食べて…最後の売店で残りのお金をレジに並べて「これで買えるだけお菓子でも頂戴」式に預けました。
 電卓を片手に店の人が悩んでいましたが、ドンぴしゃり合う訳も無し…
 最後はおまけしてくれました。
 ここまでして使い切ったつもりなのに…
 ポケットの隅に「ドン札」が残っていました。
 『1000ドン』もあります。
 もったいないから、これを使いにもう一度ベトナムに行かなくっては…
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ベトナムの地図です
 

by je2luz | 2011-02-20 12:43 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)
2011年 02月 19日

越南国 一人歩き旅 18 ベトナムよいとこ一度はお行き

 ベトナムはよい所です。
 でも、悲しいニュースが入ってきましたね。
 ハロン湾の観光船が沈んで大勢の方がなくなったそうです。
 老朽化でしょうね。船底が割れて沈んで行ったそうです。
 それも夜中に寝ている時間だそうです。
 今も低温が続いているようですが、極寒の海と言うわけではないはずです。
 昼間ならこんなに死ぬことはなかったでしょう。
 アジアでは定期航路のフェリーが沈んだり…けっこう船の事故があります。
 乗るつもりの船が古いからやめる…なんて決断は中々出来ませんよね。
 今回、私は天候不順なので「ハロン湾」には向かいませんでした。
 世界遺産にもなっている美しい海なのですが、割愛しちゃいました。
 行く気になれば何時でも行ける…なんて考えちゃいましたからね。
 実際は行くことも無いでしょうにね。

 ベトナムって、カンボジアの「アンコールワット」「アンコールトム」などのようにものすごく目を引くものもありませんが、広い国土には山岳部の少数民族から大都会まで色んなものがあります。
 そこそこ網羅するには一ヶ月では足りないでしょう。
 「ここに行けばベトナムだ!」と言う物ではなさそうですから、やっぱり、自分の足で歩くのが一番だと思います。
 人に触れながら…つまみ食いしながら旅をしていればお金もかかりません。
 どんな田舎にも「市場」があるようです。
 果物やうどんには不自由しないと思います。
 ちょいと、胃の薬と下痢止めでも持っていれば何とかなるでしょう。
 気になる方は予防注射を受ける方が良いのかもしれません。
 もちろん、ツアーで行かれる方はリスクが大幅に減ります。
 手づかみで呉れる食べ物まで食べようという方が対象の話です。

 帰りに使ったサイゴンの飛行場、「タン・ソン・ニャット国際飛行場・San Bay Tan Son Nhat」は一目見るだけで分かる代物です。
 なにがって?
 日本のODAで作ったってことです。
 インドネシアでもそうでしたが、とにかく、日本国ODAの臭いがむんむんしています。
 立派と言えば立派なのですが、無駄が多いといえば無駄だらけです。
 国内でも外国でも随分無駄な公共事業をやっています。
 何処まで行っても、このひねくれ眼でこんなのを見つけちゃいます。
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 そんな飛行場で存在感を示しているのが韓国の家電メーカーなんですね。
 市内の量販店でもすごい勢いでした。
 そして、携帯電話は当然日本製など問題外で「ノキア」の天下です。
 カメラ屋さんでは日本製のデジタルカメラが幅を利かせていましたけどね。

 そうそう…
 ベトナムでは郵便局がおかしなことになっています。
 「Western Union」と言う英文看板で営業しています。
 看板とポストは西洋風の黄色いものです。
 完全民営化なのでしょうかね?
 営業時間はかなり長いようで夕方でもあいています。
 気をつけてみていれば町なかで見つかると思います。

 ガイドブックによると、ベトナムではコインは事実上使われないから受け取らないようになんて書いてありましたが、バスに乗ると日本同様料金箱にお金を入れると、運転手さんがガチャガチャとレバーを操作してお釣りを出します。
 そして出てくるのがコインです。
 機械には適していますからね。
 バス料金にはそのコインも使えます。
 つまり、外人さんには4000ドンでも地元の人にはそれより安い料金があるようです。
 20円以下の料金ですから、私もあえて追求はしませんでした。
 でも、バスで一回コインを渡されたので、一枚だけ手元にあります。
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 四つの街を歩きましたが、どの街でも道路横断は度胸試し、運動神経の検査場です。
 信号があってもすんなり渡らせてくれる所はほとんど皆無です。
 相手がオートバイですから阿吽の呼吸でお互いに避けて通ります。
 渡りたいと言う意思をはっきり示すことです。
 「この隙間であっしは3mほど前進しまっせ!」と示せば後続のオートバイは横断者の背中を掠めるように幅寄せします。
 その代わり、向こうさんは止まるなんてことは考えても居ませんから、考えを急に変えたりすると大変です。そのおつもりで…
 だから、洪水のような単車と自動車の群れなのに道は結構流れています。
 その喧騒の中を歩き回っていて、熊野に帰ってみると、まるで車も来ない…
 なのに…こんな道で歩行者の事故があるんですよね。
 「手を上げて、横断歩道を渡ろうよ」なんて、ルールに守られて、歩行者も油断しちゃってるのでしょうね。
 日本では色んなことが過保護になってしまったのかもしれません。
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 ベトナムではレンタカーはありません。
 運転手つきのチャーターカーになります。
 今の所、「国際運転免許証」も通用しないようです。
 レンタル・オートバイなんてのもありますが、運転は違法行為になります。
つかまったら罰金なのだと思います。
私としては、あの洪水の中を車で走ってみたかったのですけどねえ…
御堂筋とかで信号一個の間に全車線を幅寄せして反対側に寄せられる腕があれば大丈夫です。
楽しそうだ…なんて考えるのは私くらいかなあ???
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ベトナムの地図です
 

by je2luz | 2011-02-19 08:56 | 旅 番外編 | Trackback | Comments(0)