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LUZの熊野古道案内

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2010年 12月 31日

熊野の旅 大つごもり

 今では、「大つごもり」もあまり使わなくなりましたね。
 まして、毎月の「つごも」「つごもり」は尚更です。
 「大つごもり」などと言うと、文系の受験を経験した人などは「井原西鶴・世間胸算用」とすっと浮かんでくるでしょうね。
 「大晦日」と書くと「おおみそか」と読んじゃうでしょうけど、昔は「おおつごもり」と読んだのです。
 漢字の読みなんていい加減なものですね。

 天気予報が随分ばらついていたのですが、今日は大荒れとか言いましたが今の所快晴です。
 しかし、夕方には一雨あって、夜に晴れるのだそうです。(夏みたい)
 そして、明日の朝は「晴れ」だそうです。
 初日の出は見られそうな感じです。
 果たして見るために起きるかどうか…
 風でも吹いていたら海辺は寒いですからね。
 初日の出を拝むだけなら二階から拝めるのですが…

 カレンダーも新しいのを掛けたし…
 と言っても、新年の用意をしたのはそれだけですね。
 スーパーも休まないで店を開けているので以前のように買い溜めするなんて必要ないですしね。
 帰ってくるのは末っ子の男の子だけですから大勢になることも無いし…
 ほとんど普段どおりです。

 前の国道42号線もそんなに車が多いようには思えません。
 高規格道路「尾鷲熊野道路」の工事で普段は往復で400台を越すダンプが走りますから、正月休みで走らないので静かに感じます。
 夕方などは少し込むでしょうし、熊野川に掛かる42号線の橋は混むでしょうね。
 ほんの少し混むだけなのに、「熊野川河口に橋を掛けよう」なんて運動が起きているようです。
 国道42号線改修の時に河口にかけるか、今の所に掛けて新宮市内に国道を入れるか検討して街中を通したのに…
 経済活動を阻害するような停滞もないのに。日本中がやるように「土木のための土木」「あっても良いのだから作ろう」の図式のようです。
 道を直しても工場は来ません。材木や魚は値上がりしません。
 もうすぐ、走る車も半減します。
 新しい道を老人車を押して歩く人と電動車椅子の人が走るのが増えるだけです。
 でも、観光客の人も、広くて空っぽの道を走ると、「良い道ですね」なんて単純に喜ぶんですよね。

 かくしてぼやきながら2010年は暮れて行きます。
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by je2luz | 2010-12-31 08:53 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 30日

熊野の旅 今年はサンマが高い

 今年はこの辺りのサンマが高いです。
 全く獲れない訳ではないようですが、年末に月夜が廻ったこともあるのでしょう、高値が続いています。
 庶民の味の「サンマの丸干し」が一縛り4匹で398円なんて値をスーパーが付けているのです。
 一匹百円…高いともいえないかもしれませんが、例年の値段からすると高いですね。
 一縛り4匹で298くらいまで下がらないと皆さん「高い」と思います。
 シーズンですし、簡単におかずが出来上がりますから、売れては居ますが、山積みとかすだれのように吊るして…と言う売り方では無いです。
 鯵は近年比較的高値で、「鯵の丸干し」は庶民のおかず的ではないときが多くなりましたが、「サンマの丸干し」は大量に獲れる魚だけに庶民の食卓に良く登っていたのですけどね。

 干物文化があり、塩っ辛い高菜の漬物を食べ、塩っ辛い田舎味噌を使っていたので、私が子供の頃の統計ではこの紀州は「高血圧」「成人病」の人が多いと言われていましたね。
 今では干物ばっかり食うと言う習慣もなくなっているし、田舎味噌を作る家もほとんど無いし…
 特産品の「高菜漬け」も冷蔵・冷凍保存するので塩気が減っていますし、食生活でのそうした病気の型よりは減ったでしょうね。

 塩気を減らすことが出来たのは、保健指導もありますが、「おかずが増えた」のが大きいでしょう。
 サンマの丸干し1/3匹と高菜の古漬けでご飯を三膳も食べようとすれば、塩の塊にでもしないと足りませんからね。
 昭和30年代に入り、食糧難が少しずつ改善し、さらには高度成長期に入って食卓の上が変わりましたからね。
 せっかくまともになっていたのに、最近では「ハンバーガー」「お惣菜」「ほかほか弁当」「カップめん」・・・
 今度は高血圧や成人病に加えて、「肥満」まではびこりだしたようです。
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by je2luz | 2010-12-30 09:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 29日

熊野の旅 門松

 私が子供の頃、竹をスパッと切ったのを束ねて足元に梅や松をあしらった据え置き型の門松は、本の中で見るものでした。
 小学館の子供雑誌などは東京一ツ橋で作るのですから、当たり前のようにこの門松が載っていましたからね。
 しばらくすると、格好が付けよいのと設置もしよいので、「国鉄熊野市駅」が作ってすえ始めました。
 でも、一般の家ではそんな門松は他所のものですから飾る?ことはありませんでしたね。

 最近では、「門松」と言いながら小型で屋内向けの様なミニチュア版がスーパーやホームセンターにも出るようになり、この「東京風門松」が売れているようです。
 テレビでも雑誌でも門松と言えばこれなんですから仕方ないでしょう。
 こうして、色んなものが平均化されてゆきますね。
 「木綿のハンカーチーフ」敷に言えば、「都会の絵具に染まらないでーーー」なんて無理なようです。
 かく言う私も、半世紀前に「東へ向かう列車」で都会に出て、「毎日過ごす街角」で楽しく過ごしたものです。
 帰ってきても完全には戻りきれて居ないんですから…
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 近年はこのように年末のイベントの呼び物として、「門松造り講習会」があります。
 完全に「東京風門松」ですね。
 でも。これはキットにして材料も揃えよいし、持ち帰るのも楽だし、地元風のもののように「何処に取り付けよう…」なんて悩まなくて良いですから、イベント向きなんです。
 次の世代には「これが門松なんだ」と言う風に認知されるのでしょうね。
 まあ、地元風といっても、こんなのじゃないと言うだけで、木本、飛鳥、新鹿…こんな狭いところで随分違うようなのである意味では伝統を守りにくいんですけどね。

 戦後、世の中が落ち着きだした頃…
 「新生活運動」てえのが流行り、門松も資源の浪費だと言って「紙に印刷したものを玄関に張ろう」なんてやっていましたね。
 戦中・戦後の山林乱伐で山が荒れていたのでそうなったのでしょう。
 今では松などはクリスマスの樅ノ木同様、「特用林産物」などといって栽培されるんですけどね。
 山の「羊歯」なども売れるのですが、暮れだけの特需ですし、それで飯が食えるのではないので高齢者が山に入れないほどまで老いて来たので採る人が居なくなりつつあるようです。
 暮れに5万円稼げても、後の11ヶ月食えなければねえ…

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by je2luz | 2010-12-29 10:44 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 28日

熊野の旅 年末年始

 県立木本高等学校ラグビー部が花園で一勝上げました。
 ラグビーと言う競技はほんの少しの力の差がものすごい点差になって出てきます。
 体をぶっつけあう格闘技のような面のある球技出すからそうなるのです。
 ラグビーの盛んなこの辺りでは、ものすごく点差のあるゲームは他の競技でも「ラグビーの試合みたい…」と言われたものです。
 ものすごく得点の少ない僅差の試合になったのですから、ものすごい潰し合いだったのでしょう。
 14-12でした。
 まずは良かったです。

 年末年始の天気が少々荒れ模様とか…
 冬の天気予報は割りと当るので困ったものですね。
 元旦は曇りのち晴れ程度だとか…
 変化が早ければ、朝、晴れているのかな?
 初日の出、午前7時に東南方向の水平線に雲が無ければ良いのですがね。
 海から上がる太陽を拝めるのはそんな条件のほんの数分だけです。
 まだまだ、4日もあります。
 望みはあるでしょう。
 この辺りに雲が掛かる時は全国的のも駄目な時が多いです。

 曇り空でも夜は明けますし、除夜の鐘代わりの花火もありますし、花の窟神社も産田神社も熊野古道も何処へも行きませんから、初詣・初歩きを兼ねておいでになるのも良いかもしれません。
 初詣も、明治神宮とかのようにゆっくりお願いも出来ないなんてことはありませんからね。
 「家内安全・五穀豊穣・恋愛成就・入試合格・世界平和…」一杯お願いできますよ。
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by je2luz | 2010-12-28 11:13 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 27日

熊野の旅 売れるのは食べるもの

 イベントで売れるものと言えば「食べるもの」です。
 「B級グルメ大海」でなくても、イベント会場やお祭り・夜店で売れるのは「食べるもの」ですよね。
 この辺は関西圏なので「たこ焼き」「お好み焼き」なんてのが良く売れます。
 この二つは昔からこの辺にあったものではありません。戦後もうんと経ってから入ってきたものなのですが、今ではこうした時に無くてはならない物になっています。
 実演販売なのも買う気をそそるのでしょう。
 
 「サンマ寿司」「焼きそば」「熊野地鶏味噌汁」などのすぐに食べられるものの他には、「野菜」「干物」などのおかずも売れています。
 正月には少し早いですが、こうしたところで売っていると何だか安いような気分になりますね。
 それに、元々産地なのに、「産直」に気分になるし…
 せっかくイベントに来たのに手ぶらで帰るのも…と言う心理状態も働くようです。
 そんな時、買って帰って後悔しないのが「食べる物」なんです。
 昨日のイベントでもこうした店は良く売れていましたね。

 良く売れると言ってもそんなの大量に持ち込んではいません。早く売り切って帰れる程度・・・にしてあるようです。
 大きな町の人には想像できない程度しか客を見込めませんからね。
 町の商店街の普段の夕方の人波ほども歩きませんからね。
 そして、こうしたイベントは「物産販売」をやっていますが、外向きではなく内向きです。
 観光客とか他所からの買い物ツアー客などと言うものは想定していません。
 と言う面で、かなり疑問を感じるものになってきています。

 「いこらい市」と「古道朝市」、ばらばらなのを合同に持ち込んでも、実態は「同時開催」で留まった感じでした。
 心斎橋筋と御堂筋のように完全に平行な道の二つで出し物を並べるのですから、どう客を回すか…間を繋ぐものは企画されなかったし…
 腰砕けにならないで融合してゆくことが可能なのかどうか少しばかり心配ですね。
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by je2luz | 2010-12-27 09:57 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 26日

熊野の旅 いこらい市・古道朝市

 今日は記念通り「いこらい市」と本町通り「古道朝市」の合同したイベントの日です。
 木本町の記念通りと本町通りがほぼ全面交通止めです。
 「朝市」の名前がかぶっているように、開始が午前9時です。
 終わりが午後一時かな?

 まあ、「朝市」なんて名前がかぶっていると定番は「野菜の安売り」ですね。
 漁場なのに「鮮魚の安売り」はありませんでした。
 今回はまじめに9時過ぎに本町に行き、そのまま記念通りに廻ってイベント会場を一通り見てきました。
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   古道朝市
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   いこらい市
 どちらも、朝早くから売れているのは「野菜」が多いようです。
 かなりのピッチで売れていますから、野菜を持ち込んだ人は早く店じまいして帰ると思います。
 私も白菜の大きなのを買ってきました。
 五郷町桃崎産だそうです。
 スーパーよりは安いですからよく売れていましたね。

 他にも色んな店が両方に出ていましたね。
 若いこの店も両方に出ていましたし、
 時間が早かったので被写体になるような子供は出てきていませんでした。
 とりあえずこの速報ブログを書いたら又スナップを撮りにもう一度出かけます。
 木本一の老舗文房具店の店内を片付けたバーゲンもあります。
 子供の頃には良く買った店ですが、これで終わりのようです。
 なんだか寂しいものも含んだ2010年暮れの朝市です。
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     古道朝市

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     いこらい市  

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by je2luz | 2010-12-26 11:02 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 25日

熊野の旅 残り一週間 ちょいとひどいニュース

 2011年2月1日から3月15日までの1ヵ月半、熊野最大の観光地「鬼ヶ城」の見物ができなくなります。
 回遊道路ではなく、入り口の「千畳敷」に行けなくなるのです。

 前にも触れた、南海電鉄が始めた観光施設で鵜養曲折の果に熊野市に寄付された「鬼ヶ城センター」の取り壊しのために道を通行止めにしちゃうからです。
 鉄筋コンクリートのしっかりした建物ですから取り壊すのも大工事なので、やりよいように…と、お役所らしく事故の責任を逃れるために「完全通行止め」をやるのでしょうね。
 周辺では巨費をかけて敷地自体を広げる工事もやっているのですが、そちらが出来る前に建物撤去も始まるようです。
 ここまでして取り壊して、ほぼ同様の建物を建てるようです。

 鬼ヶ城に来られてことのある人は、入り口にうっとうしい建物があったのを覚えておられるかもしれません。
 個人向けの食堂、団体用の食堂、大宴会場…を積み上げたものでした。横には大浴場まであったのですけどね。
 何しろ、距離は近くても「鬼ヶ城トンネル」が挟まるので市街地からは歩いても行けないし、一般には縁の無い施設だったのです。
 と言うことで、国内観光の落ち込みとともに利用者が激減して南海電鉄が系列の子会社に渡し、持て余したので熊野市に・・・

 高規格道路「尾鷲熊野道路」の開通で「観光客がどっと押し寄せる!」からと言って、新しい施設だけでも5億円かけて用意するのだそうです。
 この準備工事を含めると更に1億ではきかないお金が加算されます。
 木目細かい交通機関が無いところですから、「熊野古道歩き」の人と「鬼ヶ城」は結びついていません。
 歩く人にとって鬼ヶ城に廻るのは1時間ほどの余分な時間になりますから行程に入れにくいのでしょう。

 観光のオフシーズンではありますが、この1ヵ月半の間は入らせないと発表されています。
 民家も無く誰も居ないところですが、「夜間工事・昼間通行可能」にはしないようですから、十分気をつけてください。
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by je2luz | 2010-12-25 10:29 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 24日

熊野の旅 木枯らし

 ヨーロッパの方は大寒波で大変らしいです。
 この辺りは、皆さん「寒い、寒い」と言っていますが、大したことは無いです。
 もう、暮れだと言うのに、相変わらず暖房無しで過ごして居ます。
 夜中になると、「寒くない」と言うと嘘になる程度に冷えては来ますけどね。
 このパソコンは史上最高に熱を持つと言われる、ペンティアムDの2.8GHzですから、暖房代わりになるでっしょうけど、電球をLEDにしたので頭の方から暖めてくれるものが減っています。
 さすがに、床に入る前に「足を暖めたいなあ・・・」と、思うこともあるようになりましたね。

 今日は風が吹いています。
 先日の風は南からの風、「まぜ」でしたが、今日は北よりの風で「木枯らし」なんてやつでしょう。
 この時期の風は「ヒューーッ」と言う電線の音を生みますね。
 この音が余計に寒さを思い起こさせます。

 南紀、東紀州は緯度にすれば山口県とほぼ同じでそんなに南ではありません。
 ただ、寒さの元のシベリヤや満州からの風を日本海側の山、吉野の山、紀州の山など何枚もの屏風で遮られているので、季節風の北風が弱くなります。
 それに加え、水温の高い「黒潮」が目の前を流れますから湯たんぽを抱いているようなものです。
 この暖流の威力はすごいですからね。
 スカンジナビア半島、北極圏に近いノルウェーの海岸線も、目の前の暖流で緯度の割りに暖かだそうですからね。

 三重県側の「熊野古道」は海岸線の南斜面を走っているところが多いです。
 残っているのは峠越えの山道ですが、岬の根元を越えるようなものが多いので真冬でも雪など降らない暖かな道です。
 年中春だと言われる、「極楽浄土」の入り口が近いのですから当然でしょうね。
 山道歩きですが、冬山にはなりません。
 しかし、こんなところでも山の中でお腹を空かし野宿をするとなれば凍えちゃうでしょう。
 不思議なことに、どっちに向かっても里に出るはずの山で、まっすぐ進まないでぐるぐる廻って遭難する人も居ますからね。
 今なら、高いところに出れば携帯電話が繋がる場所が多いです。
 じたばたしないのが、土地勘の無い山を知らない人が迷った時の一番良いことでしょうね。
 そもそも、道を外さないことです。
 山道も人生も…
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by je2luz | 2010-12-24 10:58 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 23日

熊野の旅 今年最後のイベントだけど・・・

 今度の日曜日、26日に木本町内でイベントがあります。
 毎月記念通りで行われる「いこらい市」と、去年も本町で年末に行われた「古道朝市」を一緒にやるものです。
 初めて合同することにはなったのですが、すっきりとは合流しないようで、日にちが同じになったような感じになりかねません。
 近いと言えば近いのですが、完全に平行になっている「記念通り」と「本町石畳通り」の両方を使ってやるようです。
 そうなると、出し物は元通りの場所になるってことかもしれませんね。
 間を繋ぐ「新町通り」を出店で埋めて客を両方に流すのは大変でしょう。
 合同して人手が大幅に増えれば分散しても大丈夫ですがどうなることやら…
 「古道朝市」は商工会議所が音頭を取っているようです。
 「いこらい市」の方はスタートでは記念通りの人が頑張っていましたが、今は別組織みたいな感じですが・・・

 いつも書くように、こうしたイベントを見物に来る人で、ついでにその通りで買い物をするというのは少ないですね。
 来たついでに、スーパー・オークワで普段の買い物する人は多いですけどね。
 と言うより、記念通りでも昔のような商店街では無いし、本町になるとほんの数軒しか店が無いのですからイベント…人出…売り上げ増、なんて図式にならなくて当たり前になってしまいましたね。
 お年寄りの店主が増えていますし、イベントにはすごいエネルギーを要しますし、その日と会わせて自分の店の方で客寄せ売出しをする余裕が無いでしょう。

 昔からの町の祭りで店がおろそかになるのは分かるのですが、イベントでそうならざるをえないと言うのも趣旨からすると考え物ですが、人が居ないのですから…
 後日に繋がるチラシを撒くなんてのも無いですね。
 都会と違い、今残っている商店の存在を知らない人がイベントを見に来ることはほとんど無いとも言えるのですけどね。
 では、どうしてその通りでイベントをするのか???
 原点から見直さないと「労多くして…」と言うことになりそうです。

 イベントが寂しくならないよう…頑張っている商店主さんたちが張り合いを無くさないよう…できるだけたくさんの人においでいただきたいものです。
 年の瀬も押し迫っています。
 アメ横や黒門町市場に出かけるようにこのイベントに合わせて木本へ買い物に来てください。
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by je2luz | 2010-12-23 09:37 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 22日

熊野の旅 旧家・町屋と生活

 写真を展示している「おやすみどころ岡本」の隣に、古い町屋があります。
 以前にも何度か取り上げてきた「福島邸」です。
 今の「第三銀行」の母体がそこから始まったと言う、木本風の店造りのお宅です。
 一番前が「店の間」で次が「中之間」長火鉢を置いて当主が座る部屋、そして「奥の間」で生活空間兼客間と言うなんとも生活など出来ない家です。
 おまけに開口部は通りに面した前の部分と、中庭に面した裏の部分だけですから、中之間は天窓からの明かりが頼りです。
 だから、こうした町屋では裏に離れを建てて暮らしていたのです。

 店をしなくなっても、なんとも使い勝手が悪い家ですから、どんどん取り壊されて行き、残っているのが少なくなっています。
 私が育った家もこうした造りでしたから、売却するとすぐに壊されました。
 福島さんはこの使いにくい家を保存してきてくれたのですが、老朽化もあり手入れ、改装することになりました。
 内装とかを剥がすとかなり痛んでいましたね。
 それでも、中之間とか木本の家らしいところを保存しての改装をしてくれているようです。
 一番前の「店の間」を使えるようにするようです。
 玄関・通路を兼ねた「土間」との間が障子だったのを壁にするようです。
 ちょっと残念ですか、文化財でもありませんし、個人の持ち物です。
 どれほど使いにくいかを分かる身としては何も言えませんね。
 取り壊さないだけでもありがたいです。
 下の写真は元の「店の間」です。
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by je2luz | 2010-12-22 10:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)