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LUZの熊野古道案内

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2010年 06月 30日

熊野の旅 ささやかの歓迎 めだかの学校

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 この手作りの看板は、熊野の山間部、飛鳥町小又にあるものです。
 個人の方が、小さな休耕田を使ってやっているものです。
 呼び物は今の時期に咲く『睡蓮』です。
 豊富な水を利用して田圃には水がかけ流しになっています。
 何が住んでいるのか良くわかりませんが、トノサマガエルはたくさん居ました。
 おそらく、「ヤゴ」も沢山居てもうすぐトンボが一杯出てくるでしょうね。
 小さめの田圃ですから、「見渡す限りの水練池」と言うわけには行きません。
 それでも、沼や池のないこの辺りでは珍しい光景です。
 残念ながら「鹿避けのネット」が張られています。
 開放してあるのですが、鹿に目をつけられたら花どころでは無いですからね。

 飛鳥町内には「菖蒲」の田圃もあります。
 こちらも、民間・個人の方がやっておられます。
 もちろん、「菜花の里」なんてものに比べようもない規模ですが、季節になれば山間で来る人を拒まないで迎えてくれます。

 休耕田・廃耕畑はいくらでもあります。
 山間部になるとそんな農地の方が多いくらいでしょう。
 花の好きな人はこうして個人でがんばって花を育てています。
 全国でも、コスモスや向日葵、アジサイなどが植えられて、ローカルニュースなどで紹介されています。
 私など、自分の庭でさえ草だらけのジャングルにしてしまうくらいですから、花作りも中々大変なものです。
 熊野古道歩きのコースの脇にあるので、わずかに咲かせる「ケシ」「花石榴」などでも目に触れるようです。
 こうしたものがささやかですが、「歓迎」の気持ちとなって伝われば一番よいと思います。

 日本の庭は閉鎖的で通る人を歓迎するものでは無いですが、ほんの少しのプランターなどでも目を休めてもらえると思います。
 イタリアでもスイスでも海外では個人の家々が外に向かって花を咲かせます。
 それが習慣になっているようです。
 「花一杯運動」なんてタイトルが付くと、予算を使って…予算を引っ張り出して…と言う考えになる人も多いようです。
 助けてもらえるに越したことは無いですが、それ以前の問題のような気もします。
 うまく表現できませんけどね。
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by je2luz | 2010-06-30 09:44 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 29日

熊野の旅 わき道 自己中自治体・国民

 山の天辺まで道路を作り、立派な橋を架け、渡った先には鐘があってそれを叩くだけ…
 一時期は有名になった馬鹿げた観光投資です。
 そして、もっと有名なのは「映画村」みたいなものから遊園地まで揃えた「夕張」ですね。
 北海道には有名な建築家のデザインした意味不明な公園があるし…
 全国3300自治体が血道をあげてこんなものを作ってきました。
 平成の大合併の後の2000あまりの自治体も変わりがないようです。
 自治体以外でも簡保センターから省庁の外郭の作るものまで色々です。
 そんなものが報じられたら怒る人が、自分の周りだと怒らない…
 そして日本は世界一の借金国になっています。
 それでも、この動きを止めようと誰もしないのですね。
 5億円と言えば国の予算などではたいした額では無いです。
 でも、こんな売店で働く人の5人分の生涯給料です。
 さらに、毎年数人分の人件費程度の赤字が予想されるのに…
 それでも、税金は人の金…
 地元にもってきたら儲け…
 それはないと思いますね。

 観光客をもてなすトイレや売店ならこの一割以下で出来ます。
 よそよそしいまですっきりした施設よりはつぎはぎでも人間味のあるものの方が観光地らしいとも思えます。
 この施設を税金で作って、税金で穴埋めし…さらには、ぎりぎりで営業している民間の施設から宴会まで取り上げる…それも、赤字補填で実質的には宴会に補助金を出すようなことが見えています。
 それに警鐘を鳴らすことがマイナスに見えるとすれば、日本国は滅びの道を進むしかないでしょう。
 アルゼンチンやギリシャより悪いとまで言われている財政…
 確かに、熊野が4億ほど始末しても仕方ないのかもしれませんが、だからと言って使いまくるのが良いわけないと思います。
 これは氷山の一角です。
 この姿勢で動く先にはこの尻拭いで市民につけが回ります。
 目に見えないように巧妙に隠された付けもあります。
 教育や福祉のお金とは少々意味の違うところですからね。
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by je2luz | 2010-06-29 10:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 28日

熊野の旅 吉野熊野国立公園・特別記念物・鬼ヶ城

 なんともいかめしい肩書きを持つ観光名所です。
 本名は更にこの跡に「獅子岩」もくっついたいたように思います。
 同じ時期に海底から隆起したから…なんて理由が付いていますが、どう考えてもそれが学術的に価値があり保存すべき「特別天然記念物」とは思えませんが、両方とも格好よい奇岩です。
 「観光ありき」で「天然記念物は「お墨付き」「キャッチフレーズ」に頂いたもののような気がします。
 それに、「吉野熊野国立公園」も「国立公園」が出来てすぐに指定されたり…
 こちらも「世界文化遺産・紀伊山地の霊場とその参詣道」と同じように熊野から吉野までを含む広大なものです。
 ひっくるめないと駄目だと言うくらいポイントがないともいえるのかもしれません。
 まあ、このように色んなもの肩書きを取ってくることは出来るのですが、「国立公園」の時代は関西からの環境客の誘致がそこそこうまく行ったようですが、一大観光地には成れませんでしたね。

 鬼ヶ城・獅子岩・大丹倉・楯が崎・新鹿海岸・大又川・七里御浜…
 熊野市内だけでも一杯綺麗な景色はあります。
 花の窟神社・産田神社・大馬神社…
 良い神社などもあります。
 サンマ寿司・ウルメの寿司・鯵の寿司・サンマの丸干し・鯵の丸干し・高菜漬け・めはり寿司…
 名物のうまいものもあります。
 「湯ノ口温泉」「あたしか温泉」や「簡保センターの温泉」もあります。
 豪華ではないけど、高級な宿泊施設の「里創人熊野倶楽部」なんてのもあります。
 中心街の木本本町通りは石畳になっています。
 
 お金にならないのが分かっている観光を売りにしようとして、まだまだ投資は続きそうです。
 熊野の一番の目玉は、分かりよい「鬼ヶ城」でしょう。
 かつては南海電鉄が力を入れました。そして、投げ出しました。
 それを引き継いだ会社もダウンし、引き取った熊野市が委託したグループも…
 そして…
 目下計画されているのは、今の設備を全部取っ払って立て直すことみたいです。
 5億円とか…
 もちろん熊野市が市営でやろうと言うのです。
 元々お荷物になっていた、「大宴会場」なんてもの作るとか…
 税金を使って、市民も使わない宴会場を作るのも全て遠来のお客様のためです。
 でも、宴会をしに熊野まで…ねえ…
 計画を表面に出さないから…熊野の人はおとなしいから…反対の声も起きませんね。
 数年立てば、出来上がるようですから、「請う!ご期待!」と言うことです。
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by je2luz | 2010-06-28 11:09 | 熊野 | Trackback | Comments(6)
2010年 06月 27日

熊野の旅 今年の夏は…

 明日からでしょうかね?高速道路・伊勢自動車道と紀勢線の津市以南が無料化されるのは…
 津から南に向かうときだけただにはなりますが、それまでの伊勢自動車道や東名阪などは有料です。
 そして、日曜日とか休みの日だと、どこから来ても1000円ですよね。津から南が有料でも無料でも関係ないでしょう。
 三重県内の人が普段走るのには影響があるでしょうけどね。
 つまり…
 三重県の少し南の大台町辺りの人が津や松阪に通勤するのには役立つでしょう。何しろ毎日ですからね。
 どうもそれだけのことのように思えます。
 えこひいき的ですね。
 料金を取っても、あの恐ろしいほどの高い橋脚を立てて作った高速道路は利息分も回収できないでしょうけどね。
 でも、税金を投入してまで意味のない無料化をしなくてもねえ…

 まあ、国や県や市の言い分では、「これで観光客が増えるのだそうです。
 そこまで言われたら、都会の人も捨て置く訳には行かないでしょうから、他へ回らずに熊野方面に来てくれるでしょう。
 少し位増えても赤字は消えませんが、税金でよその方の遊び賃を負担するのが少し減ると思います。
 「地域振興」「観光立市」などと言う掛け声で、地元の人の福祉を犠牲にしてでも皆様のお越しをお待ちし、接待させていただいているのですからね。
 来る時は、泊まるつもり、遊ぶつもり、飯も食うつもり、土産も持って帰るつもりで来て下さい。
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 このトロッコ列車、乗ってもらっても採算など合いません。
 でも、乗らなくてもほぼ同じだけの経費が掛かります。ぜひ、ご協力を…

 そうそう…
 この鉱山の坑道からは夏になるとものすごく良い風が吹いてきますよ。
 クーラーなんか要りません。
 場所は紀和町「瀞流莊」のそば、トロッコ電車の乗り場です。
 ここでは何も買えませんから、瀞流莊ででも何かを買ってきてトロッコが動くまで休んでください。
 夏休みには走ると思いますからね。
 高速がただなのですから、トロッコに乗っても安いものだと思いませんか?
 
 


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by je2luz | 2010-06-27 17:09 | 熊野 | Trackback | Comments(4)
2010年 06月 26日

熊野の旅 緑のじゅうたん

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 規則的に島のように点在する草…雑草ではありません。
 テレビなどでも紹介されたことのある芝生の元です。
 写真でも見えていますが、この芝はランナーを出して広がってゆきます。
 そして隣の島と繋がって緑のじゅうたんが出来上がる寸法です。

 この芝を植えたのは、「熊野市立神上中学校跡」です。
 地域振興?のために植栽したもので、さくら祭りのメイン会場にしようと言うことらしいです。
 運動会が出来る様にでしょうか?トラックが芝を除外して描かれていました。

 去年の秋に地域の人の勤労奉仕を受けて植えつけたのだそうですが、何しろ寒いところですから、活着はしても中々伸びようとしなかったようです。
 6月下旬になって恐る恐るランナーを出したと言う感じです。
 海岸線なら随分様子が違ったでしょうね。
 
 この芝生は苗が高いのだそうです。
 ぎっしりはえてしまえば勢力が強いので他の雑草は生えないと言うことらしいです。
 山の中のグランドですから、雑木やススキなどものすごい馬力のものとの競争ですがうまく行くのでしょうか?
 シカに食い荒らされないように網が張り巡らされてあって、今年度はきちんとフェンスを作るのだそうです。
 廃校なってからの方が管理費がもらえているような気もします。
 むかし、この学校が使われていた頃に補修費を出してもらうのに苦労した経験がありますが…
 土壌の改良、芝の植栽、フェンス建築・・・全部同じくらいの予算で継続中です。額は書きません。

 来年のさくら祭りの会場はここに移るのでしょうかね?
 元の会場のすぐ傍で、もとはここを駐車場にしていたのです。
 「やめようか」といわれていた「神川さくら祭り」もこの事業をやったのでしばらくは継続されると思います。
 !!??
 まさか…
 「芝生立ち入り禁止」なんて日本の公園流のことはやらないでしょうね。
 ランナーに足を取られて転ぶお年寄りが出たらそうなるかもしれません。こけないでください。

 


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by je2luz | 2010-06-26 10:21 | 熊野 | Trackback | Comments(1)
2010年 06月 25日

熊野の旅 二十四の瞳なら・・・

 戦後の名画…いや…日本映画史上に残る名画と言われる「二十四の瞳」を昔々見ました。
 小豆島にはそのロケに使った学校のセットなどがいまだに残されて、観光客がいまだに訪れているようです。
 「おなご先生」と子供たちの話ですね。
 題名の通り子供の数は12人でした。
 子沢山の昭和時代では、12人しか居ない島の分教場などは田舎の典型だったのでしょう。
 他には、「三太三重丸物語」なんてのもあったように思います。
 村の分校や田舎者を少々偏見的な見方でおかしく描く部分がありました。
 映画評の言うような、「素朴で純真な村の子供と…」なんて、素直に取れなかったのは私が田舎者だったからでしょうかね。

 日本の子供の数
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が半減した平成の時代、そして過疎と老齢化が進んだ21世紀の田舎では『市立』と言う冠をかぶった超小規模校、果ては休校・廃校が日本中にあふれています。
 この学校も、三学年しかない中学だとは言え、瞳の数が24以下になったのは二十年も昔です。
 「軟式テニスが強い」と、言われたこともあります。
 でも、クラブは「軟式テニス部」しかなかったのです。
 他の協議をやる人数が居なかった…
 そして、いまは小学校と合併しています。
 でも、瞳の数は24もないのではないでしょうか?

 この写真を見れば、「素敵!」と思われる向きも多いでしょう。
 残されている数少ない木造校舎です。
 文化活動に活用を…
 でも、これを維持するには…
 それに、協力できる地元の人も老齢者ばかり…
 大修理を除いても年間百万では維持できないでしょうね。
 どうします?

 


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by je2luz | 2010-06-25 10:21 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2010年 06月 24日

熊野の旅 山の学校 神上中学校

 日本の田舎には「田舎らしい学校」が一杯あったものです。
 木造で平屋建て…
 子供が窓から飛び出しても大丈夫…
 木枠の窓で隙間風がびゅうびゅう…
 でも、そんな田舎の学校でも子供の騒ぐ声が響き渡っていたものです。
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 これは「熊野市立神上中学校」です。
 教室の廊下側窓がサッシに変えられているのが残念なくらいの建物です。
 もう、大分前から使われていません。
 今は、神川小学校と一緒になって小学校の校舎を使っています。
 入学生徒の居ない年があるようになったのでは存続が無理ですからね。

 この学校のある神川町は、昭和の大合併で旧・神川村が熊野市になったところです。
 戦後の「熊野川総合開発」の一つ、「七色ダム」の膝元で、建設当時は労務者や技術者が入り込んで人口も膨れ上がっていたものです。
 今でも電源開発が建てた社宅が一部だけ残っています。
 労務者用の飯場などはありませんけどね。
 幹部用の社宅は「町営住宅」などと言う形で地元が管理したアパートになったりしています。
 少しでも過疎を止めようと言う努力ですね。
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 この「神上中学校」も何とか利用しようと色々やっているようです。
 校長室だったところではステンドグラスの工房があり、作品も展示されていました。
 一般向けの「ステンドグラス教室」も開催されているようですが、何しろどこからでも遠いんですよね。

 この学校も屋根を葺き替えたりしてはありますが、人の居なくなった建物と言うものは傷みが早いんです。
 これからどう維持するか…
 一般に思うよりはるかにお金も掛かるんです。
 事実上家賃の入らないに等しい文化活動ではとても維持できませんね。
 「学校財産」の内は維持予算が出ていますが、普通に使える「行政財産」に変更したらそれも来なくなります。
 市民のためでないものだったらどうするのか?
 そんなことを抜きにした事も多いですね。
 でも、壊すには忍びないし…
 「さくら祭り」のメイン会場をここに移したいなんて話もあるようです。

 


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by je2luz | 2010-06-24 10:06 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 23日

熊野の旅 山村らしい…紀和町

 「山村らしい」…と、言っても、「紀和町」も今では「熊野市内」です。
 昭和の大合併までは南牟婁郡の山間部に点在する「入鹿村」や「西山村」などだったのですが、その頃の方が町になってからよりずっと大きかったのです。
 昭和30年代までは紀州鉱山も元気で採掘をしていましたから抗夫も多く居て賑わったものです。
 戦時中などは朝鮮半島から強制連行した人や英国軍の捕虜まで居たので人口が一万を越していたのであろうと言われています。
 流れ者を含め、戸籍も何もない人間がごろごろしていたので実数は分からないようです。
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 これが現在の紀和町の人口です。
 熊野市の一部になっても、元の紀和町役場にはこうした人口の掲示が出ています。
 今はこの数字より二名ほど締め切りの関係で多くなっているとか…

 紀和の役場だったところは熊野市の紀和出張所と林業振興課に使われています。
 昭和35年?位の建築で、いかにも『役場』と言う雰囲気で床も木張りです。
 映画のロケにでも使えそうです。
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 この人口でも山の中に散らばっていますし、元々「村」が違っていたくらいですから住民サービスはここだけでは無理です。昭和の合併前のように西山村だったところにも窓口を残してあります。かくして、この紀和管内合計三箇所の窓口があるということです。
 日本の山の中にはこんなところがごろごろしています。
 それでも、村山地が減って『市』になっています。
 「市」になったからと言って何も変わらないのですけどね。

 田舎住まいに憧れる文化人もここまで田舎になると…
 それに、自給自足しようとすると、まるで猪・鹿・猿に餌場を作ってやるような状態ですからね。
 花札ならイノシシもシカも歓迎されますが現実には困り物です。
 サルなどは猿蟹合戦の悪いサル並です。
 今では動物が檻の中に居るのではなく、人間と作物が檻の中で居るのです。
 「紀州の山猿」なんて言葉があるくらいですから本場なのでしょう。

 中途半端な「田舎暮らし」「山村生活」ではなく、極限の田舎暮らし、限界の山村生活をしたかったらこの辺りに来ればよいでしょう。
 それでも、大阪まで3時間あれが出られますからね。不便じゃないですよ。
 家も畑もものすごく安いです。

 


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by je2luz | 2010-06-23 09:58 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 22日

熊野の旅 熊野地鶏 市営養鶏場

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 三重県が東紀州活性化の一環として生み出したのが、「東紀州地鶏」でした。
 そして、それを取り入れたのが『熊野地鶏』です。
 前にも書いたことがありますが、初めの頃は協力民家が生産にかかわり、私の親戚もやっていました。
 手間をかけて飼育し、宣伝販売と言うことで、「熊野大花火大会」の日に、我が家の前で直販をやっていたりしました。
 その時にもらって食べたことはあるのですが、それ以来食べていませんね。

 「熊野地鶏」と言っても、この辺古来のニワトリが居た訳ではなく、県が開発を委託して、「名古屋コーチン」「伊勢赤取」「八木戸」と言う三種類を掛け合わせたものです。
 二種類は分かるのですが、三種類って?・・・つまりは、どれかとどれかを掛け合わせた中間種が存在する訳で、その品種が安定しているのやら、品種名が無いのやら…少し不思議な発表の仕方です。
 それに、自家採卵も出来ず、『雛』がものすごく高いようです。
 
 写真は「紀和町ふるさと公社」のやっている養鶏場風景です。
 山の中にあり、民家に迷惑をかけることは無いし、通行車両殻など「鳥インフルエンザ」をもらう心配も無いところです。
 「紀和町ふるさと公社」は、元来独立した「南牟婁郡紀和町」が古さと産品開発と販売のために作ったものですが、合併により今では「熊野市」の下にあります。
 この養鶏場は合併のご褒美?
 事実上の熊野市営養鶏場のほかに、民間の養鶏場も残っています。
 JAに握られている「配合飼料」も穀物価格の変動で中々大変だそうです。
 
 販売が旨く行かないと言う理由で、行政が大きく介入して予算の投入をしているようです。
 今度は、今、民間に委託している鳥の加工処理をこの公社でやろうということで計画が動いていますね。
 「民間では思うように処理してくれない…」と言うのが理由ですが、役所の言う目標数の飼育と出荷が出来ても、投入予算の額からして「高いものに付く」のが目に見えています。
 「目標数達成」でもそうなのですから…
 かくかような状態でも、「おいしい熊野地鶏」を皆様に食べていただきたいそうです。
 放し飼いの地鶏と言うわけには行きませんが、衛生状態の宜しいところで飼育されています。
 お目に触れたら…と、言っても、そんな機会は無いと思いますから、通信販売で取り寄せて食べてみてください。
 公社と民間があるし、どちらの味方もしにくいのでアドレスは載せませんが、「熊野地鶏」で検索いただければ出てきます。

 


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by je2luz | 2010-06-22 09:26 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 21日

熊野の旅 東紀州 三重県

 いつの間にやらこの辺りの呼び方が「南紀」から「東紀州」に変わりました。
 「南紀」と言うと、和歌山県「田辺・白浜」から南、串本、太地、那智。新宮、熊野、尾鷲、紀伊長島まで含んでしまい、総延長200Km近い範囲になってしまいます。少々広すぎるのは確かですし、和歌山県のイメージが強いですね。
 潮岬を折り返し点にこちらは日田に向かっています。
 つまり、字句の東側になると言うことです。
 昔流に言うと、串本周辺は「西牟婁郡」でそのこちら側が「東牟婁郡」です。、でも、不思議なのはその北側になる熊野市周辺が「南牟婁郡」なのです、その北側の尾鷲周辺が「北牟婁郡」と言うのは分かるのですけどね。
 と言うことで、紀州を潮岬辺りを軸に見るとこちらが東になるので「東紀州」と言う呼び方を使い出したのです。

 まあ、「東紀州」と言う呼び方を接客的に使い出したのは「三重県」です。
 前知事の北川さんから、今の知事の野呂さんにかけて、「東紀州活性化」なんて掛け声が掛かるようになりましたね。
 その一環が「丸山千枚田」の整備とか「世界文化遺産指定運動」になっていったものです。
 今では「東紀州」の振興のために特別な部局が県庁の中に出来ています。
 それを作らないといけないほど東紀州は県の中部や北部に比べると劣っていると言うことです。
 面積の割りに人口が少なく、住民の所得も低いのです。
 もちろん、老齢化と過疎は先に進んでいます。
 で・・・
 役所に何が出来る?
 高速道路?
 資源と人の流出路になることもあるのです。
 時間が短縮される代わり、途中をパスする観光客も増えるのです。これは全ての高速道路で起きているものです。
 
 久しぶりに知智さんの顔を拝見しましたが、衆議院議員の頃よりは落ち着かれた話方をされるのは、議員と首長の違いなのでしょうか?お年のせいでしょうか?もう、60台になられていますからね。
 金山に出来た「里創人・熊野倶楽部」は県の施設なのですが、実態をどれほど知事がご存知なのか???
 ああいう背策ではなく、地に付いたもので、三重県にもがんばってもらわないとねえ…
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by je2luz | 2010-06-21 08:52 | 熊野 | Trackback | Comments(0)