LUZの熊野古道案内

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2010年 03月 31日

熊野の旅 持ちこたえられるか? 神川の桜

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 この光景は3月27日17時40分に撮った熊野市の桜の名所「神川町・電源開発用地」です。
 4月4日に日曜日には「神川さくら祭り」があります。
 花冷えが続いていますが、この日すでに満開状態でした。
 このあと一週間…持ちこたえられるのでしょうか?

 ここの桜は電々開発が自社の遊休土地にたくさんの桜を植えたものですが、今でいうなれば「景観対策」としてですから、「ソメイヨシノ」の単一植栽です。
 一気に咲いて一気に散りますから見事ですが、時期を外すと「桜の花の無いさくら祭り」になってしまいます。
 今までにも、散ってしまったことも、咲いてくれなかったこともあります。
 気まぐれな天候で随分ずれる満開時は、三月末から四月頭の日曜日・・・と言う人間主体の日程にあってくれません。
 たまたま、夕方遅くなってから大迫越えで神川に出かけたので、雨がちらつく中で撮って来ました。
 今日辺りには、いくら花冷えが続いていても散り始めていることでしょうね。

 「神川さくら祭り」は熊野市では一番大きな花見イベントだと思います。
 山間部で、熊野市外からも、関西方面の169号線ルートも決して走りよい道ではありません。
 しかし、結構きれいなところですし、メイン会場は騒々しいですが、電源開発はやたらとあちこちに桜を植えましたから、離れた人気の無い場所でも花見が出来ます。
 まともなお店がなくなっていますから、食料は持参してください。そして、ごみはお持ち帰りください。
 こうした山間部の全てを担っているのは高齢者ですから跡はきれいにしてくださいね。

 と言うことですから、このイベントも地元にはほとんどお金が落ちません。
 でも、地元のご婦人方が腕を振るった「めはり寿司」「さんま寿司」などが並んで皆さんを待っていますよ。
 「ほんまもん」の田舎寿司にありつける機会だと思います。




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by je2luz | 2010-03-31 10:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 30日

熊野の旅 記念通り 歴史を感じる?

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 この写真は熊野市のメインストリート、「記念通り」の中ほどの景色です。
 どこか懐かしい、昭和の匂いのする看板が並んでいます。
 こんな風に歴史を感じるような看板などがぽつんと残されている商店街が田舎には時々あります。
 向こう側の「さくらカラー」はもはや生産されていません。
 日本の写真の歴史では「フジ」より「さくら」の方が古くから親しまれてきました。
 「六桜社」「小西六写真工業」…懐かしい社名です。
 こちら側ももう社名が無くなったものですね。
 「松下電器産業」…「ナショナル」さんですね。

 「さくらカラー」の看板のお店は今でも営業しております。
 売っているのは「さくらカラー」ではなく「フジカラー」です。
 今では駅前の「向山写真店」、本町二丁目の「たまいフォト」とこの「かめい写真機店」くらいしかフィルムも変えません。
 フィルム式カメラを持って熊野古道歩きに来られる方もたまに見かけますが、フィルムが無くなったらこうした店で買い求めてください。

 「ナショナル」のお店は「浜本印房」というはんこ屋さんになっています。
 旅先で印鑑が要るようになることは少ないでしょうが、このお店では出来合いの認印も売っていますが、親司さんが店先で手彫りのはんこを作っています。

 このすぐ隣が少し前に取り上げた「やまか」さんでお惣菜やサンマ寿司のお店です。
 奥行き一間弱の薄べったいお店が軒を連ねているのは、この記念通りができた時に道路敷からはみ出した部分が民有地として残って、一等地と言うことでこうしたお店を作ったのでしょうね。
 大阪駅辺りの地下街にもこんなのがありますけどね。
 最大限に土地を利用しているのですが、考えようによっては、地下ではないのですから、この後ろ側の土地が一等地になりそこなったのです。
 でも、仕方ありません。
 裏側はお寺さんと墓地なんです。
 都市計画を立てた70年前、昭和初期には木本の町の構造からしてぎりぎりの選択だったのでしょうね。




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by je2luz | 2010-03-30 09:37 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 29日

熊野の旅 飛鳥小学校 廃校舎化か?

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 これが廃校になった「飛鳥小学校」俗に言う「大又小学校」の全貌です。
 築後十数年です。
 その前はすばらしい木造校舎だったのですが、老朽化が進んでいました。
 「大改修」と言う手法で生き返らせるべく県のほうと折衝をして、可能と言う返答ももらっていたのですが、地元のお年寄り方…つまり、当時の集落の役員方などの猛反対にあい断念して、こうした白亜の殿堂になってしまったのです。
 私としては非常に残念な結果でした。
 近未来における「廃統合」が避けられない学校だっただけに…文化財級のしっかりした木造校舎だっただけに残したかったのです。
 避難所としての役目を果たす「屋内運動場」はこの写真のように今式の建物にする予定だったのです。
 自分たちの学んだ校舎をぶっ壊してでも見掛けがきれいで、「都会風」な鉄筋コンクリートの建物を欲しがるのも田舎に多いパターンなのです。
 せめて木のぬくもりを…
 と言うことで、内装や内部の備品は出来るだけ木を使ってあります。
 床も、『根太がけ』して木の床を張る手法で、暖かさと安全性を確保してあります。
 校舎内の床下に設置される予定の防火水槽も、少しでもシロアリの害を防ぎたいと言うことで屋外地下に変更してもらったり…
 設計の細部まで目を通した建物がこうして廃校舎になるのは寂しいことです。
 統合して移転して行く先の「日進小学校」の校舎が一番古いし手狭なのも少しばかり気になります。

 閉校式当日は、もうお昼だと言うのにどんよりして、「飛鳥小学校」が泣いているような景色でした。
 こんなに一杯車が集まることはもう無いのでしょうね。




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by je2luz | 2010-03-29 10:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 28日

熊野の旅 小阪小学校閉校と小阪区

 この辺りの田舎には「区」と言われる自治組織があります。
 村の下になり、地位均0オ住民の意見を集約したり、色んな行事を行うために「区長」がいて役員や会計も居ます。
 住民は「区費」を納めます。
 この「区」が神社の行事、学校の行事、盆踊りなどの行事から、「日雇い労務の日当」などの取り決めもしてきました。
 そして、「新生活運動」の頃からは「慶弔・お見舞い」などのお祝いやお香典の金額の取り決めもしてきました。
 もっとも、慶弔関係はすぐに守られなくなって、決めなおしすることの繰り返しです。

 かつては、学校行事はPTAが取り仕切り、区はそれに協力する形でしたが、児童数の激減で、先生の数も減るし、PTA?父母の会?の会員も激減したので運動会は区の参加がないと成り立たなくなっていました。
 全校生徒20人ほどでは半日どころか二時間ももちませんからね。

 運動会でさえそうですし、こと「地域の小学校の閉校」となると住民のほとんどがその小学校の卒業生ですから、完全に「区」の行事のようになります。
 「小阪小学校の閉校式」も前半の式典は学校の行事ですが、校旗の返納が終わって式が終わると、区の出番になりました。
 「かきまぜご飯」「焚き飯」のおにぎり、味噌汁がたっぷり用意され、子供たちにはケーキも出されました。
 炊き出しは婦人会の出番です。
 この婦人会も少々年を召された感じでした。
 そして、こんな時には欠かせないのは…
 当然…
 『餅撒き』 です。
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 年寄りが増えたので、屋内運動場に行儀良く座って拾っていました。
 これならおじいちゃん、おばあちゃんでも安心して拾えます。
 フラッシュ無し撮影でやっていますから、すっきりした写真は有りません。
 写真を撮りながら7個拾ってきました。
 人数に割りに撒いたお持ちやお菓子が多かったので皆さんスーパーの袋にたくさん入れて帰りました。

 神社は旧「飛鳥村」のものです。
 この小阪に残る「飛鳥中学校」も旧「飛鳥村」のものです。
 つまり、「区」ど行う大きな行事はこれが最後になるのかもしれません。
 「小阪区」の中心にあった「小阪小学校」がなくなったのですから…




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by je2luz | 2010-03-28 11:18 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 26日

熊野の旅 小阪小学校 133歳

 私の母校、熊野市立小阪小学校が133年ほどの歴史を残して閉校しました。
 元々大きな学校ではなかったのですが、過疎と老齢化で児童数が減り続け、旧飛鳥村の他の小学校と統合することになり、閉校しました。
 よくある町の学校と統合するのではなく、小さな学校ばかり三校の合併なので、合併しても児童数は一学年十名に届くか届かないかと言うものです。
 広さならどこにも負けない熊野市の山間部ですからもっと広域に合併しても増えませんね。
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 去年の秋の『最後の運動会』にも大勢のお年寄りが集まりました。
 でも、子供は前一列に並んでいるだけしか居ません。
 昨日の『閉校式』にも雨の中なのにたくさんの人が集まっていました。
 校舎や屋内運動場は隣の「飛鳥中学校」が使うので空き家になるのではないですが、子供の声が少し静かになってしまいます。

 私が統合を時の市長に訴えたのが、もう20年以上前です。
 その頃にはすでに三校ともに児童数が激減しており、一学年数名、グループ学習もままならず、運動会の徒競走などはは男女混合でもスタートは一回だけなんてことになっていましたからね。
 教育的見地から見ればそこまでの少人数は好ましくないですね。
 昔のように村から出ないで一生送るのなら、こうした小さな学校で和気藹々で過ごすのも良いでしょうが、大きくなれば都会、競争社会に出なくてはならないのですからね。
 ようやく実現した学校統合ですが、この統合では足りないところに来ています。
 財政上の効率とかではなく、当たり前の集団生活に馴染ませる為にも更なる合併は避けられないでしょうね。

 かくして、この「小阪小学校」は閉校になり、校旗が教育委員会に変換されました。
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by je2luz | 2010-03-26 09:55 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 25日

熊野の旅 小学校三校閉校

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 今日、熊野市では小学校三校の閉校式がありました。
 飛鳥小学校(大又小学校)、小阪小学校、日清小学校です。
 4月から日清小学校の公社を使って。新しい「飛鳥小学校」になります。
 同じ時間からの閉校式だったので、二項だけの取材になりました。
 記事は明日にでも書きます。




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by je2luz | 2010-03-25 13:16 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 24日

熊野の旅 熊野市とソフトボール

 熊野市と言うところは取り立ててソフトボールが盛んなところではありません。
 昔のように空き地で子供や大人が草野球に興じたりソフトボールで遊んだりする姿は見えません。
 むしろ、軟式の「リトルリーグ」の維持さえ難しいほどになっています。
 しかし、「ソフトボール」と行政は結びついています。

 随分昔に「ソフトボール・バッテリー・キャンプ」などと言うものを始めました。
 南の方で暖かとはいえ、球場などの設備もお粗末だったし、プロ野球のキャンプの誘致は不可能でした。
 そこではじめたのが、少女のソフトボールのバッテリーを集めて冬季キャンプを行おうと言うものです。
 全国各地に招待状を出し、コーチ陣も連盟の協力で段々揃ってきて有名な学校のエース級や将来のエース、捕手が集まるようになりました。
 元オーストラリア代表のコーチなんてのも昔に来ていましたね。
 そんな活動が20年ほども続いているのでしょうかね。
 今では春の開幕シーズンには「ソフトボール大会」が行われるようになりました。
 「全国高等学校女子ソフト. ボール選抜大会.」「都道府県対抗全日本中学生ソフトボール大会」「実業団・大学女子ソフトボール熊野オープン大会」・・・色々あるようです。
 近年完成した、立派な野球場、古いほうの野球場、総合グランドなどソフトボールなら何面も取れる運動施設がありますからね。
 野球場などは両翼100m、内野には立派なスタンドつきが立案から30年ほどかかって出来たばかりです。
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 これは3月12日に古いほうの野球場で撮影したものです。
 若い女の子たちが一杯集まって走り回っていました。
 その割りに見物人はほとんど居ませんでした。
 スタンドでは試合待ちのチームがお弁当を食べていました。
 実に楽しげですが、全国から集まってきているし、道中も大変でしょうね。
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 こうした大会があると、宿泊は地元泊まりになりますが、大会が大きくなると当然のように熊野市では収容できなくなります。
 、ホテル、ビジネスホテル、簡保センター、民宿を動員しても足りなくなります。
 客の一部は勝浦まで足を伸ばして泊まる事になります。
 市民の中では「宿泊施設を充実させろ」などと言う声がありますが、「熊野大花火大会」とこうした大会以外は利用客の見込めないホテルを建てる企業はありませんからね。
 このグランドのすぐ傍の山之上には新しい「里創人・熊野倶楽部」など出来ましたが、開所一年足らずで四苦八苦しているようですからね。
 これは完全に公費で作った物ですから建てる位は出来ますけどね。
 市長の親族がやっているホテルもありますが、普通の宿泊施設は今の施設を維持するのに躍起なのが現状だと思います。
 残念なのは、熊野市のイベントであふれた客は新宮、勝浦に流れるのに、新宮市のイベントであふれた客は熊野市側には流れて来ないんですよね。
 知名度の差もありますし、温泉場の一流旅館とは部屋数でもお風呂でも太刀打ちできませんね。




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by je2luz | 2010-03-24 10:58 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 23日

熊野の旅 春本番

 「暑さ寒さも彼岸まで」
 「地獄の釜も休み」
 「昼と夜の時間が同じ」
 「彼岸は日見ず」
 まあ、色々言われるようですが昔からお彼岸は大切な節目だったのでしょうね。

 各地で桜の開花が報じられ、満開のニュースも流されています。
 そして、今日の新聞では「花見も控えめ」なんて記事が出ていました。
 楽天リサーチのアンケートだそうですが、花見も取りやめる人が増えているとか…
 不景気でそれどころではない人が増えたのでしょうかね。
 「長屋の花見」のように「玉子焼きがたくわん」で「お酒がお茶け」では花見になりませんからね。
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 我が家の庭に「ケシ」の第一輪が咲きました。
 春本番です。
 そして、連休も終わりました。

 国道42号線の車はそこそこ多かったです。
 でも、「三重」ナンバーの比率が高かったですね。
 高速道路が安くなった効果も全国一律ですから、やっぱり遠いところは遠いし、熊野古道なんてお子様連れには受けませんしね。
 信心深いお年よりはこんな所まで来られないですね。
 もちろん、若者はテーマパークとかアウトレットショップだとかマスコミの騒ぐところが好きですし…
 見込み客は中途半端…いやいや…まだ少し元気さが残っている微妙な年齢の方々だけでしょうね。

 昨日は先日「広報くまの」に折り込み広告が入っていた「木本の散策コース」を体験するウォーキング大会が行われていました。
 まずは地元の人に再認識してもらおうと言うことみたいです。
 地元での参加者も「統計上の老人」がほとんどでしたね。
 でも、そうした人でも歩けるコースだと言うことですね。
 しかし、ガイドブックと引き比べながら必死に次の目的地に急ぐ観光客には向かないかも知れません。
 財布に余裕が無くても良いですが、心に余裕が無ければ「熊野古道の良さ」はわからないでしょうからね。




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by je2luz | 2010-03-23 10:07 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 22日

熊野の旅 経済効果とやら

 少し前に関西の私鉄の新線が出来て一年とかで、その経済効果が発表されたとか…
 テレビではものすごい波及効果があったように報じましたが、私から見るとかなり疑問のあるものです。

 新しい交通機関が出来たので、買い物客の移動がうんと活発になったので売り上げが増えたとか…
 不景気で個人消費がいまだに回復どころか縮小方向にあるときに電車が出来ただけで財布の紐が緩んだのでしょうかね?
 中心部まで買い物に行かなかった人が行くようになって、そっちの方は売り上げが増えたかもしれませんが、沿線部の商店街はどうなったのでしょう?
 いつも来てくれたおばちゃんがしばらく見えないとか…
 都心部の人が周辺部の店に買い物にくるなんて無いですからね。
 同じ財布で、余分な電車賃を払えば買い物が一品減るのではないのかなあ…などと考えるのは貧乏人だからなのでしょうね。
 〇〇経済研究所なんてところにお勤めのエリートさんたちが日本の平均でしょうから、あんな数字も間違いはないし、沿線も潤っているのでしょう。

 昔から、鉄道が便利になったり、道路がよくなると田舎が寂れているのですが…
 近郊の場合は大手が住宅地を開発してその周りだけ開けるところもありますがね。

 観光地も同様でしょう。
 新しい道が出来たりするとしばらくは少し増えるけど、全体としての純増などと言うのはほんのわずかで、方向を振り替えただけと言うのが本当のところだと思います。
 「同じパイの取りっこ」ですね。
 これから、どんどん人口は減るし…
 紀伊半島、熊野などはその先進地です。
 50年後の日本は今の熊野のようになるんだとか…
 それでも日本には高速道路は要るし、まだまだ飛行場も要るんだそうですね。
 「枯葉マーク専用道路」にならなければ良いのですがねえ。
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by je2luz | 2010-03-22 09:44 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 21日

熊野の旅 連休

 世の中は連休らしいです。
 天気の方は荒れ模様。
 財布の方は空き模様。
 車の方は少し増えてはいるようですが、ハイカーの姿はあまり見かけません。
 いつも思うのですが、この前の42号線を走る車はどこへ行くのでしょうね?
 車が増えてもハイカーはあまり増えないし、太地などの観光地もさほど増えないようですしねえ…
 ただ走りにくるだけではないとは思うのですが…
 もっとも、少し増えるだけですし、本当の渋滞で夜中まで車が動いているなんてのは「熊野大花火大会」以外は無いのですから、増えたと言ってもたいした数ではないのでしょう。
 この広い紀伊半島に入ってくる車がこの片側一車線の国道42号線一本でまかなえるのですからね。
 我が家の前の部分は、国道42号線に国道311号線、国道309号線が合流し併用区間になった一本道です。
 大阪・名古屋・東京…北の方から熊野市に向かう車のすべてが我が家の前を通ることになるのです。
 それでも、道路を横切るのに苦労するなんて無いんです。
 やっぱり、都会からは他の観光地に比べ遠いですからね。
 まあ、それだから空気もきれいだし、騒音も少ないし…熊野古道も公共事業で俗化される以外は世俗の垢にまみれないで済むのです。
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 鉄路の紀勢線も駅についてから先の交通機関が無いので旅行客には使いづらいものです。
 そんなに遠くないところとはいえ、タクシーしかないと言うところには足が向きにくいですね。
 かといって、バスを走らせるだけの客も見込めないし…
 行楽地がここだけなら…
 世界遺産も数箇所なら…
 それに、一ドル250円くらいなら…
 嘆き節も出ますね。

 鬼ヶ城の観光施設も建て替えるそうです。
 南海電鉄系の会社が撤退してからは事実上「熊野市営」状態です。
 市を挙げて観光開発、箱物観光…
 北海道の方でそんな街があったような気がしませんか?




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by je2luz | 2010-03-21 09:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)