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LUZの熊野古道案内

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2009年 12月 31日

熊野の旅 2009年最後の日が沈みました。

 初日の出は難しいかもしれませんが、最後の夕日は見送っておきました。
 寒そうな雲の間に沈んでゆきました。
 あの陽が沈む紀伊山地の山の向こう側には「那智のお山」や「高野山」があります。
 今夜は雪なのかな?
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 良いお年を!




熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-31 17:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 31日

熊野の旅 2009年 ありがとうございました

 大晦日です。
 今年も一年、ぐだぐだと書き続けてきました。
 そんなブログにずっとお付き合いいただいた方もたくさんお見えになられるようです。
 本当にありがとうございます。
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 こらは今日の太陽です。
 ほぼ快晴です。
 雲はほとんど無いのに、北の方で降り残した雪らしきものがちらついています。
 国道169・168号…場合によっては夜間になると42号線も通行がおぼつかなくなるかもしれません。
 南に向かう道路だからと言って、決して油断しないで下さい。

 良いお年をお迎え下さい。
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熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-31 10:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 30日

熊野の旅 微妙な天気 初日の出

 今日はどんより曇っています。
 でも、夜になると晴れてきて、明日の大晦日は夜中まで「晴れ」の予報です。
 つまり、年が変わってすぐの「初詣」は上天気ということらしいです。
 初詣の帰り道の頃に「月食」が見られるそうです。ほんの少しだけの部分月食なので気が付かないかもしれません。時間も午前4時ごろだとか…

 「月食」と言う事は「満月」に近いってことです。
 天気がよければ、明るい月夜の道を歩いての「初詣」です。
 今の季節の月明かりは空が澄んでいるので、青白くて寒々しいですけどね。
 「月天心 貧しき町を 通りけり」 でしたっけ…

 この上天気の予報は非常に微妙で、元旦は「曇」なんです。
 どの時間から雲が出て曇ってしまうのか…
 気圧配置の変化が少し早ければ「初日の出」は駄目ですね。
 「初日の出」ではなく「最後の夕日」を拝んでおいた方が良いかもしれません。
 『さいなら!朝日さんによろしゅうゆうといて!』と、伝言しておけば大丈夫でしょう。
 「日の出」は朝七時で早いですが、夕日なら16時50分くらいですから忘れさえしなかったら見られるでしょう。
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 こんな風になっていたら、「初日」さんは拝めないでしょうね。
 大勢の人が楽しみにしているだけに、朝7時…東南の水平線、地平線に雲が無いことを祈ります。
 正確に言うと・・・
 熊野市 初日の出 07:01 方位117.5 です。
 お住まいの場所の初日の出時刻を知りたければ下の東京天文台のホームページで調べられます。
   http://www.nao.ac.jp/koyomi/
 昔は「理科年表」などを引っ張り出さないと自分のところのは分かりませんでしたから、便利になったものです。
 それでも、昔ながらの「暦」の小さな本になったやつとか、農協などが配る旧式のカレンダーの方が便利なことも多いです。
 「大安・仏滅」だけではなく、「節句・土用」など縁起を担ぐ人には必須な事項が記載されていますからね。
 縁起を担ぐ人なら持っているのでしょうね。
 縁起を担がない人でも、「潮干狩り」なんてのも「大潮」なんて分かりますからね。
 と、言いつつ、私は縁起を担ぐ方でもないので詳しく見たりしませんけどね。
 ブログのネタに使うこともあります。


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-30 11:01 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 29日

熊野の旅 広報くまの 新年号

 年末になり、「広報くまの・2010年1月号」が配られました。
 表紙を見てふと思いました。
 「元号法」ってのがありますね。そして、その下に規則だ通達だとかがくっついて、「元号」が「西暦」より優先するようなことが、当時の内閣では言われましたね。
 私は無線の関係で「西暦」を使い。時間は「24時間制」が習慣付いていました。
 で、元号の方はすぐに忘れる方です。
 わたしでも…というより、日本人の2/3くらいは二つの元号の時代を生きているわけです。
 昔のことを漠然と「あのころ」と思い出すには「昭和」も良いのですが、「何年前」となると「西暦」で無いと計算できません。
 「広報くまの」の表紙はお役所仕事なのに「西暦」で「元号」が入っていません。

 まず、月例の人口動態から…

  人口   20.334  (-29)    平成21年12月1日現在
   男    9.472   (-13)
   女   10.862   (-16)
  世帯数 10.008   (-5)

 通常通り、減が続いています。
 亡くなった方のお名前の方で発表された中では、一番若いので60歳、最高齢100歳、ほとんどが80台と90台です。
 順当と言えば順当です。さすがに寿命の延びも止まって来ましたから…
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 昨日も載せた、このゆるキャラのことが載っていました。
 今年の7月に熊野市新鹿町で生まれた『にいひめちゃん』だそうです。
 熊野市のオンリーワン商品、香酸かんきつ「新姫」にちなんだ名前みたいです。
 「オンリーワン商品」ってのも良く分かりませんが、それのPRにイベントに出かけているようです。
 どんな柑橘なのか…口にしたことも無いので説明のしようが無いです。
 市報でも説明が無いですし、その記事の中で新商品「ポン酢しょうゆ」「ドリンク」とありますから、晩柑類ではなくダイダイみたいな物なのでしょうかね?
 そのうち分かったら宣伝します。

 1月30日から2月14日まで、「熊野市文化交流センター」(熊野市駅の横)で、「三重県立博物館」の移動展示で、『巡礼の道・伊勢参宮と熊野詣』と言うのがあるそうです。
 休館日は2月1日と8日、開館時間は9時~17時だそうです。
 まとまった資料も無い「熊野古道」ですから、来られた時に覗いたら少し役に立つかもしれません。
 「伊勢詣」の方が多いかもしれませんけどね。

 成人式は多分例年通り1月3日なのだと思いますが、掲載されていませんでした。
 該当する新成人は年々減少していますね。
 市民会館に入りきれない時代もあったのですけどね。
 





熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-29 10:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 28日

熊野の旅 まだやるか…イベント好きなのかなあ…

 昨日、熊野市ではイベントがありました。
 月例と言えば月例なのですが、第4日曜日に行われる「いこらい市」が普段より規模を大きくして記念通りでやっていました。
 普段の月にスーパー「オークワ」の向かい側の歩道上でやっているやつを、同じ「記念通り」でも奥のほう半分に変更して、道路も閉鎖してやっていました。
 そこまでやった分、出し物も「ハンドベル演奏」なんてのがありました。
 他は、いつものお店のほか商工会議所の若手が焼き栗などの出店を出したりしていましたが、取り立てて正月準備、年の瀬と言うものでも無かったです。
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 もっとも、熊野市では随分前から「歳末大売出し」も解体してしまった状態ですし、その前からも、暮れの買出しの人並みが出来ることも無かったのですから、年末のイベントだからと言って「アメ横」のような雰囲気にならなくて当たり前なのですけどね。
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 こんなのも出ていました。
 どこの「ゆるキャラ」か知りませんが、歩いていて小さな子供の相手をしていました。
 私はこのキャラの名前を知りません。

 イベントがあっても、そんなに遠くから人を呼べなくなっている時代です。
 近在からの買い物客も、複数ある大型店舗が郊外型なのであちこちに分散してしまったので、それぞれ好みのところに分散してしまっています。
 電車だとかバスだとかでちょいと買い物に…というわけには行かない「田舎」では自家用車での買出しになります。
 そうなると、品揃え、駐車場などの面で小さな専門店は集客力が無いです。
 ぽつんぽつんと店が点在する商店街で物を探して歩くには、平均的お客さんの年齢が高すぎます。
 歩きかねている人が「%」ではなく「割」になろうとしているのですからね。
 これは、全国ほとんどの田舎の商店街…いや、都市の中でも古い商店街の抱えている同じ問題でしょうね。

 私から見て、この先もっと問題なのは、こうした老齢化と過疎の進行で顧客数が減ると、大型店舗が引き上げてゆくことです。
 これは時間の問題でしょう。
 外部資本にとって、どの市場でもうまみがなくなったら、撤退あるのみですからね。
 あと10年もすれば、熊野市の人口は一気に減少して15000くらいでしょう。
 一つの団地にも満たない数が広大な面積に点在し、老人が4割以上…
 確実に逃げ出しますね。
 でも、その時には、街中の専門店もなくなっているでしょう。
 行政は観光会館や土産物屋は作りますが、生活なんてところには中々目を向けませんからね。
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 会場では「新宮名物・なれ寿司」も出店していました。
 熊野市では「なれ寿司」はあまり作られませんね。
 新宮と言うより、少し山間部、「十津川」などが本場だったはずなのですが、新宮ではこれを売り物にした「かわゐ」なんて料理屋もありますね。
 「鮎」か「秋刀魚」の姿寿司を水につけ、重石を載せて発酵させたものです。琵琶湖の「鮒寿司」もこれですね。
 発酵の具合にもよりますが、浅いものでも独特の匂いがあって食べられない人が多いですし、発酵が進んでご飯がとろけてしまったくらいになると、まさに『通』の食べ物と化します。
 料理屋とかこうした店で売るものは、「なれ寿司入門」みたいなものです。
 あまり見かけないでしょうが、見かけたときは一度食べてみてください。
 食べられる人は半数以下でしょうが、口に合えば「はまる」食べ物です。
 十津川あたりでは正月用の「なれ寿司」がそろそろ出来上がってきている頃です。
 本来は寒中の食べ物ですが、今は冷蔵庫で作れるようですからね。


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-28 11:38 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2009年 12月 27日

熊野の旅 門松

 私が子供の頃でも、「門松」と言うと、本の中では「竹をスパッと斜めに切って三本並べて足元に松だとかをあしらったもの」がのっていました。
 東京を中心にするとああなるのでしょうけどね。
 「門松」は地方により、又、地区により随分違いがありますね。
 「注連縄」だって随分違いますしね。

 私が育った熊野市の飛鳥町では、中心に座るのは『榊・さかき』です。
 飛鳥は山の中で榊はいくらでも裏山に行けば手に入ります。だから、大きな榊を中心にして足元に「松」「笹」「梅」と「ウラジロ」「ゆずり葉」「南天」など縁起の良い木を配したものでした。
 庭に杭を打ち込んで。「でん」と立っていたものです。
 その大きさはその家の格式を示すような感じでどでかい榊のものから、小さなものまでありました。
 林業家は自分の山ですから大きな物を使えましたからね。
 高さ3mにもなるものは、育つのに10年も余って掛かりますからね。
 山の手入れをするときも、下生えを全部刈り倒しても、「榊」と「香華・しきび」は刈り倒さないで残したものです。
 残した榊は、「これは来年の分」「あれは再来年の分」ときちんと目星をつけていたのです。
 何しろ、「門松」となると、左右二本揃わないといけませんからね。

 同じ熊野市内でも、木本に来ると、「町」ですから、大きな榊など手に入りません。
 それに、家の前に庭なんかある家がほとんどありません。
 だから、門松は玄関脇に打った釘にちょこんとくくりつけられるものに変わります。
 それも、中心が「榊」ではなく「松」になっていたり…
 私の家にはその小さな門松をくくりつける釘もありません。
 最初の頃はお袋が持ってきて、外の門のところにくくりつけていたようですけどね。
 注連縄も勝手につけていました。
 およそそうしたものに不熱心な私ですから、風習の伝承には役に立ちません。

 このような「門松」だったのですが、国鉄時代から「熊野市駅」の前には「東京風門松」がドカンと座っていました。
 昔はあれ式の門松は駅でしか見られなかったものです。
 ところが、先日の「朝市」では「東京風門松」の作成教室をやっていました。
 もちろん、小さなもので、卓上に飾るミニチュア判でした。
 古来の門松は飾れるようなものではないし、スーパーなどで売っているのも「東京風門松」だし…
 今の若い人や子供は「田舎風門松」を知らないのですから、そのうち、熊野でも「門松」はああいう物と変わってゆくのでしょうね。
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熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-27 11:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 26日

熊野の旅 微妙な天気予報

 2010年1月1日、三重県熊野市の天気予報…「晴れ時々曇り」
 明日の天気も?だと言われる天気予報ですが、普通、冬場の太平洋側は当たりよいものなのです。
 教科書どおり、「晴れ」が続くことが多いからです。
 でも、最近は冬になっても、秋や春並みに、沖合いを低気圧が西から東へ移動して天気を左右することが多くなっている感じです。
 ほんの少しの海水温の上昇でも、気圧配置や天気には大きく作用するようですからね。
 この微妙な長期予報では、遠くまで「初日の出」を見に走ろうかと言う人は悩ましいでしょうね。
 「初詣」の人には上々の予報なんですけどね。
 まだ、6日もあるのですからどうなるやら…

 「初日の出」は、午前7時に東南の方向、水平線方向に雲が無ければ良いわけです。
 何も「日本晴れ」の必要は無いですね。
 その状態が、日の出の時間の前後15分ずつもあれば上等なんです。
 それだけに、どんより曇ったりしていない、雲の切れ目のある「曇り」のときは、それを期待して多くの人が獅子岩周辺で待機しますね。
 暮れのあたりは『曇り時々晴れ』で、曇りが先になっているのですから、元旦はましな方かもしれませんが、中々、スカッとは行かないですね。

 かく言う私は、ほとんど「初日の出」は見ていませんね。
 昔、「熊野無線クラブ」が年末から「獅子岩ライトアップ」をやり、初日の出と共に「初泳ぎ」をし、浜に「露天温泉」を設営するなんてことをやった頃には出かけましたけどね。
 今から20年ほど前ですね。
 その頃に、「赤ふんどし」で元旦の海に入った連中も、もう、そんな元気は無いでしょう。
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 写真の日付のように、1990年元旦の熊野無線クラブ初泳ぎです。
 この頃は、「アマチュア無線」も盛んで、このクラブも会員数500人を誇ったものです。
 熊野市、南牟婁郡の人口が合わせて5万ほどですから、ものすごい率だったわけです。
 いまでも、会員は減っても活動は続いています。
 クラブ員がワッチしているのは145.68MHzです。
 そこで声を出せば誰かが応答してくれると思います。
 私は、アンテナは上がっていますが、無線機には火が入って居ません。

 そうそう…
 この獅子岩前の浜も『遊泳禁止』です。
 この初泳ぎでは叱られたことは無いですけどね。
 黒潮の海でも、やはり冷たいですし、水から出るとものすごく冷えますから決して飛び込まないで下さい。
 それと…
 この写真のように、水平線に低い雲が掛かることが多いですね。
 お日様が顔を出すのが5分ほど送れて雲の上と言うことになります。
 水平線から直に昇るときほど、太陽が大きくないし、海が光りにくいんです。
 2010年はいかがなりますやら…


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-26 11:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 25日

熊野の旅 写真のみ 古道通り 夏 夜店

 今までのブログや写真展に出していないスナップです。
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熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-25 10:56 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 24日

熊野の旅 広告 写真展開幕しました

 予告してありました、私の撮ったスナップ写真の展示が始まりました。
 場所は熊野市木本町関船…石畳・本町通り・「古道通り」の展示場です。
 白黒写真のスナップばかり30枚ほどです。
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 昔ながらの写真ですが、違うのは、「パネル張り」ではなく「額入り」の展示になっているところです。
 今では、「バラ板紙」に焼いて「水張」する人も居なくなりましたね。
 パネルは高いし、バラ板紙は扱いにくいし…ついつい、楽な方の「WP・バリグレード」なんて方に流れてしまいます。
 期間は来年1月22日までです。
 こちらにお住まいの方、熊野古道歩き残られる方は一寸立ち寄ってみてください。
 私は会場に居ませんが、そこのおうちのおばちゃんに聞けば分かります。

 次の回は、「総天然色」で「木本祭り」をやろうか…と言っています。


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-24 10:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 23日

熊野の旅 日も長くなります

 今日からは、うんと南によっていたお日様がだんだん北の方に戻ってきます。
 それにつれた段々日も長くなってきます。
 寒さの方は時差があるのでこれからですけどね。
 お正月を過ぎる頃には夕方の明るい時間が長くなったのが「阿呆でも分かる」くらいになるのだそうです。
 日が短い時期と言うのは、昔の旅人にとっては一日の行程が短くなりかねないものだったでしょう。
 いまでも、観光客のスケジュールが忙しくなりがちだと思います。
 何しろ、3時を過ぎると、お日様が傾いて気がせいてきますからね。
 冬は「薄暮」の時間も短いですから、山入端に日が沈むとすぐに足元も見えにくくなります。
 おまけに、日差しがなくなると同時にいきなり寒くなりますしね。
 朝の起動が同じ位でも、2時間も余って行動時間が減っているのですよね。
 この時期の古道歩きの人が午後になると忙しげに歩くのも少し分かります。

 今日から日が長くなってくると長日性の植物は花を咲かそうとします。
 雪の降らない当地ですし、「徐福」伝説のある「波田須は紀伊半島でも一番暖かではないかと言われるくらいの場所です。
 春を知らせる「ふきのとう」などというのは正月を過ぎればいつ芽を吹いてもおかしくないです。
 我が家の菜園では「さやえんどう」の花が咲き始めています。
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 「熊野古道」は全長200Kmを越す長いものです。
 東側の「尾張」「江戸」に向かう道筋の「伊勢道」は海辺を走るところが多いです。西側の「中辺路」などは紀伊山地を貫いて山間を進みます。
 この違いが、冬の道沿いの風物に差を生みます。
 冬場に訪れるとすれば、断然「伊勢道」が良いでしょうね。

 お正月を過ぎて少しして、「松本峠」「大吹峠」などを越えて歩く時、陽だまりに入ったら、足元、畑の隅などを探せば、春が見つかると思います。
 それを見つけると、光った居る「熊野灘」が心なしか温かく見えると思います。
 はるか南洋から循環式湯たんぽとして「暖」を運んでくれる「黒潮」が目の前を流れていますからね。
 峠から見ると、日によっては沖の方が岸寄りに比べ、うんと黒っぽいのが分かります。
 その黒いのが『黒潮』です。
 名前の通り、「黒潮」は黒いのです。
 今の時期は太陽は低いところにあるので、海がやたらと光るので分かりにくいかなあ…

 ちなみに、熊野市内でも海岸線は暖かですが、一山越えた山間部だといきなり寒くなります。
 夜中の気温は5度ほど違います。
 わずか10Km足らずの道のりで、片や毎晩マイナスの世界、片やプラスの世界です。
 夜間走行の車は、南国だからと決して油断しないことです。
 国道42・168・169・309・311号線…それぞれ、温帯から亜寒帯へ急変します。
 周りに雪が無いのに路面が凍っていると言う最悪の事態もあります。
 道が空っぽで走りよいですが、山間部の走行にはこの「凍結」と「鹿」「いのしし」「ウサギ」「狸」「きつね」には気をつけてください。
 一時期は「口裂け女」のうわさもありましたが、山間部では夜中に人間に出会うことはほとんど無いと思います。
 着物姿の女の人が立っていたら…
 怖いでしょうね。
 まあ、ややこしい伝説も無い地方ですからその心配は無いでしょう。


熊野市周辺地図です


by je2luz | 2009-12-23 11:11 | 熊野 | Trackback | Comments(0)