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LUZの熊野古道案内

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2009年 08月 31日

熊野の旅 覗いてきました 交流拠点 熊野倶楽部 4

 『交流拠点・熊野倶楽部』の『交流』の部分の要素には、食べて泊まるお客さんだけの親睦交流の他に、文化?の面での地元との触れ合いも入っています。
 これを入れないと、まさか、宿泊施設のために何億と言う公金をつぎ込んで、民間にあげちゃうなんて出来ませんからね。
 もしそうなら、公金の支出としてはものすごく疑念のあることになり、ただでは済まされないはなしです。
 まあ、これは原則論で、全国にはいくらでもそんなのがありそうですけどね。

 この「熊野倶楽部」では「体験学習」と言うコースもあります。
 下の建物と看板が体験教室です。
 木工・那智黒は熊野のものといってよいでしょう。
 ガラス細工は新しく始まったような気もします。
 食品関係も料理教室が出来る施設は出来ているようです。
 都会なら、文化会館とかにあるものがここに作られています。
 立地から言うと、とても地元のご婦人方が気楽に行けるところではないですし、対象は基本的には遠来のお客様なのでしょうね。
 オープンが7月の夏休みに入る時でしたから、宿泊が予約で埋まっていたとか聞きますから、この体験教室などもお客さんが結構居たのではないでしょうかね。
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 今日で夏休みも終わり・・・
 まさに、『秋風』が吹き始めますが・・・

 同じような企画が、御浜町の『パーク七里御浜・ピネ』でもやられ、とても採算が合わないということで、那智黒石加工や木工体験コーナーに関しては民間が出店拒否した物です。
 今回の物は雇用関係はどうなっているのでしょうね?
 宿泊などの施設のサービスと割り切らないと、『独立採算』は不可能な部門だと思われます。
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 この屋外舞台も交流目的の一つかと思います。
 小さめの広場に仮設?の桧舞台がしつらえられています。
 何か、歓迎イベントの時とかに太鼓を叩いたりするのでしょうね。
 残念ながら、私に目で見ると、長持ちしない仮設舞台にしか見えません。今は新しいですから、ヒノキが綺麗な光を見せていますけどね。

 高い木を植えるつもりは無さそうですが、一見すると昔に流行った郊外の宅地分譲地のような光景ですよね。
 文句ばかり言うようですが、「これでいいのだーーー」とは言いにくいです。
 岡の上に並んでいるのは建売住宅ではなく、高級リゾートホテルなのですから・・・
 趣が出そうに無いと言うのはこうした構造から受ける印象なのです。



 ただ・・・
 救われるのは・・・
 ここで働く人たちは『やる気』があります。
 上の方の人もやる気充分です。
 地元からの参加者もやる気充分のようです。
 やる気があるから、訪れた人には目一杯奉仕すると思います。
 愛想の悪いのが紀州の人間なのですが、「脱紀州」で頑張るようです。

 昼間しか営業していなかった外来用の食堂ももうすぐ夜も開くようです。
 昼飯を食いに国道42号線走行の車がやってくるところでも無いですから、少し高めの物を食べるとしたら夜でしょう。

 ここの宿泊客は『連泊』の人が多いといっていました。
 熊野市は熊野三山を回ったり、海で遊んだり・・・と言う、レジャーの拠点としては悪くないところです。
 道も空いていますから、二十キロとか三十キロなんて熊野三山までの距離はすぐ隣と言う感じですからね。
 これも、夏休みと言う、日本では少ない長期旅行のシーズンだったからかもしれません。
 これから先、どこからそうした客を連れてくるやら・・・

 この日も、明らかに『視察』と言うグループを1時間あまりで4組も見かけました。
 私もこんな風にあちこち視察して回ったものですが、意外と宣伝にならないのが、役人や議員の視察なんですよね。
 あんまり、ノウハウも盗んでゆきませんけどね。
 
 熊野市でも宿泊を伴う、ソフトボールの「バッテリーキャンプ」をはじめ、高等学校などの冬季合宿などもやってきていますが、ここの施設で滞在できるような学校も無いでしょうね。
 かといって、オフシーズンだからといって1/3ほどにカットダウンできるか?
 これからの運営に期待が掛かっているのですが、心配の芽も一杯あります。

 これを解決するには、皆さんが来て、ここを利用してやってくれることです。
 こうした『官』が先行した施設の中では、スタッフのやる気は上のほうです。
 それを見に来ませんか?

 カメラはソニーα350+
シグマ10-20ズーム・上16mm・下10mmで使用


熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-08-31 12:37 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 30日

熊野の旅 覗いてきました 交流拠点 熊野倶楽部 3

 昨日は「熊野倶楽部」のメインになる?宿泊施設の利用料金について書きました。
 今日はその続きで、食事関係の料金についても載せておきます。
 この、『紀南中核的交流拠点・里創人・熊野倶楽部』は熊野市街中心部から3Kmほど、国道42号線から1Kmほど離れた、元・金山パイロット蜜柑園にあります。
 周囲はここのうたい文句のように町がなく緑に囲まれています。
 ただし、『自然』ではなく。40年ほど前に山を崩し国営のパイロット事業で開発された蜜柑園です。壮大な人口農園だったところで、遠景以外は今でも農園です。
 残念ながら採算が合わなくて赤字の連続のみ肝炎で、一部は国の「添削奨励」で梅に植え替えられたところもありますし、放置されて農地では無くなった行った所さえあります。
 それでも、蜜柑園は地元の組合が頑張って維持しています。
 果樹園につき物の「消毒」も積極的に行ってきました。おそらくこれからも、この敷地の外で残された蜜柑園ではこうしたみかん栽培は続けられることでしょう。

 さて、そうして立地ですから、ここに宿泊したり長時間遊ぼうとすると、ちょいとその辺で食べてこようか…とは行きません。
 言うなれば、こうした立地のところでは、何もかも内部で完結しなくてはなりません。
 そして、ここではそのためのしsrつがあります。
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 『馳走庵』夕食メニュー

お食事
 美熊野牛みにすきやき膳     2.800
 紀州岩清水豚厚切りロースカツ膳 2.000
 紀州岩清水豚瓦焼き膳      1.650 セットプラン対象
 熊野地鶏のカツレツ膳      1.600 セットプラン対象
その他
 熊野地鶏のカツカレー      1.500
 紀州岩清水豚特性たれ丼     1.200

一品料理
 熊野地鶏のカツレツ    1.200
 太陽のめぐみ地野菜サラダ 1.000
 秋野菜のひやし鉢      600
 森本農園冷やしトマト    400
 美熊野牛タタキ      1.200
 熊野地鶏のさっぱり冷しゃぶ 900
 お漬物盛り合わせ      500
 グリーンハウスキュウリの一本漬け 300
 ほろ酔いセット(おつまみ2品付) 500

デザート
 夢工房みかんの氷菓パフェ   700
 馳走庵特製クリームあんみつ  600
 夢みかんジェラートのパフェ  650
 コーヒーフロート       450

 上記はご夕飯提供のメニュー例です。

セットプラン(日帰り入浴プラン)(税・入湯税込)
      9月4日~11月30日
 上記メニューと入浴(平日800円・土日祝日1.000円)がセットになったお得なプランです。

 ランチセットプラン(節気替わり膳+入浴) 1.700
 ディナーセットプラン(セット対象メニュー+入浴)2.000
 ほろ酔いセットプラン(ほろ酔いセット+入浴) 1.000
 デザートセットプラン (デザート各種+入浴) 1.000

 写真の場所が食事の場所でテラスにもこのようにテーブルが置かれていて運んでもらえるのだろうと思いますが、この時は暑い最中なので食事中のお客さんは8組くらい見られましたが、ここに座っている人は居ませんでした。
 で・・・
 「美熊野牛」とか「熊野地鶏」は姿を見せていますが。「熊野らしい」物が無いような気がするのは私だけでしょうか?
 いつも言うように、貧乏だった紀州で育った料理はお客様に出すような物が無いのですけどね。
 それにしても、「ハイカラな」物ばかりですね。
 おのぼりさんなら喜ぶかもしれませんが・・・
 もし、狙いが都会の文化人層だとしたら・・・

 地元・日帰り客向きには一番下のセットメニューを勧めているようです。
 多分、これだけのお値段ですからおいしいのでしょう。
 地元に対しては競争相手は、ここが運んでくる温泉の元になる紀和町の『湯ノ口温泉』でしょうね。
 そちらの入浴料は400円でもう少し遠くなりますけどね。

 ただ、この交流拠点はレジャーランドではなくここ自体で遊ぶことは難しいかもしれません。
 それゆえでしょうね。夏休みと言うこともあり、子供連れで来たお客さんが退屈しないよう二の配慮でしょうか。場内の道路のそばに下のような休憩所が作られ、虫取り網や虫かごが用意されていました。
 虫と戯れていれば時間はつぶれますが、何しろみかん畑を削りなおして造成した敷地ではほとんど木陰も無いですから、大変でしょう。
 基本的には植生・埴生なんて感覚は少ない設計ですから、10年経ってもこ自然の再生はあまり望めないでしょう。
 田舎で、山の中で・・・木が無い、自然不足・・・
 都会の人は『熊野』の何を求めてくるのかなあ・・・と、思うところがあります。
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 それでも、季節感が味わえるように、昨日の写真のように宿泊施設に向かう小道には「芙蓉」が植えられ、宿舎の垣根には、秋を感じさせる『萩』が植えられ咲き始めていました。
 下の『萩の花』の向こうに見えるのが、この施設の風景です。
 橋の向こうが、受付、売店、体験教室などのあるところです。
 広いですよね。
 この分の地目は「農地」から「雑種地」に変更されたのでしょうね。「宅地」したところもあるかもしれません。
 しかし、公有地になったのだと思います。
 建物も、ここの管理会社のものにはなっていないはずです。
 と言うことは・・・
 この広大な施設の「固定資産税」は???
 「入湯税」一人150円は熊野市に入りますが・・・
 工場誘致とかなどもこんな式のことが多いのですけどね。
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 あすは、そろそろこの施設の総括になると思います。
 もう一日、ここの話題に付き合ってください。
 全体像が少し見えてくると思います。
 カメラはソニーα350+
シグマ10-20ズーム・上17mm・中10mm・下18mmで使用


熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-08-30 10:51 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 29日

熊野の旅 覗いてきました 交流拠点 熊野倶楽部


 今日は交流拠点・『熊野倶楽部』の内容のうち、宿泊などの料金について載せておきます。
 狙いは「高級リゾート」と、言うところでしょうか・・・
 取材に行った時にいただいてきたリーフレットを転記したものです。
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里創人・熊野倶楽部 料金表 2009年8月現在
里創人(リゾート)と読みます。

      青龍     朱雀    新月庵  満月庵
平日  16.800  18.900  18.900  22.000
休日前 18.900  21.000  21.000  24.150
特定日 21.000  23.100  23.100  26.250
 定員  4名   3名   5名   5名
タイプ 和洋*16 洋室*3 和洋*14 和洋*16
 広さ  48㎡   58㎡  60㎡   78㎡

  子供料金 小学生・大人に準ずる…70%
       小学生・子供食   …50%
       未就学児・寝具・食事なし…2.100円
       0~3最未満・添い寝     0円

  キャンセル料
       3日前~前日……料金×20%
       宿泊当日  ……料金×50%
       不泊    ……料金×100%
  サービス料・消費税込み
  入湯税150円が別途必要(13歳以上)
 詳しくは  http://kumanoclub.jp/
で、分かるのかなと思います。

 この価格帯は下呂温泉とか伊東温泉のテレビCMを流している旅館とよく似た感じなのかと思います。
 下呂だと「飛騨牛」のコースを織り込んでいますし、こちらでは「美熊野牛」を入れていますからね。

 下のほうに、『入湯税』の記載がありますが、ここでは風呂は『温泉』になっていますが、源泉を確保していません。
 紀和町から温泉を運搬して風呂に入れているようです。
 従って、『源泉掛け流し』…とは行きません。
 大金は投じたけど、温泉のボーリングはしなかったようです。
 この、施設のすぐ木本側の山の裏には確か、高島屋系列の『オレンジホテル』の最後の頃に試掘した『冷泉』はあったはずです。
 もっとも、そのままでは汲み上げも出来ないほど以前の物ですけどね。
 しかし、熊野市の昔の調査でもこの辺りにも温泉の可能性があるとか言う答申を貰ったような記憶があります。

 地球の真ん中は灼熱地獄ですから、深く掘って、水があれが、何かが少しは溶け込んだ「温泉」か、少なくとも「冷泉」はあるものです。
 昔のように数百メートルしか掘れない時代には、温泉脈がうんと浅く無いと当たりませんでしたけどね。
 それでも、温泉掘りはばくち的要素はありますね。
 つい先般も、紀和町の温水源が弱りかけたので、新しくボーリングして確保しなおしたばかりです。
 もちろん、それも公金が使えたからですけどね。

 この三重県が本腰を入れた「里創人「(リゾート)・熊野倶楽部の売り物一つが、温泉なのに源泉が十数キロも先なんてのではおかしな話ですし、この施設は立地的に決してたやすく軌道に乗るとは思えませんから、少しすると、てこ入れ策としてボーリングをするのではないでしょうかね。
 運営会社ではやれないでしょうけど、何とか名目をつけて三重県などが「調査ボーリング」をするような気がします。
 紀和町のは「資源調査」でしたから、こちらは地震の地質調査でもこじつけますかね。
 それとも、以前に計画のあった「スポーツリハビリ施設」でも県営で復活させることにして掘るとか・・・
 色んな手法がありますからね。

 今は、温泉があっても客は来ません。何しろ日本中、自治体の数より多いほどの温泉がありますからね。
 しかし、温泉も無いようなリゾートでは人が来ません。
 だからこそ、うんと離れた紀和町から温泉を運んでまで『温泉』の看板を上げたのかと思います。
 熊野市内の「新鹿温泉」の温度が少し低かったので、加温するのにものすごく経費が掛かって赤字の原因の一つにもなりました。
 ここも、遠くから運んで、保管し、加温し・・・「レジオネラ菌」対策も考えなくてはならないはずだし・・・
 どうしているのかまでは調べては居ませんが、結構コストが掛かる物です。
 最近は「レジオネラ菌」も話題になりませんが、決してなくなったw毛では無いし、塩素注入とか紫外線照射をしないでいると危険なばい菌です。
 健常者は割りと大丈夫ですが、老齢者などはしぶきが肺に入ると一命を落とすようなこともあるものです。
 これは老人福祉施設などが怖い物なんですけどね。
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 上の写真の葵の向こうの高台のうえに見えているのが宿泊施設です。
 詳しい観想は後日にします。
 下の写真は、入浴施設『湯浴みぼっこ』の入り口です。
 綺麗に整備はされています。

 カメラはソニーα350+
シグマ10-20ズーム・上10mm・下15mmで使用


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by je2luz | 2009-08-29 10:23 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 28日

熊野の旅 覗いてきました 交流拠点・熊野倶楽部 1

 デジタル一眼レフα350用のワイドレンズが到着したし、天気も良いし…
 行って来ました…と、言うか、覗いてきました。

 『紀南中核的交流拠点』…『熊野倶楽部』

 なれた金山なのですが、このリゾート施設を作るために元の金山道を大幅に付け替えてしまったので随分感じが変わりました。
 オレンジロードからの取り付け部分はまだそのままですが、最初の県の青写真では、この部分は旧オレンジホテルの取り付け道路に結ぶはずだったと思うのですが…

 予想はしていたのですが、いかにもらしく、綺麗に整備されています。
 趣が出てきにくい構造と工法です。
 スカッとはするのですけどね。
 以前に全国、色んな場所へ視察に行かせてもらって見てきた「先進地」がやったのと同じ、綺麗で立派な施設作りが完成していました。
 期限が10年…
 とても、自然の中のリゾートにはなれないですね。
 あまりにも全国でこの手法で作りすぎてきているので、視察に回った目から見ると、取り立てて変わった施設には見えません。
 申し訳ないですが、それが第一印象でした。
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 それでも、普通の人はそんなにあちこち見ている訳ではないですし、人工的に整備された公園とかが立派に見える日本人が多いのですからこれもありでしょうね。
 そして、そうした人の目には綺麗で立派に見えるわけです。
 そうした層に如何に浸透させるかが課題でしょう。

 『熊野』に文字通りの『幽玄』を求める人には向かないでしょう。
 文化人の中で、そうした人達は違う場所を探すでしょう。
 万人に向くと言うことは不可能なのですから…
 しかし、この造成地が自然の趣を取り返すには結構年数が掛かるように思います。
 自然が戻らないなら徹底的に管理するしか無いです。
 人事ながら心配します。
 暖地だけに、信州や北陸のようなわけには行きません。
 地盤が比較的しっかりしている場所なのは安心ですね。
 ちょっと強引に『造成した部分もあるように思いますが、ここなら大丈夫でしょう。
 飲料用の水のタンクもきちんと上げられていますし…
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 まえから、少し触れてきましたが、私の山から切り出された『杉の木』はこの『熊野倶楽部』のシンボル的に目立つ場所に建っていました。
 非常にすっきり伸びて,天を指しています。
 真っ直ぐ伸びる杉でもここまで節もなく綺麗な姿のものは少ないですね。
 やっぱり、私に似て素直に育ったのでしょうね。
 (知らない人にはなんとでも言えます。)

 日時計の正確さを出すために、この柱は飾りにして、南側に写真のようなタイルを埋め込んで、示された「当月」の表示の上に人が立って、真っ直ぐ手を伸ばした陰が正確な時刻を示すようにしてあります。
 時刻を示す時刻表示板を季節や月ごとに動かすよりは、来客の方が動いてくれた方がはるかに楽だし、遊びの要素も入りますね。

 と、言うことで、新着の超ワイド10mm(35mmカメラにすると16mm)をフルに使って収めてきました。何しろ画角が102度ほどもあります。
 こんな時には活躍しそうです。
 熊野古道の石畳も今までの35mmカメラの19mm。20mm物とは少し眺めの違う写真も出来そうです。

 今日は導入部分と、第一印象、そして、モニュメント日時計柱だけにとどめます。
 明日からもこの『紀南中核的交流拠点』…『熊野倶楽部』を続けて取り上げます。
 なるべく、ありのままを伝えたいとは思うのですが…
 素直すぎますのでねえ…

 カメラはソニーα350+
シグマ10-20ズーム・上20mm・下10mmで使用


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by je2luz | 2009-08-28 09:21 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 27日

熊野の旅 秋 お祭りの予定

 ひまわりも遅れて下のほうで咲いているのだけになって、夏が終わりかけています。
 今頃はこの周辺の田んぼは賑やかだと思います。
 昔のようにお百姓さんが大勢出ていて賑やかなのではなく、せいぜい、じいちゃん、ばあちゃんの二人しか出ていないのに、コンバインとやらの無粋なエンジン音が響くからです。
 効率は良いのですが、風情は無いですね。
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 夏が終わり、刈り入れが終わると日本は『お祭り』の季節になります。
 町の中で住んでいると、急にご飯がおいしくなり、果物がおいしくなるので『収穫の秋』を感じるくらいですが、田舎の田園地帯に住んでいると、嫌でも『秋』が押し寄せてきます。
 周りが稲穂で真黄色になり、それが刈り取られて真っ黒に変わる、ススキは穂を出す、あんなにうるさかった蛙は鳴かないし、緑だったイナゴは黄色に変わるし・・・晴れた日の赤なんか外に出ると寒いくらいでくしゃみが出たり・・・
 そして、村ごと、集落ごとに『お祭り』です。
 秋の実りに感謝する祭りですから、本当に古くからのものが多いようです。
 夏祭りはどんどん新しいのが出来ては消えて行くようなイベントみたいなものも多いですけどね。

 私も出来れば覗いて写真を撮ってここに載せようかと思っているお祭りが少しあります。
  9月12日(土)は夏に流れた紀和町の『火祭り』があります。たいまつをかごに投げ込む玉入れみたいなことや、筒花火のような物もあるようです。
 大幅延期になったので人出が少ないのではないかと思うので「行ってみようかな・・・」なんて思っています。
 会場は国道311号の北山川を渡るあたりです。
 『賑わうそうだから行ってみよう』では無いのです。

 10月2日は『花の窟神社秋季大祭』です。いわゆる「お綱掛け神事」があります。これは近いのですが中々出かけません。

 10月10・11日は『木本神社大祭』でしょうね。まあ、これは家の脇を通りますし、宵宮、本祭りと延々と行いますから嫌でも聞こえてきますけどね。

 11月3日は『飛鳥神社大祭』かと思います。めったに出かけないのですが、小さい頃は楽しみにしていたお祭りです。

 他にも、神社の数だけお祭りがあるくらいでしょう。
 日本は農耕国家でしたからね。
 気が付いてその気になったらカメラを担いで取材してきます。
 そんなにたいそうな出し物は無いでしょうけど、昔ながらの「なんとなく賑やか」と言う「田舎のお祭り」がそこかしこにあると思います。
 昔と違うのは、浮かれて走り回る子供が居なくなって、そろりそろりと歩くばあちゃんが増えてことでしょうかね。

 カメラはソニーα350+ミノルタ28-85ズーム・85mmで使用


熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-08-27 10:56 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2009年 08月 26日

熊野の旅 専用列車らしい・・・紀勢本線貨物

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 一昨日書いた紀勢本線の貨物列車を反対側・山側から撮りました。
 夕方だとこちらの方が光の状態は良いです。
 カーブの向きはこっちより向こうの方が良いのですけどね。

 この貨物列車、何を積んでいるのだろう・・・と思ったのですが、どうやら、鵜殿、今の紀宝町の『紀州製紙』の専用列車のようです。
 この列車は紀州製紙からこのままの形で出てきたものです。
 国道42号線で唯一つの踏み切りがこの「紀州製紙」に入ってゆく引込み線の物です。
 国道が改修されるまでは、あっちでもこっちでも本線を渡る踏切があった物です。ことに、記載東線側の三瀬谷だとか方面は多かったように思いますが、今では国道が線路に沿うように走って踏切がなくなっています。
 鵜殿の踏み切りは引込み線なので、随分昔に国道優先式に変わっています。
 いまでは、午前中に工場に引き込まれたこの編成の列車が夕方になったら出てくると言う往復だけですからね。
 たしかに、「紀州製紙専用列車」でなければ、昔のように貨物を扱うと言う駅は無いのですから列車が成り立ちませんね。
 鉄道につき物だった「〒」マークの入った郵便車両も今では無いですしね。もちろん、チッキなんて便利な制度も無いですし・・・
 「チッキ」なんて知らない・・・と言われそうですね。
 汽車に乗るのに切符を買えば、邪魔な手荷物は旅客便に連結してある貨車に積んで運んでくれると言うものです。運賃も安かったのです。呼び名は『手荷物便』だったかと思いますが、そこは器用な日本人ですから、ハイカラな「チケット」をいただいて「チッキ」になったようです。

 大昔、学生時代には上京する時の布団などもこれで送ったものです。宅急便なんて物はなかったですからね。
 駅で受け付けるのは『国鉄駅員』、向こうで配達してくるのは『丸通』でした。
 「日本通運」はがっちり「日本国有鉄道」に喰らい付いて居ましたからね。
 国鉄同様、『満鉄』の引揚者を大量に抱えて膨れ上がったとも聞いています。
 国鉄を食いつぶしながら、役員が金の延べ棒を山分けした事件も有名だったのですがね。
 すっかり勢いをなくした日通、今度は『日本郵便』と業務提携から合併を狙っているようですね。
 体質ですね。

 熊野の日通営業所は今建築中の「熊野市営文化会館」とやらでなくなったのかな?
 配達の方は通販で物を買うと時々日通さんが来てくれますけどね。
 『ペリカン便』が知らない間に『JPエキスプレス』なんてのに変わっていますしね。
 HPなどは完全に真っ赤かの郵便局のもので、日通の黄色なんかすっかりなくなっています。

 と、言うことで、朝夕の二回、国道42号を貨物列車が横切ります。
 出くわしたら運がよいほうでと思いますよ。

 カメラはソニーα350+ミノルタ28-85ズーム・85mmで使用


熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-08-26 10:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 25日

熊野の旅 熊野の紳士逝く

 熊野を代表する紳士がなくなられました。
 世間では色眼鏡で見られがちな、日本共産党員、元熊野市議会議員と言う肩書きを持つ人です。 
 亡くなられたのは『伊藤 裕』さんです。
 電電公社の労組をバックに市議会に出てこられて以来、まだまだ今より共産党が特殊扱いされていた時代だったのに、その人柄、物腰の柔らかさ、更にはスマートな身のこなしで個人的な人気を獲得して行った人です。
 党利党略に走りがちな政党公認の議員さんなのに、根っからの市民派であったことも、その人気を支えていたようです。

 お酒も好きでした。
 良いお酒でしたね。
 そんな時でも気配りをしながら・・・カラオケもおとなしい口調で歌う方でした。「ギンギラギンにさりげなくーーー」なんてのも唄っていましたね。それも、おとなしい口調で・・・
 意外なことに、「芸者さん」も好きだったようです。視察先の足助(あすけ)でポケットマネーで呼んでくれたこともありました。
 決していやらしいことをするではなし・・・騒ぐでもなし・・・
 普通に話をしながらお酌をしてもらう・・・品の良いお座敷遊びでしたね。
 おかげで、建前ではない本当の足助の感光の実態が聞けました。
 野球が好きで・・・見るのではなく、するのが好きでした。
 碁もかなりの物だったようですしね。

 およそ普通の市民の持つ、「日本共産党」のイメージとは違う、本物の紳士風の人物でした。
 熊野市では赤旗新聞などより、伊藤さんの方がずっと共産党に対する理解度を上げる貢献をしたでしょうね。


 私より少し年も上で、満州からの引き上げを経験されたようです。
 ものすごく厳しい体験をされたのですが、苦労を語ることもなかったですね。

 引退後は腎臓病をわずらい透析を受ける暮らしでしたが、変わらずに紳士でした。

 その、伊藤 裕さんもなくなられ、熊野から紳士が一人居なくなりました。
 紳士などあまり居ない田舎町・・・今のご時世・・・又一歩、山猿の世界に近付くのかもしれません。

 ご冥福をお祈りします。
 ありがとうございました。

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 カメラはソニーα350+コシナ19-35ズーム


熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-08-25 09:59 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 24日

熊野の旅 何を積んでいる? 紀勢本線貨物列車

 かつては日本の物流の中心であった鉄道・・・そのために敷かれた線路も沢山あったものです。
 紀勢本線も人の輸送の他にも、銅鉱石・材木・石材などの平安時代だとか大阪城築城にまでかかわった古くからの産物の輸送や、鵜殿・新宮・佐野の三つのパルプ・製紙工場の原料や製品輸送・鮮魚など実にさまざまな物を運んでいました。
 今では銅鉱石を産出する鉱山もすべて閉山し、製紙関係も鵜殿の紀州製紙だけになり、石材の積み出しもなし・・・材木などトラック便すら見かけないくらいになって、この沿線からは何を積み出しているのか思い浮かびません。
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 それでも、たった一本とは言え、JR貨物の列車が走っています。
 下りは朝早く、上りは熊野市駅を16時過ぎに出発しています。
 昨日、スーパーを出たときに踏み切りの鐘が鳴っているので見に行くと、この貨物列車が駅に止まっていて出発体制に入っていました。
 たまたまカメラを持っていたので、久々にこの列車を撮りました。
 
 スイッチを入れたらモードは「オート」・・・
 「まあいいや」…と、シャッターを切りに掛かったら、めちゃシャッターが遅い設定になっていました。
 いくら加速の悪い貨物列車でも近付いて来ればとても止められないシャッター速度でした。
 今のカメラは嫌な物ですね。
 古いものなら端からシャッター速度、絞りをセットするのでこんなことは起きないのですけどね。

 それにしても、コンテナ専用のような列車でしたが、何を載せているのやら・・・
 かなり長い列車でした。
 以前に下りを撮影した時も長かったです。
 JR東海の列車としては「鵜殿駅」が出発点なのですが、紀州製紙から毎日そんなに積み出すことも無いでしょうしね。
 国鉄時代のように、空っぽの貨車の回送で列車が長くなっているってことも無いでしょうしね。

 貨車の管理と荷扱いが効率よく行われれば、遠距離の物流は鉄道の方が効率は良いのです。
 しかし、コンテナの取り扱いは、「雑貨便」のパネルバンのように簡単に振り回すことも出来ませんしね。
 それに、ここまで貨物扱い駅がなくなってしまっては、細かい配送には対応できないでしょう。
 『丸通』の『郵便局』に吸収されそうですしね。
 『丸通』は『日通』で『郵便局』は『日本郵便』?ですね。
 それに、貨物列車は旅客鉄道の走る線路をちょいと借りて、細々と肩身が狭そうに走っています。
 生き残れるのでしょうかね。
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 カメラはソニーα350+コシナ19-35ズーム


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by je2luz | 2009-08-24 10:50 | 熊野 | Trackback | Comments(4)
2009年 08月 23日

熊野の旅 盆踊り やっさのせ

 前にも少し触れましたが、このあたりの盆踊りは『やっさのせ』です。
 南紀から十津川の辺りまでそのようです。
 地形が複雑で広い範囲ですから、唄う文句や節回しは少しずつ違ってきますが、はやし言葉の基本が同じなようです。
 「やっさのせー よやさのせー・・・」が基本なので、盆踊りのことを『やっさにせ』と言います。

 本宮大社が今の山の中腹に登ってしまうきっかけになった明治の大水害の時、本宮や十津川の人たちが住処を失い、折から入植者を求めていた『北海道』に集団移住しました。
 そうして出来たのが、『新十津川村』でした。
 随分以前にNHKの番組で「新十津川村」が放映された時、盆踊り風景も入っていましたが、やっぱり『やっさのせ』でした。
 近いところでは、昨日の「桜井」でも、飛鳥人会などが集まると、最後には「やっさのせ」を踊ったのだそうです。
 地元でも音頭を取れる人が居なくなって来ていますが、よそに出ている人たちも、一世から二世と下ってくると「故郷の盆踊り」ではなくなりますね。
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 民謡と言うほど節回しが良いわけでも無いし、有名になるほどの所作のある踊りでもなし・・・
 古くからの盆踊りらしく、誰でもすぐに踊れるし、朝まで踊っていられるくらいの軽い踊りですし・・・
 でも・・・
 今の人は、テレビで見て、『流行ってる!』と言われる『ソーラン』には狂っても、地元のの盆踊りには目もくれないようです。
 これは、何も熊野だけではなく、全国的な風潮でしょう。
 おまけに、お役所ぐるみで公金を使ってまで『イベント』と言う名の催し物には『ソーラン』の出番は作りますしね。
 地元の盆踊りなどは、せいぜい『教育委員会』あたりが『文化財』として取り上げるだけです。
 むかし、映画が楽しみだった頃でも『文部省選定』などといえば、それだけで楽しくなくなった物ですから・・・

 と、言うことで、『古道通り夜市』の出し物に『やっさのせ』も入っていました。
 時もお盆の16日・・・
 おそろいの浴衣の少し年を召されたご婦人連が踊りましたが、飛び入りしたのはほんの数名・・・
 昔なら、サクラが踊ればどんどん輪が大きくなって、一重から二重に・・・
 こんな狭い通りではなく、学校の運動場一杯に踊りの輪が出来た物ですが・・・
 寂しい物ですね。
 盆踊りの晩に、新しいカップルが・・・なんてのも無さそうです。

カメラはレチナIIIc

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by je2luz | 2009-08-23 11:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 22日

熊野の旅 そうめんで思い出した・・・

 先日、8月16日の「古道通り夜市」の会場では、『流しそうめん』が行われていました。
 『浴衣を着てくればタダ!』と言う企画のようでした。
 以前に新出町の稲荷さんの夏祭りにも『浴衣を着てくればなんとやら』と言うのをやっていたように思います。
 私が子供の頃には、まだ、普段でも着物を着るご婦人が見かけられたのですが、もうそうした姿は見なくなりましたね。
 木本の町には呉服屋さんが何軒もあったものです。
 大店と言われる100年を越す店から、小さな店、浴衣程度を扱う店など随分あったように思います。
 今でも本町筋・いつの間にやら「古道通り」と言う名前が付いちゃった通りには、まだ、二軒の呉服屋さんが営業しています。
 ご当主さんは私と同じ世代ですね。
 両方とも頑張っているようです。

 普段にはすっかり見かけなくなった和服ですが、女の子はこうしたイベントの時には浴衣を着る娘がそこそこ見られます。
 しかし、活発に動きたい小学生から中学生の女の子は「甚平さん」を着ている子も多いです。
 先日来載せてきた女の子たちも四人揃って甚平さんでした。
 甚平さんでもそうめんはタダみたいでした。

 このそうめん流しの樋は山から切ってきた孟宗竹で、前日に毎度のことながらイベントの中心人物になる「丸田さん」が・・・
 『やってみたら、そうめんが引っかかる・・・』と、グラインダーで節を一つ一つ削っていた物です。
 少し焦げた所もあるのはご愛嬌でしょう。
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 「流しそうめん」を見て思い出したのですが、そうめんの本場、『桜井』と『熊野』は姉妹都市なんです。
 この南紀と桜井周辺の大和とは結構縁のあるところだったのです。
 大昔ではなく、近代に入って、田舎からよそに働きに出るようになった、明治、大正、昭和中期までは、この辺りから桜井を中心とする地域へ働きに行く人が多かったのです。
 山間部からは桜井の製材所に雇われてゆく人も多かったです。
 それにその北側の「丹波市・たんばいち」にも随分出て行ったようです。今は「丹波市」とかくと、平成の大合併で生まれた兵庫県の「たんばし」が創造されるようですが、古くは今の『天理市』の通称になるほどの知名だったのです。
 時代が変わると、もう「たんばいち」なんて読んでくれる人が居なくなってくるのでしょうね。

 そんな縁で、『熊野市』と『桜井市』は姉妹都市を結んでいます。
 最初の頃には『花火の物産展』などに、桜井市から「本場の三輪そうめん」を持って、「流しそうめん」などyりに来てくれていた物です。
 市長の応接室にはそうめんで作った『熊野市の市章』が飾ってあった物です。
 最近はどうなっているのやら・・・今の市長になって熊野市のマークもほんの少しデザインを変えましたしね。
 合併のご褒美で取り替えたのか、市庁舎の上にある「市章」も巨費をかけて新しい物に取り替えましたしね。取り替えたことに気づかない市民が大半でしょうけどね。
 
 姉妹都市を結んで四半世紀になるのでしょうかね。
 近いところなので、以前は議会の正副議長が代わると儀礼訪問などしていた物です。
 でも、昭和の中期頃以降は桜井方面に就職する人も居ないし、大量に住み着いて桜井で「飛鳥人会」だとか「御浜人会」などを組織し。大運動会をやり、桜井の市議会議員まで作り出した、この辺出身の人たちの一世も老齢化し、二世・三世の世代になってきました。
 熊野市の姉妹都市のひとつ、ブラジルの『バストス市』の日系人と同じような感じです。いや、それ以上に故郷感は無いようですから、姉妹都市の意味も薄れてゆくでしょうね。

 などと、そうめん一つで連想ゲーム的にいろんなことを思います。
 今の市長が結んだ姉妹都市の『ソレント』からなら、さしずめ『スパゲティ食べ放題』の催し物でも引っさげてきそうな物ですが・・・
 「ソレント」のとなりの「ソレルノ」で食べたスパゲティはおいしかったですが・・・
 夕食の店の「カンツォーネ」を歌う連中の歌の上手さは、この辺のカラオケ上手では勝てそうもなかったです。
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カメラはレチナIIIc

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-08-22 10:37 | 熊野 | Trackback | Comments(0)