LUZの熊野古道案内

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2007年 03月 31日

熊野の旅 国道42号線 熊野の入り口

 国道42号線を北の方、松阪・名古屋方面から南下してくると、熊野地方に入ったと言う最初の感覚は、今の紀北町、旧紀伊長島町の入り口の荷坂峠を越えたときです。これより紀伊の国なのです。その次は熊野市に入り最後の急坂の佐田坂を下りきって大泊に降りたとき、そして、決定的に熊野路に入ったと実感するのは、鬼ヶ城トンネルを抜けたときでしょう。
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 このトンネルは伊勢路から延々と続くリアス式海岸が一きり付いて、20Kmあまり続く緩やかな砂利浜、七里御浜の始まるところです。
 『木曽路はすべて山の中・・・』では無いですが、紀州路もたとえ海岸線に出ても山とトンネルばかりだった国道42号線、大台ケ原と言う紀伊山地の真ん中を抜ける国道169号線を走ってきたドライバーにとって、このトンネルを抜けたときに見える風景は全く違うものです。
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 正面には光る海の向こうにはるかかなたまで続く紀州の山並みがかすみ、左手には地球の裏側まで続く太平洋が広がります。
 熊野古道を歩いてきた人は少し高いところ、松本峠からこの景色を見ます。
 ここから見えている範囲に熊野の霊場から高野山までが入っているのです。つまり、神々と仏たちの住む土地が一望できているのです。そして、この世ならぬ『ふだらく』までも見えているのかもしれません。
 神々しすぎるのか、このトンネルの出口は夕方近くになるとまぶしくてまともに物が見えなくなります。
 そのまま、神の元に召されたり、仏のうてなに載ってしまったりしないように気をつけてください。せめて、お参りするための入り口にとどめてくださいね。
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by je2luz | 2007-03-31 10:45 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 30日

熊野の旅 春本番

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 熊野に本格的な春が来ました。
 我が家の庭にケシが咲きました。
 此花が咲き始めると春本番です。日向にいると暑く感じるようになります。
 熊野古道歩きも出掛けは上着を着て歩き、ものの10分もたてば上着を脱いで・・・峠につくころには額に汗が・・・に季節です。
 出掛けには飲み物を用意しておいてください。
 松本峠や大吹峠などの山道には茶店も自動販売機もありません。小さな峠ですから沢を超えることも無く水場もありません。
 海の見える場所での一杯の水は何にも代えられないうまさだと思います。
 
 本日は半休刊です。
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by je2luz | 2007-03-30 12:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 29日

熊野の旅 継続事業?

 熊野古道関連事業の木本町本町舗装改良事業は工事が進んでいます。交通区規制も断続的に続いています。
 今日で三月末まで後三日です。今年度中には収まりませんね。
 役所と言うところは、年度末の支払いなどの会計処理は翌年度の5月末までに済ませれば良い訳ですが、公共事業の納期は二月末から三月中ごろで締め切るのが普通です。完成検査(形だけにしろ)をして。だめだし手直ししてから最終決済をするにはそれくらいに時間が必要だからです。
 この時期に、さほどあせりもせずに工事をしているところを見ると二年度にまたがる継続事業でしょうね。
 本町のうちで二丁目と言われる区画だけがきちんと石が敷かれほぼ完成しています。
 先日もその場所の写真を掲載しましたが、今日はワイドレンズと赤外フィルムで撮ったもので少しイメージの違う本町筋を見てもらいます。
 ワイド二十数ミリのワイドでとっても松本峠の山がすぐ後ろにあります。松本峠からすぐ・・・いや、松本峠は木の本の市街地のすぐ裏にあるのです。
 こんなに便利なのに、使われないで、改修されないで残されてきたおかげで熊野古道の一部として世界遺産にもしてもらい、ついでに『石畳』の舗装までしてもらっています。
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by je2luz | 2007-03-29 12:22 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 28日

熊野の旅 市章

 市のシンボルマークって知っているような知らないような・・・見れば分かる・・・と言うような存在の場合が多いですね。
 どこねあるかといえば、大体において市役所の前辺りに旗か揚がっていることが多いです。それに、広報誌の表紙とか・・・あとは庁舎の上の方に取り付けられています。
 だから、そこそこ見たことがあり知っているのです。
 このマークは大体において新市が誕生すると公募するなどして決まられています。市章をひとつ定めるのは当たり前のことでしょうね。
 ここ、熊野市にも『クマの』というカタカナとひらがなを融合させたシンプルな市章が存在しました。昭和の大合併の後に決められたものです。
 大して格好よいものではありませんが、シンプルで職員のバッジ窓にしてもすっきりしたものでした。
 それが、南牟婁郡紀和町を一年半前に吸収して?合併した後で、市の名前は変わらないのに・・・人口も1000人ほどしか変わらないのに・・・大合併に失敗し将来もう一度合併しなくてはならないのが見えてい居るはずなのに・・・変更されました。
 まあ、募集して変更しての直接経費はたいしたことは無いので議会も通しよかったでしょうね。
 しかし、最近、庁舎の上につけられた大きな市章も取り替えられました。
 『変わったのですから、取り替えて当然』ナのですが・・・
 金が無くて、破産寸前の紀和町と熊野市が合併して・・・
 こうした発想が行政の無駄遣いを加速してゆくのでしょうね。
 これに金をかけて更新して喜ぶのは誰でしょうね?
 おそらく、市長とデザインした本人と位ではないでしょうか???
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 威風堂々とした市役所庁舎です。
 この天辺に輝くわが市のマーク二個
 拡大図、上が新市章。下が旧市章です。
 ほぼ同じで、おそらく波をイメージしたと思われるひげが足元に生えています。
 いったい市民の何人が代わったことを知っているやら・・・
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by je2luz | 2007-03-28 11:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 27日

熊野の旅 はるうらら

 「はるうらら」と言っても、黒潮の少し上流の高知に居た馬ではありません。
 元々、さほど寒くはならない熊野ですが、お彼岸も過ぎると無さに春の真っ只中になってきます。
 年中やられている作業なのですが、こののどかな容器が良く似合うのが、浜でしている『網直し』の仕事です。
 砂利浜に広げられた大きな大敷網の上に座り込み、破れたところや痛んだところを補修して居ます。
 魚網が進歩してクレモナなどの合成繊維になってからは耐久性は飛躍的に向上しました。
 朽ちてきてぼろぼろになるということが減ってきたのですが、やはり、流れてくるゴミや流木が引っかかって、ぼろぼろになってきます。穴が開いた網を使うとせっかく入った魚が団体で逃げ出してしまいます。だから、傷んだところや穴は丁寧に繕います。
 川の漁で使う網はたかが知れていますが、海の大敷網は巨大なものです。七里御浜のような広い浜で無いと広げられません。そして、この広い浜でも一杯になっています。
 この広い大きな網の上にぽつんと座って網を直してゆきます。果てしの無い仕事のように見えますが、下準備としては重要な仕事です。
 海の上だけでなく、こうして浜の上でまで日に当たるので漁師さんはあの赤銅色の顔になるのでしょう。
 色が真っ黒な人に『漁師みたいな・・・』という表現を昔はしたものです。
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 カメラは センチュリー・グラフィック+トリオプター103mm
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by je2luz | 2007-03-27 12:14 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
2007年 03月 26日

熊野の旅 地震の続き

 昨日の地震も亡くなられた方が居られましたね。
 地震の規模や倒壊家屋、崩壊した山腹などからすると非常に少なく、時間的なものもあるのでしょうが、火災も抑えられていたのは不幸中の幸いでしたね。
 雪国の家屋は柱が太く荷重にはえらく頑丈に出来ているものです。古い家屋が多いので筋交い、火打ちなどという自身二つ焼くなる部材は使われていないでしょうね。それでも家につぶされて圧死することが無かったのは田舎家だからでしょうか?
 今回亡くなられたのは『石灯籠』が倒れてきてあたったようです。
 この石灯籠と言うやつは庭にある背が低い物を除いて非常に不安定で危険な代物ですね。
 地震のたびに神社やお寺の石灯籠が倒れている写真が出てきます。
 悪いことにこれはまさに『石』で出来ていますから当たれば無事ではすみませんね。
 この辺の神社にも狛犬と石灯籠は少しありますね。
 熊野三山の神社にもあります。
 奈良の二月堂界隈の石灯籠軍とは違い地震の時にそばに人がいる率は少ないですがね。
 地震が揺れば人間は本能的に何かにすがりたくなるでしょうね。
 近くにあるしっかりしているようなもの・・・
 それが『杉の木』であれば万全でしょう・・・しかし、自分のそばにあった大きなものが『石灯籠』だったら・・・
 こればっかりはとっさのことなので果たして離れられるでしょうかね。下手すると寄って行きかねません。
 少し前にもいたずらをしていて石灯籠の下敷きになり無くなった子供が居まし。
 どうも、この石灯籠と言うやつはご利益より撥を当てるのが好きな代物のようです。
 木で出来た明かり灯篭なんかはいいですが・・・
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by je2luz | 2007-03-26 12:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 25日

熊野の旅 地震王国

 又々地震ですね。
 日本列島は三枚のプレートのぶつかるところにあるつぎはぎ列島ですから、避けては通れませんね。
 ブラジルのように安定したプレートの真ん中に座っているのではなく、『ひょっこりひょうたん島』のように太平洋の隅っこを流れているわけですから・・・
 日本海はプレートの端からは少し離れていますが、結構ゆれることが多いですね。
 じっと我慢するしかないゆれている時間、逃げるしかないその後の時間・・・あまりできることは無いですが、そのちょっとの時間が生死を分けたりしますね。
 今度の地震も原発銀座の沖合いですね。
 ありがたいことに、この過疎地の紀伊半島は原発をまだ作られずに済んでいます。志摩から熊野そして日置川へかけて候補地になり激しい攻防戦を繰り広げましたが、なんとか各地ともに切り抜けました。
 熊野市でも遊木町には『原発絶対反対』の看板が残っています。近年は行っていませんが日置川の方にもあるのでしょうね。
 平和でのどかな南紀の海岸線ときれいな熊野灘の景色ですが、石を投げれば届く辺りから深くなり、見えている水平線の辺りではすでに深海への崖が始まると言われる紀伊半島です。そして、その先は『日本海溝』ですね。
 これが見えていないから怖くないけど、もし見えたらこんながけっぷちに住んでられないでしょうね。ヒマラヤの天辺より高いところの崖っぷちに住んでいるのですからね。
 しかし、水の中の崖が動いて地震がおきても、地震と津波で済みます。制御不能になるような沸騰水型の原子力発電所などありませんから、その時無事ならもう大丈夫です。
 安心して、熊野古道に
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遊びに来てください。内緒で放射能をかぶせられる心配はありませんから・・・
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by je2luz | 2007-03-25 11:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 24日

熊野の旅 こんなのがあるそうです 熊野川懇談会

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 今日の新聞折込に入っていました。
 3月27日(火) 13:00~16:30
 紀宝町生涯学習センター まなびの郷
  第一部 懇談会委員からの情報提供
  第二部 「(仮称)流域のまとめ」について
        その他 
 不思議なことに事務局は・・・
 三井共同建設コンサルタント株式会社の中にあります。
 NPOとかではないですね。お役所でもないですね。
 共催とかが無いので、国、県。町などの名前はどこにも出ていません。
 少し不思議な団体です。
 おそらく、熊野川流域に関係のある市町村、新宮市、田辺市の一部、熊野市、南牟婁郡から十津川村、上・下北山村など全域に折込をしたのだと思います。すごく熱心な団体で、お金もあるようです。
 などと皮肉れたりかんぐったりしてはいけませんね。
 表題どおりの会合だと思います。??
 興味のある方はぜひ参加してみてください。もし参加された時はご感想をお聞かせください。
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by je2luz | 2007-03-24 11:45 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 23日

熊野の旅 熊野市役所

 熊野市役所は熊野市駅のそばにあります。
 南牟婁郡の半分くらいの8ヶ町村が合併して出来た熊野市の役所は暫定的に旧木本町役場や木本町公会堂を庁舎にし、すぐに木造の庁舎を建てました。その庁舎が建て替えられたのはこの家を建てた後ですから30年くらいでしょうか。後だと覚えているのは、旧庁舎にあったロッカーの払い下げを買い取って物置に収めたからです。いまでも、旧庁舎のロッカー三本が我が家の物置にあります。
 旧庁舎も今の場所にありました。
 敷地が狭く、駐車場の無いものだったので、市役所前にあった「日本専売公社」の営業所、倉庫や自動車修理工場を買い取って駐車場を確保しましたが、車社会が進み来客分も確保できなくなりました。
 今は旧国鉄の貨物ヤードを買い取って暫定的に駐車場として開放しています。これで何とか職員も車を停められるくらいになりました。
 公共交通機関では通勤は事実上無理ですし、平坦なのは一部に限られていて自転車通勤も限られますから、職員に車通勤をやめろとはいえ無いところです。
 この熊野市役所は來庁者の満足度の調査をしているようです。
 12・1月の結果が『広報熊野』に載っていますが、サンプルが11名と少ないのでひとりの違いが大違いになる傾向もありますが、総合評価五点式の3.5だそうです。
 身だしなみ、態度も3.5、説明3.9などとなっています。100点式なら70点から80点の結果が出ていますから、役所としては上の部でしょうね。
 熊野市は人口二万ほどですから、当然町役場級のわけです。市民に対する職員の比率も当然高く、近所のおじさん、おばさん、娘さん、息子さんと言う感じの人がごろごろ居ることになります。
 こうした、田舎の役場的な構成が窓口などでの応対が大きな町より親しみよいものになる要因でしょうね。
 業務の処理能力とかは別の問題になってきますが、田舎らしく窓口がやさしいだけでもいいことだと思いますね。
 ただ・・・この辺の方言はよその人が聞くと結構きついので、よその方が市役所に行くと少し違う評価になるのかもしれませんね。
 人によってはせっかくの説明も意味不明のときもあるかも・・・
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 カメラは コダック・メダリストI・エクター100mm
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by je2luz | 2007-03-23 11:39 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 22日

熊野の旅 花の時期

 そろそろ各地から桜の便りが聞こえてきています。
 ここは地図でもお分かりになるように、紀伊半島の南端でずいぶん南の方です。当然のように春の花は早く咲き始めます。
 しかし、この話には『しかし』が付くのです。
 春の花の中で横綱級の『桜』の開花に関しては各地に比べ遅めなのです。
 ソメイヨシノと言ってもずいぶん個体差があり開花時期はずれていますが、どの桜も遅いのです。
 例年の開花予想ではこの辺も早い方のラインに入れていましたが、今年の修正開花予想では早いラインは上の方で停まっていて、紀伊半島のほうは遅れて発表され、毎年感じる実際のものとよく似た物でした。
 このようにこのあたりの桜は大阪あたりより一週間ほど遅いのが普通です。 
 気温の方は緯度の関係と目の前の黒潮の関係で大阪などより暖かいです。最低気温も高いです。それなのに、遅いのです。
 桜のつぼみが動き出すのが11月ごろの低温時期だそうです。どうやら、この辺は中途半端に暖かいのでその時期にスイッチが入りにくくスタートが少し遅れるみたいです。
 す一手が入るのが遅くても、気温が上がってくるのは早いので、どんどん追いついて少しの暮れだけで咲いてくるのかもしれません。
 今年も花見にはまだ早いようです。今週末でも満開とは行かないでしょうね。
 あちこちでぽつぽつと咲いてきていますが、最近の低温はまだ続いています。
 熊野で花見をするなら、便利なところでは『大泊駅』、海岸線では『新鹿駅』、山間部では『神川』、『水大師』がお勧めです。ここならござを敷いて花見をしてもしかられることは無いでしょう。駅にも駅員さんは居ませんしね。
 こんなときには無人駅もいいものです。
 ただし、掃除する駅員さんも居ないのですからゴミなど残さないでください。
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 カメラは ツァイス・イコン521/2
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by je2luz | 2007-03-22 12:55 | 熊野 | Trackback | Comments(0)