LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ

<   2005年 11月 ( 28 )   > この月の画像一覧


2005年 11月 30日

熊野の旅 眺望 8

 見晴らしの良いところと言うのは周囲より高く障害物の無いところです。そのために昔は高いところに城を作り更に天守閣なる物見台を作ったものです。人間は眺めの良いところが好きらしく近代でも浅草の十二階・大阪の通天閣・・・大して役に立たなくても展望台を作ってきています。その流れはいまだに止まらず、全国各地に意味のあまり無い展望台が作り続けられています。
 ここでは見晴らしの良い場所が適当にあるのとで、人口の展望台程度ではそれに勝てないのでタワーの類は潮岬に随分昔に作られて以来聴かないですね。潮岬の展望台も灯台の方がずっと見晴らしが良い代物でした。今はどうなっているのでしょう?
 熊野の景色と言うのは海岸に出ると半分近くが太平洋で何も無く見通しが良いと言えばこれ以上良いものは無いでしょう。後ろを振り返ると紀伊山地の山並みです。高いところで1000mあまり低いところで400mくらいの山並みが幾重にも重なっています。この景色の構成は新宮までの間20Kmほどは変化しません。それ以外のところはリアス式の海岸で岬の上以外は小さな入り江と山々山です。
 このような条件から、熊野で海と紀伊連山を見る分には七里御浜に座っても海抜十数メートル堤防の上に座ってもあまり変わらないはずです。しかし、風景には構図と言うものがあり、のっぺらぼうなものより「広重」の絵のように全景があり遠望があるほうが様になるものです。少なくとも日本人はその方が好きなようです。
 そうした意味で『鬼ヶ城』の『千畳敷』を過ぎてからの遊歩道から見る海と紀伊連山の景色は一味違ったものになります。海抜にすれば木本町の堤防と差が無いのですが、足元の弾劾の下には真っ青な海、右手は巨大な絶壁、その先に緩やかな砂利浜と更に向こうにはかすんだ紀伊連山・・・まさに自然が作り出した「様になる構図」がそこにはあります。
 遊歩道が通行禁止になっているのが残念ですが、禁止の柵のところで十分味わえます。
d0045383_1141612.jpg

カメラは バルダ・バルディックス
[PR]

by je2luz | 2005-11-30 11:44 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 29日

熊野の旅 眺望 7

 熊野市内で見晴らしが良い・遠望が効くというところは何箇所かあります。一番良いはずなのは最高峰の『保色山』(ほいろさん)でしょう。ただし、ここには車で登ることは出来ません。標高は13000mほどありほぼ独立峰に近いですから見通しはいいはずです。『はず』というのもここには登ったことが無いからです。
 アマチュア無線が華やかなりし頃は見通しの良い山に登ってVHFやUHFの周波数で遠くまで届かせようとがんばったものですから、当然この『保色山』は候補に上りましたが、無線機・アンテナ・発動機・燃料・食料を二時間以上掛かる山道を担ぎ上げる根性が無く一度も登りませんでした。福井あたりのアマチュア無線家のグループが一度登って運用したそうです。ほかの場所では鈴鹿山系や伊吹山あたりの山が邪魔して更新できない北陸エリア(9)と更新できたそうです。
 ここを除いてもそこそこ遠くが見張らせる山はたくさんありそうなのですが、熊野地方の場合、林道は谷底を走って居居ることが多いので尾根に出ることが出来ません。尾根まで道が上がっているのはテレビや電話の中継所のあるところです。市内から見えるところでは『長尾山』(ながおやま)です。熊野市を下りたとき後ろを振り返ると左手奥に何やら鉄塔など建っている尾根が見えます。そこが熊野のテレビ・電話・行政無線など各種無線の中継所のある『長尾山』です。
 これだけの中継施設があると言うことは、見晴らしが抜群、それに保守管理用に道路があると言うことです。電話だけテレビだけと言うところは最後の方が専用道路になっていて入れないところもありますが、ここは混在なので最後まで林道扱いで乗り入れが可能です。
 昔と違い急斜面部分は舗装されて乗用車でも登れるようにはなっていますが、林道ですから落石もあり、豪雨の後の整備も非常に遅いですから、あまり上等な車は持ち込まない方が良いでしょう。それと山道不慣れな方もやめてください。
 中将まで行かなくても随所に景色の良い場所がありすっきりした気分になれること請け合いです。
d0045383_1233402.jpg

一つ後ろの山が「長尾山」です。ここからテレビを包装していますから、手前の山の陰などはテレビが映りませんでした。今はCATVが入ってこの中継所の電波を受けている家も減っています。NTTも光ファイバーが来ていますからマイクロウエーブの需要も減っているようです。
[PR]

by je2luz | 2005-11-29 12:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 28日

熊野の旅 眺望 6

 熊野市駅を出ると目の前に小高い丘が見えます。これは『丘』ではなく『岩』なのです。大きな岩が何個か固まって経っているのです。鬼ヶ城・しし岩などの続きですね。駅の側は海の方に向いていないし数十年前に鉄道を通すためと町を広げるために二回切り取られて自然の岩の部分がなくなり神職の後はありませんが、海岸線側は侵食されて祠状になっています。
 この岩山は『要害山』(ようがいさん)というのですが、古い木本の人たちは『公園』と呼んでいました。
 狭くて立て込んだ木本の町では公園などというものは昔も今もありません。憩いの場は七里御浜でした。のんびり出来る代わりに日陰も何も無い場所です。それに比べこの要害山は岩肌にすごい生命力で根を下ろした雑木が生い茂って緑一杯です。さらに上に上れば木本の町も見渡せます。公園の施設などと言うものは何も作っていませんでしたが『公園』だったのです。
 昭和40年代ごろ、この市有地を借り受けて『成田山・新勝寺』の『別院』と言うものをここに構えた人が居ました。山頂の海側が市のものでしたからそこにお堂やら自宅やらを立てて、結構熱心にやっていました。夏には祭りもあって、結構にぎわっていたものです。しかし、その当人がなくなってからは息子さんも後を継ぐでもなく、正規のお寺でもないので新勝寺からお坊さんが派遣されるでもなく荒れ果てています。借地権だけは返還されず荒れる建物に手を加えることも撤去することも出来ません。ひさしを貸して・・・ではないですが、『貸して呉れ』の状態です。役所仕事なので長引いている面もあります。

 このように荒れ果ててしまってからはここに登る人も居なくなりました。そして、廃墟の常で入り込んだ若い衆たちがよからぬことをした形跡があります。こんなところで火でも出されたら火の粉が町中に降ってくるのを傍観するしかないですから、早く返還させて更地にして、昔ながらの『公園』に戻して気楽に上れるようにしてほしいものです。それも、せいぜい手すり程度で他のものは作らないでほしいところです。それが完成したら、観光客の方々にも登っていただきたいと思います。
[PR]

by je2luz | 2005-11-28 11:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 27日

熊野の旅 眺望 5

 『華城』・・・はなしろ
 観光的にはあまり行く人の居ない場所ですが、地元の人にとっては学生時代に登ったことがある場所かもしれません。
 木本町のどこからでも見える裏山です。温帯性照葉樹林に覆われた山の上に巨大な岩が露出しています。高さは百数十メートルでしょうか、どこからも見えると言うことはどこも見えると言うことです。木本町を見晴らすにはもっいぇ濃いの場所なのです。
 終戦後の新しい中学・高校の制度になる前にこの木本町には『旧制木本中学』と『旧制木本女学校がありました。この華城山を挟んで反対側にありました。その時代には中学生と女学生が話をすることもご法度でした。中学生は女学生が通学する姿をまぶしく見送ったそうです。その頃、この華城の岩の上は中学生の娯楽の場所だったそうです。ここからは女学校が一望できるからです。体育の時間などこの上から盗み見するのが楽しかったと昔の人は言っています。それだけ女の人が雲の上の憧れの的であった時代なのでしょう。現実には買収精度が生きていてこの町にもその施設があったわけですが・・・
 この岩山の裾に『文字岩』の文字が刻まれています。岩質は鬼ヶ城や獅子岩と同じ砂岩です。そしてここまでは太古の時代には海の底だったそうです。鬼ヶ城などが隆起したのは地球の歴史からすればついこの前だそうです。


 ここから見ると狭い木本町が箱庭のように見えます。そして紀勢線の線路が光って見えます。そこを走る列車は二両編成とか特急でも四両とか・・・まるでNゲージの模型が走っているように見えます。岩の上は結構広いですが、当然手すりも何もありません。人によっては足がすくんでうごけないかも・・・

[PR]

by je2luz | 2005-11-27 11:58 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 26日

熊野の旅 眺望

 関西方面から国道169号・309号・42号線経由で熊野にぬかって走ると、道は紀伊山地のど真ん中をまっすぐ南に走ってきます。途中は大台ケ原のふもとをかすめて「伯母峰トンネル」を抜けてきます。この道路は観光用の「○○スカイライン」などというものではなく、谷底を走るものですから景観はさほど良いものではありません。
 このルートは奈良県橿原を過ぎて吉野の山にかかると後は熊野で海にぶつかるまで、平野もありません。川沿いに走り、ダム湖を見ながら100Kmあまりの走行になります。
 昼間に走れば、熊野市に入り42号線に合流して少し走ると「佐田坂」の下りに入ります。半部ほど下るとはるか下に光る海が見えてきます。幅の狭い谷あいに見えるのが太平洋、熊野灘です。ただ、ゆっくり眺める暇も無く見えなくなってしまいますし、カーブの連続で運転手は海が見えたことの気がつかないでしょう。
 私は、幼い頃山間部で育ったのでこのあたりに来て海が見えるとわくわくしたものです。

カメラは アグファ・カラート36・ゾリナー50mm
[PR]

by je2luz | 2005-11-26 12:40 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 25日

熊野の旅 眺望 3

 この地方で眺めの良いの一つが新宮市にある『神倉神社』のご進退の岩のある神倉山でしょうね。
 「速玉神社」の元宮とされるこの「神倉神社」は古代信仰そのもので、新宮の市街すぐ後ろに聳える急斜面の山とその頂上に露出する自然の岩石が御神体です。
 その岩の形が「かえる」に似ているので、この地方での大きなかえるの呼び方で『ゴトビキ岩』と呼ばれているようです。「牛がえる」のことでしょうね。
d0045383_1240868.jpg

 ここの参道は石の階段ですが。入り口の鳥居のところからとても余所行きの靴では上れないような代物です。修験の人向きのような蹴上げ代も大きく踏み面はでこぼこで大変なものです。
 昔ながらの険しい石段ですが、二月の『お灯祭り』の時は若い衆が駆け下りてきます。当然けが人は出ますがね。
d0045383_1364367.jpg

 頂上まで行かずとも、ほんの少し登るだけで、眼下に新宮市の市街が見えます。ぎっしり立て込んだ市街を見ると、人間に営みなどと言うものは小さくてせせこましい物に見えるでしょう。
 しかし、このせせこましい新宮よりもっとせせこましいところに皆さんお住まいですね。
 少々息は切れるでしょうが、エレベーターの無い展望所へ自分の足で登るのも良いでしょうね。
カメラは   ミノルタα7700i ・ コシナワイドズーム
[PR]

by je2luz | 2005-11-25 12:55 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 24日

熊野の旅 眺望 2

 松本峠からの間が目を紹介しましたが、これは七里御浜の遠望という感じです。
 七里御浜の傍で高くて見晴らしの良いところはあまりありません。展望タワーなどと言う無粋なものはありませんからね。
 七里御浜で山が海までせり出しているのは『花の窟』だけです。
 このご進退は岩山です。御神体だけに頂上に展望台を作ると言う計画も立てられたことがありません。
 かつて日本列島改造論の頃に立案された『第一次熊野市総合計画』なる絵空事の中には熊野市内に十本を越すロープウエーを作る青写真がありましたが、そのときでもここにロープウエーを掛ける絵は無かったように思います。
 御神体だけに正規に登る道は整備されていないようですが、高校生の頃有馬の子に案内されて天辺の岩に登りました。
 綱掛け神事の時には氏子さんたちも上の綱掛け場所に上るのですからもう少しましな道があるのかな・・・とも思いますが花の窟の獅子岩側から登れました。
 頂上からの眺めがすばらしいものです。すぐ足元から七里御浜が伸び、奇異連山もかすんで見えると言う広大なものです。
 ただ、この岩には手すりがあるわけでもなく落ちれば・・・です。
 季節によっては海からの上昇気流がこの岩壁を伝って上昇するので、紙飛行機を飛ばすと落ちてゆくのではなく、どんどん上昇してゆきます。それが楽しくて、ルーズリーフの紙を随分使いました。

[PR]

by je2luz | 2005-11-24 11:45 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 23日

熊野の旅 眺望

 熊野は古くからの観光地です。熊野詣次代を入れれば日本最古の観光地なのかもしれません。
 熊野は平野と呼ばれるものは一切無く、山又山、そしてその山が直接海に落ち込んでゆくと言う地形です。海岸線もここ七里御浜は熊野川が運んだ砂利が形成した半島ではただひとつの長い浜です。ほかは入り江の奥に小さな砂浜があるだけの険しい海岸線です。
 各地に見られるような広い河川敷も紀伊半島の川には在りません。最大の川『熊野川』も源流から河口までひたすら山を削りその隙間を流れ続けます。ほんの少しずつのごろ石のかわらがある程度です。山が余りにも硬く険しいのでこうなったのでしょう。海岸線も目の前が太平洋と急流の黒潮であり、海岸からすぐ先が落ち込んでいる地形で浅瀬が育たなかったのでしょうね。
 こんな地形の中でただひとつ20Kmにわたる緩やかなやさしい海岸線が延びている七里御浜を一目で見渡せる場所は『松本峠』にあります。
 峠を越えてくるだけで木々の切れ目からこの眺めは見られますが、さらによく見えるように、松本峠頂上から鬼ヶ城の方向に200mくらい尾根伝いに進むと展望台が作られています。東屋も作られ雄大な景色が堪能できます。ここに向かう道も決して良い道ではないですが、尾根伝いのなだらかな道ですから、私が言う『弱脚者の熊野古道』らしく、杖をついた方でもゆっくり歩けば熊野古道と奇襲の眺望を十分楽しんでいただけます。

さくら・赤外フィルムにて撮影しました。これは残念ながら製造中止になってしまいました。
[PR]

by je2luz | 2005-11-23 11:57 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 21日

熊野の旅 古道歩きの駐車場 3

 車で古道に来られる方の中には、ワゴン車などでの野宿組も居られるようです。
 野宿をされる場合、最低限ほしいのはトイレと水だと思います。水はポリタンクででもしのげますがトイレは矢張り困ると思います。
 まず、駐車スペース・トイレ・水が確保される場所としては『道の駅』があげられます。ここは、キャンプは別として二十四時間オープンのトイレがあり水があります。車の出入りもあるので比較的治安は良い方でしょう。合併で原則が崩れてしまいましたが基本的には一自治体一箇所が認可をもらった施設です。経営形態は自治体直営と第三セクターがほとんどなので売店の営業時間が短いものが多いですね。
 この近くでは熊野市・『熊野きのくに』、御浜町『パーク七里御浜』、紀宝町『うみがめ公園』と三箇所あります。
 『熊野きのくに』は国道42号線負わせと熊野の中間点の山間部にあります。ここは民営の道の駅なので営業時間が長く、夜10時まで売店も開いています。コンビにも併設されていますから、食糧確保には最適でしょう。ただ、冬場の夜はいささか寒いところです。ここが紀伊半島か・・・と思うほどの寒さです。しかし、紀伊半島も大台ケ原や大峰山、高野山と寒いところが一杯なのです。山が重なっているので海岸線以外は異常に寒いのです。その分、夏場はクーラーも要りません。快適に眠れるでしょう。
 『パーク七里御浜』は御浜町の海岸沿いにあり駐車スペースは広いですが、第三セクターのため売店などは午後5時に閉店します。併設のスーパーは夜まで開いています。
 『うみがめ公園』は紀宝町の海岸で海がめが産卵に来ることからこの名前がついています。保護した海がめが飼育されています。ここも光栄なので弊店は早いです。併設のお店が無いので少し出かけないといけないでしょうね。
 そのほかには、鬼ヶ城入り口の市営トイレとパーキングでも野宿ができます。ここも、国道の傍なので安心でしょうね。鬼ヶ城に入ってゆくと、鬼ヶ城の駐車場と県営の公衆トイレがあります。ここは国道から離れているので静かですが、その分若干不安感もあるかと思います。犯罪が起きたという話は聞きませんが・・・
 田舎ですから、いたるところに停めて寝ることは可能でしょうが、なるべくきちんとしたところで野宿してください。マムシや熊やいのししに出会うことはまれでしょうが・・・

カメラは バルダ・バルディックス
[PR]

by je2luz | 2005-11-21 10:33 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 20日

熊野の旅 古道歩きの駐車場 2

 前回は古道本体の駐車場でしたが、今回は古道に付随するところの駐車場事情を取り上げます。
 古道の周辺には熊野三山信仰とは直接関係は無くとも、日本の古代信仰に通ずる場所があります。熊野市に来て古道を歩くなら古道より古いものに触れることも大切かと思います。すべてが狭い範囲に収まっています。歩いても一日行程、車だと半日で回れるでしょう。
 花の窟=境内のまん前のボランティアで運営している茶店の脇に熊野市が整備しつつある駐車場があり、20台くらいは停められます。ただし、春秋のお綱掛け神事の時は停められません。
 産田神社=きちんとした駐車場はありませんが境内の前が広くなっていて、十台くらいは停められますが、地元の車が停まっているので通常は数台程度でしょうか。
 大馬神社=境内の前に駐車場が用意されています。二十台くらいのものですが行事でもない限り、人里離れた神社で参拝者も少ないのでいつも空っぽです。道中の道が狭いので都会の方は気をつけてください。
 木本神社=特に駐車場はありません。鳥居の前の道路が広くなっているので数台は停められるでしょう。少し先に行けば堤防のそばなど適当なところに停めても大丈夫です。ただし、トラックが通れるだけは残してください。その先に木本漁港があります。
 徐福の宮=ここは離れた波田須町になりますが、国道311号線から海に向かって急斜面を下ったところに祠があります。下にも市道はありますが、狭いです。国道311号線にある「徐福の宮」の標識のところには車が数台停められますから、そこに停めてきれいな海を見ながら急坂を歩くのが良いでしょう。秦の国から熊野の地に不老長寿の薬『天台烏薬」(てんだいうやく)を探しに来た徐福の苦労に比べれば大した子と在りません。

[PR]

by je2luz | 2005-11-20 11:30 | 熊野 | Trackback | Comments(0)