LUZの熊野古道案内

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2005年 09月 30日

熊野の旅 熊野古道の土産

 何処へ行ってもお土産品と言うものは良く似たものです。
 昔から、最中、せんべい、こけし・・・少し新しくなってクッキー、キーホルダー・・・
 みやげ物開発と言う事業が各地で盛んに行われた結果、ますます、全国一律の物が増えましたね。名前が違うだけ・・・

 山菜加工品や漬物なんてのも「田舎らしい」と言うので全国で売られていますね。
 確かに漬物は日本中で漬けられ、食べられてきました。しかし、中々、その地方ならではのもの、営業で売るほど作っているものは無いものです。漬物産業も材料の確保、加工場の整備、保管設備の建設、販売ルートの確保など中々大変なものです。
 材料の確保にしても、業務としての品質と量を確保するにはお百姓さんの協力が無くては成り立ちません。蔬菜園芸の盛んなところを除くと、老齢化の進む過疎地で野菜を作ってもらうのも大変なのです。趣味程度の生産は簡単でも地場産業となると簡単ではないのです。一年の内ほんの少しの間稼動して後は休みという形態になってしまうからです。
 加工場も家庭の庭先でどっさり洗って漬け込んで・・・の段階は良いのですが、保健所の言う通りの設備を整えるとこれも中々大変です。
 一番厄介なのは保管場所でしょうね。
 漬物と言うものは季節によって変るのが普通でした。季節季節の野菜を漬けて、美味しい季節に食べるのが日本の漬物文化でしたが、今では冷凍保存によって年中、『新漬』が食べられるようになりました。逆に、お土産・名産として売るには一番食べごろのものを年中供給して当たり前になってしまったのです。
 本来さほど高くない漬物をまともな人件費をかけて野菜栽培、加工、冷凍保存するのですから、結構高い食品になってしまいます。

 熊野の名産には『高菜漬』があります。
 これも、数の確保に苦労しています。材料の確保が難しいのです。
 この漬物の材料の高菜は暖かい海岸線より寒い山間部のものの方が葉が厚く味も濃くて良い物なのです。
 しかし、山間部の農地は段々の狭い物も多く、老齢化も極度に進んでいるので作付面積は増えるどころか減る傾向です。
 長野の『野沢菜漬』のように全国展開は無理にしても、地元での販売の量くらいは確保したいのですが、それすら無理な状態です。
 紀和町でも生産されてきましたがそれを足しても不足です。
 この紀和町もあと一ヶ月ほどで熊野市になりますから、大手を振って『熊野特産』のラベルを使えます。今回の合併で熊野市にとってのメリットはそれ位でしょうかね。そうそう、紀和には『味噌』もありますね。これももうすぐ『熊野の味噌』になります。

 高菜漬に関しては高知県の生産量が多くて、全国的には店頭で入手できるのは高地産になるかと思います。高知と南紀州は食文化が似ていますし、この漬物も良く似たものです。
 熊野市に来られたら、熊野産の高菜漬が入手できます。お盆や正月にはスーパーでも特設コーナーを作って帰省客の土産を売っていますが、普通の時はあまりきちんと売っては居ません。
 車の方は『道の駅・熊野きのくに』にお寄りいただければ、夜十時までは販売しています。まとめておkaiの場合は店員さんに言えば冷凍常態のものを出してもらえるかと思います。

 高菜漬も今では『新漬』の青いものばかりですが、元々はベッコウ色した『古漬』が主流でした。発酵が進んで独特の匂いがします。今の人ですと食べられない人も居るでしょうね。
 高菜漬を常温で少し保存するとすぐに古漬けになってしまいます。今の漬物は塩が薄いですから、買った漬物に少し塩を加えて放置すれば古漬けを作れます。食通の方ならチャレンジの価値があるかと思います。

高菜漬のふるさと、山間部の流れ谷地区です。
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by je2luz | 2005-09-30 10:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 29日

熊野の旅 熊野古道沿線 写真の撮りようで

 急ピッチで進められた「周辺整備」?らしきもので、随分と「良くなった」?ことがあります。
 観光客の人も日本中で行われている「インフラ整備」とやらに慣らされて、こんなのが当たり前だと快適に歩いているようですが、この写真が熊野古道であり、日本最古の神社『花の窟』の世路を走る道路だとするとイメージはどうなのでしょうね。
 明るい光を浴びて、カラフルな歩道があり、はるか彼方には七里御浜越しに新宮・太地がかすむ・・・湘南海岸ならこれも似合うでしょうね。
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 同じ写真で。『南紀の快適なドライブウェイ』などとタイトルを打てば、明るくて良い所をPRする写真にもなります。
 このように写真も撮りようと説明のしようで随分違うものが伝えられます。写真だけでな無いですがね・・・

 このように快適にもなっています。歩道もここまでは今の規格の3mに格上げされました。自転車も安心して走れます。
 だも、歩かれる方は、なるべく旧道に入って歩いてください。そして。花の窟を過ぎたら、食料を飲み物を確保して国道と平行な『堤防』の上を歩き。外の七里御浜と中の有馬松原の散策を交互に味わってください。砂利浜を一区画歩けば5倍くらい疲れますから・・・
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by je2luz | 2005-09-29 12:11 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 28日

熊野の旅 古道歩きの後 銭湯

 熊野古道の中では比較的足場の良い『松本峠』や『大吹峠』(おおぶき)とは言え、やはり山道です。一生懸命に歩けば汗もかきます。
 旅の疲れはお湯に浸かって・・・が、日本人に感覚ですね。
 歩いた後すぐに旅館にでも入るなら良いですが、そのまま汽車で帰るとかでしたら、一風呂浴びてさっぱりしたいですよね。
 熊野市は残念ながら温泉場ではありません。しかし、今は日本中温泉だらけになりましたが、熊野市にも温泉はあります。
 少しばかり不便ですが、『簡易保養センター』には温泉があり、害来客でも入れるようになっています。営業停止になる前に来られれば御利用になれます。
 その他には、街中に昔ながらの『銭湯』があります。
 かつては木本町内だけでも4軒あったと思うのですが今は2軒だけになっています。
 木本町の町並みは間口が狭く隣の家と壁を接している作りですから、内風呂などはほとんどありませんでしたし、薪を確保するのも大変でしたからほとんどの家は銭湯に頼っていました。これは、全国の街場に共通なことです。
 ガスと言う便利なものが出来てから急速に内風呂が増え、銭湯の数が減っていったのも全国的なものです。
 幸いなことに、木本町内には2軒の銭湯が残っています。昔ながらのままで営業を続けています。小さな町の銭湯です。
 以前は廃材や製材所のオガクズで沸かしていたのですが、今では石油で沸かしているようです。
 銭湯は町の二箇所にうまく配置されています。古い町屋の残る本町通りの駅寄りのほうと、商店街から一歩入ったところで、町の人に聞けばすぐに分かります。なにせ、急げば10分で町を通り抜けられるところですからね。
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こんな煙突で充分な燃料に変ってしまいました。
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銭湯と言えばこんな煙突があるものだという先入観があります。
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by je2luz | 2005-09-28 12:31 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 27日

熊野の旅 熊野の自然 櫨(はぜ)

 以前にも書きましたが、熊野古道もこのあたりのように海岸沿いを通るようになると季節感が乏しくなります。
 新緑の頃ははっきりと季節感があり夏はセミの声でそれを感じあれますが、ハイキングの季節とも言える『秋』の季節感には掛けるところが多いですね。
 理由は人工林の杉桧の山が圧倒的に多いと言うことと、雑木山も亜熱帯性からおんたいにかけての照葉樹が多いからです。
 広葉樹でも落葉性のものは黄色くなったり赤くなって『もみじ』と言う状態になって秋の山を彩ってくれます。
 ところがこのあたりの雑木は椿・うばめがし・青木などの常緑の物が多いのです。山桜も多いですがこれは紅葉せずに早めに葉を落としますね。
 紅葉がきれいになるには夜の気温がうんと下がる必要があるようですが、この辺ではさほど下がりません。
 こうした条件から、山が黄色くなったり赤くなったりしにくいのです。

 このあたりの自生する木では比較的葉が黄色くなるのは『櫨・はぜ』と言う木です。この木は昔『蝋』の原料として栽培されたこともあります。
 元々日本の暖地では自生していたものです。大きくなると10mほどの大木になります。
 この木は若葉の頃葉に触るとかぶれるのでかなり嫌われます。体質により差が出ますが人によっては触らなくてもそばを通るだけでかぶれることもあります。これは『ウルシ』と同じです。
 ここあたりでは、やたらとこの櫨の木があります。秋になると鈴なりに実をつけます。
 木の実は鳥の目を引くために黄色や赤の色になるものが多いのですが、この櫨の実は青から褐色になるだけの地味なものです。しかし、鳥が食べるのかやたらと色んなところに生えてきます。我が家の庭にも何本か生えてきました。

 櫨の実は親の木が紅葉し落葉してもしっかりと木の上に残っています。南天の実の様なまん丸な実が一杯固まっています。
 この実を開いてみると、中は蝋の固まりです。だから蝋を回収するのは難しいことではありません。この実を茹でて冷やすだけで表面に白い蝋が浮いて固まります。
 パラフィンから蝋が作られるようになるまでは日本の蝋はほとんどこの『はぜ蝋』でした。

 街道沿いなどにも沢山生えています。海岸沿いには一杯あります。これからのシーズンはぜの実が目立ってきます。大きな木が多いので簡単には採れませんし、この木を放置してあるのは足場の悪いところばかりです。
 有馬松原に様に足場によい所にある物もあります。秋になればかぶれることも減りますから、アレルギー体質で無い方なら、ハゼの実を採種されて蝋燭を作ってみるのも面白いかと思います。

カメラは セルフィックス16-20
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by je2luz | 2005-09-27 12:14 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 26日

熊野の旅 熊野路の公衆トイレ

 意外と各ガイドブックで抜け落ちているのが『公衆トイレ』の場所です。
 日本は公衆トイレの整備に関しては非常に遅れていました。都市部では電車の駅や百貨店などのものを当てにしないと、ロンドンのように街角にあるなんてrあまり期待できなかったものです。しかし、近年は各自治体とも観光地のトイレには力を入れてきています。
 男ばかりが旅行していた時代は立ちションで何とかなっていたのですが、近年では女性の旅行者の方がはるかに多いですからね。事実、この熊野古道でもそのようです。
 我が家の前を通る古道歩きのハイカーを見ても、女性だけのグループ、女性多数にリーダーらしき男性が入ったもの・・・これが多いですね。男ばかりのは『視察』と言う名の観光旅行くらいで、パンフレット片手に背広、革靴、送迎バス付きですね。

 熊野市はものすごく広く国道も42号・169号・309号・311号と4本も走っています。観光スポットも市内各地に散らばり車でも一日で回れないほどの範囲です。
 自然だらけで男の人でなくても昔の旅人のように道から数メートル入って用を足せるところが多いですが、今の人では一寸無理でしょうね。
ほんの少し前(50年くらい?)まではおばさんになると、道端でお知りを突き出して用を足すと言う風習が日本にはあったのですが消えてしまいましたね。

 熊野市の公衆トイレのあるところを一応列記しておきます。漏れているところもあると思います。
 国道42号・・・道の駅『熊野きのくに』-飛鳥町大又  市営浅見川公衆トイレー飛鳥町小阪(水遊び用車では無理) 市営大泊公衆トイレー大泊町鬼ヶ城入り口手前  市営花の窟公衆トイレー有馬町
 国道309号・・・市営宮の平公衆便所ー飛鳥町(水遊び用で車では無理) 
 観光スポット・・・ 県営鬼ヶ城ー鬼ヶ城駐車場  市営松本峠ー松本峠木本入り口  市営新鹿海岸公衆トイレー新鹿町海水浴場脇  井戸町松前公園公衆トイレー井戸町   

 このほかでは JRの駅 スーパー パチンコ屋 食堂 喫茶店 市役所 コンビニ などを利用するのは全国共通です。
 熊野の場合食事の場所より色んなところにあるようです。
 これも、見かけたら早目に用を足しておくことをお勧めします。道から外れて山に入られるときは谷川のそばは避けて下さい。谷川の水を飲料水にしている家が沢山ありますし、水のあるところには『マムシ』が集まります。梅雨時から10月までが活動期です。ヘビを見たらそっとUターンしてください。決して棒で突っつかないでください。マムシの跳躍力は想像以上です。
 もし、それが『つちのこ』なら、目がつぶれるとか殺されるとか言う説もありますが、つかまえれば一躍億万長者でしょうね。下北山村なら賞金も出ます。
 写真は尾鷲方面から熊野に入って最初の公衆トイレ『道の駅 熊野きのくに』です。売店は夜十時まで開いています。
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by je2luz | 2005-09-26 12:44 | 熊野 | Trackback(1) | Comments(6)
2005年 09月 25日

熊野の旅 熊野古道散策の宿

 以前に書きましたように、熊野市(旧木本町)は国鉄紀勢西線の終着駅として栄えた時代があります。その当時は当然のように沢山の旅館が営業していました。駅前旅館も、私が記憶しているだけでも3軒在りました。街中にも沢山ありました。
 玄関に『日観連』『政府指定』『交通公社』・・・などと言う金看板が掛かった本格的?な日本旅館も数軒ありました。国内旅行華やかなりし頃ですね。今では、こうした看板が一杯掛かった旅館は温泉地にでも行かないと見られなく成りましたね。

 紀勢線が全通し、更には国内旅行が下火になると共に段々旅館が減ってしまいました、元々、団体さんを受け入れられるような大きな旅館は無いところでした。
 『簡易保養センター』が進出してくると決まった時は、旅館組合が勢ぞろいして反対したものです。おかげで、簡保センターは景色は良いが歩いてゆくにはいささかしんどいところに建っています。これは、ほとんどの簡保センターに言える事ですね。

 熊野古道が世界遺産に指定される前後は少しだけ宿泊客も増えましたが、名古屋方面からの日帰りシャトルバスんも出るようになり、日帰り客がほとんどになり、元々、団体さんは勝浦とかに泊まるのですから、熊野市の宿泊者はほとんど増えていません。折も折り、全国的に見直された『赤字簡易保養センター』の中に、当然のように『熊野簡易保養センター』も入っていて、改善の見込みなしと言うことで閉鎖が決まりました。世界遺産では改善できないと公に認めたわけです。

 現状で熊野に宿泊して散策するには、まだ少し残っていますから不便は無いと思います。
 大きなところでは  熊野簡易保養センター 何時まで営業は不明 0597-89-4411
 日本式旅館では  紀南荘 0597-85-2010
 ビジネスホテルでは  ホテル河上 ビジネスホテル平谷 ビジネスホテルみはらし 少し遠いが 山門 七里御浜 
 民宿では      民宿畑井    などが在ります。
 公のものでは 熊野市青年の家 (ユースホステル) 0597-89-0800
 中心を離れた大泊、磯崎、新鹿などにも民宿は点在しています。
 不便なところですが、県営の 三重県立熊野少年自然の家 0597-89-3340 もグループで早く予約すればものすごく安く利用できるようです。自家用利用で無いと無理でしょうね。

 一段観光地のような顔をしながら、宿泊施設に関してはこんな現状です。
 有名な温泉地をそばに持つ地域はこうなる率が高いのです。同じ東海なら天竜市などもそばの寒山時温泉に取られるので市内には旅館が少ないですね。
 熊野市にも『観光協会』が在り、駅前には『観光会館』があり、観光案内をやっているはずです。各旅館が小さく旅行業者さんでは予約できない時もあると思いますが。ここなら何とかなると思います。
 ちなみに電話番号は 熊野市観光協会 0597-89-0100   です。

 写真はかつて木本が賑やかだった頃に営業していた木造三階建ての旅館です。今は個人の家ですが、管理も大変でしょうね。

カメラは イコンタ523/16 テッサー75mm
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by je2luz | 2005-09-25 11:31 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 24日

熊野の旅 熊野古道散策の食事 食堂街

 熊野市の場合、食堂のある場所は最初に書いた獅子岩と花の窟の間の国道沿いの数件固まった食堂街の他には固まっているところはあと一箇所だけです。
 地図で言えばJR紀勢本線の山側、JASCOと警察署のあるところの『河上横丁』です。ここには入れ替わりはありましたが、数軒の食堂があり、スナックもあります。おでんや、天麩羅屋、中華料理、焼肉屋、炉辺焼・・・などがあったと思います。JASCOに行けば目の前ですから分かると思います。専用の駐車場も用意され何台でも停められます。他にないので熊野の人は外食になると何となく『横丁へ行こうか?』となります。ここに来れば何とか品物が選べるからですね。
 ファミレスというものは三十年ほど前、こうしたものが出来始めた頃『オークワ』の資本で回転したことがありますが数年で閉鎖され、それ以降はありません。オークワは熊野市が発祥の地なのですが、今展開しているファミレスチェーンの『オーク』をここに作る気はありませんし、全国展開のファミレスも配達路線が一気に100Km以上延びる紀伊半島南端に進出の予定も無いようです。コンビニが出来たのもほんの少し前です。
 こうしたチェーンにとって人口がまばらで配送車の動線が延びることは大変なことのようです。

 熊野市駅を降りるとすぐそばに『熊野市役所』があります。駅があって、役所があって・・・そうなればランチ用の食堂が・・・と、思うでしょうがそれが無いのです。昔からある駅前食堂『喜楽食堂』さんが一軒生き延びているだけです。かつては駅前食堂も数件あり、駅前旅館の数軒ある、典型的な『国鉄の駅前』だったのですが、今では駅に来ても食事が出来ない状態です。

 一般に良くあるショッピングセンターの中の食堂街はありません。JASCO開店当時(20年ほど前)にはビュッフェ・蕎麦屋・喫茶店などがありました。これも寿命が短かったですね。オークワの中にあった立ち食いの焼そば屋も短命でした。
 理由は交通ラッシュも無くほんの少しの見込み客が日常の買い物に来るスーパーだったのです。ショッピングに出たついでに食事もして・・・なんて層が居なかったわけです。
 私なども子供が小さかった時は、たまに外出ついでに食事でも・・・となりましたが、新宮からでも30分で確実に家に帰れますから、そうした回数も少なくなります。おまけに、この30年で人口も急減しましたが、子供の数は激減しています。昔で言う『ニューファミリー層』が壊滅しています。私が子供の頃5クラスあった木本小学校が30年前に2クラスに、今では複式を特例で止める位の人数になっています。
 消費の中心世代の減少が都市近郊なら当たり前の店舗構成や市街構成を変えて言ったのです。

 前にも書きましたように、狭い町ですし、土着の人ばかりです。お店を探す時は声をかけて訊ねてください。行ったことが無くても店のある場所位は知っています。
 寿司屋以外にも、魚を食べさせる小料理屋さんもありますが、昼間は如何でしょうか?

 写真は熊野市駅・駅前です。向こうに見える白亜の御殿が熊野市役所です。こうした駅前風景は何処にでもあったものですが、そのまま残ってるのは日本遺産並です・・・

 カメラは ミノルタα7700i コシナワイドズーム19~
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by je2luz | 2005-09-24 11:55 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 23日

熊野の旅 熊野古道散策の食事 寿司屋

 熊野市は全国有数の面積を誇りながら人口は本州で一番少ない市です。おまけに老齢化は全国の中では先進地です。
 住民登録人口2万人老齢者が30%を越えています。つまり、福祉とかを除いた見込み客数は14000人になります。一つの団地より人口が少ないと言うことです。所得はこの紀伊半島の南のほうは全国レベルで見ると最下位に近い地域です。何せ、月給取りは市役所の職員、学校の先生、郵便局員、銀行員・・・昔居たNTTや関西電力は営業所を引き上げてしまいいなくなりました。これは熊野市だけでなく全国の過疎地の共通の現状です。
 自然が一杯・・・のんびりした生活・・・今流行の『脱都会』の生活をしています。望んでしなくても、その生活しかありません。1/3以上が高齢者ですからね。
 かつて、交通の要衝として、商業の中心として人の集まった時代の木本町は女郎屋まである賑わいだったのですが、交通の便が良くなり、観光客がバスに変るようになると、一気に様相が変わりました。バスの止まらない食堂は営業ママならず・・・
 自家用の時代になると『チェーン』の外食産業が展開をはじめ、個人のドライブインは次々閉鎖に追い込まれました。熊野市など紀伊半島南部はチェーンを組むには遠すぎて見込み客も少ないのでそのチェーンすら進出してきません。
 円高で国内観光の冷え込みはものすごいものです。人工の2割ほどを占める東京圏から紀伊半島一周の旅を計画すると、グアム島、バリ島よりも、ハワイよりも高くつくくらいです。特別に目的のある人、飛行機の怖い人以外はそちらに取られて当たり前です。旅行業者の窓口はきれいな海外旅行のパンフレットばかり、国内旅行は白黒印刷・・・
 色んな条件が加わって、地方には『レストラン』や『食堂』がなくなってきています。
 私でもそうですが、よその土地に行った時、得体の知れない個人営業の『ドライブイン○○』とか『レストラン××』などには入りづらいですね。昔はその辺の食堂に入るのが当たり前だったのですが、最近ではついつい『王将』とか『ガスト』などと書いてあるとそこに入りますね。これは『間違いは無いだろう』と言う心理でしょうね。
 熊野は元々人口もさほど無く、立派な料亭など無い町でしたが、戦後増えていたのが『寿司屋』です。今でも街中に数多くあります。魚が新鮮だったからですね。
 今では寿司ネタも輸入品が多くなってしまい、『ネタがあるからうまい寿司が出来る』のではなく『客の口が肥えているからいいネタでなければ・・・』になっているわけです。
 熊野の人は人が来ると『寿司』を取って出しました。それも、『シビ』の寿司が主体でした。それだけ『シビ・マグロ』には口が肥えていたのです。おまけに寿司屋がやたらと多いので寿司ネタには各店共に力を入れていました。おかげで、新宮の人が熊野まで寿司を食いに来る様な時代も在りました。
 しかし、時代は変わり、今流行の『回る寿司』が進出してきて、客はそちらに取られています。これも、都会での現象と同じですね。都会なら、一人前5千円一万円の寿司でも客は居ますが熊野では一人前800円とかです。今の代の親父さんは続けるでしょうが跡継ぎの居る店はほとんどありません。
 木本町・井戸町に寿司屋は一杯あります。昼ごはん時に開けている店も多いですから、町の人に『近くに寿司屋ありませんか?』と、聞いてください。歩いて5分以内に必ずありますから・・・
 それから、ここでは気張って上寿司を頼む必要ありません。そんな金があるなら、普通のを1.5人前頼んだ方が得です。都会の暖簾の掛かった寿司屋よりはるかに安いですからね。
 ただ、カウンターで注文しながらと言うのはやはり何処でも同じように色々ある可能性はあります。やはり、『時価』も在りますから・・・
 昼飯なら、通りすがりの寿司屋で『桶』で頼んで食べれば、スーパーの弁当に毛が生えた程度で食べられます。
 それでも、大きな看板の『回る寿司』に観光客の車が入ってゆきますね。
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by je2luz | 2005-09-23 12:01 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
2005年 09月 22日

熊野の旅 熊野古道散策の昼飯・ATM

 旅をするということはなれ無い土地で歩き回るということです。
 都会なら適当に歩いていれば、美味しい美味しくないは別として、蕎麦屋やラーメン屋くらいはあちこちにあるものです。しかし、田舎ではそうは行きません。徐福ゆかりの波田須などに行こうものなら、食堂どころかお店屋さんもありません。中心部に近いところでも数は限られます。
 田舎で歩き回ると言うことは、見つけたらとりあえず食事を確保することです。それと、地元の人に気楽に声をかけて尋ねることです。

 熊野市内の熊野古道散策のメインは花の窟と獅子岩を見て木本町を抜けて松本峠へ・・・こういうコースでしょうね。
 このコースでは国道42号線を歩く区間が多くなります。
 花の窟と獅子岩の間の数百メートルの間が食堂のある場所です。
 なんでもありのレストラン「しらさき」とか讃岐うどんの『小六』や韓国料理の店などがあります。うどんでよければ小六さんのうどんは評判が良いです。
 この区間以外には国道に面して食堂はありません。しかし、獅子岩と鬼ヶ城の中間地点、熊野市駅から海岸沿いの国道に出たすぐそばにはファーストフード系の店が集まっています。
 お弁当の『かまどや』、ハンバーガーの『モスバーガー』、ピザの『アオキーズピザ』が軒を並べています。食堂の『岡田屋』もあるのですがここは夜だけの営業です。
 このファーストフード店で食料を調達して目の前の七里御浜で食事をすれば熊野らしい景色を見られます。
 ただし、食べ物のゴミは必ず持ち帰ってくださいね。

 このファーストフードのある国道をそのまま進んでも松本峠に行けますが、店のそばにある細い道を抜けて一本山側の道を使えば、無粋な国道ではなく、木本町の『本町通り』を歩いてゆけます。昔は商店が並んでいましたが、今ではほとんど何も無い町屋が並びます。本町では食事は出来ません。もう二本山側の駅前から延びる『記念通り』にはスーパー・オークワもあり、食堂も数件あります。
 銀行のATMは記念通りの銀行とオークワにあります。郵便局のATMは本町通りの中頃の特定郵便局にあります。
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「モス」の隣に「かまどや」すぐそばに「アオキーズピザ」です。
後ろに見える山が松本峠です。
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by je2luz | 2005-09-22 11:34 | 熊野 | Trackback(1) | Comments(0)
2005年 09月 21日

熊野の旅 熊野古道の行事 産田神社の祭り

 花の窟とならび日本最古と思われる『産田神社』(うぶたじんじゃ)にも当然のことのようにお祭りがあります。
 一月十日に行われる大祭の『弓引き神事』は魔よけとしての弓を引く行事は全国で見られますから、とりたてて珍しいものでもないと思います。
 十一月十五日に行われる厄除け行事の『ホウハン』と言われるものの方が珍しいのでは無いでしょうか。
 この神事の由来から、『サンマ寿司』の発祥はここ有馬ではないかと言われています。
 この厄除けには参拝者に「ホウハン」と言うお膳が出されます。このお膳には
 1.汁かけ飯一碗…米飯に白味噌を使った味噌汁をかけた汁かけご飯
 2.骨付のさんまずし…さんまを腹開きにし、骨をのこしたまま握ったすし
 3.アカイ(赤和え)…生魚を細かく切ったものに唐辛子だけであえたもの
が、載っています。
 どれをとってもかなり原始的な料理です。かなり古くからのものでしょうね。
 『産田』という名前からも安産の神として進行する人も多く、この神事でも子授け・子育てをはじめ左利きが直るなどと沢山の方が参加します。
 見物や普通の参拝は誰でも出来ますが、この「ホウハン」にありつくためには予約が必要かと思われます。特に近年は参加者が増えたやにも聞きます;。
 今では、サンマ寿司発祥がここ有馬町であることを宣伝する意味で祭りの時にはサンマ寿司の販売もやっています。この日に来られたら、このサンマ寿司を買って、神社のすぐそばの産田川でも見ながら食べられたら良いと思います。

カメラは 富士GS645S プロフェッショナル
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by je2luz | 2005-09-21 12:25 | 熊野 | Trackback(1) | Comments(1)