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LUZの熊野古道案内

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2009年 07月 09日

熊野の旅 もう一本の海上アクセス 

 昔は東海道は木曽三川とかを渡るのが大変だったこともあり、桑名辺りは伊勢湾の一番奥を船で行き来したようです。
 大きな橋が掛けられるようになってからは一般人が波静かな伊勢湾を船で渡ることも無くなりました。
 船って一杯積めるけど、陸路がよほど遠回りで無い限りは時間が掛かることになります。
 それに、自分の好き勝手な時間に渡ることも出来ないですしね。
 その弱点が「セントレア・中部国際空港海上アクセス4航路」の最大のネックです。
 陸の方も、昔の国道1号線と23号線しかなかった時代ならいざ知れず。伊勢湾沿いには東名阪に伊勢湾岸道路まで平行に走っていて、やや道路過剰状態ですからね。23号線にいたっては一般道路なのに名古屋市内で100Kmほどの速度で突っ走れる代物です。
 船がものめずらしい人以外は陸路になっちゃいますね。

 伊勢湾を横切る航路ではうんと古くからがんばっているのが伊勢湾フェリーですね。
 この辺から見ればもっと大事に思わなくてはならないフェリーなんですけどねえ・・・
 なんといっても、紀伊半島の生命線の『国道42号線』の一部に組み込まれていますからね。
 今の42号線は起点が浜松ですからね。
 浜松から渥美半島に入り、突先の「伊良子」から先は海上が「国道」なのです。
 昔は国鉄の線も『宇高連絡船』『青函連絡船』なんてので海上に路線がありましたが、橋も無い海上に国道があるのも珍しいでしょう。
 これは、伊勢湾口架橋のために無理やりこんなことをしたのが見え見えな物です。
 ある日突然、終点の津へ行くのよやめて、松坂から国道23号線を併用と言う形で逆方向の伊勢に向かいました。そして、国営の連絡船があるわけでもない海上を組み込んで渥美半島へ・・・そして浜松が終点になったのです。
 こうすれば、『二桁国道なのに橋が無いから途切れている!』」と言う口実が出来るからです。
 でも、この『伊勢湾口大橋』を待ち望んでいる人ってほとんど居ないのです。
 地元伊勢の人でも、漠然と「あったら良いのに・・・」と聞かれれば答えるだけで、「あったらこう変わる」なんて物はありません。
 土建業でも、本当は、「こんな巨大事業は俺らには関係ない」と思っています。「少しはおこぼれに預かれるかも知れんけど」程度ですからね。
d0045383_1121548.jpg

 と言うことで、昔なら『130』くらいの表示になるはずの我が家の前が『243.1』となっています。
 浜松の国道一号線との分岐点から243.1Kmと言う事です。
 今は皆さんこのルートではなく伊勢湾を回るコースで東京に向かいます。
 東京までのちょうど中間点くらいが浜松です。
 伊勢湾口に橋が掛かったとして、距離にして40Kmほど近くなるのでしょうかね。
 でも、渥美半島側の道路が今の42号のままでは時間の短縮にはあまりならないでしょうね。
 かといって、第二党名まで作るようになっている時にここの道を作っても・・・
 それに、もっと先を見た時に日本でそんなにトラックが走り回るでしょうかね。

 橋が掛かれば少しの間。「橋を渡るために走る」客は増えますが、それが来なくなったら・・・
 広すぎて何も見えない伊勢湾の入り口の橋だし、パ-キングになる島も無いし・・・
 セントレア以上に風が強いし・・・
 でも・・・
 この橋は出来る見込みがありません。
 これを作るほど日本の官僚も馬鹿ではないと思うのですがねえ・・・
 でも、計画があるのですからある時突然予算が付いたりするかもしれませんね。
 そうすれば、紀伊半島にも関東から観光客が押すな押すなと・・・
 診たいな説明は20年ほど前に聞いた覚えがあります。
 いまは『世界遺産』も増えたのですから、大変な賑わいになるのでしょうね。
 でも、どこを押せばそんな答えが出るのでしょうね?
 やっぱり東大出の高級官僚や作文の旨いコンサルタントには私のような凡人では勝てません。

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-07-09 11:24 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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