LUZの熊野古道案内

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2009年 07月 05日

熊野の旅 月例 熊野市報より 想定外?

 先月の熊野市報の人口動態ではものすごい数の人口・世帯数減があり、毎年の近大高専(熊野高専)の卒業などの影響で、今月発表文は新入生の転入もあり持ち直す問う遅くしていたのですが、現実は甘く無かったです。
 先日、近畿大学がこの近大高専の閉鎖もしくは移転を模索中との発表がありましたが、今年は定員割れはしているでしょうけど募集はしたはずです。
 廃耕の方針が決まれば応募者も急減するでしょうけどね。

   人の動き  平成21年5月1日現在

  人口   20.464  (-47)
   男     9.530  (ー23)
   女    10.934  (-24)
  世帯数  10.031  (-20)

 と、言う数字です。
 まあ、コンスタントに減り続けるのは当たり前の話なんですけどね。
 人口の年齢別グラフが原爆きのこのような頭でっかちになったのはもう何十年も前なので、こうなって当たり前です。
 人口動態に関しては熊野市などは『先進地』ですからね。
 あと、15年もすると日本国がこうなってくるわけです。

 今月号に乗っている「おくやみ」の欄の年齢構成を見ると最高齢が100歳で90歳代が6人も居ます。
 人口が人口ですから結構な数です。
 戦後一貫して伸びてきた平均寿命の伸びも止まりかけています。
 長生きするようになったと言うことは、長く生きている人の寿命分、人口の減少が送らされていると言うことです。
 昭和30年当時の感じだと、30%をはるかに越えてきた65歳以上の老齢者、熊野市では7000人近くのうちで半数くらいはすでに死んでいてもおかしくないのです。
 つまり、今のように若い人が居ないなら、人口は更に3000人ほど少ないはずなんですよね。
 長年、年寄りが死ななくなったと言う積立預金で人口減が隠されてきたのです。
 ここへきて、伸びが止まったので預金の食い潰しが始まりました。
 こればっかりは、しまつして長く食いつなぐなんて、医療費の垂れ流しになるので不可能ですよね。
 それに、無理やり食い止めて意味があるのかどうかも不明です。
 ここは素直に受け入れて・・・
 『幽玄の地』は『幽玄』に・・・

 今月号の「広報熊野」の表紙は、熊野市の「市花」の『ささゆり』が載っています。
 清楚で薫り高い花で、熊野の山には沢山自生していました。
 これも、少し過去形になりつつあります。
 世間で言う、「自然が破壊されたから・・・」ではなく。都会の人の好きな「野生が戻ってきた」からなのです。
 いつの時代からか、いのししや鹿が茶碗蒸しを食べるようになったのか。「ゆり根」を食べるようになったのです。
 と言うより、「ささゆり」が自生していた「里山」が荒れて成育しにくくなったのに拍車をかけるように、動物が里に下りてきて住み付くようになったからです。
 更には、「頭の黒い都会の猿」が採ってはならない「笹ゆりの根っこ」を引っこ抜くからです。
 日本には『花泥棒は泥棒では無い』なんて間違った考えもありますからね。
 『熊野古道』沿いもこれからの季節、むせ返るような匂いに包まれ、白くかすむほどの「ささゆり」が咲いた筈なのですが、ずいぶん減っています。
 街中では「人間の花」でさえ簡単に摘んじゃったり散らしちゃう時代ですから、「やまゆり」くらいは当たり前なのでしょうかね。
 それに、遠くから見ていれば「いのしし」や「鹿」や「熊」が一杯になってきたらうれしいでしょうね。
 でも、田舎の人は「坂田の金時」ではないのです。
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熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-07-05 11:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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