人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2009年 06月 30日

熊野の旅 増えてきた こんな風景

 昨日は少なくなってきた丸木橋などを取り上げました。
 今日はそうした道の先に増えてきている光景を取り上げます。

 マスコミでも「限界集落」と言う言葉が時々出てきています。
 平成の大合併で3300あった市町村が1000ほど減りました。
 政府の策略で、限界集落だらけで、『限界自治体』になってきていた村や町が統計上はほとんど消えました。
 『市』とは何か?と考えさせられるような、過疎と老齢化とでどんどん『廃集落』が出てきている山の中も平成の新市の中に組み込まれているのです。
 二つあわせても、二万人ほどしかいない『熊野市』もそうしたところを抱え込んでいます。
 典型的な過疎・老齢化の進んだ「紀和町」を抱き込んで三年ほどになりますが、その時、見かけだけ増えた人口もすでに使い果たして合併前の熊野市に戻っています。
 抱かなきゃあ仕方ないわけですが、膨大なお金を使って形だけ整えても・・・
 さらに、合併のご褒美で国から出る金で、有効活用など出来るはずの無い『箱物』を作って得意になっている・・・
 いや、こんなのは熊野市だけではありません。
 日本国中で国の借金を増やしながら推し進められています。

 で・・・
 その一方で・・・
 下のような光景が一杯見かけられるようになりました。
d0045383_929062.jpg

 杉林に埋もれてしまった「納屋」です。
 周りには農地があったようです。
 植えられた杉の樹齢は20年ほどでしょうか・・・よく育っています。
 木が植えられる前には大切な建物だったのでしょうが、今ではここに建物がある理由も存在しません。
 昔なら、要らなくなったらきちんと取り壊すなりされたと思いますが、今ではこうして放置して朽ちるに任せることが増えています。
 これは「納屋」だけですが、『母屋』や『倉』までも、朽ちるに任せられている物が増えています。

 昔は家を取り壊したら、その廃材で新しい建物や納屋を作った物です。
 要らない廃材はかまどで薪にしました。
 更に要らない分は、積み上げて野焼きしました。
 そして、取り壊し作業などは集落の出合いでやりました。
 今は廃材の野焼きなどやっていると消防にしかられます。更に、下手すると廃棄物処理の方でも叱られます。
 集落出合での作業もなくなっています。
 だいたい、屋根に登ったり、壁を引っ剥がすことの出来る男衆が居ません。危なくて手伝って貰えない状態ですからね。
 取り壊すには田舎でも『解体業者』に頼むことになるのです。
 ちょいとした家でも数十万とか百万とかになってきます。
 取り壊した跡地より取り壊し賃のほうが高いなんてことになります。
 だから、放置して朽ちさせることになるのです。
 寂しい光景ですが仕方ないとも言えますね。
 子供たちがよそに出てしまい、不在地主化した家は当然ですが、跡を継ぐことの無い家では老齢化した持ち主が、もはや管理できなくなり・・・管理する気力が無くなり、建物が、農地がどんどん荒れて行きます。
 それが、獣の領域を広げ、夜ともなると物騒で外にも出られないところも出てきています。
 江戸時代の山里より寂しいかもしれませんね。

 こうした場所には、時々、都会から「文化人」が流れてきます。
 マスコミなどで取り上げる時は、それによって集落が生き返ったようになっていますが、なかなかそうは行かないようです。
 流れ込む「文化人」自体が当代限りの人がほとんどですからね。
 せいぜい、30年ほどの間借り人ということです。
 その先は、持ち主の子孫さえ分からない不動産が残って・・・だと思います。
 何かするときに、行政が泣くことになるのですけどねえ・・・
 そこまで考える人は居ないでしょうね。
 それに、「文化人」ってあまり税金は払わないようにも思えます。
 何で食っているか分からない人も多いですからね。
 こんなこと言ったら叱られますね。

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-06-30 10:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/9924920
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 知らない間に消えかけ...      熊野の旅 減ってしまった こんな風景 >>