LUZの熊野古道案内

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2009年 06月 16日

熊野の旅 草刈り

 田舎では、『草刈り』が生活のために欠かせません。
 それと、庭や家の周りの『草抜き』も同様です。
 この作業は、きりの無い仕事です。
 日本の中でも暖かい方のこの辺りは草の伸びるのも早いので、草抜きなどは家の周りを一回りした頃には始めのところには生えています。
 周りが山ですから、放っておくと雑木まで生えてきますからね。
 源氏物語などに出てくる、枯れた屋敷の光景がすぐに出来上がります。
 いささか違うのは、『姫君』が居なくて、『半世紀過ぎた田舎娘』がその中に住んでいることです。
 まあ、前を通りかかるのも40年ほど古びた、頭だけ光った『田舎の元若い衆』ですけどね。
 交わす言葉も・・・
 『元気かえ?』
 「おおきにのー。あんたは元気そうじゃのう・・・」
 『いやさ、あしがわりてのー』
 「としじゃすか、仕方ないじゃろうのし」
 『まあ、達者でのー』
 てな物で、『和歌』のやり取りではなく、『病気』の報告みたいな物です。

 周囲の自然環境はそんなに変わったわけではないのですが、『草刈り』の方は随分様子が変わりました。
 『牛』が居なくなって、『草』の需要がなくなりました。
 と言うことは・・・
 川原や家の周りの里山の入り口などの草は行き場がなくなったのです。
 それを堆肥にするような農法はとうの昔に、『営農指導』で消されました。
 『営農指導』は決して悪い施策ではないのですが、大体、委託先は『農協』です。
 『農協』は随分昔から「株式会社農協」と言われるほどに、物を売ることに熱心でした。
 農機具から肥料・農薬・野良着まで全部面倒見ていましたから、堆肥作りの指導よりは「金肥」の使い方のほうに力が入りましたからね。
 お百姓さんもその方が楽ですしね。

 それから先は、そうしたところの草刈りは、100%、『草刈りのための草刈り』になりました。
 それでも、『草刈り機』も農協が売ってくれましたし、皆さんまだ元気でしたから、そんなにしんどいと思わずにやってきました。
 そして・・・
 それが始まってからほぼ40年・・・
 「源氏の君」のつもりだった若い衆はどんどんお墓に行き・・・「末積む花」よりは綺麗だったと思っていた娘たちだけが痛い足をなでながら、殿方ではなく仏様のお迎えを待っているような有様です。
 機械で草をなぎ倒す作業もままならなくなっています。
 それでも、綺麗にしておかないと、集落が『山』になってしまいます。

 写真の草むらは、元・田圃です。
 川のそばの一段低くなったところの小さなもので『小せばち』と呼ばれるところです。
 昔は大事な農地でしたが、今はほぼ全部耕作放棄地です。
 それでも、誰かに頼んでこうして刈って置かないと・・・
 年に三回ほど刈って貰います。
 乏しい年金の中から・・・
 でも、持ち主も居なくなったところはやっぱり荒れてきます。
 まだ、この飛鳥辺りはましの方なのでしょうね。

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熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-06-16 10:36 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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