人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2009年 06月 05日

熊野の旅 田舎の子 1

 私は田舎の市、「熊野市」のその又田舎の「飛鳥町」で中学まで育ちました。
 そういう意味では『完璧な田舎の子』です。
 それでも、自分の目で見ると、当時の映画に出て来る東北とかの子供たちよりはもう少し「イナカッペ」ではないと思っていました。
 でも、「ずーずー弁」ではないというだけで、よその人が聞くと日本語離れしている昔の『飛鳥弁』でしゃべっていたわけです。
 『あのにゃー』
 「なんじゃら」
 『われはにゃー、たいがいにせーよ!』
 「なんでじゃら」
 『きんのうもわるさしたじゃろぎゃー』
 「しやせんわー」
 『ぶちわったろかー』
 ・・・・
 これから先はまさに猫の喧嘩です。
 これでも『飛鳥町小阪』の言葉なので少しは日本語に近いのです。
 これが、隣のもっと田舎の『飛鳥町大又』などに行くと、もっと不可解な言葉が入ってきます。
 まして、海岸線の陸の孤島『磯崎』や『新鹿』となると外国語並みです。
 と、いう風に、自分の住んでいるところの言葉を標準によその言葉が変だと思うのです。
 何しろ、『伊勢街道』を越えて『熊野詣』に来る関東からの人を『かんとべえ』と昔は呼んだのだそうです。
 『いくべえか』
 『そうすべえ・・・』
 などというので、『関東・べえ』になったのでしょうね。
 沼津の辺りの人は余り来なかったのでしょうかねえ?
 来ていたら、『ぬまづずら』と呼ばれたでしょうね。
 そう言えば、子供の頃、『ちゃって』とあだ名の付いた大人の人が居ました。
 これは多分・・・標準語かぶれで・・・『しちゃった』『やっちゃってさー』などといってたのでしょうね。
 転校生がからかわれるのもこうしたちょっとした言葉の違いでしたからね。
 今の子はずいぶん訛りが減りました。
 これは学校教育ではなくテレビのせいでしょうね。
 でも、余計も変な『標準語』が耳につきます。

 そして。田舎の子の遊びの一つに、「石垣登り」がありました。
 自然石の「から積み」ですから、どこでも登れます。
 石垣の草を刈るためにところどころに足場用の石を突き出して積んである親切な石垣までありました。
 今では金を払ってコンクリートに壁に手掛り足がかりを付けた所で大の大人が遊んでいるようですけどね。
 昔の田舎の子はこれくらいしか遊びは無かったですからね。
 石垣で飽き足らないと山に入って岩をよじ登ったりしました。

 むかし、修学旅行で「熊本城」に行ったとき、何てこと無い石垣の前で、『この石垣は忍者返しになっていますから・・・』などと、しょうもない説明をするので、ちょいちょいと登って叱られました。
 大学時代の合宿の途中でも「小諸城」に立ち寄った時もガイドさんが「この石垣は・・・・・・」と始めたので友人とすいすいと登って、説明が終わったときには石垣の上からガイドさんを冷やかしていました。
 一緒に登ったやつも田舎育ちでしたけどね。
 
 上に槍を持ったり刀を持った守備隊が居たら登れませんが、誰も居なかったらほとんどの石垣は田舎育ちの子供や若者なら登れましたね。
 これも、今の子供には出来ないことなのでしょう。
 だいいち、『ガキ』が居なくなって『不良』になっちゃってますからねえ・・・
d0045383_11574927.jpg


カメラはフジかST605N+フジノン50mm

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-06-05 12:00 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/9820508
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 田舎の子 2      熊野の旅 日本人の持つイメージ >>