LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2009年 05月 25日

熊野の旅 50年前・・・昭和と言う時代 1

 日本が使っている『元号』とは便利と言えば便利、ややこしいと言えばややこしいものです。
 現在進行形・・・少し前の過去・・・こうした時間を感覚として捉えるには分かりよいくくりになります。
 でも、その長さはばらばらです。
 近代になってからは、天皇一代で一元号となったので、少しは長くなりましたが、昔には極端に短いものもあるようですからね。
 疫病が流行ったから・・・戦乱が止まらないから・・・なんてことで変えちゃったみたいですからね。
 私たちに縁があるのは、「明治」「大正」「昭和」「平成」くらいです。
 その中の「明治」は随分遠くなりました。その後の「大正」が15年、「昭和」が65年、そして「平成」でも21年になります。
 つまり、明治に生まれた人は100才を越えるような人だけと言うことです。
 そして、サイクルの短い日本の建物では「明治」のものはすでにほとんど姿を消しているようです。
 残されたものの一部はすでに『文化財』と化しています。
 これも、『元号』があって、『明治』と言うイメージをしょわせられるからありがたみも増すようです。
 「この建物は1870年ごろ建てられ・・・」ではピンと来ないのが日本人ですからね。
 そのくせ、何年前かを考える時は西暦に直して引き算をしますね。
 明治は「いやロッパさん明治だよ」で1868年だから、明治2年は1870年・・・なんてことです。
 すでに、昭和のことも昭和のままでは分かりにくいです。
 昭和生まれなら、自分の生まれた年などから、古さを実感しますけど、今では人口の1/4ほどが平成生まれですから、そうした人には「昭和30年代」なんてまるで私たちの「明治30年」と同じでしょうね。

 長かった明治の時代に、町並みの大筋が固まり、長かった昭和に完成した街も多いでしょう。
 この木本なども、発生は古代かもしれませんが、町が膨れて家がぎっしりになったのは昭和のようですからね。
 鉄道が通り、水道も出来て大在の人が集まれるようになった時代ですからね。
 古そうな家・・・と言っても、昭和のものが多いです。
 昭和のものでも80年をこれるようになってきていますからね。
 明治のものは人間も百歳ですが、建物も同じように百年越えと言うことです。
 街中の方が建て替えが早いのか残らないものですね。
d0045383_10114353.jpg

 木本の古い建物・・・昭和中頃までの建物の典型的な外装はこのような「杉の羽目板張り」です。雨戸も「杉板」です。
 こうしたものは、昭和の真ん中までです。
 「建築基準法」とかで、街中の建物の外壁は防火材料でなくてはならなくなり、無粋なトタン張りに代わったからです。
 そして、昭和40年ごろからは「カラー鉄板」などと体裁を整えてきましたが、所詮はこうした「羽目板」のまがい物です。
 古びて味が出るものではないですね。
 「板は腐る・・・」と言いますが、木本のように海のそばだと「鉄はさびる」の方が怖いですね。
 写真のような建物の外壁の方が綺麗に残っているものが多いです。

 ただ・・・
 昔のように外れかけたらはしごをかけて「トントン」と釘を打ちなおす人も居なくなったし、定期的に見回って直してくれる大工さんも居なくなりましたから、傷みが早くなっていますね。

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-05-25 10:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/9772505
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 50年前・・・昭和と...      熊野の旅 もうすぐ半世紀 紀勢... >>