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LUZの熊野古道案内

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2009年 05月 08日

熊野の旅 町家

 東京などは太平洋戦争末期の空襲で街が焼かれたので、古い建物が残っているところは少ないようです。
 それに、高度成長期やバブル期のような狂乱的な開発の嵐で消えていった町並みや古い住宅が沢山あります。
 お屋敷街では木々に囲まれていたおかげで生き延びた邸宅もかなりあるようですが、いわゆる『町家』は生き残りにくいようです。
 木造でもきちんと建てられ、きちんと管理されていれば、庶民の家でも100年はもつはずなのですけどね。

 家にペンキを塗る習慣の無い日本では外回りに自分で手を入れる習慣が育っていませんね。
 外の羽目板を打ち替えるなんてことも、よほどでないとしません。
 だから、今の住宅の寿命はうんと短くなっているようです。
 国の方も、以前の基準では、「木造住宅の耐用年数・25年」なんて考えていた時代もあります。
 戦後の復興期に、「バラック建築」を公認するためのようなものでした。
 普通に建てれば100年以上、手入れをすれば200年でも・・・そんな日本建築がその時代から「使い捨て」になってしまったのです。
 そうした、日本人が「家を守りする」と言うことを忘れた結果、田舎に残された明治・大正・昭和と時代によって少しずつ様式が移って来た町家もどんどん荒れていっていますね。
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 町並みが揃わないのもこうした建物が消耗品になったせいもあるでしょう。
 たまたまそうした建て替えによる景観の破壊から守られた町並みのあるところでは、条例などを作って保護に乗り出しているようですね。
 木本のような田舎では、古い屋並の中の町家は住みにくいので、昭和の中頃からは地元に残った跡継ぎも新興住宅地に移って行き、親たちが残ることになりました。
 時代が更に進むと、子供たちが全部外に出てしまうようになりました。

 先で誰かが住むという当ても無い・・・そして、最早住む人が居なくなった家々はどんどん傷み、荒れて行きます。
 まだ。木本などは『町』ですから、山間部のように木々に覆われた廃屋が点在する・・・と言うことはありません。
 しかし、順番に取り壊されて『更地』が増えてゆくだけです。
 その『更地』のほとんどは永久に更地で残りそうなのが困り物なのです。
d0045383_1013946.jpg

 この建物も大正末期から昭和初期のものかと思いますが、最早住宅には使われることが無く、倉庫と化しています。
 人が消え、建物が消え・・・町の歴史も消えてゆきます。

 そこに誰が住んでいたのか・・・
 自分の町がどんな町だったのか・・・
 知っても仕方ないことですが、知らないままで終わるのも寂しいことですね。
 もはや、語る人も居なくなりつつあります。

 カメラはツァイス・ウエラIII

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-05-08 10:28 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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