LUZの熊野古道案内

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2009年 04月 11日

熊野の旅 街中の川 高城川 

 紀伊半島というところは日本地図でもどでかく載るくらいのもので、大陸ならまだしも、細い日本列島ではこれが半島かしら・・・と思うような広さです。
 そのくせに左側の付け根に紀ノ川が流れ、ど真ん中に熊野川が流れては居ますが、面積が大きくて、雨が多い割りにまともな川が少ないところです。
 それと言うのも海のすぐそばまで昔の教科書では紀伊山脈と書かれていた『紀伊山地』が迫っているからです。
 その、ひだ一つ一つに小さな川が出来、まっすぐ海に向かうからです。
 そうした谷川が平地に入る辺りで合流しようにも平地がほとんど無いのです。

 熊野市の中心部木本も山が海に落ち込むところにほんの少し出来た平地に人間が住みついたものです。
 浜があって、人家もある道が5本ほどあってその後ろはもう山です。
 宅地造成も出来ないような急峻な山ですから、緑はきちんと保たれています。
 海から山まで500mも無いくらいです、
 この山の木々と太平洋のおかげで、南方なのに夏が結構涼しいのです。
 冬は目の前の黒潮が湯たんぽ代わりになり、後ろの山が屏風になるので暖かいのです。
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 写真の排水路のようなものは、れっきとした『川』なのです。
 名前も『高城川』(こじょがわ)と言う立派なものが付いています。
 水源地は後ろに写っている山ですからすぐそばです。

 明治に入るまでは、この小さな川も暴れ川で困ったものだったそうです。
 熊野市駅と木本側を分断するように山の尾根が降りてきております。
 今ではきれいさっぱり取り除かれていますが、それがつながっていたので、私の家がある方向に向かってまっすぐ海に出ていたそうです。
 川が小さいので、押し寄せる七里御浜の砂利を押しのけて水をはかす力も無く、木本の山際にあった貴重な田んぼを水浸しにしたそうです。
 それを『森本佐兵衛』と言う人が資材をはたいて岩山にトンネルをうがって井戸川に合流させたのだそうです。
 私が子供のころには、そのトンネルが残されていましたね。
 石油屋さんの貯蔵庫に用になっていたのですが、反対側は昔の保健所の脇に出ていたように思います。
 この排水路に関する記憶はもう人々の記憶からは消えてしまったようです。
 これほどの善行も割合と早く忘れられてしまうのですね。

カメラはオリンパス・ワイド

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-04-11 11:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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