LUZの熊野古道案内

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2009年 03月 09日

熊野の旅 現代の利害関係?

 昭和の大合併で山の中にも行政法上では『町』が出来て『村』が減りました。
 それから半世紀して、平成の大合併で今度は『町』も減って『市』が増えています。
 実態は、『村』だった時の方が集落が大きく活気があったのですが、『町』になった頃に過疎化が始まり、やって行けないから『市』に併合されてゆきます。『村』時代の半分以下なんてのはまだましな方でしょう。

 先ごろの合併では、『熊野古道』の縁なのでしょうか、『本宮町』が川の流れではなく、山を越えて『田辺市』と合併しました。
 『新宮』と『本宮』の縁も薄くなっているのですね。

 平成の合併での積み残し分の合併話は各地でくすぶり、進行中みたいですね。
 和歌山県側ですが、『新宮市』と『那智勝浦町』の合併協議会が出来ているそうです。
 まあ、この辺は元々『東牟婁郡』全体が新宮の経済圏で、県事務所なども新宮にあったので、人の交流も多い町同士でしたからこの組み合わせは自然ものなのです。
 新宮が当然中心で市役所は新宮になるでしょう。
 出張所ではなくもっと機能のある分庁のようなものが那智勝浦に出来る方向らしいです。
 
 観光面では『新宮・速玉大社』と『那智大社・青岸渡寺』の二山を一緒に扱えるようになりますね。
 しかし、『熊野三山』のうち、『本宮大社』だけが外れてしまいます。
 一旦、田辺に入ったものを別れると言うことは事実上出来ませんからね。
 外から見ると、どうせなら三山一緒になればよいのに・・・と、思えます。

 『熊野三山』を抱えるところですから、当然のこととして『熊野』を名乗るのが自然なのですが、昭和の大合併の時、熊野の端っこの『南牟婁郡』の8カ町村が合併して、その『熊野』を使ってしまいました。
 ここも、今更『熊野市』を返上できませんし、例え名前を変えても、本家側がそのまま『熊野市』を使うわけにも行きませんしね。
 お饅頭やせんべいなら、『本家』『元祖』『宗家』などと頭に付ければ済んじゃうみたいですが、町の名前ではそうも行かないでしょう。
 それに、三山が一緒になれないとすれば、『熊野三山市』とかも名乗れませんしね。

 かつては『新宮市』の知名度も社会の教科書に「材木の集積地」として載っていたり、「新宮高校」が甲子園に出ていたり・・・で、そこそこあったのですが、近年では落ちてしまったようです。
 『新宮』を「しんぐう」と読んでくれない若い人まで出てきていますからね。
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熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-03-09 12:33 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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