LUZの熊野古道案内

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2009年 03月 07日

熊野の旅 45年前 那智山 

 古い写真の整理中に古い『那智山』の写真が出てきました。
 当時は学生で写真部に所属し、白黒写真ばかりでした。
 カラーはまだネガはようやく普及し始める頃です、まだ、ポジが主力でした。
 でも、高いし白黒のフィルム代がかさんでいたので旅行とかの時にしかカラーは使っていませんね。
 フジとコダックが競争していたのですが、少し安い、フジのほうがほとんどです。
 コダックには「エクタクローム」と「コダクローム」があり、発色原理がまるで違うものでした。
 原理は別にして、「外式」と言われる「コダクローム」の方が保存性は良い…と言われていました。
 40年余り、紙の箱にほうりもまれ、東京ー熊野と移り、高温多湿の物置に放り込まれた悪条件の中で、「内式」のフジカラーは変色し、しみだらけ、色も抜け抜けになってしまっていますが、「コダクローム」はそこそこに保たれていました。
 同じ場所の同じ箱の中ではっき差が出ています。
 しかし、もはやこのややこしい現像処理の必要な「外式」はとうとう販売中止になりました。
 もしあるとすれば、在庫限りでしょうが、もう日本国内では現像できないのかと思います。
d0045383_12254949.jpg

 この鳥居は昭和39年(1964)夏の那智山のものです。
 これは今と変わりはないと思います。

 当時は『世界遺産』などという話はない時代です。
 しかし、海外渡航は事実上庶民には閉ざされていた時代です。おまけjに1ドル360円時代ですから、たとえ海外に出てもまともに飯も食えない頃です。だから、旅行と言えば国内旅行でした。
 『農協』が華やかなりし頃です。
 お百姓さんたちも団体で旅をした頃です。それも、まだ、汽車の旅が主流でした。
 紀勢本線も全通し、名古屋や東京からも便利になりました。
 今と違う客層の人たちが、『熊野詣』に沢山来られました。
 那智の参道の階段脇にある、お土産物屋さんや那智、勝浦の旅館が元気だった時代です。
 今のように、「一村一品」「地場産品」「ふるさと名品」などというタイトルも無かった時代です。
 那智の土産でそれらしいのは、今もある『那智黒飴』『那智黒硯』『那智黒石置物』くらいです。ほかはこれまた今もある、焼印を変えたらどこの名物にでも化ける、せんべいや最中なんかでした。
 でも、昔のお客さんは、『旅行=餞別=お土産』と言う大昔からの習慣を守っていたのでこんなものも一杯売れたのです。
 物産展に行けば東京でも手に入る・・・なんて、故郷つぶしの企画なんかもありませんでしたしね。
 まあ、古きよき時代の観光地ですね。

 カメラはニコンF+105mm2.5 コダクローム

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-03-07 12:46 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 奈良熊本 at 2009-03-08 07:34 x
黄色が退色しやすいのでうよね。
でも木々の緑もしっかりしていますし、
特に青は鮮明ですね。
Commented by je2luz at 2009-03-08 12:36
 フジカラー・コニカラーは完全にぐしゃぐしゃです、
 アルバムのカラープリントも青紫に退色していますしね。
 外式発色方式の色素は全く別物のようです。
 この時間経過の劣化は実験しにくいので色んな製品の欠陥として何十年か経って出てきますね。
 カメラのモルト、プラスチックボディのわれ、放射性元素入りレンズの黄変・・・
 気づいた時には手遅れですね。


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