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LUZの熊野古道案内

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2009年 03月 02日

熊野の旅 有料道路・・・600年前

 面白いものを見つけました。

 『高速道路を紀州路へ』なんて看板があちこちに立ちはじめてから30年ほどですか・・・ようやくあちこちで形が見えてきています。
 『国直轄』なんて手法で非採算区間と分かっているところは『無料高規格道路』でやっています。
 この、高速道路後進地の紀州に、『有料道路』だあったのは600年も前です。

 この有料道路とは・・・
 『熊野参詣道中の小松原・山東・近露・塩見坂に警固を構え、寺社勧進と称し、参詣人より糧物を押収するため、これを廃すべき旨、治部大輔より紀州守護、尾張入道に命ずる』と速玉大社の古文書などにあるようです。
 つまり、常設の料金所を熊野参詣道に作ってあったようです。
 国境警備ではなく金取りですから、いかに大勢の人が熊野詣に来たかわかりますね。
 今程度しか参詣道を歩く人が居なかったら。関所を作って人を配置する意味があまりなくなりますからね。
 まあ、農地が少なく、年貢・税収の少ない山の中の豪族が目をつけた地方税の一つだったのかもしれません。
 しかし、クレームが一杯付いたようです。
 これを廃止させられたのが、ちょうど600年前の応永16年(1409)だそうです。

 目の前を巡礼が沢山通ってもあまり沿道は潤わないし、中には本当に病気平癒祈願とかの巡礼も居たでしょうが、物見遊山の富裕層も多かったでしょうからそんなものを作ったのでしょうね。
 これは大々的なものですが、他には私設のものもあったでしょう。
 所謂、『山賊』と言われるやつですね。
 今と違い、いったん国を離れたら、音信不通状態になり道中何かあっても分からないような旅ですから山賊もやりよかったでしょう。
 もっとも、旅人相手の山賊専業なんてのは中々居なかったでしょうね。
 本業は農民で副業で時々山賊なんて・・・もちろんこの収入は無申告で年貢はかからなかったでしょうね。
 こんな連中が『野ぶせり』・・・『野武士』になり、この頃以降の戦乱の世を動かしだしたのでしょう。
 でも、ご安心ください、今は日が暮れても山賊は出ませんからね。
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 カメラはフレクサレットV・チェコスロバキア

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-03-02 12:10 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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