LUZの熊野古道案内

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2009年 03月 01日

熊野の旅 弥生 三月 熊野誓詞

 今日から三月・・・
 旧暦ではまだ二月ですから、昔の季節感とはずれがありますが、弥生 三月 花の頃 になります。
 落語の方では 高尾太夫が嫁に来るとやらの時期です。
 熊野からは『高尾太夫』は出ていませんが、『油屋お紺』と言う悲劇のヒロインが出たのだそうです。
 半世紀ほど前までの日本ではそれに類した身売りの話は一杯あったようです。
 『おしん』は奉公に出されただけですけどね。

 江戸時代の女郎につき物は、今の悪徳ホステスのお約束と同じように、客を手玉に取るためのお約束、『誓文』『起請』を書く事だったそうです。
 今の時代は普通の紙でしょうけど、昔は熊野本宮退社の発行する『熊野誓詞』がないと始まらなかったようです。
 『八咫烏(ヤタカラス)』って言う熊野権現の使いをちりばめてかかれたお札みたいなものですね。
 こいつを大名から女郎まで約束事の時に取り交わす文書の様式に使ったのだそうです。
 「日本法令様式」ではないですが、ずいぶん売れたそうで、本宮大社はずいぶん潤ったようです。
 更にはこのお札を売って回る商売があって、これまたいかがわしい女が居たようです。
 木版画に朱印なんて恐ろしく偽造しよい物ですから、偽者もふんだんに出回ったでしょうね。
 売って歩く人間もいかがわしく、女郎の書く『起請文』などはもっといかがわしいものだったでしょう。
 こうして、熊野三山も詐欺の片棒を担いだ時代もあったようです。
 もっとも、この『熊野誓詞』も最初からそんな用途に作られたものではなく、ちゃんとお札として発行し、熊野三山詣の記念品、お土産として持ち帰られたものです。
 奈良時代には確立していた、『お土産品』だったのです。

 どうも、そうした悪い方に使われ、江戸時代には近松門左衛門の作品などでは、あまりよくない話のほうに出てくるようで、熊野権現も熊野にまつわる女もあまりよろしくないイメージがあったようです。
 そうそう・・・八咫烏って足が三本の恐ろしげなカラスです。たしか、熊野交通のバスにも書かれていた時代があったように思います。
 このカラスが『神武東征』の時に先導したのだとか・・・
 中央政府の味方をし、地元豪族を裏切ったと言う見方も出来ますね。
 歴史は裏と表があります。
 残るのは勝者の歴史だけです。
 敗者はせいぜい伝説に残ればいいほうです。

 これらに関しては、検索していただければずいぶん色んなのが出てくると思います。
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熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-03-01 12:14 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ピロリン at 2009-03-03 22:37 x
こんにちは。いつも楽しく読ませてもらっています。
熊野交通のバスのマークはヤタガラスですね。
新宮の千穂幼稚園だかの園章にも使われているのには驚きマシタ。
Commented by je2luz at 2009-03-03 23:15
 日本サッカー連盟の紋章にも八咫烏が描かれていますね。
 新宮とサッカーとはあまり縁がないようにも思いますが・・・
 八咫烏が味方してくれたら、新高が全国制覇するくらい朝飯前でしょうけどね。
 神武天皇を勝たせたくらいですからね。


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