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LUZの熊野古道案内

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2009年 02月 28日

熊野の旅 きみがため・・・

 このところ、写真も撮りに行かないので野山の様子も分かりませんが・・・

 きみがため はるののにでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ

 光孝天皇の時代はここよりずいぶん寒い京都に都が移ったあとですから、春の気配がしてきてもこうした情景は多かったでしょうね。
 寒ければ寒いほど冬がつらく、立春が過ぎ、春の気配が感じられるようになるのが楽しみだったのではないかと思います。
 道端の草が年中緑で、二月にはヨモギなども生えそろってくる南の地では春の訪れには鈍感になります。
 
 いしばしる たるみのうえの さわらびの もえいずるはるに なりにけるかも

 志貴皇子のこんな歌もここに都があったのでは生まれなかったかもしれませんね。
 かく左様に冬と春の境のはっきりしない南紀で更に暖冬、地球温暖化とそれに輪をかける状態なので、ますます季節感がおかしくなっています。
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 我が家の庭の雑草軍団です。
 なんとも瑞々しくて春そのものです。
 
 今日で2月も終わり、本格的な春の行楽シーズンになります。
 とは言っても、このシーズンにはとても行楽になど・・・と言う人もたくさん居るようですね。
 花粉症がやたらと増えましたからね。
 日本人の体質の変化でこのアレルギーが増えたのでしょうね。
 戦後に杉桧を沢山植えたから・・・なんて説明をする人が居ますが、それ以前から・・・江戸時代から里山の便利なところには杉が植えられ、大阪や京都などではもっと近いところに杉山があったものです。
 この地方など、50年も100年も前から杉桧の山に抱かれるようにして生きてきました。
 それでも、春になるとちり紙が沢山売れるなんてありませんでした。
 むしろ、食生活の変化、複合汚染、お腹に回虫が居なくなった・・・などと言う説明の方が納得いきますね。
 少し前にテレビで報じられたように、家畜の糞が身の回りになくなったのがアレルギーの元だ・・・と言うのも納得できますね。
 やたらときれい好きは虚弱な子供を育てるのは昔から言われてきていますからね。

 木曽路はすべて山の中・・・
 古道もすべて山の中・・・
 アレルギーの人にはちょっときついかなあ・・・
 でも、沖縄か北海道にでも行かない限り日本では杉とは離れられません。
 思い切って懐に飛び込んで、ワラビ採りにでも興じてみれば忘れられるかもしれませんよ。

 こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち 
 このおかに なつますこ いえきかな のらさね
 さねみつ やまとのくには おしなべて われこそおれ
 しきなべて われこそませ われこそはのらめ いえをもなをも

  籠よ美籠持ち 堀串もよ美堀串持ち
  この岳に菜摘ます児 家聞かな名のらさね
  空みつ大和の国は 押しなべて吾こそ居れ
  敷きなべて吾こそ座せ 吾こそは告らめ 家をも名をも

 などというちょいと生意気な雄略天皇見たいな人から声がかかるかもしれませんよ。
 なにせ、この辺では後の南朝のご落胤が居てもおかしくないところですからね。

 うんとかわいければ、私も声をかけるかも・・・
 『君・・・どこらら?』なんてね・・・

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-02-28 12:23 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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