人気ブログランキング |

LUZの熊野古道案内

je2luz.exblog.jp
ブログトップ
2009年 02月 22日

熊野の旅 大正モダンの流れ

 昨日の写真は木本町親地町にある建物です。
 どうやら住む人が居なくなって何年か経っているようです。
 木本発祥の地、漁師町だった『親地町』は道も狭く、路地も入り組んでいる場所で、敷地も狭いものが多いのですが、この家は普通の家の倍くらいの間口を持っています。
 建築様式から言うと、大正から昭和初期の建物ですね。
 ガラスを入れることを前提として、ちょっとモダンに・・・
 そんな建て方です。
 明治に始まった『ハイカラ』にあこがれる風潮がひと段落して、普通の建築が少し明るくなった時期です。
 どなたが建てた物か調べては居ませんが、結構、羽振りが良かったものと思われます。

 木本の町並みは古くからのものですが、残されている建物はそんなに古いものではありません。
 立て込んだ町並みのところはどこへ行ってもこんなものかと思いますが、明治期のものがあればものすごく古い方です。
 田舎の一軒家のように江戸期と言うものはありませんね。
 火事の記録も見られますし、地震・津浪の記録もずいぶんありますから、破損・倒壊・焼失などで残されていないのでしょう。
 それに、お屋敷の体をなさない町屋は構造自体、大黒柱を使った強固なものは少ないですからね。
 極端な話、昔の庶民の家などはお互いに支え合って立っているようなものさえありますからね。
 現に、建物が傷んできて取り壊そうとしたら、隣がもたれかかっているので、その建物だけを取り壊すわけには行かない・・・なんてのまでありますからね。

 木本の建物は隣と隙間なく建てます。
 したがって、新しい家には外壁が張ってありません。
 土壁も室内側からだけしか下地も塗ってありません。
 舞台装置のようなもので見えるところだけなのですが、これは手を抜くのではなく人間が入れないので出来ないのです。
 外壁もない建物ですが雨風は入りません。
 外壁に隣の屋根が食いついているからです。
 新しい方の家の屋根は隣の屋根の高さや勾配をきちんと考えて決めます。そうしないと、建前の後で大変なことになります。
 かくして、間口2間半、3間と言った敷地に幅一杯に建てた家が並ぶ、町の景観が出来上がったわけです。

 親地町は一番古く出来た町なのですが、飲み水の支えとなった『西郷川』(にしごうがわ)沿いに道を作ったので木本の本町や記念通りなどの町並みとは90度向きが違います。
 片側は西日をまっすぐに受けることになります。
 朝日の方向は壁になる町並みなのでちょっと気の毒です。
 今式に四角い敷地で、隣との境界に空間を設けるのなら、表通りではない側から太陽が昇るほうが暮らしよい家が建つのですけどね。
 間取りもままならない町屋はこうした表構えで差別化を図るしかなかったでしょう。
 この建物も、そう長くは残してもらえないでしょう。
 この建物は『松本峠』を歩いた人の過半数の人が前を歩いているはずです。
 ほとんどの人の目には留まらないでしょうけどね。
d0045383_10581059.jpg


 カメラはウェルタ・ペルレ・テッサー75mmf2.8

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-02-22 11:03 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://je2luz.exblog.jp/tb/9373992
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 熊野の旅 50年前      熊野の旅 紀伊半島改造計画 >>