LUZの熊野古道案内

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2009年 02月 20日

熊野の旅 古い家

 今日はちょっとばたばたしていましたので・・・
 などと言い訳しつつ・・・
 ネタも少ないことですし、短い話でお茶を濁すことになりました。
 そんなに寒くないのに写真は鳥に出ませんし、暖かい日には霞や黄沙がかかりますし・・・
 ガソリンはうんと安くなったので良くなったのですけどねえ・・・
 本町の展示場の展示用写真も言われているのですが、きちんとまとまらないので困っています。
 何を撮るべえかなあ・・・
d0045383_12503422.jpg

 この建物は、熊野市駅から熊野古道・松本峠に向かう途中、西川町にあるお宅ですが、以前にも載せたことがあります。
 去年、外装を直しました。
 決して住みよい家ではないのですが、家を長持ちさせるには外回りの補修が必要です。
 今回も外壁を外観を損ねないように直されました。
 直す直前にここのおばあちゃんと少し立ち話しましたが、『住みにくい家でも潰してしまう訳には行かないし・・・』とおっしゃってました。
 たとえ重要文化財とかでなくても、昔からの家はこうして守られてきたわけです。
 私もこんな風な家で育っただけに、住みにくさは良く分かります。
 でかいくせにプライバシーなんてありませんしね。
 もう、数えるほどしか残っていない『木本の家』もいつまで残されることやら・・・
 家よりも先にそこに住む人が居なくなりますからね。
 私が立てた家などは、百年経っても『木本の家』にはなりません。
 内部を実用的には作りましたが、風格だとかは出てきませんからね。
 古い家で育った反動かもしれません。

 カメラはウェルタ・ペルレ・テッサー75mmf2.8

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-02-20 13:04 | 熊野 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 奈良熊本 at 2009-02-20 22:19 x
ならくまもと改め若造です。
反動で作られた家に育ったその次の反動で、復帰願望の若造です。
最初に言い訳です。ありがたいことに今も父も母は元気あり、
それはとても とてもすごく有難い事だと思っています。
あと100年は期待できませんがずっと元気でいてほしいと願望します。

幼い私が育った家は、古いながらにそこそこ新しい家でした。
父は東京の大学へ進み帰郷後に新しい家を立てましたので、
今も両親が熊本に住んでいます。
石油ショックの数年前の家です。
その家にはコタツも囲炉裏もありません。

当時の私は、友人宅も旧家をすごくうらやんだものです。
無いものねだりですが、古きよき時代を大事にせねばと思います。

支離滅裂で御免なさい。少し酔っ払いです。
ではおやすみなさい。
Commented by je2luz at 2009-02-22 20:45
 私も東京から帰って元の自宅横の産婦人科医が廃業したのでその跡地を買って、自分で線を引いた家を建てました。
 太平洋に直接面しているので、外観は台風対策でシンプルに、構造は東南海地震対策で強固にしてあります。
 製材でしたから材木はふんだんに使えましたからね。
 生活と安全重視の家ですが、もう今は一人住まい、当代限りの建物ですね。
 100年でも200年でももつ家を建てなくても良かったような…
Commented by 若造 at 2009-02-23 03:04 x
お一人では寂しいですね。
おそらく私は、息子さんの立場に近いのではないでしょうか?
今のところ実家の両親二人は元気に暮らしています。

その田舎の実家は、増改築を繰り返し、
建て増ししていないのは玄関だけになっています。
嫁にきた家内が言うには、
なんで家の真ん中に風呂があるのか?だそうです。
風水学的には論外とのことですが、住めば都。
今は就職の関係で奈良にいますが、住むのは田舎がいいですね。
Commented by je2luz at 2009-02-23 13:35
 慣れれば一人も気ままで良い物ですけどね。
 家の中も自分が引っ張り出したもの以外散らかることは無いですし…
 元々、食事は作っていたので苦にはなりませんし…

 私の家は、家族構成が決まる前に設計したので、生活必需空間以外は増築前提の構造設計にしてありました。
 子供が三人になって増築を完了しました。
 構造的には。家の半分を取り外して小さくも出来るのですが、わざわざ外すことも無いので大きなままで住んでいます。
 事実上、一階部分で生活できますから、二階のプライベート空間は子供たちが帰ってきた時だけ使う状態です。


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