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LUZの熊野古道案内

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2009年 02月 17日

熊野の旅 古い町に似合う店

 『熊野古道』の浜街道の入り口、木本が開けたのは、七里御浜の端っこに出来た漁村からのようです。
 そして、熊野詣が始まって伊勢方面からも人が来るようになると宿場としても少しは賑わったようです。
 それでも、水のない下が砂利の海沿いが使われるようになったのは江戸期中期以降みたいです。
 本町筋が商店街になったのはそう古い時代でもなさそうですが、明治・大正・昭和の初期と発展を続け、南牟婁郡と隣の奈良県吉野郡下北山村上北山村の人の動きや物の動きの中心でかなりにぎわったところです。
 戦前でもここは『木本町』でした。
 戦前の警察が二種類あったころには『町警』と『国警』の両方があるくらいの町でした。
 旧制の中学校と女学校も置かれるなど狭い町の割りになんでも完備していたわけです。
 そうした町の本通りですから、『本町通』はお店がずらりと並び、昼間は近在からの買い物客や旅人で大賑わいだったようです。
 夕方ともなると、飲み客や女郎買いの客までうろついていたそうです。
 通りは砂利道で家の中に居ても、下駄で砂利を踏む音がうるさく聞こえたものです。
 泥棒よけ、忍者よけの庭ではありませんが、砂利道に下駄履きではどんなにそっと歩いても音は出ますからね。

 そんな賑わいが少なくなったころに、本町筋がアスファルト舗装されました。
 そして、老齢化が進み、櫛の歯を欠くように空き地が目立ち、お店もほとんどなくなった平成の御世になり、石畳になりました。
 皮肉なもので、道が整備されるときごとに町が寂れる・・・
 そんな寂しげな町ですから、熊野古道・浜街道の入り口に向いているともいえるのですがね。

 この町に似合う店・・・
 と言うより、残っている店もほんの少しになっていますが、いつも写真に使わせてもらう『茶碗屋』さんなどは中々いい雰囲気です。
 間口も広く昭和の初期に作られたらしき店構えは熊野古道には良く似合います。
 観光客の方の一部の人の目には留まるようです。
 目に留まっても、商売にはつながらないし・・・
 それでも、毎日店先にこんな感じでこんな商品を出しています。
 私は好きな店構えですね。
 でも、ここで買うものはないし・・・
 写真を載せても宣伝にもならないでしょうしね。
 お店の名前は『中野陶器店』だと思います。
d0045383_10224844.jpg

 この写真を撮ったウェルタ・ペルレと言うドイツ製のカメラは昭和10年代のもので、同じものをうちの親父も使っていました。
 このお店の先代さんなどは同年代でしたから、そのペルレで撮った写真の中には先代の「中野の茶碗屋」が入っているかもしれません。
 ここの店も数ある写真の中では背景に写っていたかもしれません。
 そのころはフィルムも高いのでこんな写真は撮らなかったでしょうけどね。

 実はこの写真、目測間違いで『あとピン』なのです。
 天下のテッサーですから本来はもっとカキッとした描写のはずなんですが・・・

 カメラはウェルタ・ペルレ・テッサー75mmf2.8

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-02-17 10:35 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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