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LUZの熊野古道案内

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2009年 02月 12日

熊野の旅 昔から数が足りない 鬼

 以前から、このあたりの地名には『鬼』が付いたところが多いと書いてきていますが、それには番号が付いています。
 この『鬼』は海賊・山賊であろうと言われています。
 
 この鬼の記述はずいぶん古いものがあるようです。
 「大化の改新」(646)のすぐ前の638年の『熊野年代記』の記載に・・・

 熊野鬼の本奥に鬼あり。二鬼・三鬼・八鬼・九鬼と云う。二志鬼の一流なり・・・

 今流に言うと、『熊野市木本町の先には海賊などが住んでいる。二木島・三木里・八鬼山・九鬼などである。これは大紀町錦の一派である。
 という事でしょう。
 このとき書かれていないのが木本の手前の一鬼・市木です。
 木本から先に関しては4・5・5・7が抜けています。
 これは今でも抜けているのです。
 つまり、7世紀から変わっていないということです。一体、この番号はどこへ行ったのでしょうね。
 大体、三木里・三木浦と九鬼の間はものすごく近くて四つもの鬼が住めるようなものではありません。
 人が住めるような島もありませんしね。
 縁起が悪いから付けなかったと言うにしては欠番が多すぎますしね。
 よくわからない話ですが、この時代には船の往来も多く海賊も飯が食えたようです。
 この時期の大化5年(649)には、『熊野参詣人道を作る』なんて世界遺産作りの工事が始まっていたようです。
 日本の観光開発の走りでしょうね。
 何しろ、熊野道なんて国を動かしたり、食料を運んだりという幹線道路にはなりえないものですからね。
 熊野の国司?別当?あたりが陳情にでも行って誘致してきたのでしょうか?
 その割りに、高速道路とかは日本でも一番後にしていますね。
 神々の里を守るためなのでしょうかね。
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カメラはコダック・シグネット35

熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-02-12 12:27 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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