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LUZの熊野古道案内

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2009年 02月 09日

熊野の旅 見かけなくなったお乞食さん

 昔、ホームレスなんて言葉が無かったころ・・・
 紀州とかの南の地方には、冬になると『お乞食さん』が回ってきたものです。
 ずっと住み着くと嫌われますし、もらいも少なくなるからでしょう、何日かごとに場所を変えながら回っていました。
 毎年、同じ時期に同じ人が回ってきます。
 取り立てて歓迎するわけではありませんが、高齢になっている冬場の来客ですから、門に立つと何がしかの施しをする家が多かったものです。
 まだ、ものがふんだんにある時代で無いですから、一軒でもらえるものは高が知れていたでしょうが、日本人の心の中に『思いやり』などと言うものが今より多く残っていたのでしょうね。

 そして、当然のように回ってこない年がやってきます。
 遠くまでの旅が出来なくなったか、帰ってこられないところに旅立たれたのか・・・
 春が近づいても、回ってこない「お乞食さん」が居ると、誰ともなしに・・・
 『今年はあのじいさん回ってこなんだのし』
 『そう言や、こなんだのし』
 『どこそで死んだんかいのう・・・』
 『年じゃったでのう』
 『かわいそうにのう・・・』
 などとささやかれたものです。
 おそらく、紀伊半島に入ってぐるりと回る間の集落ごとにうわさになったのでしょうね。
 同じようにぼろを着て、ほとんど口も利かずに門付けをしていても、不思議と好かれる「お乞食さん」と嫌われる人が居ましたね。
 漂う雰囲気がそうさせるのでしょうね。

 こうした『お乞食さん』の野宿する場所は大体決まっていました。
 集落のはずれの南斜面にある岩陰などです。
 そうした場所を『乞食のがま』と呼んでいました。
 『がま』は『穴』のことです。「穴を開ける」は「がまをあける」で「肛門」は「しんのがま」です。
 この『乞食のがま』は子供にとってはやっぱり少し怖い感じなので近寄りませんでしたね。
 でも、今のようにいじめに行ったりはしませんでした。

 こうした『乞食のがま』のような宿泊場所は、乞食同士では口伝で広がっていたようで、回ってくる乞食はほとんどそこに寝泊りしていましたね。
 そんな中で、いささか目立ったのが、『獅子岩』でした。
 獅子岩は温かい海のそばで東南方向に向かっています。
 北風や西風は後ろの山と獅子岩でさえげられます。
 朝日が昇ればその瞬間から暖かさが伝わります。
 木本、有馬、井戸は結構町になっているので市場も大きくなり、長期間居座る「お乞食さん」も居ましたね。
 この場合も、展望台から見える場所に筵小屋を作る人と観光客からは見えないように遠慮がちに作る人が居ましたね。これも、性格でしょうね。
 昭和40年ごろにはまだ見られた光景です。
 いまでもごくまれにリアカーを引いた「お乞食さん」を国道で見かけるときがあります。

 今の時代は、季節に応じて旅を続ける本格的な「お乞食さん」が減ってしまい、『ホームレス』『路上生活者』という都市型に変わってしまったようです。
 たしかに、田舎を回っていたのでは残飯もありませんからね。
 それと、田舎とはいえ、住民の気質は昔と違いますから、門付けをすると警察を呼ぶ人も居るでしょうしね。
 乞食に優しくない社会は普通の人同士でも優しさに欠けているのでしょうね。
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熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-02-09 11:52 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by お気楽 at 2009-02-09 21:57 x
先日、、オタオ山に登りました。
いい汗をかきました。
Commented by je2luz at 2009-02-10 23:42
 私は元林業ですが・・・
 今は山どころか町も歩きませんね(涙)


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