LUZの熊野古道案内

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2009年 01月 30日

熊野の旅 大又川 3

 昨日書いた『大又川の鮎漁』ですが、解禁日がテレビなどで放送されるほかの川に比べ少し遅めです。これは稚鮎の放流時期や水温と関係あるのかもしれませんが以前からずっとそうですね。
 解禁は解禁日の夜明けからのようですね。
 なんだか、前の晩から川原で夜を明かすとか聞いたことがあります。
 少しでも良い場所をとりたいのと、一種のお祭り騒ぎのようなところもあるのでしょうね。
 私は『鮎漁』はやらないのでそれに参加したことはありません。

 私が鮎を捕ったのは、ヘシ(モリ・ヤス・カナツキ)で魚を追いかけていて『間違えて』突いてしまった時だけでです。
 この『間違えて・・・』が結構多かったですけどね(笑)
 間違いじゃないと、ヘシで捕ることは禁止されていますからね。
 この漁法を認めたら、鮎はほかの魚よりずっと捕りよいものですから友釣りなどで捕れないほど突いてしまうでしょうね。
 鮎には『縄張り根性』があるので、それを利用した『友釣り漁』がありますが、モリを使うときもこれが鮎の命取りになります。
 普通の魚はやりそこなうとなかなかもとの場所に戻ってきませんが、鮎の馬鹿はすぐに戻ってきます。命がけで縄張りを守ろうってことでしょうね。
 ただ・・・
 鮎は傷みの早い肴です。死ぬとすぐに黄色くなって色が変わります。
 おまけに体が柔らかなので、捕ったもののエラから口へ絵本の熊が鮭を枝に刺して運ぶようなことをやるとすぐに千切れてしまうのです。
 ほかの魚は猫柳の枝を使って、エラから口へ突き通し、腰につけて漁を続けられるのですけどね。
 おまけに、やっちゃあいけない漁法ですから見つかるとしかられますしね。
 
 『こら!鮎を突くな!』
 『ウグイを突こうとしたら目の前を鮎が横切ったんで当たってしもうたんさ!』
 『あほう!』
 『俺はウグイの方をを捕りたかったんじゃ!』
 『阿呆な事いうな。もうしやれんぞ!』
 などという会話で昔は済んだものです。

 今では『ヘシ』を持って魚を追いかける大人はもちろん、子供もほとんどいなくなりました。
 それに、魚が全般的に小振りになってしまいました。
 かつては1尺になるようなウグイなどがいたものなのですが、今では釣るのも気の毒なようなのがほとんどです。
 川の中のいろんな条件が変わったのでしょうね。
 昔は川で洗い物までしていたのですから、米粒などはたくさん流れたし、洗い場になるところの周りにはいっぱい魚が住んでいて、人間が来るのを待ちかねていました。
 その時代の洗い物は、洗剤など無しでお釜を洗ったり、野菜の泥を落としたり・・・えさは入っているけど有毒なものはなかったから、流しても魚たちが浄化してくれたのでしょうね。
 農地への農薬使用も少なかったですしね。
 だから、川の中の虫などもたくさんいたし・・・魚がどんどん大きくなったのでしょう。
 今は、昆虫の幼虫や魚のえさにならないものが増えて、化学的な富栄養化だけが進んだのでしょうね。
 計れば栄養たっぷり・・・でも、虫や魚の食うものはない・・・これが今の河川なのかもしれません。
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熊野市周辺地図です

by je2luz | 2009-01-30 11:21 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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