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LUZの熊野古道案内

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2008年 12月 28日

熊野の旅 昔の行事 縁起担ぎ

 お正月と言えば、『鏡餅』があります。
 最近でも、『鏡餅を飾る習慣』はそこそこ残っているらしく、スーパーなどでは山積みして売っていますね。
 今は床の間の無い家が多いし・・・何処に飾るのでしょうね?
 昔は、床の間に始まって、神棚、仏壇、台所、井戸、蔵など色んな所に、それぞれに応じた大きさの『鏡餅を供えた』ものです。
 日本の、『全ての物に紙が宿る』と言う古来の信仰心を表すものでした。

 『鏡餅』も、最近では『飾る』もので『供える』物ではなくなって来ているようです。
 だから既製品になり、完全にパックしてしまい、神様も食べにくかろうと言う物に変わっています。物によっては、見掛けは鏡餅だけど開けると食べごろの小餅が何個か入っていると言う、合理的だけど騙しの物まであります。

 『鏡餅は買ってくるもの』と言う常識が定着してくると、『餅つき』が消えてゆきます。
 炊飯器のお化けのような餅つき機が発売されてからしばらくは、その餅つき機がたくさん売れて、家で機械搗きの餅を作るところも多かったものです。我が家のお袋なども、気に入って年中餅をちょこっとづつ搗いて居たものです。
 この『餅つき機』と言うものも、昭和の中頃の一時期はやっただけで最近では見かけなくなりましたね。

 『餅つき』と言うものは今では、保育園などのイベントで行われる物になっていますね。
 今では田舎の家でも、『せいろ』『はがま』『臼』『杵』などと言う、餅搗きようの道具が残されている家は少なくなっていることでしょう。
 この道具を引っ張り出して、きれいに洗い、もち米も洗って一晩水切りをする・・・寒い最中に大変な仕事なのです。
 餅つき当日も、かまどでガンガン火を焚き、セイロでもち米を蒸し、蒸しあがった物を臼に入れ・・・搗き手とこね手が組みになってリズミカルに突き上げてゆきます。
 搗きあがると、餅は『取り板』とか言われる広い台に移され、『握り手』がどんどん丸めてゆきます。
 お正月の時は、床の間の鏡餅に始まって、その家に合わせた数の鏡餅を作ってゆきます。
 床の間のは一升使うとか・・・
 それが終わると、嫁の里とか本家やお寺に年始に行く時にもってゆく『お礼』の鏡餅も搗きます。
 おしまいの方に雑煮用の餅とか餡子の入った『あんもち』などを作りました。
 家によって、搗く量は変わります。
 1斗搗くとか2斗搗くとか自慢げに話したものなのです。
 生活が楽ではない時代には、『正月の餅もつけない』と言うのが貧乏を現わす表現に使われたくらい、餅搗きが年末の定番行事だったのです。

 この餅つきも縁起を担いでいましたね。
 29日には搗きません。
 『9』が付くので『苦』に通じると言うことらしいです。
 31日も押し詰まってばたばたすると言うことから『節季餅』などといって嫌って居たようです。
 勝負師とか相撲取りは今でもですし、江戸っ子はものすごく縁起を担いだそうです。
 しかし、紀州の山猿の子孫でも結構縁起は担いで居たようです。
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木本町全図です

by je2luz | 2008-12-28 11:09 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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