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LUZの熊野古道案内

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2008年 12月 19日

熊野の旅 昔の食べ物 さつまいも 1

 『さつまいも』は今では嗜好品に入っているようです。
 そして、高級食材のような値段にもなっています。
 『焼き芋』なんて、気軽には変えない値段のようですね。

 『さつまいも』は江戸時代の青木昆陽さんが普及に努めて栽培が広がり、飢饉の時に日本人をたくさん救ってきたそうです。
 そして、第二次世界大戦の戦中戦後にも日本人を飢えから救ってくれた物です。

 私が記憶している『さつまいも』は、品種的には『農林1号』とか『護国』なんて物です。
 今のように黄色だとか紫色だとかの変り種や甘い物ではありません。
 しかし、でかくなりました、
 大きな物は子供の頭くらいになる物です。
 大きくて食い応えはあるのですが、甘味などはあまりありません。
 空腹を満たすためと、アルコールを作るために品種改良された物ですから、味は二の次三の次だったのでしょう。
 そのさつまいもでも甘く感じた時代です。

 いまだと、ケーキの材料だとか、大学芋だとか・・・甘いさつまいもに更に砂糖を加えて甘くします。
 空腹時代には砂糖なんて・・・

 当時の食べ方の代表が、『芋粥』ですね。
 お米のお粥にサツマイモが入っているものだとお思いでしょうね。
 いやいや・・・お芋のお粥の中にパラパラとお米が浮いているのが庶民の芋粥だったようです。
 芋や米を作っていた百姓さんでも米は『供出』で取り上げられるし、芋も全部口に入るものでは無し・・・当時はまだまだ殆んどが『小作農』でしたから食うのがやっとだったのです。
 サツマイモと言うものは根菜ですから、『芋』を食べる物ですが、当時は今では見向きもされない『茎』も食べました。
 『蔓』はさすがに固いですが、葉っぱの『柄』の部分だと何とか食べられます。
 食べた記憶が無いのですが、摘んだ覚えがあります。先の方の柔らかそうな所のを摘んで葉っぱを捨てて・・・『蕗』を摘むような感じでしたね。

 『サツマイモ』は栽培しよい物ですから、子供が小さい頃には山のほうの実家の近くのある、川原の畑で作っていました。
 もちろん、昭和も50年代ですから、甘くて美味しい品種でしたがね。
 畝を起して、苗を植えつけるところまでやると、後の草で畝が乾かないようにする(やらう)作業とか雑草に埋もれないようにするなどの作業は隣の畑の人がやってくれるので、秋になって収穫に行くだけで良かったのです。
 元々、楽なサツマイモですがこれ以上楽な方法は無かったですね。

 サツマイモに関してはまだまだ続きがありそうですからここで留めておきます。
d0045383_12304468.jpg


木本町全図です

by je2luz | 2008-12-19 12:06 | 熊野 | Trackback | Comments(2)
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Commented by k,y at 2008-12-20 01:22 x
 若造の突然の書き込みで、気分を害されたかと思い、削除しました

 大島で生まれ、小学一年の終わりまで、新宮の神倉山の麓で暮らしました

 木の本の花火大会を見ながら浜辺で寝てしまった幼稚園の頃は、半世紀以前の事です

 時代と習俗の重なる部分も多く、よくアクセスさせていただいております 
 お暇な折りに、当方へもお寄り下されば幸甚です

 
Commented by je2luz at 2008-12-21 11:52
 歳はあまり変わらないようですね。
 新宮は随分都会に感じたのですがねえ・・・
 その、『都会みたい・・・』の中心、仲之町も今では淋しいですね。


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