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LUZの熊野古道案内

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2008年 12月 18日

熊野の旅 昔の食べ物 チシャ菜

 この辺の昔の家庭菜園では『チシャ菜』は定番の野菜でした。
 海岸線だと通年栽培できます。
 山間部では初夏から秋までの収穫になりますが、緑がきれいで昔の野菜にしては珍しく生食用の菜っ葉です。
 今の人には『チシャ菜』と言っても通じにくいかもしれませんね。
 今は『チマ・サンチェ』などと呼ばれるようです。
 昔栽培されていた和種の物とは少し葉の形が違いますが食感などはほぼ同じです。
 韓国種の方が少し縮れが多く葉が小振りのようです。
 『チシャ菜』も焼肉の時に包んで食べるのに使えます。

 レタスとかサニーレタスなんて物が流通するようになったのは戦後しばらくたってからです。
 進駐軍が自分たちのために基地周辺の農家に作らせたのが最初に近いですからね。
 太古以来の下肥主体の日本農業のものはとても食べられないと言うので、進駐軍の指導で栽培方法を変えたりして納入したそうです。
 日本の夏は高温多湿なのでレタスの類が病気で溶けてしまうのでそちらも大変だったとか聞きました。
 それより昔から『チシャ菜』はあったわけですが、自分流を押し付ける進駐軍ではどうしてもレタス類が必要だったようです。

 『チシャ菜』は造りよい作物です。
 種はペッチャンコで決して発芽率はよくないですが、発芽してしまえば後は虫も殆んど食いませんし病気もほとんどありません。
 発芽率が悪い割りに落ち生えがポツポツ出てくるので、昔の人はそれを定植して作っていましたね。
 下波から欠きとって行くので大量に作るものではなく、自家用なら4・5本もあれば十分だったのです。
 食べ方は、サニーレタスと良く似たものですが、『洋食』なんてあまりしなかった昭和時代中頃まではサラダが食卓に上ることもほとんど無かったですね。
 だいいち、よほどハイカラな家で無いと『マヨネーズ』なんて知りもしなかったですね。
 それに、『野菜を食べなくては・・・』などといわなくても、日本人のおかずは野菜だらけでした。
 鍋やすき焼きでも牛や豚は探すのに骨が折れる程度しか入っていません。野菜たっぷりの物ですからね。
 煮物も野菜主体の『煮しめ』とか言う物ですしね。
 そういう料理には、レタスもチシャ菜も合いませんね。
 
 『チシャ菜』の強みは、それだけでご飯を食べられる食べ方があることです。
 何でも握って寿司にしちゃうところですから、『チシャ菜』も寿司にしました。
 今流に言うと、『手巻き寿司』でしょうかね。
 洗った『チシャ菜』をざるに入れて食卓に乗せます。
 その横には『味噌』や『酢味噌』が置かれています。
 そして、皆が手の届く所に『おひつ』も置いてあります。
 大きな『チシャ菜』の葉っぱを取って左手の上に広げ、右手で『味噌』か『酢味噌』を塗り、その上にご飯をよそいます。
 そして、両手で包むようにして口へ運びます。
 実にシンプルな食べ物ですが、ままが進みます。
 生野菜は摂れますが、昔、これを食べていたのは、生野菜を摂るためより
は、おかずが無い時の繋ぎだったようです。

 おかずがふんだんにあるようになり、洋食が広がって、レタスなどが日本中で手に入るようになると、この『チシャ菜』を栽培する自家菜園が随分少なくなったようです。
 それに、種売り場でも和種があまり見かけなくなって、ヨン様風の韓国種ばかりですね。
 もし、来年の春先に作られるなら和種を探してこうした食べ方をしてみてください。
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木本町全図です

by je2luz | 2008-12-18 11:25 | 熊野 | Trackback | Comments(0)
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